第3話 解散と新天地 3

「誰でも三段階目まではいけるんだぞ。重要なのはそこまで努力を続けられるかどうかだ」


 スキル成長を喜ぶバルームに、クルーガムは少しばかり呆れた口調で言う。


「そう聞いたことはありますけど、スキルが成長して十年くらいなんの変化もなければ、もう成長は終わったんだなって普通は思いますよ」

「そこが三段階目まで行ける者と行けない者の違いだな。自身の可能性を信じて努力を続けられるかどうか」


 バルームたち四人は努力を続けられなかった側だ。二段目までのスキルと鍛えた実力と連携で、十分どうにかなっていたから必要としなかったという理由もある。スキルの成長を意識せず、ただ便利なので使い続けていた。それではスキルの成長は鈍る。

 多くのシーカーはバルームたちと同じ理由で二段目で止まっている。


「四段目はさすがに努力だけでは無理ですよね?」

「まあな。さすがに四段目は才が必要になる。もしくは何度も死にかけるほどの激戦を経験するか」

「命が大事ですから激戦は遠慮したいですね」

「命がけの戦いを何度もというのはさすがに勧めるには厳しいからな。お前の三段目成長はそういったことをやらずともいい。隣国に到着するまでまじめに鍛錬していれば、少女と会う前に成長する。方向性は今とそう変わらん」

「挑発といった方向ですね。新しい成長がどうなるのか楽しみにしています」

「成長の内容を教えようと思ったが、そう言うなら黙っておこうか」


 成長したタイミングで自然とどのようなものかわかるのだ。


「お願いします。かわりに少女のスキルがなにかわかっているのであれば教えてもらいたいのですが」

「あの子はまだスキルに目覚めておらんよ。装備をそろえるため町中で働いている最中だ」

「慎重でよいことです」


 バルームはシーカーになってすぐ、防具なしでそこらへんで拾ったごつい木の枝を持って魔物に挑んだという失敗談を持つ。それと比べたらしっかりしているなと感心していた。


「ちなみにその子は何歳ですか?」

「十四歳になったばかりだ。十三歳の頃から少しずつ金を貯めている」

「シーカーになる理由は? 俺のように農家の子供で畑をもらえないといった理由でしょうか」

「町暮らしの子で、両親が店を持ってはおらず継ぐ家などはない。自由に職を探せる状態で、シーカーを選んだんだ」

「わざわざシーカーにならんでもいいと思うんですけどね」


 シーカーは常に求められ、金を稼ぐことができる職業だが、魔物という人間より強い存在と戦うことが第一の役割の職業だ。当然怪我はするし、死ぬことも珍しくはない。

 バルームのように畑を継げず、婿入りもできなかった農家の三子四子が職を求めてなるものだ。

 仕方なくシーカーになったという者もいて、ある程度の貯金ができたらさっさと引退し、それを元に土地を借りたり、空き家を借りて店を開いたりする。

 仲間だったブレッド、メアリ、クラシンの三人も故郷で職がなく、町に出てきてそこでも職を得られず、シーカーになったという経緯なのだ。

 選ぶ余裕があるのにシーカーを選ぶ者はわりと珍しい。


「なにか演劇や本でも見て、憧れた感じですか」


 英雄たちの活躍に憧れてシーカーにという理由はわりと聞く話だった。

 しかしその予想は否定される。


「違う、力を求めてだ。小さい頃に川で溺れたペットを助けられず、自分がもっと大きかったら、力が強かったらという思いがあるんだ。その力をもって弱い者を助けたいという思いもある」

「なるほど無力感が根底といった感じですね」


 力を求めるというのもやや漠然とした理由ではあるが、憧れという理由よりはまだ理解できる。


「そのペットのことが深すぎる傷になっているわけではないから、そこまで気遣う必要もないぞ。もちろん茶化されたら怒るだろうが」

「まあ茶化すようなことをする気はないですよ。そこまで無神経なつもりはない」


 聞きたいことはこれくらいで、そろそろ神託の間から出るとバルームは伝える。


「成功報酬に関して話してないぞ」

「あ、そういえば」


 前渡しされるものだけを聞いて、それですべて聞いたつもりになっていたのだ。


「報酬はどのようなものなのでしょう」

「自警団の長や自警団の幹部を求めている村を探し、その中からお前にとって過ごしやすい村を紹介しよう。シーカー引退後の職の斡旋が報酬だ」

「それはありがたいですね」


 探そうと思っていた職をクルーガムから紹介してもらえるなら今後は安泰だと報酬を嬉しく思う。


「気に入ってもらえてよかったよ。じゃあこれを事務に渡してくれ。今回の件について準備してくれる」


 クルーガムの神像から手のひらサイズの光がふわふわと飛んでくる。

 それをバルームが手のひらで受けると、手の上で浮かんだままになる。


「それとこっちは今回の更新分だ」


 先ほどよりも小さな光が飛んでくる。それをバルームは左手の人差し指にはめてある指輪で受け止める。光は指輪に吸収されて消えた。

 この指輪は人間の強さをおおまかに表してくれるもので、神殿にある専用の石版に指輪を触れさせると、指輪をはめている人間の強さが石版に浮かび上がるのだ。

 筋力、魔力、頑丈さ、速さ、感覚の五項目がある。それらの能力が数字で表され、それらを参考にして総合的な強さが数字として表れる。

 表示される数字は十段階で、1が一番弱く、10が一番強い。

 ただし同じ数字でも幅があり、細かなところまではわからない。たとえば一般人であれば大人でも子供でも筋力が1として表示されるのだ。

 一般人の数値は全て1で、能力の合計値は5。強さは1だ。一番弱い魔物の場合は五項目のいずれか二つの数字が2で残りが1。強さは2となる。

 合計値が7になれば強さは2、合計値が10になれば強さは3、合計値が14になれば強さは4、といったふうに上がっていく。

 シーカーは五項目のいずれかにスキル分のプラスが入ることがある。武具の分は数字として表示されず、肉体とスキル分のみが石版に出てくるのだ。

 十段階の数値は人間のものであり、魔物だと上限は20まで届く。といっても五項目いずれかが20まで届く魔物は滅多にいない。世界中で知られ名を残す魔物でいずれかが20に到達しているくらいだ。一国に名を残す程度の魔物だと20には到達していない。

 

「俺は以前からなにか変化がありましたか」

「数字では変化はないな。筋力5、魔力2、頑丈さ6、速さ3、感覚4。総合的な強さは5だ。どれも以前よりは少し上がっているぞ」

 単純計算でバルームの強さは一般人の五倍ということになるが、武具と経験とスキルも加味されると五倍ではすまない。

 一般人のみの三十人くらいの小さな村ならばバルーム一人で潰せるのだ。


「指導しながら魔物と戦えば俺の能力も一つくらいは上がりそうでしょうか」

「それは戦う魔物次第だなとしかいえん。魔力がいいところまできているのは教えておく」


 そうですかと頷いたバルームはクルーガムに深々と礼をして、神像から入ってきた方に振り向く。そこには消えていた入口が現れていた。

 神託の間から出たバルームは事務室はどこだったかと思いつつ廊下を歩く。

 すれ違った神官たちはバルームの手にある光を見て、少しばかり珍しそうにするという反応を見せた。たまに見るものなので、騒ぐものでもなかった。

 事務室を見つけて、そこの入口から事務員たちに声をかける。


「すまないが、これを受け取ってほしい」


 バルームに注目が集まり、どのような用事かあたりをつけて手の空いている事務員が近づく。


「おはようございます。クルーガム様からの言伝で間違いありませんか?」

「ああ、間違いない」


 失礼しますと言って事務員は光をすくうように手を動かし、自身の胸に光を押し込む。

 数十秒ほど目を閉じたままだった事務員はバルームに視線を向ける。


「パーラテア国での滞在許可、そこまでの移動費などで間違いありませんか?」

「合っている」

「手続きに一日の時間をいただくことになります。明日になったらまたここに来ていただきたいのですが」

「わかった。今日のところはもう帰ってもいいんだよな」

「はい。明日であれば朝から夕方のいつでも問題ありません。お待ちしています」


 用事をすませて神殿から出たバルームは、顔見知りに別れの挨拶をして回ることにする。

 ブレッドたちに続けてバルームも町を離れることで知人たちは驚いていたが、シーカーが町を離れることは珍しいことではないため気にした様子はなく、旅の無事を祈る。

 そういった挨拶回りで時間を潰して夕方に宿に戻る。翌日、鍛錬を午前中にすませたあと昼食も食べてから神殿の事務室に向かう。


「こんにちは」


 声をかけると昨日対応してくれた事務員が箱を持って近づいてくる。


「こんにちは。手続き完了していますよ。いくつかお渡しするものがあるのでこちらへどうぞ」


 応接用の区画に移動し、向かい合って椅子に座る。

 事務員は箱を開けて、まずはと書類をバルームの前に置く。


「そちらはパーラテア国の滞在許可証になっています。期間は多めにとって五年。それ以上滞在する場合はご自身で手続きをお願いします」

「わかった」


 一応内容を説明してもらってからテーブルの端に寄せる。


「次にこちらがその許可証をなくした場合に再発行するための書類です。こちらもなくしますとお金をご自身で払って許可証を得てもらうことになりますのでご注意を」

「なくさないように荷の底にでも保管しておくとする」

 

 受け取った書類を許可証の上に置く。


「そしてこちらが移動費用になります。馬車と宿と食事をまとめた金額が入っています」


 金貨一枚と赤硬貨五枚が入っていた。

 どちらも形は同じだ。縦四センチ横二センチの金属板。表と裏に雷文のような模様が刻まれている。

 硬貨は灰、青、黄、赤、金、透き通る銀の六種類がある。灰色から青色へ黄色へと移るほどに価値が高くなる。

 硬貨の価値は、食堂での一食分が青硬貨三枚くらいだ。

 灰硬貨一枚で一コグという単位になる。灰硬貨十枚で青硬貨、青硬貨十枚で黄硬貨というふうに増えていく。透き通る銀硬貨は一枚で十万コグになる。


「贅沢をしなければ、おそらくこれで足りるでしょう。なにかトラブルがあって遠回りしなければならず、足りなくなって自腹を切った場合は向こうの神殿に申請してください。不足分を出してくれるはずです」

「わかった。覚えておく」

「なにかほかにお聞きしたいことはありますか?」

「今のところはない。なにかあれば向こうの神殿で聞くとするさ」


 向こうに到着したとき、指導する少女との合流場所を聞くために神殿に行く必要があるのだ。なにか疑問があったらそのときに聞けばいい。

 バルームは書類と移動費を手に取って立ち上がり、事務員に世話になった礼を言い、移動する。

 まっすぐ宿に戻り、書類を鞄の底に保管する。

 その後は荷物をまとめながら時間を潰す。翌日は移動に邪魔になる荷物の処分などをやっていく。

 出発したのは整備に出していた武具が返ってきてからで、クルーガムから依頼を受けて四日後の朝に宿を出ることになった。

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