第57話 戦い終わって 1

 治療用テントで寝ていたバルームは六時間も眠れば起きていた。

 まだ怠かったが、戦闘は終わっていて動けるのだから宿に戻ることにして、神官たちに礼を言い、ピララと宿に帰る。

 町の中はここ最近の不安そうな雰囲気はなく、ほっとしたような雰囲気で包まれていた。

 シーカーたちの姿はほとんどない。皆疲れて宿で寝転がっていたのだ。少しだけ出歩いているシーカーも祝い酒といった雰囲気ではなく、疲れが表情に表れていた。


「イレアス、いるか?」


 宿に戻ったバルームはイレアスの部屋の扉をノックする。すぐに反応があった。

 扉を開けて無事なバルームを見たパジャマ姿のイレアスがほっとした顔でハグしてくる。


「おかえりなさい。無事でよかった」


 頭をなでてやり、バルームはただいまと返す。


「ミローやゼットたちも大怪我とかはしなかったか?」

「うん。ポーションで治る怪我しかしてない。戦いが終わって皆で町に戻ってきて解散した。ミローは先生の帰りを待ちたかったみたいだけど、家族に無事を知らせる必要もあって帰っていった」

「家族も心配だっただろうしな。無事を知らせて安心させた方がいい。お前も疲れているだろ、早く休むといい」


 ハグを放して、休むように促すとイレアスはおやすみと言って扉を閉めた。

 イレアスはかなりほっとしていたので心安らかに休めるだろう。

 部屋に戻ったバルームは武具を外して、汚れを落とすため井戸に向かう。

 ピララの分の水を桶にくんで部屋に戻し、バルームはその場で汚れを落としていく。水は冷たいが、それを気にするより気怠さの方が上回り、さっさとふいてしまいたかった。

 部屋に戻るとピララが髪をタオルでふいていた。


「桶はもう使わないな?」

「うん」

 

 桶を井戸の近くに置いて、部屋に戻る。

 防具の点検をしようかと思ったが、その気になれずベッドに寝転ぶ。

 その隣にピララが寝転び、バルームの腕を抱きしめる。その力はいつもより少しだけ強い。


「どうした?」

「パパが死ぬかもって思った」

「ああ、いいようにやられたからな。それに最後はやらかした。心配するのも当然だな」


 最後のミスは見ていたピララにとても不安を与えただろうと思う。

 すぐにでも駆けつけたかっただろう。ピララにとって大虎人の威圧感よりも、バルームを失う恐怖の方が大きい。そうしなかったのは戦闘中は近づくなというバルームの言いつけを守ったからだ。


(本当に生き残れてよかった。運が良かった。ジャネリたちが攻撃してなけりゃ追撃で死んでいてもおかしくなかったな)


 最後の最後で油断をしたのは、ジャネリたちの到着で安堵した以外にセブレンから錆落としをしてもらい大虎人を抑えることができて、後遺症の残る怪我をせずに終われるという慢心が心のどこかにあったからだろうと考える。

 

(ミローを強くするために超魔ほどじゃないが、強い魔物と戦うこともあるだろう。そのときに今回みたいな油断や慢心をしたら、俺だけじゃなくてミローたちも巻き込んで痛い目を見かねん)


 今回のことを教訓としてしっかり覚えておくことにして、大虎人との戦闘を思い返していく。

 強敵との戦いを今後の糧にしながら、ゆっくりと体を休めていく。

 翌朝、朝食前にミローが部屋にやってくる。鍵が開けられるとすぐに扉が開き、不安そうなミローが部屋に入る。


「先生! 無事ですね? どこも大怪我とかしてませんよね?」

「おう、肩が十日ほど動かせない程度で、大怪我はしていない」

「肩は今後に影響が残るものですか?」

「いや、薬を塗って動かさなければ大丈夫だと神官は言っていた」

「よかったです」


 心底ほっとしたとその場に座り込む。一晩中不安を抱いていたのだ。朝起きて居ても立っても居られず、走って宿にやってきた。腰の剣からもほっとしたような雰囲気が放たれていた。

 

「イレアスにも聞いたが、お前たちの方は大丈夫だったのか?」

「怪我はしましたけど、ポーションでなんとかなりました」


 立ち上がり、軽く体を動かしてなんともないとアピールする。

 惜しまず高級ポーションも使ったので、あとをひく怪我はしていない。


「互いにどういった戦いだったか気になるだろ、この後話すとしよう。飯はもう食ったのか?」

「いえ、食べずにきました。だから一度帰ります」

「わかった。またあとでな」

「はいっ」


 元気に返事をしてミローは部屋から出て行く。

 朝食をとって身支度を整えて、バルームたちがのんびりとしているとミローがまたやってくる。

 今日は宿から出ずに昨日のことを話しながらのんびりする。

 バルームたちのように戦ったシーカーや兵たちは、今日は出かけずに体を休める。見張りなどで戦わなかった兵と駆け出しシーカーは今日も町の外に出て、柵やテントの片付けや拾いきれていなかった素材の回収を行っていた。

 兵たちの仕事はもう一つあった。町中を見回るついでに、報酬をいつどこで渡すのか知らせてまわった。聞き逃す者がいないように町のあちこちで一時間ごとに触れ回った。そのおかげでバルームたちも昼食を食べているときに、兵たちの声を聞いて報酬に関して知ることができた。

 報酬を払うのはカルフェドたちが後処理を片付けて余裕のできる七日後。場所は町の外。慰労会も開く予定だ。事前に登録していなかった者は報酬を受け取れないし、慰労会への参加も不可能だ。

 この七日で、カルフェドたちはクルーガムに目立った戦績を上げた者を聞いて、報酬にプラスするつもりだ。

 プラスされる者の中に、ミローたちもいる。ミローとイレアスはゴブリンリーダー討伐でプラス評価。ゼットたちはほかのシーカーに加勢しながら最後まで戦い抜いたことでプラス評価となっている。

 一番報酬が多いのは大虎人を倒したジャネリたちで、その次にバルームだ。ジャネリたちは大虎人のほかに第一陣と一緒に魔物を倒しているので一番の報酬だった。

 報酬が払われる七日の間に、シーカーたちは武具の修繕依頼を出したり、神殿で強さの確認を行ったり、実際に動いて上がった能力の確認を行う。

 バルームたちも同じように強さの確認を行うついでに、クルーガムへと無事を知らせに神託の間に入る。


「こんにちは」

「無事でなによりだ」

「ミローたちは大きな怪我もなく、俺は軽い怪我ですみました」

「超魔と戦って脱臼のみというのは上出来だ。日頃の努力が実ったな」

「最後に気が緩まなければ、もっと軽くで済んだのですけどね」


 そう言いながら褒められたことを少し嬉しげにしながら頬をかく。


「セブレンのときとは違う良い結果になった。反省するのはいいが、自身の努力も認めなければならないぞ。反省ばかりでは前に進む歩みが鈍る」


 自身を認めなければ成長は阻害されると言うクルーガムに、バルームは頷きを返す。

 

「さて今回の更新分だ。受け取るといい」


 神像からそれぞれの指輪に光が飛ぶ。追加でバルームとピララにもう一度光が飛んだ。


「これは?」

「お前たちが吸収するはずだった魔力だ。大虎人が倒されたとき、お前たちはその場にいなかったからな。吸収されずそのまま消えていくところだった。だがあれだけ戦ったりフォローしたりして成長がないのはどうかと思って確保したんだ」

「そうでしたか。ありがとうございます」

「バルームは魔力が上がって、ほかの能力もまんべんなく底上げされている。強さが6になるのも夢ではなくなった」

「6にですか」


 クルーガムの言葉にバルームは呆ける。ミローたちはすごいすごいと手を叩いて嬉しそうにしている。

 スキルが三段階目になり、強さが6になる。それは上位の仲間入りということなのだ。

 嬉しいというより自分がそこまで行ける可能性が出てきたことに戸惑いしかない。才能は平凡で、もう引退も考えていた。

 若い頃は上位に入ることも夢見ていたが、ある程度強くなってくると現実も見えてきた。自身が平凡だと受け入れて、強くなることよりも安定性を求めてきたのだ。そんな自分が上位入りできるかもしれないというのは心湧きたつよりも、本当にこんな自分でよいのかと戸惑う。


(スキルが上がったのも、超魔と戦ったのも、ミローに関わったからだ。ミローとの出会いがなければ特に鍛えることなく過ごしていた。今後もこの流れは止まらない気がする。ということはクルーガム様が言うように強さが6になるのも夢じゃない。といってそれ以上はさすがに望めないだろう。調子に乗らないよう気を付けておかないとな)


 後押しがあって上位入りできる可能性があるのであって、自身はやはり凡人だと戒める。

 今後の方針を決めて心の中で頷く。

 そうしている間にクルーガムはピララについて話し出す。


「ピララは今回の件でペナルティがなくなるまで大幅に短くなった。次の能力が上がるのもわりとすぐだろうな」


 関心が薄い様子でピララは一回だけ頷いた。

 それに苦笑する雰囲気を放ってクルーガムはミローとイレアスの能力について話す。


「ミローは魔力が上がった。イレアスは速さだ。これで二人とも強さは3だ。戦闘能力だけ見れば一人前といえる。だが経験と技術と知識といった足りないものはまだ多い。バルームから学ぶことはまだまだある」


 その評価にミローとイレアスは不満なく妥当なものだと納得できる。

 シーカーになって半年も経過していない。そんな自分たちが一人前になったとは思えなかったのだ。


「はい。今後も先生の指導をしっかりと受けて行きます」

「ミローと同じ」

「ああ、励むといい」


 神託の間から出た四人は、改めて鑑定の石版で能力を確認していく。

 クルーガムが言ったことに間違いなく、能力が上がっていた。

 ミローは全てが2。イレアスは魔力が3、頑丈が1、ほかが2。バルームは 筋力5、頑丈6、感覚4、魔力と速さが3。ピララは筋力と頑丈が1、速さが2、魔力と感覚が3。

 ピララはペナルティが消えて能力があと2上がれば強さが4になる。次が上がるのは早いと聞いているので、今年中には強さが4になっているかもしれない。

 

「さてと今後はどうするか」

「予定はないんですか?」

「大雑把な予定はあるぞ。駆け足でここまで来たから、しばらく経験と知識を得ることに移行しようという感じだ。冬に入って魔物と戦う頻度は減ることだし、力に合った知識を備えよう」

「冬の間は町からでない感じですか?」


 バルームは首を横に振る。


「剣がダストを集めるからな、荷物運びの依頼でも受けて一度くらいは町から出る」

「あー、そうだった」


 イレアスが忘れていたと頷いた。


「雪中行動も一度は経験しておいた方がいい。それ以外は鍛錬と休みの繰り返しの予定だ。今回の報酬とこれまで貯めたもので冬を越せるくらいはある。稼ぎに精を出さずともいい。春になるまでそんな感じで、以降は新しい狩場を求めるということしておこうか。ああ、新しい武具の購入も考えておくか」


 冬の間になにかまた別の考えが出るかもしれないため、細かくは決めなくていいだろうと予定について考えるのをやめる。

 ここでの用事を済ませた四人は鑑定の石版を返し、神殿から出る。

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