第65話 雪のふるなか 4 

 バルームが情報を聞き終わるのに一時間ほどかかる。その間、ミローたちは白湯をもらって温まりながら、物資の受け渡しをすませて休憩する。


「村長、終わりましたよ。あとは村人のお好きにどうぞ。ただしやるなら俺たちが村を離れている間にお願いします。これから北の洞窟に行ってくるのでその間にやるか、俺たちがここを出ていったときにでも」


 報復はひどいものになるだろう。その様子をミローたちにはあまり見せたくなかった。


「承知いたしました。洞窟にはなにをしに行くのですか?」

「そこに盗賊たちの拠点があるそうなので潰してきます」


 そこまでしてくれるのかと少し驚いて、すぐに村長は頭を下げた。


「ありがとうございます。帰ってくるまでに謝礼を準備しておきます」

「洞窟までどのくらい時間がかかるかわかりますか?」

「雪道ですから……二時間はかからないかと。行って帰ってきたら日暮れくらいだと思いますが、今日はここに泊まりますか?」

「ええ、空き家をお借りしたい」


 バルームがそう言うと村長は首を横に振った。


「恩人を空き家で休ませるわけにはいきません。ここにお泊りください。お部屋と夕食を準備しておきます」

「お言葉に甘えさせていただきます。三人ともさっさと行って帰ってこよう」

「はい」「「うん」」


 村から出てすぐにミローがバルームに話しかける。


「先生。世の中には身体能力を上げる道具とかあるんですか?」

「どうした、いきなり」

「盗賊と戦っているときにですね、あれらが最近急成長したと言っていたんです。その成長はたぶん強い魔物と戦ったものじゃなくて、なにか普通じゃない手段を使ったものだと思ったんです」

「どうしてそう思った」

「力だけが上がって、それに伴った技術がなかったんです」

「お前もそう思ったんだな」


 バルームも盗賊たちと戦って違和感はあった。女の盗賊は勘を鋭くするスキルを使っての戦闘だったので、一応動きに違和感はなかった。危険を避けて、隙を突こうと勘の示すままに動いていた。拙い部分はあっても、技術に繋がる動きはできていた。だがほか二人は身体能力だけで技術がなかったのだ。


「道具があるかどうかについてだが、一時的に力や速さを増す薬はある。だが一時的だ。戦う前に飲んで、十分かそこら維持されるといったもので、何日も維持されるものは現代の錬金術師では作れない」

「現代ではですか? その言い方だと昔の錬金術師は作れていたということになりますよね。だったらそれを手に入れた?」

「その可能性はなくはない。だがあいつらは筋力だけ速さだけというわけじゃなく、全体的に強化されていたということになる。そういった薬は聞いたことがない」


 そういった薬をバルームが知らないだけかもしれない。

 この後盗賊たちの拠点でなにかわかるかもしれないとバルームが思っていると、ミローの剣がほのかに光を放つ。


『私からも情報があります』

「セブレン?」


 ずっと静かだったセブレンが話しかけてきたことでピララを除いた三人の注目が剣に集まる。ピララは嫌いな人が話しかけてきたという認識だ。


『あの盗賊たちからダストの反応があった』

「異種になっていたということか? それにしては人間味があったんだが」

『異種ではないですよ。わずかなダストが入り込んでいるという感じでしょうか。どういう作用なのか身体能力の強化に使われていましたね』

「ダストを強化に使うという話は聞いたことないんだが」

『私もありません。一人がそうなっていたら偶然と思うのですが、戦った五人ともそうなっていると偶然ではないと思います。ダストを植え付けて強化する、そういった力を持った異種がいるのかもしれません』

「洞窟に異種が潜んでいるかもしれない?」


 イレアスが聞く。もしそうなら勝てるのかとわずかに不安がある。


『その可能性は低いかな。洞窟方面からダストの気配はまったく感じられない。でもなにかしらのヒントはあるかもと思っている』

「異種が気配を殺して隠れているという可能性は?」

『異種に関しては何度も戦ったから気配を覚えて、見逃すことはないですよ。気配を感じ取れないと奇襲されて死ぬということも珍しくなかった世界でした』


 バルームたちが想像する以上に、セブレンは異種と戦ってきている。それほど異種が溢れた世界だった。

 改めて凄まじい世界だったのだなとバルームたちは思う。そんな世界で生きていくのはごめんなので、不死の王にメッセージを届けて蘇生術を失敗させないようにしないといけない。そう改めて思う。


「そういえば今回の件、セブレンは経験しているんだろうし、犯人とかわかるんじゃない?」


 ミローがふと気づいたように言う。しかしそれはすぐに否定された。


『経験していない』

「え、そうなの? 超魔との戦いは同じようにあったんだし、そのあとのことも同じじゃないの?」

『この時期は先生を湯治といった後遺症治療に連れて行って、町から離れていたの。その間に起きて解決された事件なんだと思う』

「あ、そっか。セブレンのときは先生が大怪我したから、私たちを荷運びに連れ出せない」

「トンクロンに帰ってきたとき、留守中に起きた事件について噂でも聞かなかったの?」


 イレアスも質問して、セブレンは聞かなかったと返す。

 情報を伝えたセブレンが消えて、雪道を進んで遠くに見えていた丘が近づく。盗賊たちの足跡は消えていて洞窟までの道はわからないが、村長によると入口は隠れているわけではないようなので探せばすぐに見つかるそうだ。そして簡単に見つけることができた。

 すぐには近づかず、五十メートルほど離れたところから様子を窺う。


「見張りはいないな。ピララ、ここから洞窟の中に誰かいそうかわかるか?」

「さすがにわかんない」

「無茶言ったな、すまん」


 ピララの頭を軽く撫でて、静かに近づこうと三人に行ってから歩き出す。

 入口のそばまで何事もなく接近し、耳を澄ませる。特に物音は聞こえてこない。

 ピララにもう一度確認すると、バルームと同じように聞こえないと言う。


(全員で村に行っていたのか?)


 そんなことを考えつつ、手鏡を使って洞窟の入口の横から中を見る。

 自然光以外の明かりはない。


「たぶん誰もいないが、警戒はしておくぞ」


 三人がこくんと頷くのを見て、洞窟に入る。

 馬車が入れるくらいの大きさで、一本道が右へと曲がっている。

 奥へとゆっくり進んでいくとすぐに行き止まりに突き当たった。

 イレアスに炎で明かりを確保してもらう。突き当りには、焚火の跡と薪の束と盗賊のものらしき荷物があった。

 その荷物を探ると六日分くらいの食べ物がみつかる。ほかにはお金や防寒具や火打石といった細々とした道具だ。


「日記とかあればよかったんだがなぁ」

「調査の専門家だとヒントになるものがあるかもしれませんね」

「そうだな」


 バルームたちには無理だが、食べ物の種類や道具に使われている素材から生産地を割り出すことも可能かもしれなかった。

 このまま役人に渡した方がいいなと判断して、荷物を小分けして持ち出す。全部は重たいので持っていけない。持ち出したものは、そりが空なのでそれに載せて持ち帰ればいいだろう。

 夕日色に染まる雪景色の中、四人は村へと戻る。どんどん暗くなり、村まであと十五分というくらいで辺りは暗くなり、イレアスに火を出してもらって歩く。

 村に入ると、あちこちから人の気配がする。息を潜めなくてよくなり、日常に戻ったのだろう。

 被害を受けたのでいつも通りというわけにはいかないだろうが、何とか村人同士でフォローしていくはずだ。

 村長の家のドアをノックすると、村長が出てくる。


「おかえりなさい。中へどうぞ」

「世話になる」


 盗賊の荷物を玄関前に置かせてもらって中に入る。

 村長は四人を客室へと案内する。


「ここを使ってください。夕食は準備できています。すぐに食べますか?」

「ええ、武具を置いたらいただきます。食べるときはリビングに行けばいいのですか」

「はい、お待ちしています」


 武具を外して四人がリビングに行くと、テーブルに四人分の食事が並べられていた。

 村長の家族は先に食べたのだろう、食事の邪魔をしないようにという配慮か部屋に戻っているようだ。

 メニューはポトフとナンだ。冷えた体に温かい食事がありがたかった。ポトフは薄味だが、煮込み具合はしっかりとしている。家庭料理の域をでないが、十分に美味く満足できた夕食だ。

 食事が終わり、食器を手早く片付けた村長は北の洞窟の様子はどうだったか聞く。


「向こうに盗賊はいませんでした。周辺に人の気配はなかったので、全員でこの村に来ていたんでしょう。少し気になることはありますが、安全だと思います」

「気になることとは?」

「荷物が多かったんですよ。あれを洞窟に入れるには馬車を使ったと思うのですが、その馬車はなかった。人と荷物を置いて、別のところからまた荷物を持ってくる可能性があるかもしれない」

「また盗賊が来るということですか?」

「わかりません。推測なのでそうだと言い切れないのですよ。最初から馬車を使わずに人力のみで運び込んだ可能性もありますからね。領主様に伝えて、兵を派遣してもらった方がいいと思います」

「どうしてこんな小さな村を狙ったんでしょうか」


 村長からしてみれば目立ったものがあるわけではないのだ。自分の村よりも稼ぎのいい村はあり、金目のものが目当てならよそに行った方がいい。


「俺にもわかりませんね。盗賊団としての規模が小さいから自分たちが問題なく暴れられる規模の村を襲ったとかでしょうかね」


 もしかするとダストや異種が絡んでくるかもしれないが、不安を煽るようなことは控えておいた。

 

「領主様に渡したいので被害に関してまとめた手紙を書いてほしいのですが」

「わかりました。これから書いて明日までに渡せるようにしておきます」

「お願いします」


 食事を終えたあとは、イレアスに頼んで雪を溶かしてお湯を作ってもらい、体をふくことにする。先に三人に部屋でふいてもらって、その間バルームはリビングで村長と報告書に関した話をする。

 用事をすませてベッドに入り、そのまま早朝まで時間が経過する。

 バルームたちだけではなく、村人の多くが悲鳴で起こされる。

 バルームたちはとりあえず武器を手に取り、窓から外を観察する。外はまだ暗い。東の空が明るくなり始めたばかりだ。


「また盗賊?」


 イレアスが呟く。


「それが一番可能性が高い。いつでも戦えるように警戒しておくぞ」


 窓から外を見ながら防具を身に付けていく。

 外には人が動き回る気配はない。

 外に出て、探ることにした四人は玄関から外を見ていた村長の家族にそのことを伝えて外に出る。

 警戒しながら村を歩いていると物陰にいる村人たちとゆっくりとした動作で動いている盗賊を見つけることができた。


「おい、あれは?」


 盗賊に集中していてバルームたち気づいていなかった村人たちは声をかけられたことに驚く。

 

「あ、あんたたちは昨日からいるシーカーか」

「そうだ。悲鳴で起きたんだが、悲鳴の原因はあれなのか?」

「そうらしい」

「あれはなんだ?」


 昨日倒した盗賊だろうとはわかる。しかしよろよろと動き回るだけで暴れる様子はない。明らかにおかしい。


「わからん。むしろこっちが聞きたい。盗賊は昨日殺したはず」


 あえて聞かなかったが、やはり殺していたのだなとバルームは思う。


「死体にとりつく魔物がいる。ここらにそういった魔物がいるか聞いたことは?」

「いや、一度も聞いたことがない。ここらにいるのは蝙蝠の魔物だ」

「そうか。あれはさっきから歩いているだけだな。襲いかかってきたりしないようだが」

「最初にあれをみつけた奴も驚きはしたものの襲われることはなかったそうだ。さっき言っていた人にとりつく魔物も同じようになるのだろうか」

「いや襲いかかってくる」


 あれもダストが作用したことなのだろうかと思いつつ、バルームは物陰から出る。

 盗賊は特に反応を見せない。

 雪玉を作って投げつける。それでようやく盗賊はバルームへと体を向けて、ゆっくり近づいてくる。

 バルームは一定距離を取って、雪玉をぶつけて誘導し、村の外まで移動する。その間盗賊はいきなり動きを激しくするようなことはなく、鈍い動作のままだった。

 バルームはメイスを盗賊の胴体へと叩きつける。悲鳴を上げずに倒れた盗賊はのろのろと起き上がる。

 もう一度攻撃を行い、同じ結果になる。

 とりあえず四肢を潰せば動けなくなるだろうと攻撃し、その場でもぞもぞとする盗賊を見下ろす。

 

「殺さないのか?」


 ついてきていた村人が聞く。


「領主様にこういった奴がいると見せるつもりだ。盗賊が村を襲った、それ以上のなにかがあるかもしれない。こいつはその証拠だ。穴を掘ってくれないか、そこにこいつを放り込んでほしい」

「わかった」


 早速作業を始めようとした村人を一人呼び止める。


「ほかの盗賊も同じようになっているかもしれん。盗賊を殺したあとその死体はどうした」

「村の外に捨てた」


 同じところにかとバルームが聞くと、頷きが返ってくる。

 場所を聞いたバルームはミローたちとそこに向かう。

 村人たちはスコップなどを持ってきて穴を掘り、鍬などを使って盗賊を穴に放り込んだ。

 盗賊たちが捨てられたところに行くと、そこにはなにもなかった。


「死体もないということはどこかへと動いていったということなんでしょうか」

「だろうな。おそらくダスト関連なんだろう。原因がそれくらいしか思いつかん。獣が引きずっていったとしたら雪にその形跡が残るはずだ」


 確認を終えたバルームたちは村長の家に戻る。


「動く死体があったと聞きましたが」

「ええ、そんな感じでしたね。四肢を潰して、穴を掘ってそこに入れておくように頼みました。兵士がやってきたら見せてください。彼らが処分するか持ち帰るか決めると思います」

「盗賊全員がそうなっていたんでしょうか?」

「死体はありませんでした。だからそうなっていると思います。足跡が雪に埋もれていて追うことは無理でしょうね」


 盗賊を殺しただけでは終わらない事態に村長は溜息を吐く。


「朝からありがとうございます。すぐに朝食を準備しますので少々お待ちください」


 準備された朝食を食べ、村長から手紙と報酬を受け取り、バルームたちは村を出る。

 原因となる異種がいないかと周辺を見たが、そのような姿はなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る