第35話 剣のダンジョン 2

 娼館に行った翌日。ミローが宿にやってきて昨日調べたことを話し合う。

 バルームが調べたこととほとんど同じだった。魔物だけではなく、厄介な虫や草の情報も得ている。欲を言えば、必要な薬などの種類や値段を把握してほしかったところだ。

 それでもこういったことに慣れたバルームとほとんど変わらない情報を得られたのだから上出来だろう。


「よく調べてある。俺も昨日調べたが、似たような情報を得た。十分合格ラインだ。三人はどういったふうに調べたのか教えてくれ」


 褒められて嬉しげに笑った三人は、シーカー代屋で職員や先輩シーカーにどういったふうに調べたらいいのか聞いたと答える。


「わからないことは聞く。いいことだ。わからないままにするより、誰かに頼って調べた方が安全になるからな。ただし教えてくれた奴も間違ったことを覚えている可能性もあるから注意しておくんだぞ」


 それぞれが頷く。

 バルームは必要なものを買いに行くぞと言って立ち上がる。

 出発は明日のつもりで、一ヶ月ほど出ることを家族に伝えるようにミローに言っておく。

 行き帰りだけで二十日。向こうに十日滞在すれば、帰ってきた頃にはシーカー代屋主催の指導会が行われる三日前くらいだ。

 

 ダンジョンへ向かう準備を整えて川を越える。誘拐の記憶が刺激されたのか、船に乗っている間イレアスがバルームから離れずにいた。

 舟を降りて、南へと向かう商人の護衛依頼を受けて出発する。その商人と四日でわかれ、そこからは馬車に乗ってダンジョン近くの村に到着する。

 ここから徒歩で半日東に歩けば目的地だ。村で一泊し、レンタルのテントを借りて移動する。

 到着した森の近くには、四人と同じようにダンジョン目当てのシーカーたちが立てたテントがいくつもあった。ざっと見て二十個を超えるテントがある。そことは別のところに馬車がいくつがあり、そこで素材の買取や料理を売ったりしている者がいる。さらに水浴び用の大きなテントもある。

 

「どこにテントを立てたらいいんでしょうね」

「これといった決まりはないはずだ、好きに立てていいぞ。一応立てようと思った近くの人間に話を聞くといい。馬車を置くスペースを確保している場合があるからな」


 端っこに移動し、近くのテントを軽く叩く。

 二十歳手前に見える男が顔を出した。少女三人に三十歳ほどの男という構成を珍しそうにしている。


「なにか用事か」

「隣にテントを立てても大丈夫ですか?」


 ミローが聞き、男は頷いた。


「ああ、問題ない。ダンジョンに挑戦に来たんだよな? ずいぶんと若いように見えるが、無理してないのか?」

「先生は大丈夫と判断しました。だから大丈夫だと思います」


 バルームに信頼した視線を向けるミローを見て、男は少女たちを食い物にしてはいなさそうだと考える。

 

「ビッグポートリーに苦戦していないからな。次に行って大丈夫と判断した」

「へー、あれに勝てるならたしかにここに来てもおかしくない」


 可愛らしい外見だが、しっかりとした実力を持った有望な子たちだなと認識を改めた。

 バルームは三人に声をかけて、テントの設営を始める。説明しながらの設営で一度できあがったものを片付けて、三人にもやらせていく。

 どうやるのかという三人からの質問に返しているうちに、テントが立つ。

 あらかた流れは理解できただろうから、あとは慣れだけだろうと言って四人で中に入る。テントは五人がなんとか雑魚寝できる程度の広さだ。バルームは大きいが、三人はそうでもないので十分な広さがある。

 まずは洗濯といった身の回りのことをすませて、旅の疲れを抜く。

 夕食を買うついでに野営地を軽く見て回る。

 非戦闘員ではミローたちと同年代はいるが、シーカーとしてみるとミローたちが最年少だとわかる。

 夕食後に湯浴みもすませてテントに戻る。


「ここに来るの早かったんじゃないかと思いますね」


 ほかのシーカーの年齢を見てミローが言う。ちょっとした感想であり、バルームを信じているのでここでもやっていけると疑っていない。


「それだけお前たちが優秀だったってことだ。あとは金稼ぎに熱心じゃないというのも理由だな。普通のシーカーは金稼ぎもやる必要がある。もちろんお前たちも必要なことだが、鍛錬を重視しているからその分成長が早い」

「お金稼ぎをやらなくていいの?」


 イレアスが聞き、バルームが首を横に振る。

 その必要はあるが今ではない。あとは三人とも生活費を無視できるというのも熱心に稼いでない理由だろう。

 ミローは家があり、生活費は父が出している。イレアスとピララはバルームが払っている。そのためちょっとした趣味と武具にだけお金を使える状態なのだ。

 イレアスは借金という形をとっているので、稼ぎに意識がいったのだ。


「やらなくていいとは言わんよ。実力にあった武具を買う必要がある。でも強くなることを求められているからな。ある程度の力をつけるまでは稼ぎより鍛錬を優先だ、とりあえずここで安定するようになったら、一度武具更新のために稼ぎに移る予定だ」


 ここ以上の狩場になると今の武具では不安なのだ。

 頷く三人にもう寝るぞとバルームは声をかける。


「誰がどこに寝ましょうか?」

「俺が端、隣にピララ、あとは二人で好きにすればいいだろうさ。年頃としては異性が隣ってのは嫌だろ」


 同じテントで寝るのも抵抗があるかもしれないが、そこは我慢してもらう。

 それに賛成したのはピララだ。父の隣を独り占めできる。

 ミローとイレアスは反対意見だ。


「気にしませんし、私たちが隣だとピララが寝付けないかもしれません」

「うん、気にしない」


 最初よりは壁はなくなったが、今でもピララとは壁を感じるのだ。

 ピララのミローたちへの反応はバルームも気付いている。仲が悪いとまではいかないので、時間が解決することだろうとせっつくことはしなかった。


「じゃあピララを端にするか」

「それがいいですよ」

「それがいい」


 ミローとイレアスが嫌じゃないならそうしようと寝床を作っていく。

 少し不満そうなピララの頭に手を置いて揺らし、気持ちを紛らわせる。

 そうしているうちにミローとイレアスはどちらが隣で寝るか、小声で話し合う。その結果一日交代で行こうということになる。じゃんけんでどちらが今日寝るか決めて、イレアスが最初になった。

 緊張とわくわくといった雰囲気でイレアスが横になる。


「明かりを消すぞ」


 三人がそれぞれ返事をして、バルームはランタンの明かりを消して横になる。

 すぐにピララが腕に抱き着いてきて、イレアスがそっと手を握ってくる。

 二人の好きにさせて、寝返りできそうにないなと思いつつバルームは目を閉じた。

 その夜、ミローは誰かに呼びかけられた気がしたが、朝になると夢だと思い忘れていた。

 朝になり、ピララとイレアスも寝ているときに動いたのか、バルームの腕や手は自由になっていた。

 バルームが起きると、ピララも起きて、イレアスとミローも起きる。

 身支度を整え、朝食を食べると、四人は武具をまとって森に向かう。

 森に入る前にバルームは足を止めて、三人も止まる。


「入る前に再確認だ。狙いはキメラバグ。深部には向かわず浅いところでいつでも出られるように様子見。魔術やスリングショットは遠慮なく使っていいが、味方に当てないように注意。俺は基本的にフォローのみ」


 三人は頷く。

 森の中でイレアスが魔術を使っていいのか、燃え広がる心配はないのかだが、その心配はない。

 ダンジョンの植物はそこにあるかぎり魔力を帯びて、燃えたり折れたり抜けたりしにくいのだ。そのため採取にも相応の力が必要とされる。

 そうなりにくいというだけで破壊は可能だが、そのためには威力も求められる。現状のイレアスではダンジョンの雑草を燃やすことはできても、すぐに鎮火する。燃え広がるほどの魔術は使えないため、使用に遠慮などしなくていいのだ。


「じゃあ行こうか」


 警戒のできるピララを先頭にして、次にミロー、イレアス、最後尾にバルームという並びで進み、森に足を踏み入れる。

 ダンジョンに入ったということが理解できるくらいに、周辺の雰囲気が変わる。

 なにかが濃密になったのだ。ピララが過ごしていた山とは明らかに違う気配に、疑問顔でバルームへと振り返る。

 ピララがなに疑問に思ったのか察したバルームが説明する。


「ダンジョンってのはこういうもんだ。これがダストというものの雰囲気という奴もいるし、魔力がまんべんなく漂っているという奴もいる。そういった話が正しいのかはわからんが、ダンジョンではこれが普通と覚えておけ」

「うん」


 頷いたピララが警戒心を高めて歩き出す。三十メートルほど進んで足を止めた。


「たぶん魔物」

「何体が、どっちにいて、どれくらい離れている?」


 ピララはあっちに三体くらいだと指差して、距離に関しては曖昧に話す。距離の単位はまだ勉強していないので説明が曖昧だった。

 そちらに行こうとバルームが指示を出し、ミローたちは警戒しながら進む。

 ミローたちが魔物に気付ける距離まで進んだ頃には、魔物たちも一行に気付く。

 そこにいたのは標的にしていたキメラバグだ。

 自身のハサミ以外にサソリのハサミを前足二本に持つクワガタ、甲殻をまとった芋虫、サソリの尾を持つ蜂といった外見だ。どれも五十センチを超える大きさがある。


「毒を持っている可能性があるからそこに注意しろ」


 バルームからの助言を聞きつつミローが前に出る。

 すぐに飛んできた蜂が振った尾をミローは回避する。魔物たちの動きを観察しようとまずは回避に専念する。

 続いてクワガタも飛んできたが、ミローが攻撃を受けることはない。

 

「ピララ、芋虫に攻撃をお願い。そのあとに私が魔術で攻撃する」


 孤立した形の芋虫に攻撃しようとイレアスが指示を出し、ピララは小石を入れている袋からいくつか取り出して、スリングショットで芋虫へと飛ばす。

 ピララが攻撃して気を引いている間に、イレアスは少し移動して、ミローを巻き込まない位置に移動し、炎を放出する。その一撃で倒れるほど弱くはないが、たしかなダメージは与えられたようで体をうねらせている。物理的なダメージには強いが、魔術には弱いのだろう。

 ミローが二体を引き付けている間に、イレアスとピララは芋虫を倒す。


「先生、どちらかを引きつけようと思うけど、どっちの方がいい?」

「クワガタの方だ。蜂の尾の攻撃はイレアスじゃ避けられないからな」

「ピララ、クワガタがミローから離れたら攻撃して」

「わかった」


 ミローの回避行動を邪魔しないようにタイミングを待つ。

 イレアスはファイアーボールを打てるように準備しておく。

 そして勢いをつけるためかクワガタがミローから距離を取る。そのタイミングでピララがいくつも小石を飛ばした。

 ガンガンと当たった二つの石は、見事クワガタの注意をひくことに成功する。

 クワガタは攻撃してきたピララへと飛んでくる。

 そのクワガタによく狙いをつけていたイレアスからファイアーボールが放たれて命中した。

 クワガタは燃えながら地面に落下し、炎が消えてもまだ生きていた。ただし羽が全部ではないが燃えて、飛ぶことができなくなっていた。

 そのクワガタへとイレアスは棒を何度も叩きつける。振り回されるハサミに注意しながら叩いているので、イレアスがダメージを受けることはないだろう。

 残るのは蜂だけだ。

 一対一になったことでミローには余裕が生まれ、反撃を開始する。

 尾を斬り落とそうと考えているようで、何度も尾へと剣を当てていく。

 斬り落とすことは叶わないが、自在に振り回すことができなくなったようで力無く垂れている。

 ミローは尾はこれで大丈夫と判断し、蜂の胴体や頭部へと攻撃対象を移す。


「やけになって尾を無理矢理動かす可能性がある。警戒だけはしておけよ」


 バルームからの警告で、ミローは再び尾に注意を戻す。

 尾は動かないままだったが、最後の最後にミローの顔めがけて尾の先が動く。

 助言がなければ不意を突かれただろうが、警戒していたので顔をそらして避けて、剣を胴に叩きつける。

 それで蜂は飛ぶことすらできなくなり、地面に落ちて姿を消していく。

 その場に残ったのはクワガタとイモムシの素材が甲殻、蜂の素材が毒を含んだ尾だった。

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