第7話 指導初日 1
朝が来て、バルームとイレアスがともに朝食をとって少し時間が過ぎるとミローがやってくる。
最初にミローはイレアスの部屋に行き、声をかけてからバルームの部屋をノックする。
入室許可をもらった二人は部屋に入り、ベッドに腰掛けるように勧められ座る。
「今日からシーカーとしての指導をしていく。昨日も言ったように知識からだ」
「よろしくお願いします」
ミローが頭を下げて、イレアスも一拍遅れて頭を下げた。
「最初はシーカーそのものがどういったものか知るところから始めようか。イレアス、お前にとってシーカーとはどういったものだ? ミローはシーカー代屋で聞いたかもしれないから黙っているように」
ミローはこくりと頷き、イレアスは改めて考えてみる。だが特別な答えは出てこず、知っていることを口に出す。
「魔物を倒したり、誰かの依頼を受ける人」
「そうだな。それでおおよそ合っている。しかし順序があるんだ。シーカーの仕事は魔物の討伐が第一。護衛とか採取といったものはあとから付け加えられた仕事だ。魔物というのは人間よりも強い。それを放置すればどんどん増えていって手が付けられなくなる。だから討伐を積極的に行っていく必要がある」
ミローが手を挙げて口を開く。
「それを聞いて疑問に思ったんですけど、兵士さんがいるのにシーカーの仕事がよく成り立ってますよね」
「兵士だけだと数が足りないんだ。ここのような町だと兵士は当たり前にいるが、小さな町とか村だと住民が自衛しようする。そういった人たちは町を守るという方向性であって、魔物討伐には積極的じゃない。小さな村だと村付きのシーカーを求めることも珍しくない。使い潰されることもあるから専属になるのは注意が必要なんだけどな」
シーカーとはそんなものだとバルームが言い、二人は頷いた。
「じゃあ次だ。シーカーになるわけだが、最初にやることは神殿に行って指輪をもらうことだな。じゃあその次はなにか」
「今度は私が言ってもいいんですか?」
「いいぞ」
「だったら武具を買うためにお金を貯めることです。昨日先生が言っていたけど、いきなり魔物に突っ込むのは無謀だし」
「当たりだ。その部分を補強するぞ。買うものはどういったものがいいと思う」
今度はミローも即答できずに考える。
「やっぱり町を歩くシーカーのような武器と防具でしょうか」
「それに加えてポーションだな。なにがあるかわからないから即座に回復できるものは最低でも一つ持っておけ」
「ポーションを見かけたことありますけど、高かったんですけど」
ミローが見たことのあるポーションの値段は、赤硬貨一枚という一人の十日分の食費とほぼ同額だった。
「駆け出しが買うには高いのはたしかなんだが、それだけの価値はあるんだ。それに店に出ているものは高品質版よりはましな価格だぞ」
「高品質版とかあるんですか」
「店に出るものは錬金術師の力のみで作られている。それでも骨にひびが入った程度なら即座に治るんだが。高品質版は治癒術師の協力を得て、作られるものだ。それは死にかけの大怪我でも治してくれる。効果が高い分、値段も高いけどな。金貨十枚だったか」
「高ーい!」
ミローは驚きから大きく声を出し、イレアスは見たこともない金額に目を丸くしている。
「それを使っていたんですか?」
「危険だと思われる討伐のときは念のために買ったな。それがあるかないかで安心感が違うんだ」
「今も持ってたりします?」
聞いてくるミローの表情に好奇心が表れている。
「ない。最後は仲間の錬金術師が作れるポーションでどうにかなる討伐ばかりしていたからな」
そう言ってバルームは部屋隅の棚に置いてある鞄を探って、小瓶と小袋をとってくる。
「これがポーションだ。あと一ヶ月もすれば効力が切れる」
小瓶を受け取ったミローは様々な角度から見て、それをイレアスも隣から見ている。
ゆらすとチャポチャポと音がする。なんとなく少しだけ粘性がありそうな感じだった。
蓋を開けて匂いを嗅いでもいいか許可を求めて、バルームが頷くと蓋を開ける。葉物の苦さを感じさせる匂いだった。
「見た目はそこら辺にある酒瓶みたいですね」
「入れ物はなんでもいいからなぁ」
ポーションを入れてある小瓶は、徳利を小型にした外見だ。その小瓶自体は特別なものではない。
「それはお前たちが怪我したときに使う予定だな。使う前に効力が切れるかもしれんが。ポーションについてはこれくらいで、武具に話を戻すぞ」
ポーションをミローから返してもらい、テーブルに置いてバルームは話を続ける。
「武具やポーションを買うために金を貯めると話したな? ではどんな武具を買うのがいいと思う?」
「それは刃物とか金属の鎧といった、シーカーたちが身に着けているものだと思います」
イレアスもこくこくと頷き同意する。
「それを買うと無駄になるかもしれん」
どうしてなんだろうかと二人の表情に疑問がありありと表れている。
「スキルが関係しているんだ。得るスキルによって戦い方が変わってくる。それに合わせた武具を購入し直すことになりかねないんだ」
「スキルはどうしたら手に入れられるんでしょ」
「十体の魔物を倒せばいい。それでスキルは発現する。どうしてそうなのかはわからん。興味があるなら学者に聞いてくれ」
「一人で十体?」
「仲間と協力して十体だ。だからお前たちだと二人で一緒に戦って十体だな」
「わりと簡単そう」
「スキルを得るだけならな。誰と組んでもいいから戦いなれたシーカーを雇って一緒に戦ってもらってもいい」
「私たちだと先生と一緒に戦えるということですかね」
「俺は最初の一戦以外は力を貸すつもりがない。上位者と協力してスキルを得ると、戦いに向かないスキルを得ることがある。シーカーとしてやっていきたいのに、調理とか掃除の補助をするスキルを得たくはないだろう?」
二人は頷いた。あれば便利なのだろうが、魔物との戦いに役立たないものを得るのも困る。
スキルが成長すればそれらでも戦闘に役立つ可能性はある。しかしその可能性にかけるというのも、あまり分の良い賭けではない。
「スキルの話はここまでとして、実際に買うものについて話すぞ。それは振りやすい棒と丈夫さをメインに作られた服だ」
棒はただ削ったものではなく、折れにくく持ちやすく加工されたものだ。服は普段着の上から着られる貫頭衣だ。
「これに丈夫な靴も加えて、駆け出しセットと俺のいたところでは呼ばれていた」
「買うものに靴はありませんでしたけど、買わなくていいんですか?」
「それは俺が祝いとして買ってやるさ。二人には明日から棒と服を買うためにきつい仕事をやって金を貯めてもらう」
「体力には自信がない」
自信がなさそうにイレアスが言う。
これまでの生活では体力がつくような過ごし方はできなかったのだ。
「休憩しながらやってくれとしかいえんな。あからさまにさぼらなければ大丈夫だ」
「どんな仕事なんでしょう」
「下水道の掃除だ。匂いがきついし、動きづらい」
「やらないと駄目ですか」
できればやりたくないなと嫌そうな表情でミローが言う。
「報酬がいいという理由もあるが、やっておいた方がいい仕事だ。魔物の討伐に出ると、匂いのきつい現場というのに遭遇する。それに少しでも慣れておけば、動きが鈍って後れを取る可能性が減る」
「ちゃんと理由があるんですね」
それなら仕方ないとミローは渋々受け入れる姿勢を見せた。
「やり遂げれば、ご褒美はあるからがんばれ。駆け出しセットよりワンランク上の靴だ」
「靴って大事なのかな」
それが褒美になるのだろうかとミローは首を捻る。
「意外と大事だぞ。魔物の攻撃に耐えうるという利点もあるが、一番の利点はきちんとした靴を履けば滑りにくいってことだ。魔物と戦うときは動きやすい地面ばかりじゃない。水で濡れて滑りやすくなっていたり、魔物が食べた獲物の血と肉と脂が散らばって滑ったりする。戦闘中にずるっといけば、その隙を突かれてガブリといかれるぞ」
下水関連に話を戻すと言ってバルームは、小袋をミローとイレアスにそれぞれ渡す。
「それの中身を毎日の朝食後に飲んでおけ。下水道は綺麗な場所じゃないからな、病気になりやすいだろう。病気に耐性がつく薬だ。仕事は六日、薬も六日分ある」
「こういうのはシーカー用の雑貨屋とかで買うんですか?」
「いや医者から買った。イレアスを診てもらったときについでにな」
「いろいろとお金を使ってますよね。滞在許可証とか靴も買ってくれると言ってますし、お金は足りるんです?」
「足りるから買ってやると言っているんだ。足りなかったら買わんよ。それに少しは割引されているからな」
「割引なんてされていましたっけ」
服を買ったりしたときはそういった値引き交渉をしていなかったとミローは覚えている。
「宿賃とか診察とかそういった部分は割引されているし、靴も割引されるぞ」
「そういった日を狙って買い物をするとかそういったことなんですかね」
「いいや、税金をお前たちよりも多く納めているからだ」
どういうことなんだろうと二人は首を傾げた。
「これはシーカーだけじゃなく商人とかにも適用されることなんだが、多く稼げばその分税金は多く取られる。俺は一般人の三倍近い税金を納めている。でもその分だけ一般人よりも優遇されるところがあるんだ」
「それが割引ってことなんですね」
「それだけじゃない。怪我したり病気になったときは優先的に治療を受けられる。馬車とかも予約をしなくても乗れることがある。調べものをしたいときは一般人が見ることができない本を見れたりもする。貴重な素材を取り寄せたりもできる。ほかにも優遇されるから税金は払った方がいい」
ちなみにバルームがこれまで税金を納めていたのは隣国オリングスで、この国ではない。
これまでの税金の支払いがこちらで適用されるのかというと、答えは「されない」のだが、神殿から出された滞在許可証はそこら辺の問題も解決してくれて、この国でもこれまで払った税金が適用されるのだ。
「税金ってそんなことになっていたんですね。そういえば上位のシーカーはすごい稼ぐって聞いたことありますけど、税金をたくさん納めていてその分優遇もすごいんですかね」
「最上位だと今渡した薬なんかはただでもらえるし、もっと効果の高いものを安く買える。王族しか使えないような薬も使えるそうだ。ここのような宿に泊まるとほぼただみたいなもんだ。まあそういった連中はしっかりとしたセキュリティの宿に泊まるから、割引されてもほどほどの値段になるが。滞在許可証なんかも無料になる」
二人はすごいんだなという簡素な感想を呟く。
神に才を認められたミローならば最上位の仲間入りできる可能性がある。そう本人に言っても、今は実感がないだろうなとバルームは心の中で思う。
「じゃあ次は魔物について話していくぞ。話し始めたときに魔物は人間よりも強いと言ったのを覚えているか」
二人はこくりと頷いた。覚えているし、これまで噂にも聞いたことはある。
「実際にどれくらい強いのかというと、一番弱い魔物一匹に対して武装した一般人の大人が三人で戦って楽に勝てるという感じだ」
「スキルを得るためには私とイレアスだけで戦った方がいいんですよね。ということはもしかして私たちわりと無謀なことをしようとしてる?」
二人で大人三人と同じ戦力という自惚れはできず少し不安そうに聞く。
「そこはフォローするから心配しすぎることはない。油断していると痛い目をみるけどな」
「気をつけます」
それがいいと言ってバルームはこれまで遭遇した魔物弱いものから強いものまで、どこにいるのか、どういった動きをするのか、弱点はどんなものだったのか、そういったことを話す。
話していくうちに話題が少しそれる。それは異種というものの話題だった。
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