第10話 まだ準備 2

 中年の職員はバルームたちの同意を得て、さらに続ける。


「話を金から指導部分に戻すぞ。もし指導を引き受けたとするな? そして指導を実際に行うわけだ。それを知ったほかの駆け出しは自分たちも受けたいと願って、この人に押し寄せることになる。そしてこの人は報酬のでない指導を続けるはめになる。その分、シーカーの本分である狩りができなくなる」

「断ればいいと思いますが」

「そうするとどうしてあいつらだけと指導を受けられなかった駆け出しから恨みを買うことになる。そういった連中が悪い評判を立て、彼の活動に支障が出てくる可能性もある。もとはお前が発端だというのにな。そのお前に恨みは向かず、ただ働きのこの人に恨みを向けさせるという結果に、お前は満足できるんだな」

「……」


 明らかにそこまで考えてなかったという表情で黙る。


「そして最後に駆け出しの指導に関してシーカー代屋がなにも考えていないと思うのかということだ。シーカーの質が上がれば、その恩恵を受けるのはシーカー代屋だ。質を上げる方法として最初に思いつきやすいのは、駆け出しの質を上げることだな。つまりはお前が無茶振りしたことだ」

「駆け出しの指導をここが主導でやっているんですか?」


 中年の職員はやっているぞと頷いた。

 予算の都合上二年に一回という頻度であり、働き出して一年弱という若い職員が知らなくても無理はない。 


「お前のような新人で予定に関したことを自分で調べて、どういった指導を行っているのか質問しに来たやつもいる。お前だけが駆け出しのことを考えたわけじゃないというわけだな。わからないことや思いついたことがあれば、一人で勝手に動かず前例などがないか俺たちに聞くことだ。でないと取り返しのつかない失敗をする」


 少なからず駆け出しのことを思って行動する自分がかっこいいと思っていた若い職員は、恥じた表情で俯いた。


「この人に謝って仕事に戻れ。仕事のあとに駆け出しに関した行事について話してやる」


 若い職員はバルームに顔を合わせられず、俯いたまま謝ってカウンターへと足早に去っていく。

 耳が赤かったので恥ずかしがっているとわかったバルームは、その態度に特になにか言うことはなかった。だが中年の職員には少し睨む形で見る。


「勝手にシーカーを教材にするのはどこも同じなんだな」


 以前指導を断ったのも教材にされているとわかったからだ。


「すみません。思い込みが激しかったり、仕事ができると思っている新人はああやって実際に失敗しないと考えを改めないものでして。職員の質を上げなければ、シーカーの皆様に迷惑をかけることになるので、どうかご容赦を」

「返答も以前と同じだ、まったく。まあいい、迷惑をかけられた詫びとして少しサービスしてくれ。ここ半年くらいで狩場での事件とかあったか?」


 シーカー代屋独自の情報がないかと、バルームはもう一度狩場について尋ねる。

 少しお待ちをと言って、中年の職員は思考に耽る。


「……特にこれといった異常はなかったはずです。これまでにいなかった魔物が流れ込んできたり、魔物が凶暴化したり、異種が発生したり、そういった話は聞いていませんね。子爵様の兵が周辺の見回りに出たときの話なので間違いないでしょう」

「それならいいや。ハプニングなくやっていけそうだ」


 シーカー代屋を出たバルームは、そのまま町を出てまずは西へと向かう。西の状況を見たあとは、北回りで東へと移動する予定だ。


 ◇


「バイバイ」

「うん、また明日」


 下水の掃除を終えて、宿へと帰るイレアスと別れてミローは家へと歩く。

 下水の匂いと汚さで、肉体だけではなく精神的にも疲労して、見た目でわかるほど疲れた様子で家に入る。


「ただいまー」


 リビングに入ると、三十歳後半で穏やかそうな雰囲気を放っている男が仕事で使うらしい道具の手入れをしていた。小さな鋸やロープなどがテーブルに置かれている。

 持っていたものを置いてミローに笑顔を向ける。


「おかえり、ミロー」

「パパもおかえりなさい。今日帰ってくる日だったんだね」

「俺も少し前に帰ってきたばかりだ」


 久々の父親に少しだけ元気が出て、小走りで近づく。

 父親はよその村や町にでかけることの多い仕事で、一年のうち半分以上は家にいないのだ。

 なんの仕事をしているのかミローは小さい頃に聞いたことがあり、そのときは各地の監査みたいなものだと教えてもらっていた。


「今回はどこに行ったの?」

「東の方だよ。そこの大きな町だ。果物が特産品だったから、お土産に買ってきてある。夕食のあとに食べよう」

「うん」

「ミローはなにをしてきたんだい。少しだけ匂うが」

「まだ匂い残ってた? 消しきれなかったのかな」


 掃除が終わったら消臭剤を役所からもらえたのだ。

 服も掃除用のものが渡されていて、着ていった服には匂いが残っていない。

 それでも匂いが残っているということで嫌そうに髪や手などを鼻に持っていって嗅ぐ。


「ほんの少しだけ匂うだけだよ。ほとんどの人は気にならないはずさ」

「そっか。今日は下水の掃除をしてきたんだよ」

「下水の掃除? ああ、シーカーの仕事でかな」


 ミローがシーカーになりたがっているのは父親も知っていて、それ関連だとあたりをつける。


「うん。指導してくれる人が下水の掃除をして匂いとかに慣れておいた方がいいって」

「指導してくれる人がいるのか」


 少し驚いたように聞き返す。


「クルーガム様が呼び寄せてくれたんだ」

「クルーガム様がわざわざそんなことをしてくれたのか。なぜか理由は聞いているのか?」


 父親は訝しそうな顔つきになる。神が指導役を準備してくれるといった話は初めて聞いたのだ。


「なんか、この先大きな騒動が起こる可能性があるから、それに対抗できる戦力を育てておきたいって言ってたよ」

「クルーガム様がそんなことを……」


 神がそう言うということはかなり規模の大きなことが起きるのだろうと思う。しかし父親の知るかぎりで現状国内で大きな騒動が起こる前兆のようなものはない。

 明日にでも神殿に行って話を聞いてみようと決めた。


「指導役はしっかりした人のようだけど、どういった人なんだい」

「しっかりしているってわかるの?」

「いきなり戦わせずに、下水といったところで経験を積ませてくれているからね。いい加減な仕事をしているわけじゃないというのはわかるよ」

「そうなんだ。名前はバルームって言うんだって、三十歳にはなっていないかな。私たちは先生って呼んでいるよ。隣の国を中心に活動していたそうだけど、パーティが解散したときクルーガム様に指導を頼まれて、こっちに来たって言っていたよ」

「男なのか」


 可愛がっている娘に男の影がと少し悩ましそうに呟いた。

 それに不思議そうにミローは首を傾げて続ける。


「会ったのは一昨日。私が誘拐されたところを助けてくれたんだ」

「誘拐!? なんでそんなことに」


 イレアスが誘拐されるところに出くわし、助けようとしたが失敗したこと。その後木箱に入れられて町から連れ出されたこと。移動中に助け出されたことを話す。

 その話を聞いて父親は頭を抱えた。

 母親はミローが寝たあとに誘拐について話そうと思っていたため、父親はそのことを知らなかったのだ。


「軽率なことをしたと叱ればいいのか、見捨てなかった優しさを褒めればいいのか。なんにせよ無事で本当に良かった。一度バルーム殿に会って礼を言わないとな。明日にでも話を通してもらえるかい」

「今町にいないんだ。私たちが行くことになる狩場を直接見てくるって言って、朝に町から出た」

「そうなのか、タイミングが悪いな。帰ってくるのはいつか聞いているかい」

「六日後だって」


 父親は大きく溜息を吐いた。


「急ぎの仕事があって六日後の朝には出発しないといけないんだ。会えそうにない」

「いつもは十日くらい家にいられるのにね」


 その十日の間に妻とデートしたり、ミローと過ごしたりして家族との時間を十分にとっているのだ。


「誘拐犯から助けてくれたこと、指導をきちんとしてくれていること。その両方に礼を言っておいてくれ。とても感謝していた、これからも娘の指導をよろしくお願いしますと言っていたと伝えてほしい」

「うん、必ず伝えるよ。一度体をふいてくるね」


 これで匂いが落ちたらいいなと思いつつ、バケツと布を取りに行く。

 リビングから出ていくミローを見送って、父親は夕食を作っている妻のところに行く。


「ミローが帰ってきたよ」

「話し声が聞こえていましたよ」

「指導役は男だそうだ」

「あら、言っていませんでしたっけ……言ってなかったわ」


 作業する手を止めて妻は察したように笑う。


「惚れたとかそう言う心配なのかしら。そうだとしたら心配しなくていいわよ。ミローからそんな話も雰囲気も出ていないから」

「しかし助け出してくれたことから、憧れを抱くということもあるんじゃないか」

「ないとは言わないわよ、憧れから発展してというのは十分ありえるし。でも今のあの子はシーカーになることに夢中な状態だし、惚れた腫れたは考えられないと思うわよ」


 ある程度落ち着いたらどうなるかわからないとは口に出さずにいた。

 もしミローが惚れたとしても、年齢が一回り離れているのでバルームから断られる可能性もある。

 夫が心配する未来が実現する可能性は低めじゃないかしらと思いつつ、調理を再開する。

 そうかと安堵した父親はリビングに戻らずそのまま話を続ける。


「ムアルは一回くらいは帰ってきたか」


 ムアルとはミローの兄のことだ。靴屋に弟子入りし、泊まり込みで腕を磨き、店を手伝っている。靴屋の一人娘と恋仲であり、結婚するなら店を継ぐことを条件にされて承諾したのだ。


「ええ、一度帰ってきましたよ。向こうの親御さんにしごかれていると聞いています。元気な様子だったから、厳しいけれども不満はないようですね」

「それはよかった。休みのうちに一度くらいは顔を見にいこうかね」


 妻と話しているうちに体をふいたミローが戻ってきて、父親はリビングに戻り娘と話し出す。

 シーカーとしてやっていこうという気持ちが前面に出て、バルームについてはほどほどで憧れから発展ということはなさそうで、父親はほっとする。

 話しているうちに料理が完成し、テーブルに運ばれてきて三人で夕食をとり、穏やかに時間が流れていった。

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