第4話 出会い 1
活動拠点だったフングルズの町を馬車に乗って出発し、生まれ育ったオリングス国からパーラテア国に入る。
パーラテアはオリングスの東にある国で、バルームは仲間と依頼で二度ほど来たことのある場所だ。
目的地はパーラテアの東部であり、こちらに入ってもしばらく馬車の旅が続くことになった。
仲間もいない移動ばかりの旅で暇だったが、トラブルに見舞われることはなく順調に目的地へと近づいていった。
きちんと鍛錬は続けていて、クルーガムが言った通りにスキルが三段階目に成長する。効果もこれまでと似たものだが、確実に便利なものだった。
そうして夏から秋の変わり目くらいに目的地であるトンクロンに到着する。
トンクロンはここらを治める子爵の本拠地であり、川のそばにある町だ。この川は西の王都から東の海へと流れる大きめなもので、船の行き来もある、その船にここらで収穫した農産物などを載せて王都やほかの町へと運び、逆に王都などから品物が入ってくるため商業が活発でもある。
そんな情報を馬車の中で聞いて仕入れたバルームはまずは宿だと、町中の建物の位置を覚えながら探していく。
見つけた緑葉亭という宿に荷物を置いて、神殿に向かう。
フングルズの神殿とほぼ同じ造りの神殿に入り、神託の間に足を踏み入れる。
「来ましたよ、クルーガム様」
「長旅お疲れさん。のんびりと休んで疲れをとってくれ。お前に指導を頼む予定の子には明日の朝に会えるように伝えてある。場所は神殿の入口。そこらへんにベンチがあっただろう、そこで合流だ」
「名前と外見を教えてください」
「名前はミロー。肩を越す長さの空色の髪だ。服装は半袖シャツにショートパンツにニーソックス」
名前と容姿の特徴を覚えて、バルームは神託の間から出る。
神殿を出て、あちこちぶらつきながらまた地形を把握していく。これまで本拠地にしていた町とは違った風景に少しだけわくわくしていた。
自分に合う武具の店、ミローに合う駆け出しの店、錬金術師が作ったものを売る道具屋、これから世話になるシーカー代屋、娼館といったものを見て回り、宿に戻った頃には日が暮れる少し前という時間帯だった。
◇
バルームがトンクロンに到着した日にもミローは仕事をしていた。
朝からシーカー代屋に行き、町中でできる仕事を選んで受けたのだ。
その仕事は道のゴミ拾いで、二食分にもならないほど賃金は安いが誰でも受けられるものだ。子爵の本拠地が汚いのは駄目だろうと役所から毎日募集されているものだ。
良さげな仕事は先に来ていた自分と同じような荒事のできない者が持っていっていて、今日はこれを選んだのだった。
「おはよーございまーす。ゴミ拾いの依頼を受けたので籠をください」
「はい、おはよう」
役所の入口にいた役人から背負える籠をもらい、すぐに背負う。
周囲にはミローと同じように籠を背負って町のあちこちに向かう人たちがいる。中には薄汚れた者もいる。あれらは滞在許可のお金を出せない流民たちだった。老いた者もいればミローより若い年齢の者もいる。
ミローも町に出て地面を見ていく。道に落ちている木の葉や捨てられた果物の皮などを次々と拾っていく。
そうしているとシーカーたちとすれ違うこともある。
自分ももうすぐ本格的に彼らの仲間入りなんだなと期待感が湧くと同時に、少し不安もある。
クルーガムが任命した指導役がやってくるという話はミローも聞いている。自身に将来性があるということだったが、ミローにその自覚はない。といって強くなれるかどうかは今後の努力次第なので、そこは不安ではないのだ。不安なのは指導役と上手くやっていけるかどうかだ。神から遣わされた人物なので、性格の不一致などでぎくしゃくしても離れることができそうにない。
指導役というバルームと上手くやれなければ強くなるどころではなさそうで、いい人であってほしいと願う。
そんなことを思いつつ作業を続け、昼食を屋台ですませて午後からも頑張ろうと籠を背負う。
表通りは自分と同じようにゴミを拾う者が行き来して綺麗だ。このまま表通りはもう十分だろうと考えたミローは路地裏へと歩を進める。
表通りを中心にゴミ拾いをする者が多いようで、路地裏にはゴミがわりと落ちている。それを拾うことに集中して移動していく。
するとどこかから悲鳴らしき声が聞こえてきた。
「喧嘩? ちょっと行ってみようかな」
やりすぎていたら止めようと思いつつ、声のした方向に小走りで向かう。
物音が大きくなり、大人と少女らしき声が聞こえてくる。まずは物陰から様子を見ようと現場を覗き込む。
そこでは三人の男が、流民らしき少女を捕まえて大きな袋に入れようとしているところだった。
それなりに騒がしかったはずだが、ミロー以外に見にくる人がいないことから留守だったり、関わることを避けたりする人ばかりなのだろう。
「人攫い!?」
こんな町中でと思わず驚きの声を出したことで、男たちはミローに気付く。
舌打ちしてミローを見たが、すぐになにか思いついた顔になる。
「あれも攫っちまおう。人数は指定されていなかったしな。金を多く払ってくれるだろうさ」
「いい考えだ、そうするか」
男たちはミローもさらうことにしたようで、ミローに近づいていく。一人は少女を押さえたままだ。
ミローの脳裏には逃げて助けを呼んだ方がいいという考えがあった。だが手遅れになって少女がどこかへ連れ去られてしまうかもとも思ってしまって足が動かない。
かわりに近くにあった空の植木鉢を手に取る。
「へっ勇ましいじゃないか」
「そんな植木鉢で俺らの相手をしてくれるかい」
馬鹿にしたように笑いながらミローへと手を伸ばす。
ミローに男たちを倒すという気はない。荒事などやったことはない。友達と喧嘩くらいだ。
どうにか男たちの意表をついて、少女を表通りに連れ出そうと考えていた。
男たちは余裕の表情を変えず近づく。
その男たちの手をかいくぐって、無防備な脛へとミローは植木鉢を振る。ゴンッと音が響き一人が足を押さえて屈む。
もう一人の足も狙ってミローは植木鉢を振るが、狙いがわかっていれば男も避ける。
その回避でできた隙間を通って少女のもとへ向かおうとしたが、ミローは頭部に激痛を感じる。振り返ると植木鉢を避けた男がミローの髪を掴んでいた。
「よくもやってくれたな」
そのまま男はミローの腹部を殴り、ふらついているミローの腹をもう一度蹴った。
男たちは動けなくなったミローから邪魔な籠を外して、少女と一緒に袋詰めしてその場から去っていった。
残るのは地面に落ちて砕けた植木鉢とゴミと籠だけだった。
◇
宿に戻ったバルームが部屋に行こうとすると、フロントの隅にいた神官が小走りで近寄ってくる。
「失礼。あなたの名前はバルームでしょうか?」
頷くと、ほっとした表情で用件を告げる。
「クルーガム様がお呼びです。急ぎ神殿に来ていただけませんか?」
「急いで?」
「はい。たしかにそうおっしゃられました」
用件の伝え忘れかと思ったバルームだが、それなら急ぎと言わないだろうと緊急性を感じ取り、厄介事だろうかと思う。
「武具を着込みたいが、それができる程度の時間はあるか?」
「どうなのでしょうか。私では判断できかねます」
「武器を持って、靴だけ変えてくる」
返事を聞く前にバルームは走って部屋に向かい、はいていた靴を脱いで、戦いに使うものへと履き替える。靴のぐらつきを確認して、壁に立てかけてあったメイスを取ると、部屋の扉を施錠しフロントに戻る。
「行こう」
「はい」
二人して夕日色に染まりかけた町を走って神殿に向かう。
神殿に到着すると神官は緊急の用件だと、声をかけて廊下を歩く人を端に寄せる。
神官と一緒に神託の間までくると、バルームだけが中に入る。
「クルーガム様。緊急の用件だとか」
部屋に入るなり神像に声をかけると反応がすぐに返ってくる。
「指導の前に一仕事してくれ」
「なにをやれば?」
少し焦り気味にも思えるクルーガムの口調に、バルームは内心首を傾げつつ聞き返す。
「ミローが誘拐された」
「は?」
「少し前のことだ。ミローの反応が異常なものに変化したのでな、様子を見たら袋詰めされてどこぞへ運ばれているところだった」
「どこに連れて行かれているんですか?」
「町に屋台を出しに来た仲間と合流し、町から出ようとしている。仲間の数は六人。幌がなくむき出しの荷台の中に商売道具とミローとほか一人を入れた木箱を運んでいる」
このまま逃げるつもりだろうと言ってクルーガムは、何度か見た光をバルームに飛ばす。今回はそのままバルームの中に入る。
北の門に向かう荷馬車の映像が脳裏に浮かぶ。六人の顔もよく見えた。四人の男に、二人の女が一般人を装っていた。
「ミローたちが入れられているのは端に寄せられた木箱だ。怪しまれないように街道からすぐそれず、ペースも上げずに進むだろう。急げば追いつける」
「手荒な方法で止めるかもしれませんが、役人に咎められたら証言してもらえますよね」
「もちろん。誘拐をしたあっちに非があるからな」
「では行ってきます」
本当は神官を役人のところに向かわせて、誘拐犯を止めないのかと聞きたかったが、時間の余裕がないのはわかっていたので後回しにする。
クルーガムが役人を動かさなかったのは、それよりもバルームを動かす方が安全だと判断したからだ。
役人が取り囲めば、誘拐がばれたとミローたちを人質にするかもしれない。バルーム一人ならば誘拐犯たちも即座に警戒はしないのだ。
走り出そうと背を向けたバルームにクルーガムが付け加える。
「助言だ。誘拐犯だと咎めるな。人質をとられかねない。先手をとってあいつらを叩きのめせ」
「了解しましたっ」
走りながら返事をして、そのまま神殿から出て、北の門に向かう。
完全武装してこなくてよかったと走りながら思う。バルームの武具は防御を重視していて、速度は犠牲になっているのだ。完全武装をしていれば余計に体力を使うし、追いつくのも遅れただろう。
夕暮れの中、仕事終わりの人々の間をバルームは駆け抜けていく。
門が前方に見えてきて、そこらへんを見るが目的の荷馬車はいない。
「町を出たか」
そのまま門を出て、街道を走る。
十分ほど走っていくと、一台の荷馬車が見えた。それを使っている者の顔はまだ見えないが、人数は六人。
(合っているだろう。まずはこれ以上進めないように車輪を壊す)
どんどん距離が縮まり、六人もバルームの接近に気付く。
バルームはまだメイスに手をかけておらず、六人に敵意を見せてもいない。そのおかげか六人はバルームを警戒していない。誰が走っているのだろうかというちょっとした疑問の表情だ。
そのままバルームは馬車を避けるようにコースをずらして、すれ違えるようにする。
あと二メートルにまで距離を縮めると、腰の後ろに帯びていたメイスを手に取って、動いている車輪へと叩きつけた。
荷台を支えるため頑丈であっただろう車輪はその一撃で砕ける。
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