第64話 雪の降るなか 3

 村の外縁をなぞるように移動していく。どこの家も盗賊を刺激しないようにか静かなものだった。

 そうして村長の家に近づいたとき、ピララがバルームの鎧をぽんと軽く叩く。


「どうした?」

「そこの家が少し騒がしい」

「三人は潜みつつ周囲の警戒だ」


 いいなと言うと、三人は頷いた。

 バルームは裏口に移動し、そこから聞き耳を立てる。

 裏口近くには誰かいる気配はなく、奥の方から物音が聞こえてきた。

 そっと裏口を開けて、中に入り、すぐにドアを閉める。

 聞こえていた音が大きくなる。肉に肉をぶつけるような生々しい音だ。興奮した男の声が聞こえてきて、なにが起きているのか簡単に想像できた。

 忍び足で移動して、寝室らしきところで止まる。そっと中を覗くとベッドに、されるがままの女と腰を振る男がいた。ベッドそばの椅子にもう一人男がいて、休憩中なのか酒を飲んでいた。

 どちらも防具など身に着けておらず、戦えばバルームが勝てるだろう。


(まずは酒の男だな。騒がれないように一撃で気絶させられたらいいが)


 頭部を強打するつもりで、メイスをそっと握る。

 ミローたちにやるなと言ったが、殺すつもりでするりと部屋に入る。


「誰だ!?」


 驚いた盗賊の頭部をメイスで殴りつける。

 その男が倒れるのと同時に、ベッドにいた男がこちらに振り向く。ベッドの男がなにか言う前に、また頭部へとメイスを振りぬいた。

 どちらも床に倒れて生きてはいるが、強打の衝撃で脳に異常を抱えたのか痙攣していた。

 念のためベッドシーツを破って手足を縛って猿ぐつわを噛ませる。

 されるがままだった女は殴られた跡があるものの、生きてはいた。男たちが静かになっても天井を見上げたまま動くことはない。

 バルームにはどうしようもできず、シーツで体を隠してやることしかできなかった。

 家から出て、中に二人の盗賊がいたことを伝える。


「あと五人ですか。ピララ、ほかの家で騒がしいところはあるの?」

「ない」

「ということは村長の家に」


 いるのかと続けようとしたイレアスの口をバルームが塞ぐ。

 村長の家から一人の女が出てきたのだ。村長の娘かと思ったが、武装していて盗賊だろうと判断する。村人を武装させたままでいさせるわけがない。


「奇襲するぞ」


 女はここにいる男たちに用事があるのか近づいてくる。物陰に隠れている四人には気づいていないようで警戒した様子はない。

 四人は物陰に隠れて機会を待つ。

 そのまま息を殺して待っていると女が足を止めた。

 

(気づかれたかと思ったが、こっちを見てくる様子はないな)


 女は訝しそうに周囲を見ている。バルームたちに気付いたのなら、隠れているところに視線を向けるはずで、勘で異常を嗅ぎつけたのだろう。もしくは感知能力が高く、男たちが静かということで異変を感じ取ったのかもしれない。


「イレアス、ファイアボールをあいつの近くに撃てるように準備を頼む」

「当てなくていいの?」

「当てると殺しちまうからな」


 破裂の音で家の中にいる盗賊たちが気付くだろうが、なにがあったか探るだけなら人質を連れてこないはずだと考える。

 女の様子を見ていると報告のためか、村長の家へと戻ろうとする。

 バルームたちに背を向けた形で、イレアスにファイアボールの使用を頼む。

 イレアスはすぐにファイアボールを女の近くの地面へと撃ちだす。そのすぐあとにバルームが女へと走る。

 女は魔力の動きを察知したのか、バルームの動きを察知したのか、振り返り驚きに顔を染める。そのまま動きを止めることなく、とっさに爆発に逆らうことなく跳ねる。

 勘が鋭くなるスキルのおかげで被害を最小限に抑えることができた。その勘がバルームとの力量差を告げる。逃げようと思った彼女にバルームの挑発が飛ぶ。

 逃げるという思いよりも、戦う意思が上回り足を止めさせられる。


「やってやるわよ!」


 そう叫んだ女はショートソードを抜いてバルームへと迫る。

 女が戦い出すと同時に、爆発音を聞いた盗賊たちが家の中から姿を見せた。


「シーカーか!? こんな時期に来るとはな」


 ついてねえと舌打ちをする男に、別の男が顎でミローたちを示す。


「よく見てみろ、駆け出しとその付き添いだ。男を殺せばあとはなんとでもなる。女どもは若いが顔立ちは整ってやがる。遊べそうだ」

「俺はもっと肉付きがいい女が好きなんだがな。まあシーカーなら丈夫だろうし、乱暴にやってもすぐには壊れないか」

「そうだな。さっさと終わらせちまおう。男に二人、女どもに二人でいいな?」


 盗賊たちはミローたちを駆け出しと見て、戦力を分けて向かう。


「俺たちがいる時期にここに来た不運を呪うんだな!」


 ミローたちに向かった男二人はそんなことを言いながら、ショートソードとナイフをそれぞれ手に持って襲いかかる。


「さっきから好き勝手に! そっちこそ私たちがここに来た不運を呪いなさい!」


 ミローが前に出て迫る二つの刃を払う。

 男たちの表情が少し引き締まる。少なくとも駆け出しと油断していい相手ではないと判断したのだ。


「その若さでその強さか、才能があるってのは羨ましいね!」

「まあ、こっちも最近急成長したんだ。負けはねえってな!」


 男たちが攻撃をしかける。その速さはミローに匹敵する。

 

「イレアス! 周辺の雪を溶かして!」


 ミローは男たちの攻撃を避けながら、足場を良くすることを頼む。

 男たちの動きも良くなるだろうが、積雪の中で戦うよりもましだと思えた。

 すぐにイレアスが周辺へと炎を放っていく。


「魔術師か!?」


 イレアスへと向かおうかと思ったショートソードの盗賊は、仲間に止められる。


「こいつに接近していれば巻き添えを恐れて攻撃はできないだろ」

「そうか。もとより俺たちは接近戦しかできねえから問題なかったか」


 男たちはミローと戦いながらイレアスの動向を気にかける。

 ミローに近ければ攻撃されないとわかっていてもやはり魔術師は脅威だ。

 ミローは自身に集中しない男たちを相手取りながら観察していく。

 そして違和感を持つ。男たちの強さは自身を少し超えるくらいだろう。剣を打ち合せて、感じられる筋力は向こうがやや上。剣を振る速さも少し上。動きの速さも少し上。総じて盗賊の方が少し強い。だが技術が稚拙。

 攻撃が直線的、狙いがわかりやすい、フェイントをかけてこない。武器を振るしかしてこないため、避けるのに苦労はしない。


(そこがおかしい、のかな。私自身鍛えてきたからそう思うだけなのかもしれない)


 強いということは魔物と戦ってきたということなのだろう。であるなら戦い方もまた成長しているはずなのだ。自分が現状戦っている魔物たちは、力任せでどうにかなることはない。しっかりと動きを見て、隙を突く。そういった戦いが必要になる。

 バルームのように力量差があるならば、力任せでどうにかなる。だが彼らは自分とそこまで変わらない。ここまで強くなったのなら、相応に技術も求められる戦いをやってきたはずだが、それが稚拙でアンバランスだ。

 

(急成長したって言ってたしそこが原因。うん、原因はなんとなくわかったし、これ以上は観察しなくていいや。むしろ今のうちに倒しておかないと駄目だね。技術を身に付けたらさらに悪事を重ねる)


 イレアスのおかげで雪は溶けて、動きやすくなっている。バルームから贈られた靴のおかげで滑ることもない。

 バルームやセブレンと比べたらなんてことはない相手だと見切って、怪我を覚悟して戦うことにした。

 迫る刃が服を斬って、その下の腕や横腹を浅く斬る。感じる痛みを歯を食いしばって無視して、二人の足を斬りつけた。

 ダメージとしてはミローが与えた方が上だ。


「ぎっ!?」「いてえ!?」


 痛みに気を取られた二人へとさらに剣を振り、それぞれの利き腕を斬りつける。


「よくもやりやがったな!」

「殺してやるっ」


 怒りに表情を歪ませた男たちがミローへと殺気をみなぎらせて襲いかかる。

 もともと単純だった攻撃が、無駄な力が込められたことでさらにひどいものとなった。


「ひらひらと避けやがって鬱陶しいっ」

「おとなしく当たれよ、このガキ!」


 どんどん熱くなる男たちとは逆に、ミローは冷静にポーションで怪我の治療をして攻撃の機会を探り、ナイフを使う盗賊の頭を剣の腹で殴りつける。

 気絶狙いだったが、上手くはいかず動きが鈍っただけだった。


(だったら何度も殴って大人しくさせるしかないか)


 痛い思いをするだろうがそこはもう諦めてと心の中で言って、男たちを殴り倒していく。 

 一度は耐える男たちも二度三度と繰り返されれば地面に倒れる。意識はあるが動くことも辛そうだ。


「こっちはどうにかなった。先生は」


 少しだけ倒れる男たちから視線を外し、バルームを見る。

 バルームが戦っていた三人は挑発の影響を受けて戦意を見せている。だがバルームの反撃を受けてダメージを負い、動きはかなり鈍っていた。対してバルームは全く被害なく、落ち着いた様子だ。

 助けは必要なさそうだとミローは倒れている男の警戒とまだいるかもしれない盗賊の警戒をすることにした。盗賊の気配はないが、周囲の家から視線は感じた。

 戦いを一足先に終えて落ち着いたミローの心の中に喜びが湧いている。敵を倒せたことを喜んでいるのではない。ようやく弱者を守るという願いを叶えられたと思えたのだ。

 喜びに表情が緩みそうになるのを耐えて、警戒に集中する。

 

「イレアス、まだ盗賊がいるかもしれないから魔法の準備しておいて」

「わかった」


 ピララはバルームに集中していて、そのまま様子を見ていてもらおうと声をかけない。

 バルームの戦闘はそう時間をかけずに終わる。

 盗賊三人ともきつい一撃を受けて昏倒する。


「先生。こっちの二人も気絶させてもらっていいですか。私じゃできなかったんで」

「あいよ。そこまで大きな被害はないようだな。よかった」


 頑張ったなとバルームから肩を叩かれると、ミローは嬉しそうに頷く。


「イレアスが雪を溶かしてくれたおかげでもあります」

「そうか。イレアスもよくやった」

「うん」

 

 近寄ってきたピララの頭をなでてかまってやり、バルームは周囲を見る。

 ミローのように隠れている盗賊を警戒していると、村長の家から六十歳ほどの女が出てくる。


「村長の関係者ですか?」

「この村の村長です。盗賊たちを倒してくださりありがとうございます」

「盗賊は七人ですか? 家の中にいた奴らを二人、ここで五人の盗賊を倒していますが」

「はい。七人です」


 話しながらバルームはまだ警戒を解かない。

 以前トンクロンの祭りで、兵が洗脳されたようにスキルか脅しで村長が嘘を言っている可能性を疑っていた。


「失礼ですが、念のため隠れている盗賊がいないか、屋内を探索してもよろしいでしょうか」

「疑うのは当然ですね。どうぞ」


 バルームの考えを察して村長は頷いた。


「お前たちは見張りを頼む。ついでにロープをもらってくる」


 三人が頷いたのを見て、村長と家の中を見ていく。

 十五分ほどかけて調べてロープを借りて、家から出てくる。

 盗賊たちをしっかりと縛り上げて、そのまま転がしておく。家の中にいた二人の盗賊も屋外へと転がした。


「盗賊からはまだ聞きたいことがあるので生かしておきます。情報を得た後の処理はあなた方にお任せします」

「わかりました」

「そこの納屋をお借りします。ああ、俺が情報を聞き出している間、この三人を家の中で休ませてあげてください」


 異論などなく村長は頷く。


「三人は休むついでに物資の受け渡しをすませてくれ」

「一緒に聞き出さなくていいんですか?」

「手荒なことをするからな、あまり見せたくない。それとお前たちが一緒だと子供だからって舐められるだろうしな」


 そういうことならとミローたちは村外れに置いてあるそりを取りに行く。

 バルームは盗賊の一人を引きずって納屋へと向かう。

 村長は村人たちに盗賊が全滅したこと、情報がほしいので手を出すことは駄目だと大きな声で告げて回る。そうしないと感情のままに報復する村人がきっと出てくると思ったのだ。

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