第56話 超魔 6

「もう帰るよね?」

 

 これ以上こんなところにバルームを置いておきたくないピララは、早く帰ろうと思いながら聞く。


「そうしたいが、最後にやっといた方がいいことがある。馬はもう帰ったか?」


 ピララは首を横に振って、指差す。


「あそこから動かない」

「おー、本当だ」


 馬は降りた場所から動かずにいる。

 大虎人との戦いが近くでおきているというのにすごい度胸だなと思いつつ、バルームはピララを連れて馬に近づき、ピララを乗せてから自身も馬の背に乗る。

 そのまま超魔へと近づく。戦いに参加するわけではない、情報を渡しておこうと思ったのだ。大虎人から距離をとっているジャネリの仲間に少し離れた位置から話しかける。


「時間を稼いでいる間に超魔を観察してわかったことを伝える」


 ジャネリの仲間はちらりとピララに視線を向けた。それで治癒術を使うところを見られたとバルームは判断する。それはあっていた。

 しかし今は追及している場合ではないとジャネリの仲間は考え、口に出すことはなかった。

 

「情報をお願い」

「注意すべきは魔力を込めた爪でのひっかき。それと魔力を込めた咆哮。咆哮によるダメージはほぼないが、簡単に体勢を崩してくる。それでできた隙に強力な攻撃をしかけてきた」


 ほかに大虎人の癖なども伝えていく。長時間戦っていたのだ、癖の一つや二つは見抜けていた。


「俺にわかったことはこれくらいだ。それじゃ俺は退かせてもらうけどいいか?」

「ええ、このあとは私たちに任せて」

「ああ、勝ってくれ」 

 

 そう言ってバルームは馬を走らせた。そのまま戦場を迂回するように移動する。

 遠くから見るシーカーと魔物の戦場は、規模は縮小しているがまだ続くようにも見えた。

 馬を返してあちらに参戦しようかとも思ったが疲労は大きく、本陣に帰ると気が抜けて動けなくなるかもしれないと考える。


(役割は果たせた。欲張らず休ませてもらおう)


 魔物と遭遇することなく、厩舎に戻ることができた。

 魔物が周囲にいない状況で安堵の思いが湧き、緊張感が抜けて体の重さが増す。

 これは戦場には戻れないなと思いつつそこにいた兵に馬を返すと、ほっとした様子だった。

 世話をしている馬を使い潰すと聞いていたので、無事に帰ってきてくれたことが嬉しかったのだ。


「こいつはすごい馬だな。普通の馬なら落ち着かず、制御も困難だっただろう。俺たちが降りたあともさっさと逃げていてもおかしくなかった。だがこいつは始終落ち着いていてくれてすごく助かった」

「鈍感なだけですよ」


 そう言いながらも兵は馬が褒められて嬉しそうだ。

 労わってやってくれというバルームの言葉に頷いた兵は馬を厩舎へと連れていく。

 馬を見送ったバルームたちはカルフェドがいるテントへと向かう。

 テント前に立つカルフェドの護衛に、会いたいことを伝えるとすぐに中へと通された。


「おお、バルーム。よく帰ってきた。大虎人が離れて戻っていないことは報告で聞いている」

「はい、このとおり役割を果たし戻ってきました」

「激戦だったようだな。無事で喜ばしい」


 バルームの表情には隠しきれない疲労が表れており、防具も土に汚れ、歪みと損壊も見える。

 出立前とはずいぶん違った様子に、それだけの苦労があったのだと容易に想像できる。


「神殿からいただけたポーションのおかげでなんとか無事に帰ってこれました。後日クルーガム様に礼を言いに行きたいと思っています」

「それがいい。報酬などの受け渡しに関してはのちほど話そう。今は十分な休みを取るといい。治療用テントで休めるように手配している」


 すぐに治療を受けられるようにと準備していた書類をバルームに渡す。

 ついでに戦場の状況を話そうかとカルフェドは思ったが、ここまで疲れていては碌に頭に入らないだろうと言わずにおいた。

 劣勢というわけでもないので、急ぎ伝えることもなかった。


「ありがとうございます。では先に失礼させていただきます」


 カルフェドに一礼し、ピララと一緒にテントから出る。

 カルフェドは去っていくバルームたちを見送り、あとはジャネリたちの頑張り次第だと勝利を祈る。

 治療用テントで書類を見せると、確保されている隅の寝床に案内される。

 テントには重傷者が寝かされていて、苦しげに呻いている。戦いなのだから重傷者がでるのは当然だろう。彼らの治療に神官たちや駆け出しシーカーで忙しそうにしている。


「忙しいところすまないな」

「いえ、あなたの役割は聞いていますから。労わるのは当然のことです。それでどこかご自身で異常を感じられるところはありますか」

「左肩だ。脱臼したのを自力ではめた」


 ほかはピララのおかげで異常は感じられない。


「失礼します」


 神官はバルームの肩に触れて、どのくらい痛むのかどの程度動かせるのか聞いていく。肩の確認が終わると、ほかに異常がないか神官は確かめていく。現状で異常は肩以外になかった。


「後遺症はないでしょう。しばらく動かすことは禁止します。十日間はできるだけ動かさないでください。その後まだ痛みが続くようでしたら医者に相談することをお勧めします。もちろん肩以外にも異常が現れたら医者に行ってください」

「わかった」

「塗薬を準備しますから少しお待ちください」


 その場を離れて、薬置き場から目的のものを取って戻ってくる。

 肩に薬を塗って、清潔な布を当てて包帯を巻いていく。


「これを毎日起きたときと寝る前に塗ってください」


 コルクで蓋をした小壺をバルームに渡す。

 受けとったそれを枕元に置いて、バルームは横になる。

 神官は次の患者のところへと向かった。


「パパ、肩も治す?」

「いや、しなくていい。じゃあ俺は眠る」

「私も一緒に寝ていい?」


 いいぞと少しだけ左にずれると、空いたスペースにピララは寝転がる。

 一度ピララの頭を撫でたバルームは、完全に体から力を抜いて目を閉じる。

 大虎人のこともミローたちのことも忘れて、あっというまに意識を沈めていった。


 バルームが眠っている間も戦場では戦いが続く。

 確実に魔物の数は減っているが、シーカーたちの数も減っている。討伐される速度は魔物の方が早いものの、魔力が集まり出現する魔物がいるので、総数の減りはじりじりとした速度になっている。

 それでもシーカーたちは終わりがあると信じて武器を振る。

 地面には魔物が残した素材が散乱している。それを拾う余裕はシーカーたちにはない。そんなものを気にする暇があるなら、魔物と戦うか少しでも休憩を取るのだ。

 ミローたちが頑張っている間、ジャネリたちも激闘を繰り広げていた。

 大虎人の攻撃は受けてしまえば一撃で沈んでしまうものばかりだった。バルームから教えてもらった癖を参考にして、攻撃を回避して少しずつダメージを与えていく。

 大虎人も奮闘していたが、バルームとの戦いで体力と魔力を消耗させられ万全ではない。そんな状態ではジャネリたちの攻勢を受け止めきれなかった。

 ジャネリたちは怪我はしないが、疲労を積み重ねながら力を合わせて戦っていった。

 終わりは劇的ではなく、それまでの繰り返しで終わった。時刻は夕暮れ前。魔力の込められた矢が飛び額に突き刺さる。それを大虎人が気にした隙に、ジャネリたちが攻撃をしかけて両足に深い傷が刻まれた。大虎人は耐え切れずに地面に両膝を着く。そのままうつ伏せに倒れて、じょじょに姿を消していった。

 戦闘が終わったことにジャネリたちが緊張を解いてその場に座りこんだ頃、第一陣と第二陣の戦闘はまだ続いていた。

 彼らの終わりは日暮れ頃だ。暗さに紛れて逃げ出す魔物が出てきたことでいっきに戦闘が減っていった。

 戦う音がまったく聞こえなくなったことで、シーカーたちは疲労困憊ながら周りのシーカーたちに魔物がいるか確認していき、誰も戦闘をしていないとわかり、終わったと歓声を上げた。その歓声はすぐに広がっていき、カルフェドのいる本陣にも届く。

 カルフェドは駆け出しシーカーたちに命令を出して、戦場のシーカーたちを迎えに向かわせる。

 同時に住民たちへとシーカーたちの受け入れを知らせる。

 指示を出し終えたカルフェドは現状でわかっている被害状況を側近たちに確認する。


「町への被害はゼロです。すべての魔物を騎士と兵とシーカーが処理しました」

「戦っていた者たちの被害はどうだ」

「無傷の者はほとんどいません。死亡者は現状五人。ポーションでも治らない四肢欠損などの重傷者は三十人。現状戦闘続行不可能ではありますが、ポーションと休息で再び戦えるようになる者は約百人」


 カルフェドは死者の少なさに喜びかけるが、死んだ者への配慮が足りないだろうと感情を隠す。


「死者は出たが、少なくてすんだか。死者とシーカーなどを引退しなければならないものへの補償をしっかりやらねばな。だがまずは戦い抜いた者への対応だ。しっかりと休んでもらおう。その間の警戒は駆け出したちに頑張ってもらう」

「大きな戦いを制したので、しばらくは魔物も数が減って大人しくなるでしょう」

「シーカーたちの収入が減ると思ったが、もとよりこれから本格的な冬で討伐自体が減るのだったな。今回で冬の稼ぎを行ったともいえるのか」


 シーカーたちに報酬はきちんと出す。当然超魔襲来の件は、王都にも連絡を入れていて、支援金をもらえることになっている。そのお金と緊急用の貯蓄を使えば、今回の費用は問題なくだせる。

 一日で終わったが、大きな戦いなのでそれなりの報酬は出すことになっている。

 戦闘に参加した者は最低でも金貨三枚だ。第一陣たちの報酬はもっと多くなる。


「報酬をもらって金遣いが荒くなる可能性も考えられるな。使い切って冬を越すのに苦労するシーカーも出てくるかもしれん。そこは注意勧告をしておこうか。せっかく町を守ってくれた者たちだ。金がなくなって苦労することになるのはあまりにもな。しばらくは平穏に暮らしてほしいものだ」

「そうですな。金に困って馬鹿をやらかさないためにもしっかりと言っておく必要がありますね」


 カルフェドたちが話し合っている間にも、シーカーたちは戦場から戻ってくる。彼らに報酬はまた後日と兵は伝えている。

 荷物を回収したシーカーたちはさっさと休もうと宿に帰っていった。そういったシーカーと一緒に動かせる重傷者も町へと運ばれていく。

 戦っていたシーカーが戻ってくると、駆け出しシーカーたちは魔物の素材回収を指示される。

 放置すれば傷む肉を最優先で回収し、一ヶ所に集められた肉は汚れを落とされ、町の肉屋に運ばれて保存処理をされる。その肉は住民の食卓に運ばれるが、いくらかはよその町にも輸出されていく。

 肉の回収が終わると、皮や爪や骨の回収がおこわなれる。たまに魔物が拾って使っていた武器も落ちている。それらの武器は石や木材であり、魔力を帯びて武具や道具の素材となる。

 回収作業が終わったのは日付が変わる頃で、解散を告げられた駆け出したちもさすがに疲れた様子で宿へと帰っていった。

 残った兵たちも片付けは明日にして、休息をとっていく。

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