第80話 迫る異変 2

 ヒムスの家は鍛冶の際に出る音を考えてか、町の外れにある。今は静かで誰かいる気配もない。

 

「ごめんください」


 玄関をノックしたがやはり反応はなかった。

 それを見ていた近所の住人が留守にしていると声をかけてくる。


「父親が行方不明と息子さんに聞いたんですが、今日も探しに行っているということでしょうか」

「あら、知っていたのね。ヒムス君は朝から出ているわよ」

「だいたいいつ頃帰ってきます?」

「そうねぇ……ここのところ日が落ちて帰ってきているみたいね。辻斬りが出るから危ないと思うのだけど」

「時間を忘れて探すくらい心配ということなんでしょう」

「二人だけの家族ですものね。心配になるのは当然よね」


 住民に別れを告げて、四人は一度宿に戻る。

 待機していた兵に日が落ちてから出かけることを告げる。


「なにか用事でもあるのか? 酒を飲みたいってだけならやめておいた方がいいと思うが」

「今日の午前中にあった襲撃に関する情報が得られるかもしれないんだ」

「本当か? それなら俺たちも一緒に行くぞ」


 それには及ばないとバルームは首を振る。


「まだ推測段階だから俺たちだけで調べる。別件も絡んでいる可能性があるから漏らしたくない情報があるしな」

「別件?」

「まだ雪が降っている頃に、カルフェド様の領地にある村が賊に襲われたのは知っているか?」

「ああ、同僚が調査に行ったとか」

「俺たちはそれに同行したんだ。それの関係者がここでもなにかやった可能性がある。あの調査はクルーガム様も関わっているからな、あまり情報は広められない」


 神が関わっていると聞いて、兵は納得した様子だ。

 渡せる情報はきちんと渡すとバルームが付け加えると、兵はそれ以上粘ることもなかった。

 

「辻斬りへの警戒は怠るなよ」

「わかっているよ。そういや襲撃した男たちを追っていった兵は帰ってきているのか?」

「戻ってきているぞ。話を聞いたが見失ったらしい。予め逃走ルートを確保していたようだな」

「どういった方向に逃げたとかもわからないのだろうか」

「町の中に入ったみたいだ」


 隠れ家を確保されていて、そこに潜まれたら探しようがないと兵が言う。

 そうだなと頷いてバルームは話を切り上げ、ミローたちと部屋に戻る。

 武具を外し、夕食までのんびりとした四人は、再び武具を着込んでヒムスの家に向かう。

 人通りの少ない大通りを歩いていると、警邏の兵たちになにをしているのか聞かれる。急ぎの用事で知人のところまで行くと答えると、危ないから手早く用事をすませて帰るようにと言われて解放された。

 話に聞いている辻斬りとは体格が一致せず、加えてミローたちのような少女を連れた辻斬りはいないだろうと判断されたのだ。

 ヒムスの家に到着し、木製窓の隙間から明かりが漏れているのを確認し、玄関をノックする。

 二度ノックすると屋内で人が動く気配がした。


「はい……あなたたちは」

「どうも、ヒムスさん。お話をいいかな?」

「お話ですか。いえ、それより名前を言いましたっけ」

「クルーガム様から聞いたんだ」


 神からなぜ自分の名前がでるのかと心底不思議そうなヒムスに、再度話を聞きたいと伝える。

 戸惑いつつヒムスは四人を中に入れる。

 ヒムスしかいない家は静かで、ヒムスの雰囲気につられるように寂しげなものがあった。


「水くらいしかだせないが」


 四人分のコップをテーブルに置いて、なにを聞きたいのかと言いながらヒムスは椅子に座る。


「父親は見つかったか?」

「いや、さっぱりだ。魔物に襲われたあと獣に食われてしまったのかもしれない」

「見つかってないか。父親の特徴なんだが」


 そう言ってバルームはミローたちにも協力してもらい、午前中にちらっと見た男の特徴を伝えていく。

 それにヒムスは驚いた顔になった。


「な、なんであんたらが父さんのことを知っているんだ。見たことないだろう。もしかしてどこかで見たのか!?」

「今から言うことにショックを受けるかもしれん。ひとまず落ち着いてくれ」


 なにを言おうとしているのかわからないが、ヒムスはなにを言われてもいいように深呼吸してひとまず心を落ち着かせる。

 表面上は落ち着きを見せたヒムスにバルームは、兵を襲った男について話す。


「林で父さんが兵を襲った?」

 

 意味がわからないと呆けた様子で聞き返す。


「俺たちだけじゃなく兵たちも、素顔を見ている。さっき語った男の特徴が父親のものと一致するなら、襲った男と父親は同一人物なんだろう」

「いや待ってくれ。父さんに兵を襲う理由なんてないぞ!? 恨みを持っているなんて話を聞いたこともない」


 武器を造れないことの愚痴といったものなら聞いたことはある。しかし兵や領主たちに不満を持っていた様子はないのだ。


「そこに関しても確認したいことがあるんだ。父親が剣を打ったと言っていたよな」

「なにが関係しているのかわからないが、確かに父さんは剣を打った」

「そのときに使った材料に、なにかの破片を使わなかったか」

「破片?」

「大事なことなんだ」


 ヒムスは剣を打ったときのことを思い出す。

 ヒムスも鍛冶師を目指していて、父から技術を学んでいた。

 作業の手伝いもしていて、剣を打ったときも手伝っていた。

 作業の最初から、剣に使う鉄を鉄鉱石から作るときも一緒にいて、そのときになにかの欠片を鉄に混ぜ込んだのを思い出した。


「……使った。剣を注文してきた客がこの金属も混ぜてくれと頼んできたと父さんは言っていた」

「その客の顔は覚えているか?」

「客が来たとき俺は商売のために外出していたんだ。研ぎ直し希望のナイフとかを持って帰ってきたら、剣の注文を受けたと嬉しそうな父さんがいた」

「父親がどういった人に注文を受けたとか話していたりは?」

「町の外から来た女だってことくらいしか聞いていない。綺麗な赤毛だったとも言っていたか」

「なぜ外の人間がわざわざヒムスの父親に頼んだんだろうな」


 そこはヒムスも疑問に思って父親に聞いた。この町には父親以外にも鍛冶師はいるのだ。そしてそちらの方が腕はいい。

 父親が言うには、先に二軒の鍛冶屋に行ったが忙しいということで断られたそうだ。

 まあそれなら納得できるかとヒムスも思ったのだ。

 そのときの会話をバルームにする。


「その二軒の鍛冶屋に話を聞きたいな。本当に注文を断ったんだろうか」

「断ったというのが嘘なら、なんらかの目的があってここに頼んだということでしょうか先生」

「かもしれないし、破片さえ使ってもらえればどこに頼んでもよくて、たまたまここを選んだ」

「その破片ってなんだ?」


 ヒムスが聞く。


「詳細は避けるが、以前その破片を手に埋め込んだ男が盗賊を操ったことがあったんだ。ヒムスの父親が持っていた剣にその破片と同じ気配がある。もしかしたら破片を埋め込まれた剣は人を操れるかもしれないと推測している状態だな。ちなみに父親が剣を打っているときにおかしな様子があったりしたか?」

「おかしいといえる様子はなかったと思う。いつもより集中していたけど、それはようやく剣の注文を受けて、良いものを作ろうと思っていたからだと思うし」

「そうか。ああついでに注文をした客は剣を受け取りにきたり、進展の確認にきたんだろうか」

「きていない。注文を受けて二ヶ月後に受け取るにくるようになっていた。そろそろ期限だけど」

「受け取りにきたら捕まえて話を聞きたいけど、来るのかな」


 イレアスが望み薄だろうと思いつつ言う。それにミローとピララは来ないだろうなと思った。


「破片を使ったらどうなるのか実験をして、その結果を遠くから見るとかしてそう」

「父さんは利用されて使い捨てられるってことかよっ」


 あまりに勝手な依頼主の行動に、ヒムスは怒りを露わにしてテーブルに拳を叩きつける。

 イレアスの言葉は推測でしかないが、行方不明の父が襲撃をしているということで、依頼主の行動もまったくの的外れではないのではと思えたのだ。


「どうすれば父さんを連れ戻せる?」


 睨むようにヒムスはバルームたちを見て言う。


「わからん。夜の町を歩いていれば偶然遭遇するかもしれないが。それよりもクルーガム様に報告した方がいいだろう。この町を見張ってもらって辻斬りがあれば、その周辺に潜み逃走の手助けをしている誰かを追ってもらう」


 欠片の持ち主は追えなくとも、協力者なら追えるだろう。


「クルーガム様が手伝ってくれるだろうか」

「破片に関してはクルーガム様も知りたがっているからな。おそらくは大丈夫だろう」


 そういうことなら早速行こうとヒムスは立ち上がる。

 五人は神殿に入り、神託の間に入る。


「クルーガム様、ヒムスを連れてきました。彼の父親が打った剣に破片が使われていたようです」

「お前たちの会話は聞いていた。綺麗な赤毛の髪の女について探ってみたが、この町にはいないようだ。もしくは破片を埋め込んでいるから俺の感知から外れているか。ヒムスの父親の方も気配がない」

「クルーガム様も父さんが辻斬りだと考えていらっしゃるのでしょうか」


 違ってほしいと願いながらヒムスは聞く。


「破片が関わっているなら、それに間近で接していたお前の父親が一番の候補だと思っている」


 否定どころか肯定するような返事にヒムスは肩を落とした。


「ここの領主に頼んで、兵に話を聞けるようにしてはいかがでしょうか。もしかしたら門番や警邏をしていた兵がその女やヒムスの父親の出入りを見ているかもしれません」

「そうしよう。辻斬りの監視に関しても引き受けた」

「クルーガム様は今回の犯人の狙いはわかりますか? 辻斬りではなく、欠片を持ち込んだ女の狙いです」


 ミローが聞く。推測でもいいからなにかしらの話を聞けないかと思ったのだ。


「おそらくと前置きするが、神器に宿る力を狙っているのかもしれない。あの旅人は神器の効果ではなくそれに宿る力そのものを気にしたそぶりがある」


 バルームたちがロークートに向かっている間に、旅人が神器を探していたと記録を読めたのだ。現役の神器だけではなく、役割を終えた神器でもいいようで、それならばここの神器も該当する。


「ここの初代は神器を授かったとセレネ様が言ってましたね。その神器を欲して、辻斬り騒ぎを起こした? 皆の目を辻斬りに集めて、その間に神器を盗むつもりなのでしょうか」

「それなら既に盗みを実行してもおかしくないと思うんだが。辻斬りは何度も行われた。注目を集めるには十分だろう。クルーガム様、神器はまだ領主が所有しているんですよね」


 領主の屋敷に慌ただしさはなく、賊が入ったという噂も聞かず、まだ盗まれていないのだろうとバルームは考えた。

 それをクルーガムは肯定した。


「神器は保管されている。だから犯人は盗みのほかに別の目的もあるのかもしれない」

「この町に特別ななにかがあるんですか?」


 神器のほかに特色でもあるのかとイレアスは聞く。


「ないな。土地が特別でもなく、大昔のなにかが隠されているわけでもない。ここらでは人が多めということくらいだ」

「神器を盗むついでに、なにかをやっている? 情報が少ないから狙いがわからない」


 情報不足と言うイレアスに皆が頷いた。

 話はここで終わりとなり、神官たちへの伝言を込めた光を渡されて五人は神託の間から出る。

 伝言の光を近くにいた神官に渡して、外に出る。

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