第46話 指導会 4

「ここは五人ということでいいのかな?」


 ファビーと自己紹介のときに名乗った女の指導役がバルームを見て言う。


「俺はこの子の付き添いだ。俺抜きの四人でいい」


 答えながらバルームはピララの肩に手を置く。それでピララは機嫌良さそうな雰囲気を放つ。

 ファビーは頷いて、四人の名前を聞いていく。


「それぞれどんな技術を習いたいか希望はある?」

「この子にはポーションといったものの投擲技術を教えてほしい」


 すぐにバルームが答えた。


「薬といった道具の投擲ね。わかった。ほかの子たちはどうかしら? 慌てなくていいし、大雑把でもいいから考えてみて。考えてみてもわからないなら基本的なことを話すわ」


 三人の駆け出しは少し考えていたが、これといったことは思いつかなかったようで基本的なことを話すことになった。


「まずは基本を話しましょう。そのあとに投擲に関してやろうと思う」


 ファビーはそれでいいかとバルームに視線を向けて、頷きが返ってくると話を続ける。

 補佐役の役割や戦闘中の立ち位置、事前に準備するもの、仕入れに関する知識、日頃の鍛錬方法といったものを話していく。

 どれも基礎的なもので、実際にやってみて自分で細かな調整はやっていくようにと言って、ファビーは投擲に関しての話に移る。


「道具を投げるというのは、さっき基本について話していたときも出てきたように当たり前にやることよ。攻撃、回復、阻害。こういったことを目的にやるの。欠点としてはお金がかかるということ。だから個人でお金を出して準備するんじゃなくて、皆でお金を出し合って買い、どういったときに使うのか事前に話し合っておくと、いろいろとトラブルがなくていいわね」

「投げるものはどこで買えて、どういった効果があるんですか」

「錬金術に関した店で投擲用の品が欲しいと言えばどういったものがあるのか教えてくれるわ。効果としては攻撃面でメジャーなものだと魔弾。魔弾というのは模擬魔術解放弾を略した言葉よ。魔力をほんの少し込めて投げつけると、炎や冷気が魔弾の着弾点を中心にまき散らされる」

「そういったものがあるんですね」

「まあ、安くないけどね。雑魚の魔物をそれ一つで倒すことはできるけど、購入費に収入がおいつかない。一つ赤硬貨二枚くらいね」


 高いと駆け出したちは思わず言い、それにファビーは頷いた。


「どういったときに使うんですか?」

「魔物の中には物理的な攻撃に強いものがいて、かわりに魔術に弱いというものがいる。でも魔術師はそんなに多くないからパーティーにいないのが当たり前。そういったものに遭遇したとき、魔弾で弱らせてあとは武器で攻撃すると戦闘がスムーズにいくの。ほかには魔弾で魔物を怯ませて、その隙に逃げるってこともできる」


 収入に余裕ができたら、ポーションのように一つくらいは魔弾を持っておいた方がいいとファビーは言う。


「次は回復。これはポーションが有名ね。ただし投擲用と普通のポーションは違いがあるから注意が必要よ。普通のポーションは味はともかくとして飲みやすい液体。投擲用のポーションは粉末よ」

「どうして違うんですか?」

「投げて使うとなると液体では効果がでない場合があるのよ。鎧や兜に当たって、そのまま流れ落ちるなんて珍しくもない。粉末だと投げてその人の周囲に漂わせると吸い込んでくれる」

「それだと魔物も吸い込んで回復しそうです」

「そうね。だから投げるときに注意する必要があるの。前衛が大きな魔物と戦っているときは、地面や足にむかって投げて魔物の口に届かないように注意する。逆に小さな魔物だったら、兜や木の上あたりを狙うとかね。そもそも狙いが外れて、魔物にぶつけて回復するなんてもこともある。だから普段から投げる練習はしておいた方がいいの」


 せっかくダメージを与えた魔物を回復したり、ピンチのときに狙いを外し回復しそこなうことを想像し、駆け出したちは投擲練習の重要性を理解する。


「次に阻害。これは辛い調味料、目潰し、接着剤、油。こういったもので相手の行動を邪魔する。材料としては簡単に手に入りやすいから、値段も手頃よ。阻害で魔物を倒すことはできないけど、動きを制限したり止めたりと戦闘を楽にしてくれる。そういった手段が効かない魔物もいるから、そこは注意ね」

「阻害されたことで逆上して暴れる魔物もいるから、そこも注意だな」


 バルームのフォローにファビーは頷く。


「こういった情報は先輩たちが知っているから、新しい魔物と戦うときはそこらへんにも注意して話を聞いてみるといいわね」


 話は投げるときの注意点やコツに移っていく。

 最初は素手で投げる話で、次にピララが持っているスリングショットを使った場合のコツという流れになる。

 そして実際に地面に落ちている小石を使って、駆け出したちは投げる練習をする。ピララは普段から練習しているので、ファビーから姿勢や持ち方などの修正を受ける程度だった。

 練習しているピララからバルームは視線を外し、ミローとイレアスの姿を探す。

 ミローは剣を使う者に混ざって素振りを行っていた。青銅の剣を買ってから片手で剣を扱っているが、今日は両手での素振りをしている。両手で戦うときもあるだろうと、そちらの技術を学んでいた。

 イレアスの方は魔術を使用した講義ではなく、話を聞いている様子だ。基礎鍛錬、最初の教えてもらった三つの基本魔術の発展形、基本魔術の威力コントロールといった内容だ。

 ウォール系の魔法で大きな人型を作って魔物の警戒を促し時間を稼いだといった話などがあり、そういった発想のなかったイレアスは話を聞くだけでもためになっていた。

 午前の講義終了を知らせる鐘が鳴り、昼食後にバルームは指導役たちに呼ばれる。


「使うものを準備しておいた。メイスが武器と聞いていたんで、それっぽいものをいくつか準備したんで選んでほしい」


 そう言う指導役は四つの棍棒を抱えていて、バルームはそれを一本ずつ持ってから一つを選んだ。

 ジャネリも使い慣れた防具に、大きな棍棒を背負っている。

 二人が準備を整えるとパゼムが駆け出したちに声をかけて、バルームとジャネリの模擬戦を行うことを告げる。


「今のお前たちよりも強い者たちの戦いを見て、なにか得るものがあればいいと思う。得るものがなくとも、人はここまで強くなれるとわかるだけでも収穫はあるはずだ。ジャネリは大剣を使い、相手のバルームはメイスと盾を使う。スキルの使用は基本的になしで、殺し合いまではやらないというルールだ」


 パゼムは駆け出したちと指導役たちに二人から離れるように言い、自身も離れていく。


「駆け出したちの参考になるような模擬戦というのはもちろんだが、俺自身も実りのある模擬戦にしたい。よろしくたのむ」

「はい。こちらこそ。やりすぎない程度に、ですが良い鍛錬となることを俺も望んでいます」


 握手をして、少し離れて互いに構えをとる。

 ジャネリは大きな棍棒を両手で握り、バルームは棍棒を構えて通常サイズに変形させた盾は下げる。

 開始を告げる鐘が鳴らされて、二人ともまっすぐ前に出る。

 まずは力比べとばかりに、互いに武器を振って、ぶつかった音が周囲に響く。

 力比べは拮抗せずに、バルームが押し負けた。筋力の差もだが、武器の重さもあって、拮抗は無理だった。


(当然だな)


 予想できていた結果だと思いつつバルームは盾を前に出す。軽く痺れた右手が回復するまで守ることにして、ついでにジャネリの動きを観察する。

 守りを固めたバルームにジャネリは攻めていく。

 攻撃は当たるが、バルームの細かな動きによって当たってもたいしてダメージにならない場所に当たっていることは、ジャネリも理解している。

 駆け出したちはそこまで見抜けておらず、ジャネリが優勢だと思っている。クットルトはそのまま倒せると声援を送っていた。


(よし、痺れはとれた)


 ぎゅっと棍棒を握り、バルームは構えを少し変えた。

 それでジャネリは攻撃を止める。

 バルームが斜め下から棍棒を振り上げる。そのまま連続して攻撃を行っていく。

 それをジャネリは武器を受けたり、回避したり、避けそこなったりする。当たったものもたいしてダメージにはなっていない。


「よく鍛えているな」

「子供の頃から武器を振ることはやっていましたからね」

「下地がきちんとしていて才もある。もっと強くなるだろう」

「ありがとうございます。ですがあなたも想像以上でした」


 ここまでクリーンヒットしないとは思っていなかったのだ。知らず知らずにうちに調子に乗っていたかとジャネリは気を引き締めて精進を決意する。


「守りはずっとやってきたことだからな」


 そうは言うもののセブレンに錆落としてもらっていなければ、もっとダメージを受けていただろうなとバルームは思う。

 確実にジャネリよりも強いセブレンとの戦いを経験したという事実は、現状に余裕をもたらしてくれていた。

 話しながら二人は戦いの手を緩めない。互いの位置を変えて、武器を振り、盾を使い、クリーンヒットはでない。

 ジャネリが五回武器を振り、バルームは一回武器を振る。

 その差に駆け出したちはジャネリ優勢と考えたが、指導役たちは若干ジャネリが優勢なだけでいつでも逆転すると見ていた。

 筋力と戦闘技術はジャネリが優勢で、速さは互角、硬さと守りの技術はバルーム。

 ここからの逆転はカウンターだろうと指導役たちは考える。

 戦っているジャネリもそれは察しているし、バルームも勝つにはそれも一つの手だろうと思う。ただしバルーム本人には勝つ気はそこまでない。超魔との戦いが控えているので、より守りの技術を高めることこそが本命だ。

 

「この模擬戦は俺にとっても得るものが多いです」

「こっちもだ」


 ジャネリの降り下ろしをバルームはそらすように構えた盾で受け流す。

 反撃として棍棒を振るが、ジャネリは下がって避ける。


「これだけで終わるのはもったいないですね。またいずれやりたいです」

「機会があればな」


 今後まだまだ強くなるジャネリと模擬戦ができるのはバルームにとっても嬉しいことだ。

 今は拮抗できているが、今後は負けるのだろうと思いつつ戦いに集中する。

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