第149話 神器灯台 7

 埠頭に着くと以前乗った中型船よりも一回り大きな船が沖に四隻浮かんでいるのが見えた。

 準備はほとんど終了しているのだろう。埠頭に荷物などはなく、甲板で点検をしている人々の姿が遠目に見えた。

 

「おはようございます、フンボルさん」


 点検結果などの報告を受けていたフンボルに近づき声をかける。


「はい、おはようございます」

「俺たちはどれに乗ったらいいんでしょうか」

「わしと一緒の船に乗ろうか。もうすぐ移動だから、少し待っていてほしい」


 頷いたバルームたちはその場で埠頭の様子を見る。

 少し前にはなかった簡単な櫓があり、まだ人は上がっていない。

 置かれているバリスタの近くには木の杭が置かれている。杭は粗削りであり急ぎで準備したとわかる。

 

「さて、船に行きましょう」


 フンボルに声をかけられ、バルームたちはボートで船まで移動する。

 

「フンボルさん、いつでも出られますよ」


 船員が声をかけてくる。


「では頼む」

「はい。おーい! 出発だ!」


 船員が仲間に声をかけて、銅鑼が鳴る。その銅鑼を聞いて、ほかの三隻も出発だと錨を上げていく。

 帆が張られて、錬金術の道具なのか帆へと風が送られて船が少しずつ動いていく。

 ぶつからない程度に離れて一緒の方向を目指す。まずは海域の主が以前と同じところにいるのか確認するのだ。二日前にも確認していて、そのときは同じところでじっとしていたので、大丈夫だろうと考えている。

 海域の主がいたところに到着し、船員の一人が海に飛び込んだ。すぐに縄梯子を使って上がってきた船員によって、海底にいることが知らされる。


「よし、じゃあ四方に移動だ」


 フンボルがそう言うと、船員が回りの船にそのことを伝えて、それぞれが東西南北に移動していく。

 互いの船の様子が見える程度に一定の距離をとって錨を下ろす。そして薬を海面へといくつか投げ込んだ。

 最初の五分は静かだったか十分を超えると、ピララや海の気配を読める船員が反応する。

 

「パパ、そろそろ」


 槍を持ったピララに知らされて、バルームは盾を中サイズに変えて、ミローは剣を抜く。イレアスは攻撃をしやすい高い位置へと小走りで移動していった。

 船員たちもバリスタをいつでも射出できるように構えたり、槍や弓を海面に向ける。

 海面にはゆらゆらと魔物らしき影が見えている。そうしてバシャンと音が聞こえたかと思うと、船に体当たりする音がしたり、甲板まで上がってくる魔物が現れだした。

 体当たりしてくるのは魚や鮫といった魔物たちだ。どんどんと大きな音はするものの、補強されているおかげですぐに壊れるようなことはない。

 だがやられっぱなしではそのうち壊れるので、反撃の矢などが飛んでいる。

 甲板に上がってくるのは海老や蛸や蟹といった魔物だ。海老の魔物は大きく飛び跳ねて、蛸と蟹の魔物は壁を登ってくる。クルーガムが言っていたように、甲板まで侵入してくる魔物はそう多くはない。

 海老の魔物をバルームは一撃で叩き潰す。ミローも蛸の魔物を容易く斬り捨てた。


「滑ることに注意すれば問題ないな。ピララはイレアスと一緒に高いところからスリングショットで攻撃してくれないか」


 甲板の方はバルームたちで十分手が回ると考えてピララに頼む。

 離れたくなさそうなピララに、バルームがもう一度頼み込むと渋々といった感じで頷いた。

 礼と一緒に頭を撫でられて、少しは機嫌が上向きなったピララはイレアスのいるところに小走りで向かう。

 戦いはたまに交代で休憩を入れながら、夕方前まで続く。

 薬の効果が三時間くらいで切れるので、定期的に薬をばらまきながらの戦いになった。

 襲いかかってくる魔物の数は昼をすぎると徐々に減り出した。海中の魔物の数が減ったのだろうとフンボルたちは手応えを感じつつ、強化種の出現確率が上がっていることを警戒して気を抜かずにいる。

 

「第一段階目は無事成功といったところだろう。ではわしらは帰港する」


 フンボルの言葉を受けて、錨が上げられる。

 三隻の船はこのままこの海域で強化種の警戒を続け、フンボルたちは補給を受け取るために港に帰るのだ。

 港に戻ったバルームたちは甲板に残った魔物の素材運びを手伝う。

 その間にフンボルは準備されていたポーションや矢などを受け取る。

 それを船に運び込む作業も手伝ったバルームたちは、フンボルたちに礼を言われて出港する船を見送った。


「強化種がでないといいんですけど」

「そこらへんは本当偶然だからな。どうなることやら。明日まで町にいて埠頭で警戒しておくか」


 海にいる強化種になにができるのかはわからないが、挑発で町から離すことくらいはできそうだと思いつつ提案する。

 警戒ということにミローたちが反対することなく頷いたので予定が決まる。

 一応報告した方がいいかなとシオムの屋敷に行き、海上での戦闘を話す。


「強化種が出てきそうな予兆はなかったということかね?」

「予兆はなかったかと。ピララ、大きな気配はあったか?」

「なかった」

「俺たちの中で一番気配に鋭いピララが感じ取れなかったということは、あの時点では出現していないということですね」

「そうか。一安心といったところだ。明日もそうであってほしいものだ」


 そうだなとバルームたちは頷く。


「俺たちは明日まで町に滞在し、その後は回収作業に戻ります」

「強化種の警戒といったところか」

「ええ、心配ですし念のため。強化種が港に向かってきたら、スキルの挑発で町から離すことができると思います」

「そのときになったら頼りにさせてもらおう」


 短い報告を終えて、バルームたちは屋敷から出る。

 そこから見える海は穏やかな風景だ。不意に水柱がたったりしておらず、今のところは問題など起きていないのだろう。

 翌朝、警備の担当に了承を得て、埠頭にある倉庫の屋根に上がる。

 予定通りならば薬がまかれて、魔物たちをおびき寄せる準備が始まっている頃だろう。

 埠頭でバリスタのそばにいる者たちも警戒を維持したまま海を眺めている。

 そのままじりじりと時間が流れていたそんなとき、神器灯台の方が騒がしいことにピララが気づいた。


「パパ、向こうが騒がしいよ。もしかしたら戦いが起きているかも」

「戦い?」


 気になるバルームはこのままここで待機することと神器灯台の確認、そのどちらを取るか考えて確認をとった。神器灯台が荒れて、こっちにまで影響が及んだ時にさらに強化種が来たらたまったものではなかった。


「飛び降りて、神器灯台に向かおう。イレアスは受け止めるから少し待て」


 羨ましそうなミローとピララを促し、飛び下りる。

 来いと声をかけると、イレアスは少しも躊躇わずに飛び下りた。しっかり受け止めてくれると信じているのだ。


「よし」


 受け止めたイレアスを地面に下ろし、三人に声をかけて走り出す。

 いきなり飛び下りて走り出した四人を埠頭にいた者たちは不思議そうに見送る。

 少し走ると神器灯台の異変を知った者たちによって戦闘が起きていることが住民に知らされていた。

 ざわつく人々の間をすり抜けて、町の北入口を出てすぐに戦闘の様子が見えた。

 戦っているのは人間同士だ。襲いかかってきている方は五十人ほどで、薄汚れているという共通点がある。

 怪我をして治療のため下がっている者にバルームはどういう事態なのか、加勢は必要か聞く。


「加勢感謝する。いきなり大勢で押し寄せてきて、攻撃をしかけてきた。なにがなんだかわからない」

「そうか。詳しいことはあとにしよう。一応確認だが、どこかぼろぼろなあいつらが敵でいいな?」

「ああ、それでいい」

「三人ともいくぞ」


 頷いた三人と一緒に戦闘に入る。

 襲いかかってくる者たちはそこまで強くない。次々と倒しているバルームたちに一人の男が突撃してきた。正確にはミロー目当てのようで、バルームには目もくれない。

 その反応にバルームたちは心当たりがあった。以前出会い倒した旅人だ。

 それを踏まえてバルームは男の胴に攻撃をしかける。予想通りなら軽減もしくは無力化されるはずだった。


「当たりか」


 男は平気な顔で鬱陶しそうにバルームへと剣を振る。

 種が割れれば対応は簡単だ。バルームたちはサポートに回って、ミローをメインに据える。

 ミローは弱点である欠片を処理するため男の両手を狙う。


「ぐあああ!?」


 ミローがすぐに男の両手を斬り落とし、男は短い悲鳴を上げて倒れる。

 このまま死んでもらっては困るので、バルームは男の両手首にポーションをかける。血はすぐに止まり、死ぬことはないだろう。

 男が逃げないように踏みつけて周囲を見ると、神器灯台側の優勢で戦況が進んでいた。

 戦う必要はなさそうで、そのまま男の確保をする。

 戦いが終わり、兵がロープを持って近づいてくる。


「加勢助かる。縛りたいから足を外してくれるか」


 バルームは下がり、兵にこの男をクルーガムのところに連れて行きたいと伝える。


「どうしてだ?」

「この男がこの騒ぎの首魁だと思うからだ」

「なぜわかる? こいつもほかも似たようなものだと思うが」

「以前、こんな連中と戦ったことがあるんだ。そのときと反応が同じだった。なにを言っているのかと思うのかもしれないが、クルーガム様ならば事情を知っている。わかったことはシオム様にも報告をする」

「……神託の間まで一緒について行こう」


 半信半疑ということで、男を神託の間に連れていくことを承諾する。

 詳しい事情を話していないのだから、その反応は仕方ないとバルームたちは思う。

 倒した者たちを縛り終えて、牢屋に運ぼうとしたとき神器灯台やその周辺へと大きな炎や氷や岩や突風がぶつかっていく。

 人間にも被害がきて、悲鳴が聞こえてくる。

 バルームは咄嗟に盾を大きくして、頭上に掲げて三人を守る。


「な、何事だ!?」


 兵の一人が炎などが飛んできた方向を見て言う。

 そこには赤毛の女がいた。フレビスだ。

 フレビスは人間を見ておらず、神器灯台に視線が向いている。

 攻撃を受けた神器灯台はわずかにひびが入っている。

 それを見てフレビスはポーチに手を入れて、筒状のものを取り出した。これまでの攻撃も魔弾によるものだったのだろう。


「魔弾か!? やらせるな!」


 通常の魔弾ではでない威力だが、改造されたものだろうとあたりをつけて、兵たちはフレビスを止めようと走り出す。バルームたちも同じようにそちらに向かう。

 フレビスはそれに気づき、魔弾を向かってくる者へと投げつけた。

 

「うわあああ!?」「ぐあああっ」


 攻撃を受けた者たちが地面に転がる。

 ほとんどの者がその攻撃でダウンし、無事といえるのはバルームたちくらいだ。


「俺たちがフレビスと戦う! 無事な奴らは怪我人を運んで治療してくれ」

「すまない」


 ダメージの差で力量差を悟った兵たちは指示に従って、倒れている者たちを下げていく。

 フレビスは下がっていく兵たちに興味はないのかちょっかいをかけることはない。


「こんなところで出会うとはね。海を観察して見つけたときは驚いたわよ」


 親しげともいえる声音でミローに話しかける。


「こっちはあなたがここにいるってクルーガム様から聞いてきたけど、なにをしているのかさっぱりよ」

「でしょうね。わかったら逆にすごいわよ。だってやりたいことをやっているだけだもの。目的はあるけど、ここでは好き勝手やっている。そんな私の行動から目的を推測なんてできる人なんているのかしら」

「好き勝手やっていると思ったのは間違いじゃなかった」

「あら、そこは見抜いてくれたの? 意外と相性がいいのかしら」

「いいわけないでしょ! ここであなたを止めて捕まえるっ」

「できるかしらね。私はまだまだやりたいことがあるから捕まる気はないわよ。好き勝手やったと言っても、町に入ったらばれるからそこには手を付けてない。もっと滅茶苦茶にして、騒ぐ姿が見たいわ」

「俺としても逃がすわけにはいかん。だから先手だ、こっちを見ろ!」


 バルームが注目のスキルを使う。

 フレビスは強くバルームに引きつけられる。この場を去るという気がまったく湧いてこない。

 軽く目を見張ってバルームを見る。


「三段階までスキルを鍛え上げているのね。素直に驚いた。こうなったら仕方ないわね。あなたを殺して逃げましょ」


 仲間が死んだときのミローの反応が楽しみだと思いつつ、剣を抜いて引きつけられるままにバルームへと駆ける。

 以前ミローたちと戦ったときよりも速い。

 盾を中型に変えて、バルームは迎え撃つ。


「あら。あらあら」


 あっさりと攻撃をいなされてフレビスの表情に笑みが浮かぶ。

 しっかりと強さも技術も磨かれていて、スリルのある戦闘ができそうだと心が弾む。


「ずいぶん余裕だな」


 攻撃はきかなそうだが、一応メイスを振って当てる。予想通りに気にした様子なく、フレビスは攻撃を続ける。


「ダメージを与える手段がないのでしょう? だったら結果はわかったものよ。あなたがいつ諦めるかそれが楽しみ」

「たしかに俺には無理だな。だがミローがいる」

「そうね、忘れてないわよ。でもあの子の力量で私に明確なダメージを与えられるかしら。以前戦ってあの子の実力は把握している。あれくらいなら油断していないと当てられないわ」

「そりゃミローたちをなめすぎだ。あの子らはかなりの速度で成長している。今もほらお前に牙が届く」


 ちらりとバルームが視線をずらすと観察を止めて接近してきたミローがそこにいた。

 フレビスも気配でそれを察していて、振り下ろされたミローの剣を避ける。


「残念」


 でしたと言おうとしたフレビスは跳ねあがってきた刃に頬を浅く斬られた。


「……驚いた」


 つーっと細く流れた血に触れて、フレビスは目を丸くする。

 フレビスもミローが強くなっているとは思っていた。しかしそれ込みで剣がこの身に届くことはないと思っていたのだ。


「どんな手を使ったのかしら。想像以上の成長速度じゃない」

「基礎を積んだ。地道な鍛錬さ。その結果が頬にできた傷だ」

「ふーん。これは遊んでいる暇なんてなさそうね」


 このままでは捕まりかねないと緩んだ雰囲気が引き締まる。


「余裕のない戦いなんて嫌いなんだけど、捕まると困るし仕方ないわよね」


 スイッチを切り替えるように、フレビスの表情から感情が抜け落ちた。

 同時にフレビスの持つ剣がゆらゆらと常にぶれる。

 

「うお!?」


 気付いたときには腕が動いて剣が振られて、鞭のように刃が伸びてきていた。バルームはぎりぎり盾で受けることができた。

 フレビスは少し腕を動かし、刃をミローに向ける。反応が遅れたミローはざっくりと利き腕を斬られる。

 フレビスの挙動がかなり省略されて、攻撃を読むことが難しくなったのだ。


「治療しろ! それとセブレンに近いと想定しろ!」

「わかりました!」


 ミローは傷を押さえていっきに下がり、バルームは気を引くようにメイスを振る。

 フレビスもミローを追うことなく、バルームと戦い出す。

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