第8話 指導初日 2

「異種ってのがいると噂には聞いたことあるんですけど、詳しくは知らないんですよね」


 そう言うミローに、私も知らないとイレアスが同意する。


「異種の詳細については俺も知らん。シーカーが戦うこともある存在だな。ダストというものが 人間や動物や魔物や植物、それ以外に場所や物にもとりついて悪さする存在を異種という。とりつかれると、もともとの考え方やあり方がズレる。そして人間も魔物も関係なく害を与えるんだ」

「ズレるってどういうふうに?」


 いまいちわからなかったイレアスが聞く。


「ズレ方も様々だからなぁ。これと固定したものはない。たとえば鶏にダストがとりついた話がある。人に飼われて、卵を回収されていた鶏だ。卵をたくさん生むように品種改良されていた鶏は、ダストにとりつかれたことによって、より良い卵を多く生むために人や動物や魔物を餌にした。そうして生んだ卵には関心をむけず、ただひたすら食べて生んでを繰り返した。これは生むという目的のために、手段を選ばないというズレ方をした例だ」


 ほかには花にダストがとりついた話がある。その花は永遠に咲き続けるために、土地の栄養のみならず、周囲の植物の栄養も光合成のための光も吸い取った。黄昏時のような枯れた土地の中で、唯一正常に花を咲かせ続けた。

 ダストが空間にとりついたときは、迷いの森や雪降りの草原といったふうに、出られなくなったり天候が固定されたりする。


「こんな感じだな。そんで人や魔物にとりついて長く生きている奴もいる。それを三異王と呼ぶんだ」

「あ、聞いたことあります。たしか不死の王、空の王、眠りの王でしたっけ」

「ああ、そのとおりだ。そいつらは自分たちの支配するところから出てこないから関わらなければ無害なんだけどな。関わる可能性があるとすれば不死の王くらいか」


 ダストがとりついた別空間に引っ込んで研究を続けている不死の王。雲の中に城を作り、そこでさらに上空を目指している空の王。地中の中で、玉となって一人静かに眠り続ける眠りの王。

 不死の王以外は外部に興味なく、自身のやりたいことだけをやっている。

 不死の王だけは研究のため、死にかけた人間や動物や魔物の回収をすることがある。そしてそれらは死ぬまでの時間が延長されて、不死の王の支配地で暮らすことになる。

 それゆえに死が間近な者は、自分から不死の王の支配地に出向いて、死を延長してもらうことがある。

 死ぬまでの時間が延びた者たちは、不死の王の支配地からは出られず、そこで過ごすことになる。出てしまえば異種とみなされ討伐されるのだ。

 時間が延びるといっても十年くらいなので、不死を求めるような者には満足できないものであり、延長を願うのは家族や恋人を残して逝ってしまうような者たちだ。彼らは家族たちのその後を見届け、また自分の死を受け入れてもらい満足して時間切れで死んでいくことになる。

 眠りの王も会いに行けるが、自殺行為なので行く者はいない。その名の通り眠り続ける異種なのだが、起こされると暴れて破壊の限りを尽くしまた眠る。眠りを邪魔されることを嫌うのだ。

 その昔、敵対する国に眠りの王を放り込んで暴れさせようとした国があったが、運ぼうとした時点で起きて暴れ、運送隊を殺しつくしたのだ。

 それ以来、眠りの王がいる場所に人間が近づくことはなくなった。

 空の王には近づくことすらできない。そこまで行く方法がないのだ。空飛ぶ魔物に乗っていこうとしても届かないのだ。

 ごくまれに巨大な積乱雲の隙間に城の一部が見えることがある。それが地上の人間からわかる空の王の情報だった。


「異種とその王に関してはこんな感じだな。今のお前たちだと異種に関わってもどうにもできないから近づくのはやめておけ」

「出会うようなことありますかね」

「わからんな。いつどこに出現するかわからない。少しでもおかしなものだと思ったら離れる、そんな気持ちでいろってことだ」


 こくこくと二人は頷いた。

 バルームは腹に手を当てて椅子から立つ。


「そろそろ昼だろう。神殿に行く必要があるし、どこかの食堂で食べてから行こう。神殿に行ったあとは、シーカーに関係する店を見て回って今日の指導は終わりだ」

「はーい」「うん」


 三人は宿から出て、神殿までにある食堂に寄って昼食をとってから、神殿に入る。

 そのまま神託の間に三人で入って、神像の前に立つ。


「クルーガム様、来ましたよ」

「おう、急な頼みをすまんな。ミローも無事でよかった」

「助けを呼んでいただきありがとうございました」


 イレアスもありがとうございましたと頭を下げる。そしてお久しぶりですと付け加えた。

 この町に来てから一度も神殿に来ていなかったのだ。


「久しぶりだ。ミローたちと一緒に行動するようだな。大変かもしれんが、見返りも大きいだろうさ。ほら、手を出しな」


 イレアスがシーカーになることを知っていたクルーガムが指輪のもととなる光をイレアスに飛ばす。

 それをイレアスが受け止めると、手の中で光は指輪に変化した。バルームやミローのように人差し指にはめると、サイズが自動的に調節される。


「今日はこれくらいだろう?」

「はい。次に来るのはスキルを得たときでしょうかね」

「指導を頼んだ。ああ、ついでに二人の能力も言っておこうか。といっても全部1なんだがな」

「そんなところだろうなと思ってました。まずは棒を振らせてスキルを取得しようと思っていますけど、それで問題ありませんか?」


 簡単に指導の方針を言って、問題あるか確認する。


「それでいい。ミローとイレアス。最初は苦戦するだろうが、誰でもそんなもんだ。焦らずできるだけ落ち着いてやっていけ」


 二人はアドバイスに礼を言い、バルームと一緒に神託の間を出ていく。

 神殿を出た三人はシーカー代屋を覗いたあと、駆け出しの間世話になりそうな店の位置を確認していく。

 そうして最後に武具を扱っている店に来た。


「ここで武具を買うといい。予め中を見たが、値段も品質も問題ないものばかりだった」

「へー、中に入って実際に見てもいいですか?」

「人がそこそこいるから」


 邪魔になるだろうと言おうとして、考え直す。


「棒だけ先に買っておくか。ある程度振って慣れておいた方がいいだろう。客なら問題はない。中に入るぞ」


 入っていくバルームに二人がついていく。

 ミローたちは興味深そうに初めて入る店の内部を見ていた。

 内部は大雑把に武器と防具に分けられている。右が武器で左が防具だ。それぞれの区画でも種類分けされている。


「自由に見てろ。触るなよ」


 二人に言い、バルームはカウンターにいる店員に近づき話しかける。


「いらっしゃい」

「駆け出しが使える棒を二つ買いたい。使うのは女の子で、十代前半だ」

「防具の方は必要ないんですか?」

「まだ戦闘はしないからな。棒を先に買って、振り回すのに慣れてもらいたいんだ。防具の方は七日後くらいに買いにくると思う。ああ、在庫がなくなりそうなら、先に買うが」

「いや在庫は大丈夫ですね。それくらいの期間なら二つは絶対余っています」


 サイズに関してはフリーサイズなので、気にしなくていいのだ。


「注文の棒をとってくるので少しお待ちを」


 店員はカウンターから離れて、店の奥に入ると五分もせずに戻ってくる。五本の棒を持っていた。長さは一メートルほどだ。すっぽ抜けないようにか柄に腕を通す紐の輪がくっついている。


「若い女の子が使うならこの辺りの重さがいいと思いますよ」

「持たせてみる」


 店の中を見て回っていた二人を呼び、棒を持たせる。

 重さを確認している二人に、店員から少し軽いくらいがいいですよとアドバイスが送られる。


「どうしてなんですか?」

「万全な状態だとちょうどよい重さでいいんですけど、疲れたときだと振り回しにくいんですよ。武器の重さに振り回されて不覚を取るという話も聞きますからね。疲れたときに負担にならないようにした方がいいというわけです」


 なるほどと頷いた二人は少し軽いといったものを選んだ。

 それをバルームが支払い、店を出る。棒のお金は、二人が下水掃除で得た報酬から払うことになる。


「まだ夕方まで少し時間があるから、宿の裏で棒を振り回してみようか」

「やってみましょう」


 ミローは実技がやれるとわくわくした様子だ。

 イレアスも真剣な表情で頷く。魔物との戦いに役立つものなので、ミローほどわくわくできず余裕が感じられない。

 イレアスはやや固く、魔物の前でもそれだと心配だが練習なので指摘しないでいいかと放置する。明日から戦闘というわけでもないので、指摘したところで意味はないのだ。

 

「ミローは髪をまとめられるか? リボンで一つの束にするんじゃなく、一つの塊にするといった感じだ」

「できますよ」

「だったら魔物と戦うときはそうしてくれ、髪を掴まれることがあるからな。強くなれば、そこらへんにも気を配れるようになって流したままでもいいんだが」


 戦い慣れれば髪で自身や相手の視線を遮り、狙いを悟らせないといったこともできるようになる。しかし今のミローにはそれは無理だろうと判断し、まとめるように言っておく。

 それにミローは素直に頷いた。誘拐されたときに髪を掴まれたのですぐに納得できた。

 話しているうちに宿に到着し、裏に回る。洗濯物が緩く吹く風に揺れている。

 空いているスペースに移動して、二人が棒を振り回しても当たらない距離をとってもらう。


「まずは自由に振ってみるんだ。疲れだしたら止めるからそれまで振ってくれ」


 始めと合図を出す。すぐに二人は思い思いに振っていく。

 二人の振り方は滅茶苦茶だ。握り方、振り方、どれもが素人感丸出しだ。誰かに剣などの指導を受けていないのだから当然だろう。

 しかし十回以上振ると違いが出てくる。イレアスは特に変化はないが、ミローは振りやすいように考えているのか棒の勢いが少しずつ増してくる。


(ミローは放置しても自分で自分に合っている方法を身に着けそうだな。さすが神に見出されただけはある。イレアスは俺と同じ凡人だな)


 三十回を超えるとイレアスの勢いがどんどん小さくなる。これは才ではなく、体力の差だろう。


「イレアスはストップ。休んでいいぞ」

「はい」


 イレアスは棒を杖代わりにして、大きく深呼吸して呼吸を整える。

 ミローも百回に届く前に勢いが減ってきた。


「ミローもストップ」

「はーい。私の振り方はどうでした? こうやればいいかもってやってみたんですけど」

「そうだな、自分で修正できているのはわりとすごいと思う」


 褒められて嬉しそうに笑う。


「それでも修正するなら、下半身を意識するといい。腕と肩だけで振っているからな、踏みしめを意識して腰の捻りとかも使うと威力は上がる」

「下半身ですね、わかりました」

「あとは突きを使ってもいいな。さっきは振ってばかりだっただろ。イレアスも同じく。相手を近づけさせたくない場合に、突いて距離を保つなんてこともできる」


 ふんふんと二人は頷き、早速突きをやってみる。やり方など知らないのでぎこちない。

 バルームはそれぞれに向いた突きを教える。


「イレアス、棒を貸してくれ」

「どうぞ」


 借りた棒で、まずはミローに手本だと威力重視の突きを見せる。

 ミローはそれを真似るように動く。

 バルームはそのミローの手足や肩や腰を触ってズレの修正をする。


「お前ならあとは自力で自分に向いた動きができるだろう。じゃあ次はミロー、棒を貸してくれ」

「はい」


 イレアスに棒を返し、ミローの棒を使って距離を取る突きを見せる。

 こちらはミローに見せた体重を乗せる攻撃ではなく、常に相手に棒の先を向けて、動きに合せて少し突き出すという形になる。


「イレアスに向いているのはこっちだ。こっちは攻撃よりも牽制といった感じで近づけさせないことを目的にしている」


 相手が必要なので、バルームがイレアスの前に立って練習相手になる。

 イレアスの相手をしつつ、ミローの突きを見て助言も送る。

 そうしているうちに夕方になり、練習は終わりにしてミローを見送る。

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