第39話 セブレンの話 2

 続きを聞いていいものかとバルームが躊躇ううちに、セブレンは続ける。


『神様たちに呼ばれたときの私にはなにもありませんでした。家族は死に、仲間も死に、愛した先生も死にました。守りたい存在はなく、頼るべき存在もおらず、弱者を助けたいという過去に抱いた思いをもとにただ異種を殺すだけの日々でした』


 愛と口にしたセブレンにバルームは少しだけ動揺する。

 それを見てセブレンはくすりと笑う。

 バルームは照れ隠しに咳払いして質問する。


「……皆死んだのか」

『はい。先生は異種との戦いで殿を務めて死にました。ピララは同じく殿をして生き残った人からその話を聞いたときに自殺。イレアスは先生の遺体を探しに一人で行動しようとしましたが、私がついていき、しばらく一緒に行動した末に異種に殺されました。家族は異種が町で暴れて、そのときに』


 そういった結末かと、未来の自分がたどった最後をバルームは複雑な思いで聞く。

 厳しい状況で進んで殿をやる気はないが、そのときの世界情勢を考えるとなくもないと思える。それならきっと納得して殿を務めたのだろうとも思う。

 ミローとイレアスも本当かどうかわからないが、語られる未来に顔を顰めている。ピララはバルームを傷つけたセブレンの話をまともに聞く気がないらしく、バルームにくっついて寝息を立てていた。バルームが死んだと聞けばどのような反応を示すかわからないため、その方がよかったのだろう。


『そうやって全てを失った私にクルーガム様がもう一度皆に会える可能性を示しました。それが過去に向かうという話です。ただし絶対上手くいくわけでもないとも言われました。事実、私と同じように過去に送られた人たちの反応が感じ取れません。おそらく時間を移動するときにほとんどが脱落して、成功しても移動でかかった負担によって魂を入れた器が砕けるなりして死んでいったのだと思います』

「それならセブレンも含めて、全滅した可能性もあったんじゃ?」


 ミローがそう聞くと、セブレンは頷いた。


『それでも神々にとってはやらなければならないことだったんでしょうね。私たちとしても会いたい人たちに会える可能性にはすがりたかった』

「こうして会えたことで目的の一つは達成したのか」

『はい! 本当に会いたかったです。イレアスもピララもですけど、なにより先生にっ』


 握る手に力が込められる。


「ずいぶんとそっちの俺はセブレンに好かれているんだな」


 なにをしたのかと言って首を傾げるバルーム。


『特別ななにかはしていませんよ。クルーガム様が言っていたことを思い出してください。私と先生は相性がいいと言っていましたよね。それは指導面だけではなく好き嫌いといった面にも適用されるんですよ。そんな私にしっかりと指導してくれて、困ったときに助けてくれて、楽しい日々を過ごしてくれた。好きになるのも当然です』


 あなたもそうでしょうとセブレンはミローに言い、ミローは思い当たることがあるようで照れたように顔を赤くした。そんな顔を見られないように俯き両手で隠す。


『そんな先生に会うのも目的ですけど、少しでも生き延びる確率を上げるのも目的です。だから錆落としをしてもらいました』

「ふーん……この先錆落としをしておかないと困ることでもあるのか?」

『はい。少し先のことですけど、超魔との戦闘があります』


 超魔と聞いてバルームは目を丸くする。


『そこで先生は時間稼ぎとして超魔と一対一の戦いをやりまして、後遺症の残る怪我をしました。私たちの指導に集中していて、自身の鍛錬は控えていたことが原因で負った怪我です。その怪我はその後の鍛錬にも影響が出て、殿をやったときに生き残れなかった』

「超魔相手に生き残るだけでもすごいけどな。でも率先して戦うことはないと思うんだが」


 超魔なんて危険な魔物に自ら挑むという選択を取ることはないと断言できる。ちょうどジャネリという町一番のシーカーが戻ってくるのだから、そちらに任せると判断するのが自然だった。


『超魔が魔物の群れを引き連れて町を襲撃したんです。先生は私の家族がいるから別の町に移動できなくて。そして領主様からスキルを使った時間稼ぎを依頼されました。先生が時間を稼いでシーカーたちへの被害を押さえている間に、魔物の群れを兵とジャネリさんたちと町のシーカーたちが蹴散らして、その後超魔と戦うという作戦でした』

「襲いかかってくるのは超魔一体だけじゃないのか。俺のスキルを知られているなら依頼は理解できるな」


 ゼットたちをレッサータイガーから助けた件で、シーカー代屋には挑発のスキルを持っていると知られている。そこから領主に情報が流れたのだろうと推測する。


「倒せというなら無理だが、ある程度時間を稼ぐというのなら可能かもしれんな」

『はい。三段階目のスキルもあって、先生はやりとげました。それなのにっあいつらは実際に倒した者が優先だって高級ポーションを先生に使わなかったんです! 後遺症が残ったのはそのせいでもあります』


 いまだに怒りを抱いているのか、セブレンの語調が強くなる。

 その判断を下したのは領主の部下だ。高級ポーションはかなり高価で、使わずに売って町の復興費の足しにしたり、貴族など渡して恩を売りたかったのだ。

 戦闘処理をしたあとに、バルームの回復が遅れていることに疑問を持った領主が調査を行い、高級ポーションが使われなかったことを知った。功労者の一人を労わらない行為に怒り、処罰を下したのだ。部下はそれで家財没収ののち、町から追い出されている。

 その処罰に関してセブレンは、当時は胸がすっとしたのだが、今はもっと厳しくしてよかったと思っている。バルームの死に繋がっているのだから、追放だけではわりにあっていないと思うのだ。


『詫びとしてお金は追加で払いましたが、それで後遺症が治るわけもなく。だから今回はそんなことにならないように錆落としをと思ったんです。強くなれば不覚をとることはないと思って。そして今後は先生自身の鍛錬も重視してもらいたい』

「超魔とか出るなら鍛錬に力を入れるが、超魔出現を領主に報告すれば動いてくれないか? 準備さえすれば俺の出番はないんじゃないかと思う」


 バルームは貴族を好んではいない。それでも大事件が起こるとわかれば情報を渡す程度はする。

 なぜ貴族が嫌いなのかというと、村の護衛依頼のはずが捨て駒にされたことがあるからだ。

 以後、貴族には警戒心が先に立つ。


『証拠がありません。超魔を発見できればいいんですが、どこにいるかわかりません。だから兵たちは動かせません。この時期はたぶんレッサータイガーが移動した時期ですよね? その移動に関連していて領主やシーカー代屋も調査していたようですけど、超魔を発見できなかったようなんですよね』

「どういった超魔なのか教えてくれ」


 もしかしたら超魔とは思われていないが、発見されてはいるかもと思い聞く。


『大虎人(だいこじん)と呼ばれていました。レッサータイガーとトロルと人間の魔力が混ざって生まれた魔物です。虎の頭と体毛を持つ、五メートルの巨人です』


 それだけ目立つ魔物ならば噂の一つでも流れているはずだ。

 しかしそういった噂はバルームは聞いておらず、発見されていなかったという話の根拠の一つになるだろう。

 ちなみに現状発見されていないのは生まれた超魔がまだそこまで大きくなっていないからだった。誰かが見つけても、トロルといった大型の魔物と勘違いされるだろう。討伐依頼を出す間に、大虎人はよそに移動して討伐できにない。


「人間の魔力が混ざることもあるのか」

『珍しいことですけど、まれにあるんだそうです』


 ミローがふと気づいたように口を開く。


「クルーガム様なら気づいているんじゃないでしょうか。クルーガム様からの言葉なら領主様も動くと思いますけど」

『それなら調査は出すでしょうけど、見つかるかどうかわからない。防衛を固める方向で動くと思うわ。だから超魔との戦いは町で起こるでしょうね』

「さっきも言ったが準備が整うなら、俺の出番はないんじゃないか?」

『万全の準備を整えても、トンクロンの設備だと超魔を含めた魔物の進撃は止められないと思います。だから町から離す役割は必要になるかと』

「出番は覚悟しておいた方がいいんだな」


 自身のスキルは誘導にうってつけだとわかっていて、未来の自身と同じように依頼がきそうだと思う。


『ひとまず私の目的はこのくらいですかね。まとめると鍛錬を本格化してください。超魔と戦う覚悟を持っていてください。領主との交渉は部下が勝手なことをできないようにしっかりとしてください』


 バルームは頷く。セブレンの話が本当だという確証はないが、気を付けておいて損はないと思えた。


『次に神の目的です。これは私が経験した時代にさせないことが目的ですね。そのために不死の王のもとへ、未来の彼が間違っている部分を指摘した術式を持っていき、今のものは失敗すると示すことです』

「長年研究したことなんだろうし、すぐに納得できるもんかね?」

『一応未来の不死の王からのメッセージも預かっています。それでも納得できないかもしれないけど、伝えなければ苦難の未来しか待ち受けません。そんな未来を迎えないためにもしっかりと実力をつけてもらいたい』

「ん? 実力をつける必要があるのか?」


 超魔相手に鍛える必要があることとはまた違う用件と取れて、聞き返す。


『術式を持っていくのはミローです。それに先生たちもついていくでしょう?』

「私が行かないといけないの!?」


 クルーガムに預けたら、神々の目的は終わりだろうと思っていたミローは驚く。


『術式は私の中にあって、私を扱えるのはあなただけ。神であっても私を扱うのは無理。だからあなたが行かなければいけないの』


 セブレンの魂が込められた神器は上位の神々と不死の王たちが協力して作ったものだ。

 クルーガムのような下位の神ではどうこうできないし、上位の神でも無理に扱おうとすると壊れる。

 スムーズに術式を渡したいのならミローが扱うしかないのだ。

 例として示すなら、この神器は複雑で頑丈な鍵を持つ金庫だ。ミローは鍵を持っているがそれを渡せないため、神々が開けようとするとピッキングツールでどうにかするしかない。そして開錠の成功確率はとても低く、失敗すれば防犯装置で中身が駄目になる。

 安全に開けたいならミローが開けるしかないのだ。

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