第55話 超魔 5

 大虎人といくらかの魔物を引きつれたバルームはある程度進むと馬を止める。

 そこで戦いを始めるというわけではなく、ついてきた魔物たちの狙撃をピララに頼んだのだ。


「青銅の玉を使っていけ」


 麻痺させる玉も持っているが数が足りない。だからダメージを与えることを選んだ。


「うん」


 手持ちで一番威力の出る青銅の玉を取り出して、ピララは次々と飛ばしていく。能力値を正常に戻したピララの攻撃はいつもより重い。一撃で倒すようなことはないが、無視できないダメージを負わせることができた。

 三回ほど攻撃すると大虎人が追い付いてくる。

 バルームはピララに出発すると声をかけて馬を走らせ、また距離をとって止める。それを繰り返して、ついてきた魔物たちは動きが鈍ってついてこられるのは大虎人だけになった。


「これでいいだろう。次で馬から降りるぞ」


 これで最後だと馬におもいっきり走ってもらい、距離を稼いで二人は降りる。

 自由に走れと馬の尻を叩くが、休憩するためなのか動かない。


「まあ危なくなったら逃げるだろう。それじゃあ回復を頼む」

「任せて。パパも頑張って」

「おうとも」


 投擲用の高級ポーションをピララに全部渡して、バルームはピララの頭を撫でて、大虎人へと走る。


「三回の無敵を有効に使わないとな」


 二十メートルほど走れば大虎人が目の前に立つ。

 こうして改めて間近で見ると、巨体だと実感できる。感じられる威圧感もかなりのものだ。

 バルームの人生でここまでデカい魔物との戦闘はなかった。


「勝つことが目的じゃなくて本当に良かったよ」


 大虎人を目の前にして勝ち目のなさを悟る。最初からわかっていたように時間稼ぎがせいぜいだ。今の自分でこれなのだから、セブレンの知っている自分はかなり頑張ったのだとわかる。


「違う時間の自分とはいえ、自分に負けるのはかっこわるいし頑張るかね」


 大虎人の蹴りを横に転がって避ける。蹴りが起こした風が周囲の草を大きく揺らす。

 この蹴りだけでも駆け出しならば死んでしまいそうだ。


「おお、怖い怖い。だけどこれはまだ本気じゃない。一度くらいは攻撃を受けたい。本気のやつを」


 本気の攻撃を無敵が適用されるうちに受けて、威力やどれだけ体勢を崩されるかといったことを知っておきたい。

 一撃で沈むようなどうしようもない威力ならば、無敵がなくなって本気の攻撃だけは意地でも避けるが、ポーションでの回復前提で受けきれるなら回避ではなく防御を選べる。とれる選択肢が多いのは精神的に助かるのだ。

 バルームは回避を続ける。大虎人がじれて本気で叩きのめしにくるのを待つ。大虎人にとってバルームは蚊や蠅といった鬱陶しいものだ。それをバルーム自身が理解できていて、ゆえにさっさと処理したいと考えるときがくると予想できている。

 そしてそのときがくる。

 大虎人がこれまでになく大きく振りかぶり拳を握りしめたのだ。

 本気の一撃かそれに準ずるものがくるとバルームは読み、それを受けることにする。

 ほとんど真上から叩き潰そうと迫る大きな拳に恐怖心を感じる。避けたい、そう思うがなんとか踏みとどまる。

 そうして拳がバルームに叩きつけられる。

 痛みはない、衝撃もない、防具が壊れることもない。だが勢いに押されて地面に押し付けられる。

 大虎人が拳を引いてすぐにバルームも起き上がる。

 大虎人がわずかに驚きを発したように思えたが、それを気にするよりも分析が大事だった。


(まずあの攻撃は集中していれば避けられる。だが疲労が溜まればどうなるか。次に威力だ。地面にははっきりと攻撃の跡が残っている。あの威力だと受けるとまずいな。回避一択だが、避けられることがわかっただけでも良しとしよう)


 ここれからは残り二回の無敵を大事にしようと思いながら、大虎人の攻撃をよく見て避けていく。

 だが大虎人の本気はまだだとわかるのはすぐだった。

 大虎人が大きく息を吸ったのを見て、大音量の咆哮で動きを止めるつもりだろうとこれまでの経験で考えたバルームは耳を塞ぐ。

 

「バウッ!」


 魔力を込められた咆哮が全方位に響くのではなく、一直線にバルームへと突き進む。

 対応が遅れたバルームを音の塊が吹っ飛ばす。

 無敵のおかげでダメージはないが、成人を吹っ飛ばす威力には驚かされる。

 さらに大虎人の攻撃は続く。咆哮弾を追うように真っすぐ駆けて、右手へと魔力を込めた。そして急いで起き上がろうとしているバルームへと鋭い爪が振り下ろされる。

 最後の無敵のおかげでバルームはまた転がされるだけですんだが、地面には深々とした斬撃の跡が残る。


(警戒すべきはこれだ)


 これを受けてしまえば鎧など簡単に切り裂かれ、ポーションで回復する前に死んでしまうと予想できて、これだけは必ず回避する。そう決めて大挑発を使い、防御を固める。

 盾も大型に変えて、耐久戦を開始する。

 大虎人の動きを常に観察し、特に口と腕をよく見て、咆哮弾と爪の斬撃を警戒する。

 そのため蹴りへの対応がわずかに遅れてかすることもある。

 かするだけといっても体格差からくる衝撃はそれなりのもので体勢を崩されて、拳を避けられないということもある。

 そんなときは盾を腕と肩で支えながら拳に体当たりする形で防御していく。シールドバッシュは攻撃に使うものだが、今回は大虎人の攻撃の衝撃を少しでも相殺しようと使っていた。

 まともに拳を受けるよりは衝撃は小さいが、ダメージは確実に蓄積していく。

 動けなくなる前にピララへと合図を出してポーションを飛ばしてもらい、蓄積したダメージを消して戦闘を続ける。

 避けて、避け損ねて、防御して、吹っ飛ばされてと大虎人優勢で戦闘は続く。体中土まみれで、鎧や盾も歪み出していた。


(受け取ったポーションは五つ。この合図で四回目、残るポーションは一つ)


 そう考えているバルームの背に小さな衝撃を感じる。

 少し下がって大きく息を吸い込むと、植物の匂いと苦みが感じられ、体中の痛みが消えていく。


(時間はどれくらい経過した? そこがわからんのが辛いな)


 大虎人に集中して、時間経過など気にしていられなかった。太陽の動きや影の動きからおおよそはわかるかもしれないが、そちらに気を回せるほど余裕はない。

 戦い続けて大虎人の動きに少しは慣れてきたが、体力の消耗で動きも鈍ってきている。油断すればあっというまに大きなダメージを負う。

 

(辛い、辛いが耐えるしかない)


 そう考えているバルームへと大虎人は咆哮弾を放つ。

 予兆を察した時点でバルームは盾を小さくして大きく横に転がって避けた。そして手に魔力を込めて迫ってくる大虎人へと向かって走り、足元へと大きく飛び込む。

 背後からは大地を削る音が聞こえてくる。

 

(それだけは受けるわけにはいかん)


 大虎人から一定の距離を取りつつ、大挑発を放ち防御を固める。

 再び大虎人の攻撃を回避し防御して、爪の斬撃は避ける。それを繰り返していく。

 最後のポーションも使い切って、まだジャネリたちの姿は見えない。

 ここから先は回復が見込めないと思うと、少しずつ焦りが生まれる。


(焦っちゃいけないってのはわかるが、どうしても不安になる)


 緊張から体がわずかに震え、心音も大きく聞こえてくる。

 

(ミスをしたらそこからいっきに崩れる。落ち着け、落ち着け)


 自分自身に言い聞かせながら、攻撃を対処していく。

 自分自身への説得というこれまでしなかったことをやるせいで、集中を欠きほんのわずかに動きが鈍る。これまでよりも近く感じられる衝撃、重く感じられる衝撃、それらがさらに不安を招く。

 悪循環とわかってはいるものの、良い方向へと切り替える方針はなく、耐えていく。

 そうして運が良いのか悪いのか、ジャネリたちの姿が視界の隅に入った。


(来たか!)


 待望の援軍に気を取られる。大怪我せずに終われると、ほっとして気が緩む。

 それを大虎人は察して、手に魔力を込め、前に出る。


「やらかした!」


 目を放すべきではない敵を目の前にして、気をそらしたことに舌打ちし、必死に行動を考える。

 回避は間に合わず、受けるのは却下。だが受けざるを得ない。ならば少しでも被害を減らそうと、爪の直撃範囲から飛び跳ねつつ、盾を爪の軌道上に掲げる。

 爪の一本のみが盾に当たり、ギャリッと音を立てて盾を持つ腕ごと弾かれる。その勢いで腕が脱臼する。さらに肩当てへと爪が当たり、鎧に爪が食い込んで、それにバルームは引きずられた。地面にこすりつけられ、大虎人が腕を振りぬいて、爪が鎧から外れて放り出される。

 軽くバウンドして、バルームは追撃を避けるためよろよろと立ち上がる。

 左腕は動かず、体のあちこちに擦り傷があり、引きずられたことで体中が痛い。それでもなんとか意識は失わずにすんだ。

 そのバルームへと蹴りが迫る。その蹴りもまた回避は不可能で、ならばと自分から背後に飛んでダメージの軽減を図った。

 大きく蹴とばされたバルームは地面に落ちて、さらにダメージを負う。

 ここを追撃されれば避けることは不可能だった。だがジャネリの仲間が弓で大虎人の頭部へ攻撃したことで気がそれて、追撃はされずにすんだ。

 挑発の効果はまだ続いているが、攻撃をしかけてきたジャネリたちも気になる大虎人は迷いを見せる。

 そこにジャネリたちがもう一度攻撃をしかけて強烈な一撃を与えたことで、完全に敵意はジャネリたちに向いた。


「な、なんとか助かったか」


 力を抜いて大の字になる。

 

「パパ!」


 超魔の関心がなくなったことでピララはすぐに駆け寄ってくる。


「治すねっ」


 ジャネリたちが見ているかもしれないからやめておけと言う前にピララは治癒術を使っていた。

 痛みがすぐにひいていく。今も痛みを発しているのは脱臼した腕だ。

 バルームは歯を食いしばって、自分で肩をはめる。激痛ののちに痛みがひいていく。大きく息を吐いて、ピララを見る。


「ありがとうな」

「もう大丈夫?」

「なんとかな。戦っているときにポーションを使ってもらえたからこのぐらいですんだ。本当に助かったよ」


 頭を撫でられてピララは満面の笑みで喜ぶ。

 よっこいしょと言いながらバルームは体を重く感じつつ立ち上がる。

 ジャネリたちの戦いを見ながら自身の体を確認していく。

 肩は医者に見せる必要はあるが、痛みはさほどない。体の怪我もピララが治してくれた。ほかに異常に感じるところはなく、後遺症となるようなものはないと判断できた。

 最後に攻撃を受けたときは後遺症が残るダメージを負うかもしれないと思ったが、高級ポーションで治癒されていたおかげか深刻なダメージを負わずにすんだ。

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