第17話 乱入 2

 バルームたちは職員の男に誘われて、カウンター奥の応接用の区画で向かい合うように椅子に座る。

 テーブルには回収した魔物の素材が置かれている。


「魔物が残したものだ」


 男は牙を手に取って、それの質を見抜く。


「たしかにあそこらへんでは得られないものですね。これをよそから持ち込んだと偽っていることはありませんか」


 男の疑いにミローとイレアスはむっとしたが、バルームは当然の質問だなと落ち着いたままだ。


「ない。魔物と戦う姿は駆け出したちに目撃されているし、被害を受けた駆け出しの宿も聞いているからそいつらに証言してもらってもいい」

「そうですか。魔物の詳細をお願いします」


 バルームは外見と数を伝え、さらに付け加える。


「リーダー格の魔物は戦う前からダメージを負っていたな。群れから追い出されたか、もしくは群れが壊滅して逃げた可能性があると見ている」

「なるほど。あなたが戦った魔物はレッサータイガーと呼ばれるものでしょう。森にはいませんが、森のさらに向こうに縄張りを持っています。やってきたとしたらそこからになるでしょうね」

「以前からこっちに来ているのか?」

「そういった報告はありませんね。縄張りで餌は足りているようですし、人間を襲うなら向こう側の村を襲うかと。そしてその村で被害が出たら、こっちに情報が入ってきます。しかしそういった報告はありません」

「村が壊滅して情報が入ってこないという可能性は?」


 護りの火は絶対ではないのだ。空腹に耐えかねた魔物の群れが無理矢理襲いかかったという話は珍しいものではない。


「もしそうならレッサータイガーがこっちにやってくる意味はないかと。縄張りを増やしたということでしょうし、向こうで活動しそうじゃないですか?」

「まあ、そうだな。となると群れが壊滅の方なのだろうか」

「今のところはそちらが有力だと思います。シーカーがやったのかほかの魔物にやられたのか知りたいので、調査が得意なシーカーを派遣しようと思います。結果が出るまでしばらくかかりますから、知りたければ十日後に声をかけてください」

「わかった。ああ、この素材はここで買い取ってくれ」

「証拠になりますし助かります。すぐに手続きしますからこのままお待ちください」


 男が素材を持って席を外す。


「あれだけ強くて中の下なんですね」

「まじめにやっていれば一年後には戦っている相手だろう」

「今の私だと勝てる気がしません。さっきも怖くて動けなかった。指示に従うとはイレアスに言ったけど、本当は先生を見捨てたようなものじゃないかって思ってます。イレアスは助けようと言って動けたのに」


 落ち込んだようにミローが言う。

 そのミローの頭にバルームは手を乗せてグラグラと揺らす。


「落ち込むようなことじゃない。実力差を見抜けたから動けなかったんだろうさ。その感覚は大事なものだぞ。無茶な突撃で死ぬシーカーもいるしな。だからといってイレアスが間違ったことをしたと言うつもりもないぞ。ときとしてイレアスのような行動が必要なときもあるからな」


 イレアスの頭も撫でてやり、これから経験を積んで色々なことに対応できるようになっていけと言って、二人の頭から手を放す。


「クルーガム様から少しは聞いているが後悔したことがあって力を求めたんだろ。魔物と戦えるようになって、求めたものが手に入ったと思っていたんだろう」


 聞いてたのかと思いつつミローは頷く。


「気が大きくなるというのは、駆け出しシーカーにはよくあるもんだ。だけど駆け出しが手に入れた力なんぞ、そこまで大きなものじゃない。一般人よりは強いが、なんでもできるものじゃない。二人ともこれからなんだ。ゆっくり焦らず成長していけ。その手伝いはしてやるからな」


 ミローとイレアスがコクコクと頷く。

 ミローが落ち着いた頃に、素材の買取金を持って男が戻ってくる。


「素材の買取は金貨二枚になりました。内訳を聞きますか?」


 木のキャッシュトレイに二枚の金貨が載っている。

 金貨など初めて見たミローとイレアスは少し呆けてそれを見ていた。


「いやいい。金貨二枚確かに受け取った。それじゃ失礼する」

「情報ありがとうございました」


 男に見送られて三人はシーカー代屋から出る。


「レッサータイガーでしたっけ。強さは中の下って言ってましたよね?」


 バルームの武具を修理してもらいに向かいながらミローが口を開く。


「それくらいだ」

「その強さで素材を売ったら金貨に届くんですか」

「金額だけ見れば額の大きさに驚くかもしれんが、武具の修繕費とかでわりと消えていくから、儲けとしてはそこまでないぞ」


 今回多くの攻撃を受けたので修繕費も安くはない。


「確実に赤硬貨七枚くらいの修理費が必要になる。ほかにポーションの補充とかしたら、儲けは金貨一枚くらいだろうな」

「それでも私たちが稼ぐ金額より多い」

「今回独り占めできているしな。仲間がいたらこれをさらに人数分にわける必要がでてくる」


 もっともバルームと同等の仲間がいれば、攻撃を全て受け止めずにすんで武具の修繕費も抑えられていたので、儲けが大きく減るといったことはなかっただろう。

 レッサータイガーより少し上くらいが中堅にとって良い稼ぎになる。そういった魔物を安定して狩り続けるというのが普通のシーカーの目的になるだろう。そうしてブレッドたちのようにある程度お金を貯めて、第二の人生を始めるという流れが多い。


「上の上といった魔物だとどれくらい稼ぐことができる?」

「そこまでいくと俺も想像つかんな。おそらく一家族が一生遊んで暮らしてなお余るだけの金額は得られるはずだ。まあ、そんな魔物を倒せるシーカーなんぞいないだろうけどな」

「上の上ってどんな魔物なんですか」

「危険とされる場所の主だな。この国だと火の池の大蛇が該当するはずだ」


 深い洞窟の底、マグマが流れる空間に大きな蛇がいるとバルームは隣国にいるときに聞いたことがある。


「パパから聞いたことあるような」

「それくらい強い魔物なら噂の一つも流れるだろうさ」


 ミローは納得してほかにも盾のことやリーダー格にとどめをさした攻撃も聞きたいと言う。

 その様子からはシーカー代屋で見せた落ち込んだ様子は感じられない。少なくとも表に出さないくらいには上向きになっているのだろう。

 会話が気晴らしになっているようでよかったと安堵してバルームは質問に答える。


「盾は錬金術を用いた防具だ。効果は見た通り、大きさを変化させる。基本は現状の小盾だ。ここから二段階に大きさを変える。今日の戦闘で見せた大きさ、一般的に盾と言われて想像するサイズだな。そして直径一メートル以上の大きな盾だ」

「珍しいものなんですか?」

「レアかどうかで言えば、そこまででもないな。値段はそれなりにする。だが逆に言えば金さえ出せば買えるものでもある。持っている人はそこそこいるだろう。これよりも高いものもあって、それは大きさと形と重さを変えられる」


 バルームが使っているものは大きさを変えられるだけで、重さはもっとも大きいサイズのものに固定されている。


「ちなみにこういった錬金術を用いた武具を錬器武具と言うんだ。一般家庭でも錬金術を用いた道具はあるし、それの武具版だと思えばいい」


 火を使わないランタンや薪を必要としないかまどといったものは宿や一般家庭に当たり前にあって、ミローとイレアスにもなじみ深いものだろう。


「先生の使っているメイスとか鎧も錬器武具なの?」

「その二つは少しレアな鉱石を使った普通の武具だ。全部錬器武具でそろえられるほど儲けてはいなかったよ」


 ブレッドたちも主に使う武器や防具を錬器武具にしていて、ほかの部分は通常の武具だった。

 大抵のシーカーがそんな感じで、自分が得意なところに合せて武具を選んでいる。


「この錬器道具は一般的な錬金術師と職人が作ったものだが、腕のいい錬金術師と腕のいい職人が作ったものは上質品と呼ばれる。そんな中でも過去に存在した最高峰の錬金術師と職人が作ったものはアーティファクトと呼ばれる。王族や貴族の宝物庫に眠っているのが普通だな」

「普通ということは例外もあるんですか」

「ごくまれに遺跡で見つかったり、先祖が所有していたものを価値を知らない子孫がバザーで売ったりする」

「バザーで」


 遺跡はまだ納得できるがバザーは予想外だったのか、ぽかんとした表情でミローが聞き返す。


「滅多にでないけどな。シーカーがバザーをうろついているのを見たことがあるんじゃないか? そいつらは趣味の品を探すほかに掘り出し物を探しているんだ」

「詐欺とかないのかな」

「ある。騙される方が間抜けでもあるけどな。普通はバザーにでないから、ここだけの品とか言って売りにきたらまず怪しむもんだ」


 そういった詐欺師は目利きのできない駆け出しや若いシーカーを目当てにしているので、わかりやすい方ではある。

 事前に詐欺があるとわかっていれば対処は可能なため、祭りでバザーが開かれるとシーカー代屋では詐欺師に注意するように職員が言ってくる。

 駆け出し時代のバルームもそういった注意を受けていたので、バザーのときに声をかけてきた男の相手をしなかった。のちにそのときの男が兵に捕まったと聞いて、相手しなくてよかったと思ったものだ。


「二人もバザーのときに先祖のシーカーが使っていたすごい品を売ってやろうとか言ってくる奴がいたら無視するんだぞ。全部詐欺師だ」

「全部なんです?」

「全部だ。バザーで売りに出されるのは価値を知らないからで、価値を知っていればこっそり所有しておくか、高く売るもんだ。特別に駆け出しに売ってあげようと思う奴はほぼいない。いるとしたらその駆け出しにかなり世話になって、そのお礼として格安で譲ろうという状況くらいだ」


 そういった流れでアーティファトを所有しているシーカーをバルームは一人知っている。命を助けたお礼として安く売ってもらえたと教えてもらったのだ。


「ついでだから神器についても話しておくか。神器とは神が力を込めた品のことだ」

「すごそう」


 イレアスの単純な感想にバルームは頷く。


「そうだな。その感想で全て説明できる。力を込められることでその道具の特徴が最大限に引き出される。たとえばナイフの神器があるとする。それは切れないものはほとんどないという品になるだろう。ほかに防寒具の神器があれば、どれくらいの寒さだろうが平気になるだろう」

「単純だけどすごいですね」

「制限もそれなりにあるんだけどな。神器は誰でも使えるものじゃない。神が使用する人間を指定する。指定された人間以外が使ってもごく普通の品になる。例外もあるけどな。子孫を指定した場合もあって、その場合は子孫が受け継いでいる」

「聞いたことあるかもしれません。とても古い灯台が神様に与えられたものだって」

「俺が知っているものもそれだ。嵐がほかの場所よりも多い海域で、道しるべとなる灯台を先祖代々受け継いでいるという話だ。ほかの制限について話すぞ。神器は永遠じゃない。込められた力は数十年でなくなる」


 話に出た灯台も例外ではなく。力がなくなる予兆を感じ取ると、子孫が神に力をもらいに向かうのだ。

 そのときは国から派遣された騎士や兵に守られて、移動することになる。灯台の存在は国にとっても重要なのだ。


「力が抜けた神器はそこらへんの品と同じになるの?」

「いや、素材としてとても優秀だそうで、貴族や金持ちが高値で買い取るそうだ」

「アーティファクトも神器もそうそう見ることはできなさそうですねー」

「神器はわりと簡単に見ることができるぞ。神殿の重要書類が神器なことが多いそうだからな。俺も一度神器の書類には世話になったことがある」


 いや二度かと思い直す。ミローの指導に関して作られた書類は神器になっていそうだった。

 中堅のシーカーが使う武具店にはまだ到着しないので、自身の技について話し出す。


「リーダー格にとどめをさしたときに使ったものは俺の技だ。簡単に説明すると力いっぱい振り下ろしただけなんだけどな」

「それだけなんですか? 妙に力がこもっていたような」

「魔力を使ってなかった?」

「イレアスの言う通り魔力を使った攻撃だ。魔力ってのは強い意志で想像通りに変化する。あのときに込めた意志は腕の強化とメイスの硬化。そして得意な振り下ろしを組み合わせて、技にしたんだ」


 農作業の経験が生きた技だ。鍬を何度も振り下ろした経験が技に繋がったのだ。


「ちなみに魔力が意志によって変化するといっても、魔術師と同じことができるわけじゃない。魔術の才がなければ、魔力を火や水に変化させられない。魔術師が身体能力を強化してくれた方が大きな効果を得られる。魔術の才がなければ、技の補助として使うのがせいぜいなんだ」


 使用する魔力の量も魔術師の方が効率はいいのだ。


「ミローもいつか魔力を使った攻撃をするときがくる。そのときはどんなふうに魔力を使いたいのかしっかり思い描くように。そこらへんをきちんとしていないと、武器にただ魔力を込めただけになる」

「魔力を無駄にするってことでいいんでしょうか」

「ああ。実体のない魔物を攻撃するならそれでもいいんだがな」


 そこまで話すと店が見えてきた。

 店に入り、修理してもらいたい鎧と盾とブーツを預ける。

 簡単に鑑定してもらうと、ひどく損傷したわけでもないため、予測した費用ですむことがわかりバルームはほっとした。

 修理も五日あれば終わるということで、代わりとなる革鎧一式をレンタルし店を出る。


あとがき

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