第70話 動く死体を求めて 5
「パパ、あの鎧が変!」
「変? どういったふうになんだ」
男たちの攻撃を払いのけながらバルームが聞き返す。
「石が当たったら跳ねて落ちるのに、今のは跳ねずに落ちた」
「防御系のスキルか?」
バルームが考察しようとしている間にミローと男の戦いは続く。
男の技量はあまり高くはなく、身体能力は高めという以前戦った盗賊たちと同じような状態だ。
それだけならミローにとっては問題にならず、攻撃を避けている。鎧だけではなく剣にもスキルのようなものが使われたため、剣を打ち合わせることはしない。どのような効果なのか見極めるため回避に専念している状態だ。
「あなたは戦いを専門とする人ではないでしょう?」
剣を避けながらミローは問う。剣の振り方、力任せの攻撃、ペース配分を考えていない動き、視線でばればれの狙い。それらが戦闘経験の少なさを示す。
「答える必要などないな! 俺の関心はその剣のみ!」
「これを狙うならただの盗賊じゃないわね。盗賊の死体がおかしな理由もあなたたちのせいなの?」
「質問ばかり、ずいぶんと余裕だなっ」
「さすがにほぼ素人の攻撃を受けるほど、甘い鍛錬をしてきてはないもの」
「だったらこれはどうだ!」
男は真横に剣を振る。
攻撃範囲を把握しているミローは少し下がる。
その回避にニィッと男は笑みを浮かべ、ミローは嫌なものを感じた。そして胸部からギャリッという金属が擦れる音が聞こえた。
「っ!?」
驚くだけですんだミローに、舌打ちする男。
「たしかに攻撃範囲から下がったはず。それがスキルの効果? いやでも鎧の方の効果は防御系統」
「考えている暇なんてあるのか!」
男は連続して攻撃をしていく。
それをミローは余裕を持って回避行動をとることで避ける。
「なんで当たらない!?」
「詳細はわからないけどリーチが伸びるならそれを加えて回避すればいいだけよ。本当に戦闘に関しては素人みたいね」
「だったら!」
男が剣の柄を握りしめると、再び波紋が生じて、剣が軟らかくなったように地面に垂れる。刃の形を保った鞭といったところか。
「柔らかくするスキル?」
「スキルなどという俗なものと一緒にするなっ」
怒りを見せながら男は剣を振る。
先ほどよりも伸びたリーチに、ミローは大きく下がって避ける。
そこにピララがチャンスだとスリングショットで石をいくつも飛ばす。鎧に当てても無効化されるので狙うのは頭部だ。だが男にとっては多少ダメージになっても優先すべきはセブレンの武器なようで無視して、視線をミローに固定している。
男は剣を振り回す。その全てをミローは避けた。
剣がおかしくなったとはいっても、鞭の扱いを知らない男がただ振り回しているだけなのだから避けるのに苦労はなかった。
男がムキになって攻撃している間に、バルームたちの方は戦いが終わる。
バルームが戦った男たちは盗賊と変わらなかったので、気絶させればそれで戦闘は終わる。
「ミロー、手伝えることはあるか?」
余裕を持って回避しているミローにバルームが声をかける。
「たぶん右手になにかあります。そこを潰してもらえたらおとなしくなるかもしれません」
「イレアスはファイアビットで動きを阻害。ピララ、フェンド、右手を狙ってくれ」
すぐに反応したイレアスがファイアビットを使って、男の足を狙う。
男は迫るいくつもの火を切り払おうとしたが、そんな技量はなく無様に剣を振るだけになった。
足が止まった男へとピララとフェンドが攻撃をしかける。ピララの攻撃は外れ、フェンドのスローイングナイフが見事命中する。
どうなるかと考えたバルームたちの視線の先で、男はビクンッと体を跳ねて倒れる。
「は?」
フェンドが驚きの声を漏らす。気絶させるような効果などないただのナイフなのだ。あのように一撃で倒れるのはおかしい。
「俺のナイフはただのナイフだ。気絶させるのは無理だ。なにか狙っているかもしれん、注意しろ」
フェンドの言葉に従い、バルームたちは警戒したまま男を見る。
男の右手からは血が細く流れ、濡れた地面に染み込んでいく。
一分ほど警戒して様子を観察していたが、男は動かない。
「雪玉をぶつけてみるぞ。いつ動いてもいいように身構えてくれ」
フェンドはそう言って硬く作った雪玉を三つほど投げつけた。
それでも男は動かない。男が動かなくなった時点で鎧は元に戻ったのか波紋が生じることはなかった。
本当に気絶しているようだと判断し、ミローを除いたメンバーで近づく。剣を近づけるとどのような反応を見せるかわからないので待機してもらったのだ。
まずはバルームがメイスで男を揺らすがされるがままだ。
フェンドが男を調べる。男は目を開いたまま倒れていた。気絶とはまた違った状態のように思える。
止血もかねて、ポーションを使ってみたが怪我は治ったものの動き出すことはなかった。
「意識はあるけど、俺たちというか周囲への関心がない? そんな状態のように思える。心が壊れた人間に近いと思う」
「俺もそういった人間は見たことがあるし、それに近いというのも同意見だ」
盗賊に暴行されて心が壊れてしまった女、魔物に襲われただ一人生き残った子供。そういった者たちは周囲の人間が声をかけても反応を見せないことがある。それと似た状態だとバルームとフェンドは判断した。
だがさっきまで話していた男がいきなりそんな状態になることには首を傾げざるを得ない。
「頭に衝撃を受けたのならまだ納得できるのだが手だしな」
「ああ、右手になにかあるということらしいから、それが現状に影響していそうだ」
「調べるのはクルーガム様に任せよう。俺たちじゃわからん」
バルームの言葉にそうするかとフェンドは同意した。
撤収することにして、男たちはそりに載せる。
バルームたちは繋がれていた馬に乗る。先にフェンドを野営地に戻し、バルームたちは乗馬の練習をしながら戻ることになった。
野営地に戻り、馬を預ける。この馬は戦ったバルームたちのもので、フェンドとも話し合い売ることに決まっていた。錬金術の道具も使われていたので、それなりの金額で売れそうだとフェンドは嬉しそうだった。
帰ったことを伝えるためバルームたちはドッセルのところに行く。
「おお、お帰り。なにがあったかはフェンドから聞いている」
似顔絵の男たちはすでにトンクロンへと運ばれたとドッセルは言う。
動かない男は飲み食いできない。延命措置を施せる者もいない。このままでは衰弱死しかねず、そうなる前にクルーガムのところへと届けることにしたのだ。
「明日帰るから今日のうちに荷物をまとめてくれ」
「わかりました」
「ちゃんと成果を出せてほっとしたよ」
「盗賊を確保できた時点で成果は出せていたでしょう?」
「まあ、そうなんだけどな」
似顔絵の男に関してはどこに向かったかを把握できれば上々だった。確保は想定していなかったのだ。今回の調査は大金星だろう。
再度労わりの言葉をかけられてバルームたちはテントから出る。
「トンクロンに帰って今後はどうします?」
「依頼はやらなくていいだろう。三日くらいは休みをとって、予定通り勉強や自己鍛錬を春までといった感じでいい。さすがに休む間もなく依頼を続けてやったことで疲れただろ」
バルーム自身、少しばかり疲労を感じている。入ってくる収入も十分なものがあり、セブレンに集まるダストも時間が迫っているわけではない。ゆっくりとして疲れを抜くことを優先したかった。
「私もゆっくりとするのは賛成です。ママに呆れられましたし」
「そうなのか?」
「はい。パパが仕事であちこちに出かけているのは話したことありますよね。そのパパに似てきたなって」
「セブレンの宿る剣っていう特殊な事情があるからなぁ」
「それもありますけど、私自身あちこちに出かけるのは楽しんでいますから。そこを見抜いての言葉だと思います」
一人の旅であればそこまで楽しくはないだろう。バルーム、イレアス、ピララという仲間と一緒だから楽しいのだ。ピララはあまり心を開いてはくれないが、話しかければ反応してくれる。事情を考えればそれだけでも十分前進しているとわかる。
クルーガムに言われたように、強くなることも、仲間との関係も少しずつ進めばいい。ミローはそう思う。
◇
兵が確保した盗賊がトンクロンの神殿に届く。
兵は盗賊を神殿に預けて、そのことをカルフェドへと報告に向かった。
預けられた盗賊はそのまま神託の間へと運ばれた。
「クルーガム様。こちらが例の盗賊ということです」
「ああ、ご苦労。早速調べるか」
「私たちは出た方がよろしいでしょうか」
「いてもいいが、時間をかけるぞ。仕事があるなら出ていた方がいいだろう」
時間をかけるというなら一人の方が集中できるだろうと神官たちは判断し、神像に一礼して神託の間から出ていった。
静かになった神託の間で、クルーガムは盗賊を空中に浮かばせて隅から隅まで調べていく。
「肉体には薬とダストの影響があり。薬は少しばかり理性を削るものか。ダストはどうやって注いでいるのか。見えたかぎりだとダストを注いでいるのは人間だな」
盗賊に残る記録越しとはいえ、異種が関わっているならなんとかわかる。だが盗賊にダストを注いでいるのは似顔絵を描かれた旅人であり、異種のようには見えなかった。
「来歴はカルフェドの領地外出身で、食うに困って村人から盗賊へ。例の旅人を獲物に定めて、逆に捕まり利用された。運が悪かったということだな。手駒にされたあとは、狩りで金を稼いで命令が下るまで肉体の維持に努める。旅人の拠点には連れていかれなかったのか。そうして命令が出て、村を襲う」
ここまで情報を口に出して、まとめていく。
わかったことはダストを注入する方法は不明。注入された方は異種化しない。自我は一応残っているが、旅人の命令を疑うことなく優先。旅人がなにを考えて村を襲う命令を出したのかも詳細は不明。
「記録の中の旅人は神器を探しているような口ぶりだが、どうして神器を探す? 求めている効果の神器があるのか、それとも神器ならばなんでもいいのか。旅人の拠点がわかればなにかしらのヒントは得られそうなんだがな」
別の盗賊が送られてくれば、少しは違った情報が得られるだろうと思いつつ、盗賊を床に置く。
この盗賊はすでに生命活動を停止している。殺されたときに死んでいたのだ。動いていたのはダストが死体に影響を与えていた。死者は動かない、ということがダストによって変えられたのだ。ダストの量が少ないため、動くだけでありなんらかの被害を生み出すことはなかった。
クルーガムによって、盗賊の死体は焼却される。体内のダストを処理するためにも埋葬はできなかった。
盗賊が運び込まれて時間が経過し、今度は旅人が運び込まれてきた。
床に置かれた旅人の顔色は悪い。運んだ兵たちは意識のない人間への医療知識などないので、ただ運んできただけなのだ。飲まず食わすという状態なので体調も悪くなる。
「本人を捕獲したのか」
「偶然こちらに仲間と来ていたところを遭遇したのだと聞いています」
神官は兵から受け取った書類を読み上げて、戦闘と戦闘後の様子を話す。
「右手に攻撃を受けて動かなくなった、か。たしかに盗賊と違って生きてはいるな。医者にこいつを受け入れるように伝えておいてくれ。調べたあと治療を任せる」
「承知いたしました」
神官たちは神託の間から出ていく。
クルーガムは動かない旅人を見て、小さく溜息を吐く。
「右手か。俺にはなにも異常は感じられない」
ミローが戦ったときも右手を使っていたと聞いているので、特別ななにかがあるのだろうと思うのだが、クルーガムにはなにも感じられなかった。
旅人を浮かばせて盗賊と同じように調べていく。
「……こうなるのか」
見える映像にはノイズが走り、会話も明瞭ではない。ほぼなにもわからない状態だった。
「原因は右手なのだろうが……わからん」
旅人の右手を注視するがさっぱりだった。
医者に治療してもらい、本人から情報を聞き出すしかない。そう思って、セブレンに見てもらえばなにかわかるかもしれないと思い直す。
「セブレンが宿る剣を警戒したって話だからな。なんらかの反応を見せるかもしれないな」
それで駄目ならば上位の神に見てもらうことにする。
そのためにも死んでもらっては困る。力を少しばかり注いで死なせないようにしようと思うが、受け入れるかわからない。
ほんの少しだけ注いで反応を見てみる。
神像から光の欠片がふわふわと飛び、旅人の腹に落ちる。それは吸い込まれることなく弾けた。
「拒絶するか。少量だからこうなるんだろうな。もっと多ければ、しかし多く注いでもし起きたら、そのときは逃げられそうだ」
人間の医者の技量に期待するしかないと思い、旅人を渡すため神官たちが入ってくるのを待つ。
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