第150話 灯台崩壊 1

 戦いはフレビスが攻めて、バルームが守るという一方的なものだ。

 攻撃手段がないのだから当然の結果だろう。

 気持ち悪いほどにうねり斬りつける剣で一方的に攻撃するところを、周り見ていた兵たちはまずい展開だと思っていたが、バルームがそれに焦ることはない。焦りがないため、今のところはしっかりと盾で防ぐことができている。

 もとよりわかっていた展開だ。しっかりとフレビスに対応し、体当たりなどで隙を作ればミローが攻撃を当ててくれると信じている。体当たりが無駄でも一回のみだが別の策はある。

 

「硬いわね」


 平坦な声音でフレビスが呟く。


「守りが得意だからな」


 強調するように言ったバルームに、フレビスは「そう」と興味なさそうに返事をする。

 すぐにフレビスは地面をトンと少しばかり強めに踏む。

 すると波紋が広がっていき、バルームは地面がぬかるんだように感じる。

 そこにフレビスが攻撃をしかけてくる。

 これまでと同じようにバルームは盾で受けたが、踏ん張りがきかず若干体が泳ぐ形になった。


「靴がまったく意味をなさないか」


 自然による影響ではなく、ダストによるものなので靴の滑り止めがきかないのだ。

 先ほどよりもバルームの隙が大きくなり、フレビスの攻めが苛烈になる。

 この状況でもバルームはなんとか盾で防ぎ続ける。同時にちらちらと周囲の確認のため視線を向ける。

 イレアスとピララのいるところまでダストの影響は届いているようで、動く様子を見せない。

 ミローは地面を確かめるように足を動かしていた。その表情から影響を受けずに動けそうだとバルームは判断し、仕掛けどころを探る。

 そしてバルームが大きく体勢を崩す。周囲からみれば踏ん張りそこなって、滑ったように見えた。膝を着いて盾も下がる。

 兵たちは思わず悲鳴じみた声を出す。


「あっけない」


 そのような大きな隙を見逃すわけもなくフレビスはバルームの首へと剣を振る。

 バルームはぎゅっと目を閉じ、歯を食いしばる。それはこれからくる痛みに耐えようとしているように見えた。

 剣が振り抜かれ、フレビスの表情に笑みが浮かんだ。

 少し遅れてバルームも笑みを浮かべて、メイスを真横に振り抜いた。無敵が発動しかすり傷すらつかなかったのだ。目を閉じ歯を食いしばったのはピンチだという演技だ。


「え?」

 

 フレビスは足をすくわれながら、なぜといった表情で転がる。

 自身のように無敵の存在がいることを予想していなかった。真面目になってはいたが、慢心もしていたのだろう。


「ミロー!」

「はい!」


 たたたたっと軽快な足音を立てて駆けてくる。あらかじめ魔力と頑丈さから速さへと能力を移動させていた。

 守りが得意と強調されたときに注目スキルに付随する無敵のことを思い出した。わざわざそんなことを言うのだからなにかあると待ち受けて、首を斬られたときも動揺しなかった。だから呼ばれてすぐに反応できたのだ。

 フレビスは急いで立ち上がるが、対応準備までは整っていない。

 高速で剣が振られ、あっというまにフレビスの体に傷が増えていく。

 

「くっ」


 フレビスもなんとか剣を振って対応していくが、押されたままだ。

 目の前のミローに集中せざるをえず、しかし注目が利いていて集中しきれない。

 二人が動き回って戦う間に、バルームはいまだ滑る地面をゆっくりと移動して位置を変えていた。フレビスの視界外に移動して、攻撃をしかけるためだ。攻撃は通らずとも、意識を引っ張ることは可能で、その隙をミローに突かせるのだ。

 じっと二人の戦いを見て機会を待ち、フレビスが攻撃の届く範囲にきたとき、メイスを振る。

 

「ちっ」


 フレビスが舌打ちする。それは意識してしまったということであり、ミローがその隙を突いてフレビスの腕を深く斬り裂いた。

 素早くポーションで傷を治療したフレビスはバルームの排除を考えるが、今のミローを放置するのは危険と認識し、排除には動けない。

 バルームの無敵や防御の上手さを考えるとすぐに殺すのは無理だ。斬り捨てる間に、ミローに大きな隙を晒すことになる。それは致命的だ。

 されどこのままミローと戦い続けるのもジリ貧だ。

 展開的にはこのままじりじりと削られるか、いっきに致命傷を受けるかと考える。

 逃走が封じられた時点で、詰んだのかと考えつつ、逆転の芽を考える。

 持っている改造魔弾は残り三つ。それをすべてバルームに投げつけて倒せるかというとわからない。

 無敵状態がいつまでも続くことはないとはわかるが、効果時間がいつ切れるのかわからない。効果時間以内に使えばただの無駄撃ちだ。

 ほかにもなにか手段を求めて思考していく。

 ダストをいっきに放出してミローたちの意識に干渉という手も考えたが、それを行うためには溜めや接触が必要だった。

 本当に守りを貫いてくるミローと注目の影響が厄介だ。せめて予想していた成長ならまだ振り切れたが、今のミローだと追いついてくるのがわかる。


(考えれば考えるほど詰んでいるわね。足止めのスキルが厄介だわ、もっとスキルが弱ければ影響を無視できるのだけど。こうなったら最後に楽しむつもりで動いた方が後悔がないわ)


 どうしたら満足できるのかと考え出すフレビスの表情に笑みが浮かぶ。

 それは追い詰めているミローには余裕の笑みに見えた。

 奥の手があるのだろうと警戒心が高まり、攻める速度が緩む。

 それはフレビスに思考する余裕を与える。


「……決めた。一度もやったことないからどうなるのかわからなかったのよね」

「なにを言っている」

「とてもいいことよ」


 誰にとっていいことなのか、それはもちろんフレビスにとってだ。

 上機嫌な声音にバルームもミローも警戒心を刺激される。


「最初からここは無理だってわかっていたし、やっても問題ないわ。合図にもなるでしょ」


 フレビスは剣に持てるすべてのダストを注ぎ込む。地面への影響が中断されたことで滑ることもなくなる。赤い髪の毛から艶が失われ、色も薄れていく。肌もはりを失っていた。明らかに限界以上の力を込めているとわかる。


「なにをするつもりかわからんが、させるか」

「止めるよ!」


 師弟の武器がフレビスへと当たる。

 フレビスはダメージを無視して、剣を持っていない手で改造魔弾を発動させる。

 フレビスを中心として突風が吹いて、師弟は吹き飛ばされる。フレビスもまた風によって転がされている。

 転がりすぐに立ち上がった二人の視線の先で、同じく立ち上がったフレビスが神器灯台へと剣を投げつける。剣は回転しながら神器灯台に飛ぶ。


「イレアス! ピララ! 剣を止めろ!」


 間に合うかどうかわからないが、バルームは二人に声をかけた。

 すぐに動いたのはピララだ。スリングショットで飛んでいく剣を狙う。

 一拍遅れてイレアスもファイアボールを剣へと飛ばした。

 飛ばされた銅の玉が剣に命中し、少しだけ勢いを削ぐ。少しだけなので剣はこのまま神器灯台に当たるだろう。

 神器灯台に最接近した剣にファイアボールが追いついた。

 剣が当たるかどうかといったところで、ファイアボールが炸裂する。

 炎が飛び散らされた向こうで、神器灯台がぶれる。


「さあさあさあさあ! ダストによって変容した神器はどうなるの? 私にその結果を見せてちょうだい!」


 フレビスはきらきらとした目で神器灯台の変化を待ち遠しそうに見る。

 神器を集めるときに神器を変えてしまうとどうなるのか興味を抱いたことがあったのだ。しかしそれをするのはさすがに無理だと思っていた。やってしまうと処罰は確実。今後も好き勝手やれなくなると思っていたところに、この状況だ。

 ここで捕まるか、殺されるかわからないが、これまでどおり好き勝手できないだろう。だったら好奇心を満たす選択をすることにしたのだ。

 幸いここの神器灯台の確保は最初から無理だと判断されていた。だから変えてしまっても問題ない。

 皆の注目が集まるなか、神器灯台のぶれが治まる。

 なんの変化もないとフレビスは落胆し、バルームたちはほっとするが、それは早計というものだった。

 灯台の天辺で燃え盛っていた炎が変色する。紫、黒、青と次々に暗めな色に変わる。

 それに合わせるように海も変化を見せた。目に見える範囲でも数ヶ所に霧が生じ、波が荒れて、空に黒々とした雲が浮かび、巨大な魔物が姿を見せる。


「な、なにごとだ!?」


 兵の一人が海の急な変化に度肝を抜かれて驚きの声を上げる。

 

「なるほどなるほどなるほど! こうなるのね! 名付けるなら異種・迷幻灯台かしら」


 喜色にまみれた声でフレビスが灯台を見る。

 

「この灯台は今後海を守ることはない! 炎が映す幻は船を惑わせ沈め、魔物も溢れた誰も近寄れない海域になるの!」


 その説明で神器灯台がどのように変化したのかバルームたちは理解させられる。

 海の変化は幻なのだろう。しかし周囲の状況が幻に覆い隠されてしまっては安全な航海は困難だ。おそらくどのような状況でも船を導く炎も見えなくなっていているのかもしれない。もしくは間違った方向に誘導するように位置がずれて見えるかもしれない。


「さあ、あなたたちはどうする? 海と町を守りたいなら、神器灯台を壊すしかないわ。でもあなたたちにできる? これまでずっと町を守ってきたこれを壊せるの? どういった選択をするのかしら。なにを選ぶのか私に見せてちょうだい」


 心底楽しそうに言ったフレビスに兵の一人が駆け寄り掴みかかる。

 守るための力も使い果たしたのか、あっさりと掴まれている。


「今すぐあれを元に戻せっ」

「無理よ。神器に干渉するためすべての力を注いだもの。今の私はただの女。あなたにすら殺されるほどに無力」


 腹いせに兵は殴り、それをフレビスは無抵抗で受け入れ地面に倒れる。それでもフレビスの表情は晴れやかだ。兵の怒りも悩みも楽しいのだろう。ミローがつけた傷も治していないため、今ここで死んでもいいと思うくらいにやりたいことをやって満足しているのかもしれない。


「どうしたらいい? 誰かいい案はないか!」


 兵が叫ぶように言い、誰もが悩む様子を見せる。

 バルームの意見としては神器灯台の破壊だ。しかしそれは外部の人間で、その後の混乱に関わりが薄い故の選択だ。

 兵たちも破壊した方がいいとはわかっている。あれは被害を広げるだけだ。兵たちは今後もこの町でこの海で生きていくのだから、平穏を求めるなら残すという選択はできない。けれども長く町を守り続けてくれた灯台には思い入れがある。危ないものだからと容易に破壊を選べない。

 良い案などでるはずもなく、それでもなんとかならないかと悩み時間が流れる。

 フレビスは顔色悪く、楽しそうにその様子を眺める。

 イレアスが自身の魔法を使いこなせていれば、無事に終わった可能性はあったかもしれない。イレアスもまた幻を使うとクルーガムに明言されていた。神器灯台の天辺に行き、炎に干渉するのだ。

 誰もが名案など出せないでいるそんなとき、ピララがバルームの手を取る。


「パパ、強い力がこっちに来る」

「どこからだ」

「海」


 全員が荒れた光景の海を見る。

 その中でざばんと一際大きな水柱が上がる。水飛沫が消えて姿を見せたのは海域の主だ。


「海域の主様?」


 なぜ今現れたのかと兵たちが疑問を抱いている間に、海域の主はまっすぐこちらを目指して泳いでくる。

 いつもは町に被害がでないようにゆっくりとした速度だが、今はその気遣いはない。かなりの速度で泳ぎ、泡立った水がまっすぐに残り、あっという間に接近してきた。


「まさか」


 これからどうなるのか予想した兵の一人が呟く。ほかにも同じ予想をした者はいて、わずかに後ずさる。

 フレビスもまた同じ予想をしたらしい。


「なるほど、そうくるの! あなたが動くのは予想外! もう誰にも止められないわ! 見なさいっ海域の主が灯台を破壊するわ!」


 人間がどう動くのか楽しみにしていたフレビスだが、思いもしなかった展開に心躍ったようで笑いながら迷幻灯台を見る。

 

「三人とも俺の後ろにきてしがみつけ!」


 バルームは盾を大きくしてその場で踏ん張る。海域の主が高速で接近することで波が押し寄せること、灯台破壊による破片が襲いかかってくることを予想し、防御態勢を合固める。

 三人はすぐにバルームの近くに移動して背中を掴む。

 兵たちもその場から下がったり、動けない仲間をかばったりとそれぞれの対応をとっていく。

 そうしているうちに海域の主がさらに速度を上げて、迷幻灯台めがけて跳ねて突っ込む。

 普通の灯台ならばそれで粉々になっただろう。しかしさすがは神器をもとにした異種ということなのか、拮抗してみせた。

 海域の主はそれを想定済みだったのか、口を開けて魔力が込められた水の塊を超至近距離で吐き出した。

 どぱんっと衝突音が周囲に響いて、その音に紛れて破壊音がその場にいる者たちに耳に届く。

 さらに水と破片が周囲に散らばり、バルームたちはそれらに耐える。

 バルームは押し寄せる水とぶつかってくる破片に耐えつつ、フレビスがどうなっているのか見る。防御態勢をとっていなかった彼女は水などにさらされる。この後聞きたいことばかりで死なれては困るのだ。

 フレビスは防ぐことをいっさいせずに笑い声をあげたまま水や破片を浴びていた。そしてそのまま倒れる。

 短時間の嵐のようなものが過ぎ去って、その場にいる全員が水浸しになり、周囲を確認する。


「灯台が」


 誰かが震える声で呟く。

 全員が灯台を確認すると、上半分が砕け散った灯台がそこにあった。

 海域の主は海に戻ったのか姿はどこにも見えず、迷幻灯台の影響を受けていた海も静かな状況に戻っていた。

 海が落ち着いたからかフンボルたちの乗る四隻の船が戻ってくる様子も遠くに見えた。


「ここでじっとしていても仕方ない。俺たちも動こう。怪我人はそっちに任せた。俺たちはフレビスを確保して拘束し、その後シオム様に現状報告をしようと思う」

「……ああ、頼んだ」


 灯台が壊れたことによるショックで兵たちの行動は鈍い。

 この状態ではまともな報告はできないだろうと考えて、バルームに任せることにする。


「フレビスを確保しよう」

「はい」


 水に押し流されたのか離れたところで倒れているフレビスへと近づく。

 仰向け状態のフレビスは気絶しているのか、ピクリともしない。

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