第5話 出会い 2
「おおお!?」「な、なんだ!?」「いきなりなにをする!」
荷台を引いていた馬が物音に驚き、誘拐犯たちが驚きの声を上げているうちに、バルームは誘拐犯の一人の腹へとメイスを叩きつけて、荷台から落とした。さらに誘拐犯を叩きのめそうと考えたが、それはできなかった。
驚いた馬たちが不安定な荷台を引いて走ろうとしたのだ。
走られては困るとバルームはスキルの使用を速断する。
「こっちを見ろ!」
使い慣れたスキル『大挑発』を意識して馬と誘拐犯たちに怒鳴る。
走ろうとした馬の足が止まり、興奮した様子でバルームを見ようとする。誘拐犯たちも同じように馬や荷馬車の様子を見るより、バルームを気にして顔を向ける。
「なんだてめえは!」「よくもやってくれたな!」「ただですむと思うな!」
誘拐犯たちは強盗かなにかだろうかと思いつつ、素手やナイフでバルームに襲いかかる。
人質を取るような様子を見せない彼らに、バルームは「良し」と胸中で呟き、戦い始める。
誘拐犯五人が一度に襲いかかってきて囲まれたことで、避けきれない攻撃もあったが、バルームに傷を負わせることができずにいる。
硬いと動揺する彼らにバルームはメイスを叩き込んでいく。
「一般人よりは強いが、そこ止まりだな」
誘拐犯たちは弱い魔物となら一対一で勝てるだろう。しかしバルームは中堅の魔物とも一対一で戦えるのだ。弱い魔物ならば複数とも一人で戦い勝てる。弱い魔物と同程度の誘拐犯など、相手になどならない。
誘拐犯全員をあっさりと叩きのめし、倒れた彼らに念のためもう一撃ずつ叩き込んでいく。悲鳴が暗くなり始めた街道に響いた。
荷台を見れば誘拐と商売のためかロープがある。それを使って手足を縛り放置する。そのときに簡単に身体検査をして隠し持っていた刃物などは回収しておいた。
「さてと解放するか」
二つの木箱の蓋を開けていく。中には涙目の少女二人がいた。片方は空色の髪で目的のミローだとわかる。もう片方は赤みがかった茶髪をウルフボブカットにしている。ミローと同じくらいの年齢だろう。
震える二人を木箱から丁寧に出してやり、猿ぐつわとロープを外してやる。
「ありがとうございます!」
礼を言ってくるのはミローで、もう一人はミローに抱き着いて震えている。男にさらわれたことで、バルームにはあまり近づきたくなかったのだ。助けてくれたとわかっているのでバルームを拒絶する様子までは見せてない。
ミロー自身も恐怖からわずかに震えているが、それを抑え込んで少女の背を撫でていた。
「無事でよかった。そして初めましてだ。クルーガム様から聞いているだろう、俺がバルームだ」
「あなたが、バルームさん」
こんな出会いになるとは思っておらず、驚きのあまりそれ以上の言葉がでない。
「町に帰ろう。家族が帰りが遅いと心配しているだろうしな。詳しい話は明日だ」
「はい、そうしましょう」
二人に荷車から降りてもらい、バルームは誘拐犯たちを荷車に載せていく。
バルームも荷車から降りると、馬たちに詫びながら首を撫でる。
「怖がらせたな。すまなかった、いい子だから誘導する方向に歩いてくれ」
まだ少しばかり興奮していたものの馬たちはバルームに引かれて歩き出す。
そんな馬たちに良い子だとさらに撫でて、町に帰る。
二十分と少しでバルームたちは門へと戻ってきた。
「兵に話をつけてくるから、そこで待っててくれ」
「はい」
ミローの元気のない返事を聞いて、バルームは門番の兵に声をかける。
「すまないが、誘拐犯を捕らえた。対処を頼む」
「誘拐犯だと? それは確かなのか」
兵は疑うように聞き返す。
「クルーガム様がそう判断されていたし、実際に少女二人が木箱に押し込められていた」
神の名前を出せばすぐに兵は表情を真剣なものへと変えた。
詳しい話をと促されてバルームは、宿に戻ったところから話していく。なぜ神から依頼されたのかという理由については、ミローの事情をあまり広めたくないので、スキル的にちょうどよい人材だったからと誤魔化す。
スキルが原因での誘拐も実際に起こるため、兵も怪しむことはない。
「なるほど、その誘拐犯は荷車にいるんだな?」
「ああ、ロープで縛ってある」
兵は仲間を呼んで、バルームと一緒に荷車に向かう。そしていまだ痛みに呻いている誘拐犯たちを担いで詰所の牢屋へと運んでいく。
「この荷馬車は調べたあと、盗難品でないと判明したら君に譲渡される。しかし必要ないならこちらで売り払い、そのお金を渡すことになる。どうする?」
「売却で頼む」
移動に馬がいれば便利だが、現状必要かといわれるとそうでもないのだ。ならば維持費がかかるだけで邪魔だった。屋台の道具はなおさらだ。
わかったと頷いた兵はミローたちを見る。
「君たちからも話を聞きたいが、今は難しそうだ。明日の朝にでも北門の詰所に来てくれないか」
どういった状況でさらわれたのか、ほかに被害者がいるかどうか誘拐犯から聞いていないかを聞きたいのだ。
それにミローと少女は頷いた。
「じゃあ明日の朝に集合するのは中止だな」
「彼女となにか予定でもあったのか?」
「シーカーになるから指導の約束をしていたんだ。顔見知りがさらわれたということもあるから、クルーガム様は俺に依頼してきたんだろう」
「そうか。話は午前中には終わるから、指導は午後からやれると思う」
「そうしよう」
明日の昼食後に神殿前で会おうとバルームがミローに言い、ミローは承諾した。
それで解散となりかけたとき、抱き着いたままの少女が口を開いた。
「わ、私にもシーカーのなり方を教えて!」
いまだ恐怖に揺れる視線でバルームを見ながら勇気を振り絞ったという感じで頼み込む。
「教えるだけならミローのついでってことでかまわないが、どうしてシーカーになりたい? 稼げるって話だけを聞いての判断ならやめておけ。死者もそれなりに出ている仕事だからな」
「お金もほしい。お金さえあれば滞在許可のお金が払えてもっとまともに暮らせると思うし。でもそれ以上にミローに恩を返したいっ」
「恩ね」
なにをしたのかとバルームはミローに視線だけを向けた。
ミローは首を傾げて不思議そうにしている。特別なにかをした覚えはないのだ。むしろ助けられなかった申し訳なさがあった。
「本人はなんのことだかといった感じだが」
「助けようとしてくれたし、捕まっている間も怖がるしかできない私をずっと励ましてくれた。私は流民で誰からも必要とされなかったのに、ミローは初対面の私に親切にしてくれたの。とても嬉しかった。そのミローがシーカーになるなら、その手伝いをして恩を返したい」
「ということだそうだが」
ミローはどう思うとバルームは聞く。
バルーム的にはありな提案だった。信頼できる仲間になるだろうと思えたのだ。ミローの今後を思うなら、しっかりとした仲間は必要だろう。
「私としてはそこまで特別なことをしたとは思わないんだけど。結局助けられなかったんだし、一言の礼で満足できるのよ」
「私にとっては特別だったの。だからついていきたい」
ミローは迷う様子を見せる。シーカーが危ない仕事だと一応知っている。だからそれに巻き込むのはどうかと思うのだ。
「俺が許可しよう」
「「え?」」
二人の戸惑いの声が重なる。
「ミロー、お前は少し危うい。頼りにできる仲間がいた方がいい」
誘拐犯から助けようとして、一緒に誘拐されかけて、励まして。そういった一連の行動を一言の礼で満足とする姿勢は、バルームからしてみれば不安があった。
自身の価値を安く見すぎじゃないかと思えたのだ。
今後もこの姿勢で続けていくなら、いつか誰かの無茶振りで死地にも簡単に突っ込んでいきそうだった。
神に選ばれたとか関係なく、一人の良き人間がそのような最期を迎えるのは避けたいとバルームは思う。
ミロー一人だとそのような最期を迎えるかもしれないが、相談できる仲間がいれば違った未来が待っているはずだと少女をミローについていかせることに勝手に決めた。
「そしてお前は、そういや名前を聞いてなかったな」
「イレアス、です」
「イレアスも覚悟がいる。ミローがこれから進む道は困難が待ち受けている。怪我もするだろう、きつい思いもするだろう。それでもお前がそばで支えたいと言うのであれば、必死に鍛錬していく必要がある」
「やる。正直どんなことが待ち受けているのかわからないけど、それでもついていきたい」
「私は町で平和に暮らした方がいいと思うんだけど」
ミローはまだ賛成しかねるのだろう。
「ミロー、お前さんがシーカーになりたい理由は聞いている。どれだけ鍛えたところでお前一人だとできることはかぎられる。だから仲間を得るというのは、お前のできる幅を広げるという意味でも良いことだ。これも指導の一環として聞いておけ」
「わかりました」
自分のことを考えての勧めなので、反発も起きにくく受け入れる。
「でもイレアスがどうしても無理なときはシーカーを止めてもらいたいです」
「そこは二人で話し合うといいさ。向き不向きもあるし、シーカーに向いていない奴を連れていけとは俺も言えんよ」
シーカーが無理なときは、町に残ってフォローに回れるようにすればいい。
洗濯など身の回りの世話をしたり、品物の仕入れを代行したり、情報収集をやったりと町にいてもやれることはある。
そういった説明を受けてミローは頷く。
「無理だったら素直に言ってほしい。バルームさんが教えてくれたことをしてもらうから」
それでも助けになるのならとイレアスは素直に頷いた。
話し合いの終わりと見た兵が話しかけてくる。
「バルームと言ったか、あんたにはもう一度話を聞きたいから一緒に来てほしい」
「おう。行く前に少しだけ時間をもらう。イレアス、お前さんは流民なんだよな?」
「はい」
「これからどこに帰るんだ?」
「えっと」
兵を気にしたように口ごもる。
「流民たちは空き家だったり、どこかの倉庫の軒下で夜を過ごす。廃材で小屋を作ったりもしているな。それを俺たちは取り締まるから言いにくいんだろうな」
「俺の知っている流民と変わらないか。この時間だと役所はもう閉じてるよな?」
「ああ、さすがにな」
「じゃあ明日になるか。今日のところは兵の詰所の隅でも使わせてやってもらえないか。明日俺と一緒に役所に滞在許可をもらいに行くからさ」
仲間として一緒に行動するのなら流民のままだと不便なのだ。
「かまわんよ」
兵が許可を出すと同時に、イレアスが滞在許可証を得るお金がないと悲しそうに言う。
「それは俺が出す。利子なしの借金ということにして余裕ができたときに返してくれ」
これも決定だと言って、反論を封じる。
かなり緩い条件の借金で滞在許可証を得られるということにイレアスが目を丸くしている間に、バルームはミローに帰るようにと言う。
「家に帰ったら今日あったことを正直に家族に話すようにな」
「でも家族に心配かけるから」
躊躇っているミローに、バルームは必ず異常を察すると言う。
「自分では自覚はないかもしれないが、今もお前は恐怖の感情がよくわかる状態だ。隠したところでばれるし、洗いざらい話して思う存分甘えておけ。そうすれば恐怖も薄れるだろうさ」
バルームが慰めるよりも家族の慰めの方が効果的だと考えて、話すことを勧める。
「……わかりました」
頷いたミローは小走りで家へと帰っていく。
それを見届け、バルームはいまだ戸惑うイレアスと兵と詰所に向かう。
詰所に入ると、兵はすぐに水とパンを持ってきて、それをミローに渡し、壁際の長椅子へと押しやる。
イレアスは普段は自分たちを追い立てる兵が親切にしてくることに戸惑いつつ、もらったパンにかじりつく。
そんなイレアスから視線を外して、バルームと兵は誘拐に関して話し合っていく。
しばらく話して、バルーム視点の書類が出来上がり、バルームは宿に帰っていく。
残されたイレアスはもらった毛布にくるまって長椅子をベッドにして寝息を立てていた。誘拐の恐怖などもあって精神的肉体的疲労が大きかったようで夜中に兵たちが動いて音を立てても起きることなく眠り続けた。
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