引退を決めたら追加業務を頼まれた

赤雪トナ

第1話 解散と新天地 1

 森の中、大盾を構えた戦士にカンガルーに似た人間よりも大きな魔物が尾を振り回す。それを戦士は盾で受け止めた。重い衝突音が盾から鳴ったが、地面に根が張っているかのように微動だにしない。

 攻撃を受け止められたことで魔物に生じた隙を逃さず、剣士がいっきに近づき両手に持ったロングソードが振り下ろされて魔物を斬る。その一撃で魔物は悲鳴を上げながらどさりと地面に倒れ伏した。

 最後の一体が完全に死んだことを確認し、戦っていた者たちの緊張が緩む。


「お疲れさーん」

「おーう」

「お疲れー」

「終わりましたねー」


 三人の男と一人の女が、じょじょに消えていく魔物を見ながら声をかけあう。

 男たちの恰好は、両手剣の剣士と盾を持った戦士と腰にいくつかのポシェットをつけた軽装というものだ。女は宝玉のついた杖を持ち、ベージュのコートを身に着けている。

 年齢は全員が二十歳後半であり、熟練の雰囲気を漂わせている。

 魔物が消えるとその場には毛皮が二枚と肉の塊が残る。それを彼らは拾って歩き出す。

 木々の向こうから感じ取れた魔物の気配を避けて、彼らは戦闘をしないまま進む。しばらくそういったふうに歩いて、森の出口が見えてきた。

 森から出ると、遠くに町が見えた。

 四人は警戒を解いて、晴天の空の下、町へと歩いていく。

 町に入ると四人は森で得たものを売り払い、四等分して受け取る。最後に手に入れた肉だけは半分売らずに残しておいた。

 そして宿に帰って、簡単に汚れを落とし、普段着に着替えてホールに集合してまた外に出る。

 目当ては行きつけの酒場兼食堂だ。夕食には少し早い時間であり、食堂には客の姿は少ない。これから混む時間だろう。


「いらっしゃい。今日は早いね」


 少し暇そうにしていた馴染みの店員が彼らに声をかけてくる。

 それに剣士が返す。


「早めに切り上げたからな。今日は個室を使わせてくれ」

「あいよ。滅多に使わないあそこを使うなんて儲かったのかい?」

「いや、今日で解散だからな。最後くらいは少しは豪勢にってな」

「え? 解散するんですか? まだまだやっていけるでしょうに。仲間との不和とか?」


 もったいないという感情を隠さずに店員は聞く。


「そんなのじゃないよ。目的を果たしたから解散ってだけだ」

「そうだったんですねー」


 剣士以外を見ても不満などなく、円満な解散だとわかる。

 本人たちが納得しているならと店員は追及せず、四人を個室に案内する。


「つまみセットの上を二つ頼む。肉はこれを使ってくれ」


 残しておいた魔物の肉を店員に渡す。


「あと俺はビール」

「俺もビールを頼む」


 盾の戦士が剣士と同じものを頼む。もう一人の男は好みの果実酒を、女はワインを注文する。


「りょーかいでっす。酒だけ早めに持ってきます?」


 四人は頼んだと言い、店員は個室から出ていった。


「あー、ほんとに終わったんだな。組んで十年以上。長かったような早かったような」

「人生の半分を一緒にすごしたということだし、長かったでいいと思うよ」


 ポシェットの男が言い、三人は頷いた。


「いろいろあったわね」

「あったなー。一番やばかったのは今でも覚えている」


 盾の戦士が、狩りの最中に強い魔物に乱入されたことを口に出すと、三人はあったあったと同意した。


「地味にやばかったと思うのは貴族の依頼を失敗しかけたときだな」


 剣士の発言に、ああそれもあったと三人は頷く。

 その流れで酒が届くまで、これまで受けた依頼や狩りについて次々と話していく。途切れることなく思い出が語られる。


「意外と覚えているもんだ」


 盾の戦士がそう言うと、ポシェットの男はそれだけ大事な思い出になったんだろうと返す。

 少なくとも積極的に記憶から消したいものばかりではないことは確かだった。

 うんうんとしんみりと頷いていると、扉が開く。


「注文の酒よ。どうしたのさ、少ししんみりしてるわね」

「四人での活動が楽しかったなってな」


 そうなんだと店員は返して、酒とつまみを四人の前に置いていく。ジャーキーやスモークチーズなどが木の器に入っている。


「まだまだ料理は届くから楽しみにしてなさい」

「おう、楽しみにしてる」


 盾の戦士の返事に、店員はにかっと笑って部屋から出ていった。

 剣士はビールを手に取って掲げる。


「乾杯といくか」


 三人も酒を手に取って掲げる。


「なにに乾杯するの?」

「決まっている。これまでの感謝と四人の今後が明るいものになることを願ってだ」


 反対意見を出す者はおらず、乾杯と一斉に声が挙がった。

 ぐいっと酒を飲む。こころなしかいつもの酒より美味く感じられた。

 剣士がジョッキを置いて、つまみのジャーキーを手に取り、盾の戦士とポシェットの男を見る。


「俺とメアリは以前言ったように別の町で店をやるつもりだが、二人はどうするのか決まったのか?」


 剣士とメアリと呼ばれた女は三年と少し前から交際を始めて、二年前に結婚を決めた。そしてお金を貯めてからパーティー解散をしたいと二人に告げたのだ。

 メアリの親類に商人がいて、その人物から指導を受けたあとシーカーを相手に店を開こうと考えた。店の確保や仕入れの資金を二年で貯めようという予定だったのだ。

 その考えを盾の戦士とポシェットの男は受け入れて、今日まで組んできたのだ。いつまでもシーカーを続けられないのはわかっていたので、二人が未来を考えて行動したいという目標に理解を示すことができた。


「俺は以前行ったファンテン村に行く」


 ポシェットの男が言う。

 

「ああ、クラシンはあそこの娘さんといい雰囲気だったもんな」

「それもあるけど、村長から歓迎されているからな。腰を落ち着けるにはいいところだ」

「錬金術師はどこでも歓迎されやすいですからね」


 メアリの言うようにクラシンが行こうとしている村の長は、ポーションや薬や魔物に対策できる道具を作ることができる錬金術師を歓迎しているのだ。


「魔術師のメアリが言ってもなぁ」


 錬金術師以上に歓迎される魔術師なのがメアリだった。

 魔術師はどの村でも必須なのだ。護りの火という魔物避けの道具管理をできるのが魔術師と魔法使いだけなのだ。

 シーカーの数十人に一人というのが魔術師で、小さな村だと魔術師がいないこともある。

 錬金術師も少ない方なのだが、それでも魔術師よりはだんぜん多い。


「バルームはどうするんだ?」


 スモークチーズを取りながらクラシンが聞く。

 聞かれた盾の戦士バルームはジョッキをテーブルに置く。


「俺はまだなにも決まっていない。まあ金は三年くらい働かずに暮らせるだけはあるし、その間に商人の用心棒でもやれたらなって思っているぞ。一時的にほかのシーカーと組んでもいいしな」

「バルームの経験とスキルなら護衛はあっているし、わりとすぐに働き先がみつかりそうだな」


 一応でも将来のことを聞けて安心だと剣士はほっとする。自分たちの都合で解散になったので気になっていたのだ。

 出発はいつなんだとバルームが聞く。


「私とブレッドは明後日ですね。荷物をまとめて、神殿とシーカー代屋と知人に挨拶してといったことで明日は時間が潰れそうです」


 シーカー代屋とは、その名のとおりシーカーの代わりにあれこれと手続きをして仲介料などをとるところだ。

 主な業務は仕事の紹介で、ほかには仲間の紹介や情報の売買も行う。


「俺もそんな感じになりそうだ」


 クラシンが自身の予定を考えて言う。


「俺は武具を整備に出したらのんびりとするか」


 一人暇が確定しているバルームは気楽に予定を決めた。

 話しているうちに新しいつまみが届き、四人は酒の追加を頼む。

 長い付き合いのおかげか話は尽きることなく、店が閉まるまで飲み食いしおおいに楽しい時間となった。

 気持ちよく酔い、互いに支え合いながら宿に帰る。

 翌朝、いつもより遅く起きて、少しだけ痛む頭を振りながら、ブレッドとメアリとクラシンは挨拶のため宿から出ていく。

 バルームは昼から外に出ようと思い、一度起きて二度寝する。昼前に武具を持って部屋から出て食堂で昼食を取り、いつも整備を頼んでいる店に向かう。

 武具を店に置いて、用事が終わったバルームは消耗品を探しながらぶらぶらとするつもりだった。

 いきつけの娼館にでも行こうかと思ったが、まだ準備中だろうと行くのは止めた。

 そうして夕方まで外をぶらついて宿に戻る。

 部屋に荷物を置こうと扉に手をかけると、近くの部屋の扉が開く。ブレッドが顔を出した。


「帰ってきたな」

「おう、そっちの挨拶は終わったのか?」

「ああ、行ってきた。皆、新生活を祝ってくれた」

「よかったな」

「ありがたかったよ。そうそう、神様が呼んでいたぞ」


 思いもしなかった言葉にバルームは驚く。呼ばれる理由が脳裏に浮かんでは消えていく。それらは呼び出されるほどの理由にはなりえない。


「なんでだ。悪いことはしていないし、数ヶ月前に挨拶はしたぞ。呼び出しを受けるおぼえはないんだが」

「用件は聞いてないが、怒っていたりはしていないから悪い話じゃないと思うぞ」

「そっか。明日お前たちを見送ったあと神殿に行くかー」


 夕食を三人と一緒にとり、翌朝荷物を持った三人と馬車乗り場まで移動する。


「じゃあ、元気で。いろいろと世話になった」

「まだシーカーを続けるなら怪我に気を付けて」

「消耗品の補充には注意しろよ」


 三人からの言葉にバルームは頷く。


「仕事が見つからなかったら場所を変えて探すだろうし、そのついでに会いに行くかもしれん」


 三人はそのときは歓迎すると言って、それぞれの馬車に乗っていく。

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