第11話 戦闘初日 1

 六日の時間が経過する。

 ミローとイレアスは下水掃除にだいぶ慣れて、初日ほどに疲労はせずに掃除を終わらせて、役所から報酬をもらい家と宿に帰る。

 バルームも少し遅い夕食といった時間に狩場から帰ってきた。

 宿までにある食堂で夕食を終え、宿に入る。自室に戻る前に、イレアスの部屋の扉をノックして声をかける。

 顔を出したパジャマ姿のイレアスは「あ」と呟いて、おかえりなさいと小さく言ってくる。


「ただいま。留守中になにか問題はあったか」

「特になかった。役所の人にまた掃除の依頼を受けてもらえるかどうか聞かれたけど、わからないと返した」

「一度やれば十分だしな。ミローとはどうだ、喧嘩とかしたり」

「してない」


 するわけないと少しだけ怒ったような表情で言う。


「恩があるからと遠慮はするなよ? 特に魔物討伐とか依頼の話ではな。前も言ったが、ミローはその性格から無茶も引き受ける可能性がある。それを止めたりできるのは仲間のお前なんだから、遠慮せず駄目なものは駄目と言えよ?」


 わかっていると頷く。


「ならいいが。それじゃおやすみ。しっかりと疲れを抜くようにな」

「おやすみなさい」


 言い終わりイレアスは扉を閉める。

 バルームも部屋に戻り、荷物を置いて、洗濯物を荷物から出して、ベッドの上に置く。

 一度部屋から出て、水をもらって部屋に戻り、体をふいて汚れを落としていく。

 落ち着いた様子のバルームは酒でも飲もうと、宿から出ていった。深酒はせずに一時間ほどで帰ってきて、いい気分で横になった。


 翌朝イレアスとともに朝食を取ったあと、フロント近くの椅子に座ってミローを待つ。


「おはようございます! あとおかえりなさい」

「おう、おはよう」


 ミローは父親からの言葉を伝える。バルームは礼を受け取り、受け取ったことを伝えておいてくれと頼んで、椅子から立ち上がる。


「それじゃ防具を買いに行くか。イレアスには朝に言っておいたが、ミローは金を持ってきたか?」

「はい。棒の代金を渡しておきますね」


 店で聞いた値段をバルームに渡す。イレアスも同じ分だけバルームに渡す。


「たしかに」


 それをポケットに入れて、バルームは歩き出す。それに二人もついていく。

 以前も行った店に入ると、店員は三人を覚えていたようで、防具の購入か聞いてきた。


「そのとおりだ」

「承知いたしました。少しお待ちください」


 すぐにほぼ白のグレーと黒と緑とアイボリーという四着の貫頭衣を持って戻ってくる。


「色はこの四種類です。お好きなものをどうぞ」

「この中だとグレーかな」


 少しだけ迷った様子を見せてミローはグレーを選ぶ。

 イレアスは特に好みはなかったようで、ミローと同じものを選んだ。

 店員はグレーをもう一着取ってきて、会計に移る。

 会計をすませて、またのお越しをお待ちしていますという声を背に三人は店を出た。


「次は靴だ。シーカー用の靴も扱っている店を見つけてあるから、そこに行くぞ」

「なんて名前の店ですか? 兄も靴屋で修業をしているので、もしかすると同じところかも」

「そうなのか。たしかベッセ靴屋ってわりとシンプルな名前だったはずだ」

「ああ、そこです。兄が住み込みで修業しているところです」


 こんな形で行くことになるとは思っていなかったとミローは楽しげに言う。

 向かう先は表通りから少し外れたところにある。

 看板と一緒に、シーカー用の靴も扱っているという文字も書かれていた。

 工房の入り口に移動して、そこから中に入る。ここは工房と住居が一緒になっていて、工房の片隅に応接用のスペースがある。

 入ってきた三人に、四十歳ほどの男と十八歳ほどの青年が顔を向けてくる。


「ミロー? なにか用事か?」


 たまに両親からの伝言などでミローが店に来ることがあり、今日もそういった用事なのかと思ったのだ。


「おにい、おはよう。今日は客としてきたんだよ」

「この二人の駆け出しシーカーのために専用の靴を作ってもらいたい。予算は二人合せて赤硬貨五枚だ。膝半ばくらいのブーツタイプで頼む」


 一歩前に踏み出したバルームがどのような靴が必要か口に出す。

 ムアルはシーカーに必要ということで、妹が本当にシーカーとして活動を始めたのだと少しばかり驚きの表情となった。


「その予算でできる靴は、駆け出しには少し上のランクだがいいのか? 赤硬貨一枚でも駆け出しには十分すぎると思うぞ」


 店の主である男がバルームに聞く。


「少し上くらいなら問題ないだろ。金貨とかならやりすぎだと思うが」

「まあ、その値段のものならたしかに問題はないな」


 今日買ってすぐ履くわけでもないのだ。完成まで少し時間がかかるので、それまでには今よりも靴に見合った強さを得ているだろう。


「それじゃその予算で頼む」


 と言って、赤硬貨五枚を店主に渡す。


「任された。ムアル、お前が主導でやってみろ。妹の安全に繋がる靴だ。気合が入るだろう?」

「俺がですか。万が一を考えると親父さんにやってもらいたいんですけど」

「この予算の靴なら作れるだけの腕はある。それは保証してやる。あとはどれだけ真剣にやれるかだ。今回の依頼はちょうどいいんだよ。手を抜けない依頼だからな」

「……わかりました。やらせてもらいます」


 ムアルは深呼吸して、客対応へと気持ちを切り替える。


「足のサイズなどを計るのでこちらへどうぞ」


 対応を真面目なものにした兄にミローは思わず笑い声を漏らすが、それをムアルはスルーした。

 椅子に座ったミローとイレアスは靴と靴下を脱いで、ムアルにサイズを計ったり、足裏の形を紙に残されたりしていく。

 それを見ながらバルームは店主に、ここではどれくらいのものができるのか尋ねていく。自分の靴が壊れたときにここで修理をしてもらおうと思ったのだ。


「素材によっては俺の手に負えないことがありますね。シーカーとしてのランクはどれくらいなんでしょう」

「ぎりぎり中の上ってところだ。持っている靴は二つあって、使っている素材はレッドリザードの皮と銀ワニの皮だ。今はいているのがレッドリザードだな」

「それだと調整くらいですな。修理もおぼつかない。シーカー専用の腕のいい職人を紹介できるから、修理したいときはそっちに行ってほしい」

「そうさせてもらう。あの二人の靴はどれくらいで完成しそうだ?」

「あれだけに集中させるつもりなんで一ヶ月」

「早いな」


 以前バルームがほかのところで作ってもらったときは二ヶ月と少しといった期間だったのだ。


「今あいつが担当している客はいないのでね。あの子らの靴だけを作れるんですよ」


 自分のときはほかの客の靴も並行して作っていたなとバルームは納得する。

 店主は靴作りに戻り、バルームはミローたちの作業を眺めて時間を潰す。

 サイズの計測が終わると、使う皮の相談に移る。通常駆け出しの靴は一種類の皮なのだが、お金を多めに出したことで選べる種類が増えていた。その中から動きに合うような皮を選ぶことになる。

 三時間ほどじっくりと相談し、ひとまず終わる。

 三人が店から出ると、ムアルは作る靴の情報が書き込まれた紙を店主に見せる。それの修正を受けてから早速作業を開始する。

 

 早めの昼食を取ると、一度そこで解散になる。

 午後からは町の外に出て魔物と戦うので、棒をとってくる必要があったのだ。

 買ったばかりの貫頭衣を着た二人と一緒にバルームは町から出て西に進む。ミローは午前中と違って、髪をまとめてある。

 初めての戦闘ということでミローもイレアスも緊張した様子だ。


「だいたい一時間くらい歩くぞ。そこにいるのは鼠の魔物だ」


 戦う魔物の情報がわかれば少しくらいは緊張が解れるだろうとバルームは歩きつつ話す。

 

「大きさは犬と同じくらい。通常の鼠と比べて大きい分だけ動きは遅いが、それでも油断するとあっという間に接近して噛みついてくる。噛まれたら肉は簡単にえぐられる」

「えぐられるんですか」


 想像したのだろうミローもイレアスも痛そうに顔を歪めた。


「狙うのは足ばかりだから、常に動いていればまともに噛まれることはない。かすって切り傷になることはあるだろうが。急接近されたら攻撃よりも一歩下がるといったことを意識すればいいだろう」

「それで怪我はしないですむ?」


 イレアスに聞かれ、バルームは一体だけならばと返した。


「複数で襲いかかられると、今の二人だと対処できないだろう。だから最初は二人で一体を倒してもらう。スキルが出るまでは二人と一体の戦いという感じだ」


 スキルが発現すれば、どんなスキルが出てもスキルなしの今より戦いは楽になるだろう。


「最初は俺と鼠の戦いを見てもらって、鼠がどんな動きをするのか観察してもらうつもりだけどな」

「ぶっつけ本番ではないんですね」

「一応棒を振って指導したり、情報を渡しているから、ぶっつけ本番でもいいかと思った。だが実際に魔物を前にすると緊張から動きがとても鈍くなりそうでな。戦う前に、魔物というものを感じてもらうことにした」


 実際に動きを見て、倒されるところを見れば、ぶっつけ本番よりはまともな動きができるはずと考えたのだ。

 あと口には出さないが、二人がピンチに陥ればスキルを使って、鼠の魔物のヘイトを自身に向けるつもりだった。


「あと言ってないことはなんだろうな……倒すのに時間がかかるだろうから焦らないことか」

「どれくらい時間がかかるんでしょう」

「一時間を超えてもおかしくはないと思っている」


 そんなにとミローは驚きを顔に出した。一番弱い魔物と聞いていたので、慣れていなくても十五分くらいだろうと思っていたのだ。


「立ち回り方とか、どう攻撃すればいいのかとかまるでわかっていない状態だから、最初は時間かかるもんだ」

「先生も最初はそんな感じだったんですか?」

「俺のときは四人で囲んだから、一時間はかかっていない。それでも一時間近くはかかっていたはずだ。ミローたちのように素振りとかしていなくて十分な準備もできていなかったからな」


 予定通り一時間ほど歩いて、周辺にはまばらに若いシーカーたちの姿が見える。

 一組だけバルームたちのように若手と熟練が混ざっているパーティがある。


「私たちのように指導ですかね」

「いやあれは、スキル目当てだな。就職にスキルがあれば有利になることがある。そのためにシーカーを雇って十体の魔物を狩るのは珍しいことでもない」


 戦い方を見ると熟練がメインで戦い、若手は弱ったところを叩いている。あれでは戦闘のスキルは期待できない。防具もきちんとしたものではなく、まともな戦闘を想定していないことも見抜ける。

 なるほどなぁとミローとイレアスが他人の戦いを見ているうちに、バルームは鼠の魔物を探し一体だけでいるものをみつけだした。その近くにシーカーもいないので、横取りにもならない。


「戦えるのを見つけたから行くぞー」


 はーいと返して二人は、早足で歩き出したバルームについていく。

 鼠の魔物の近くにはモグラらしき死骸があった。それを食べて休憩中なのか、じっと丸まっている。しかし警戒はしているようで、耳が何度も動いている。そして三人が近づくと顔を上げた。勘でバルームとの力量差を見抜いたようで、すぐに逃げようとする。

 そこにバルームのスキルが飛ぶ。挑発のスキルによって逃げようと思ったことを忘れた様子で、バルームに襲いかかる。

 脛に噛みつこうとしてくる鼠を足でいなし、ミローたちに顔を向ける。


「ここに来るまでに話したが、こんな感じで足を狙ってくる。知恵が回る方でもないからフェイントを入れてくることもない」


 バルームは説明しつつ、一歩下がったり、横にずれたりといった少ない動作で鼠の魔物の攻撃を避けていく。

 五分ほどかけて鼠の行動を二人に見せて、十分だろうと判断すると鼠の魔物の攻撃に合せて、軽い蹴りを放つ。それを受けた鼠の魔物はコロンと一回転してすぐに起き上がる。


「動きになれたら、こんな感じで蹴って体勢を崩すこともできるが、最初は避けることに集中した方がいいな」


 また攻撃を避けていき、鼠の魔物が動きを止めて少し体を沈める。


「おっと、この動作をしたらジャンプして上半身を狙ってくるぞ」


 バルームが言い終わると同時に、鼠の魔物は口を大きく開いてバルームの顔をめがけて跳ねる。

 それをバルームは上半身をそらして避けて、鼠の魔物の背を左手で掴むと地面に叩きつけ、腰からとったメイスを右手で持って振り下ろす。

 その一撃で鼠の魔物は動かなくなり、死体が消えて前歯が残る。鼠が残すのは前歯と皮と肉だ。

 前歯を拾ってから、ミローたちを見る。

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