第47話 指導会 5

 これまでと似たような攻防が続き、そろそろお開きにしようとバルームから声をかける。


「駆け出しのための模擬戦だ。いつまでも俺たちが楽しんでいちゃ駄目だろうしな」

「そうですね」


 ジャネリは少し下がって剣を肩に担ぐように構える。

 それに対し、バルームは盾を縮めて小盾として扱う。

 ジャネリは攻撃に転じるため動きやすさを求めて盾を縮めたのかと考えた。だがバルームが小盾を前に出して意識を集中しているのに気づき、狙いは攻撃ではなさそうだと思い直す。


「いきますよ」


 ジャネリはそう言い、武器に魔力を込めて力強く踏み込む。勢いよくまっすぐに駆け抜けて、武器が届く位置で袈裟斬りに降り下ろす。

 バルームは盾を前に出したまま、盾と体中に魔力を巡らせる。

 集中するなかバルームは盾を一度引く。

 ジャネリは受け流しではないのかと思いつつ、攻撃を止めずにいる。

 迫る武器を見ながらバルームは引いた盾を動かす。狙いはパリィだ。セブレンとミローの戦いで行われたセブレンの技であるツバキ。あれを見て参考したのはミローだけではなく、バルームもだった。

 セブレンのように攻撃まで繋げるのはバルームには難しかったが、受け流し、体勢を崩すところまでなら可能かもしれないと思えた。

 まだまだ練習中だが、殺し合いの場ではないので未完成のそれを使っても問題ないだろうとやってみることにした。

 武器と盾がぶつかる。

 そのまま振りぬこうとするジャネリと全身に力を込めて受け流そうとするバルーム。

 そのまま武器と盾が拮抗するようなことはなく、衝突は一瞬だった。

 盾によって勢いを削がれ、軌道をそらされてジャネリの持つ武器が地面へと叩きつけられる。盾から押されて、勢いよく武器で地面を叩いたことでジャネリの手が少しだけ痺れた。

 若干ジャネリの動きが止まり、その隙を突いてバルームは棍棒を振る。だがその棍棒は空振りになる。

 パリィは完全には成功しておらず、バルームの体がジャネリの攻撃の勢いでぶれて、狙いがそれて空振ったのだった。


「どうにもしまらない終わりになったな」

「そうですね」


 互いに苦笑しながら構えを解く。

 実戦で使ってみたパリィに手応えを感じ、模擬戦をやってよかったとバルームは内心頷く。

 ジャネリも良い経験を積めたと嬉しそうだ。

 話す二人に注目が集まる。ジャネリはここらでトップということもあり最初から名を知られていたが、バルームは若い少女を連れているということしか情報がなく、ジャネリ相手にここまでやれるのだと初めて知った者たちが驚きの視線を向けていた。

 そんな皆の反応をミローたちは嬉しそうにしている。自分たちを指導してくれているバルームが皆に認められることが嬉しかった。自慢の先生なのだと誇らしげだ。


「これで終わりということでいいのか?」


 戦意を引っ込めた二人を見て、パゼムが近づき聞く。

 それに二人は頷いた。


「勝敗をつけない理由を聞いてもいいか」

「これ以上は大怪我するかもしれませんから」

「模擬戦でそこまでやる必要はないな。今見せたものでも駆け出しにはなにかしら参考になったと思う」


 二人の言葉にパゼムはそうかと頷いて、駆け出したちを見る。


「これにて模擬戦は終わりだ。今の攻防を見て得るものがあれば幸いだ。どういった攻防だったのか気になる者は、あとで二人に聞いてみるといい。それでは指導役対駆け出しの模擬戦を開始する。まずは二種類の模擬戦を行うつもりだ。駆け出しが攻撃に徹するものと防御や回避に徹するもの。そのあとに試合形式の模擬戦だ」


 どの指導役がどの形式でやるか説明されて、駆け出したちは動き出す。

 バルームとジャネリに先ほどの模擬戦について話を聞こうと思う者がいて、スキルがタンクに向いている者はバルームに防御について聞こうと考える。

 クットルトもジャネリのところに一直線に来た。


「あのままやればジャネリさんが勝ってましたよね!?」

「さてどうだろうな」


 ジャネリは負けもありうると思ったが、バルームからすれば最後に空振ったことで勝ちはなくなった試合だった。次はパリィも警戒されて未完成な技術では対応できなかっただろうと考えた。


「ジャネリさんは一番なんです! 負けることなんてありませんよ!」

「勝ち負けよりも、攻防の技術から色々と参考にしてもらいたいんだがな」


 自身を慕ってくれるのは嬉しいが、少々そこに拘りすぎる傾向がある。

 前日ピララに食って掛かったのも、尊敬するジャネリのように自分も世話をするぞと真似たことが原因だ。


「クットルトはもうちょっと心のコントロールを覚えた方がいいな」


 自分関連で暴走しそうな未来が見えてジャネリは、これを機に一度距離を置くことを考える。

 クットルトとはある村で出会い、頼み込まれて弟子にした。半年以上一緒にいて、一応は一人前の知識を詰め込んだつもりだ。

 成長するクットルトを見て、そろそろ仲間を探させて独立させるつもりだった。これまでは指導ついでの手伝いといった感じで連れ回していたが、いつまでもそうやっているとクットルト自身の成長に阻害が生じる。いい機会だと仲間を探させることにする。


「今回の指導会で気が合いそうな人はいたか? いたならその子らと仕事をするんだ。俺たちと一緒だと見えなかったもの、感じられなかったものがあると思う。それは大事なものだ。俺たちもそういったものを積み重ねて今がある。今後もっと成長していきたいなら、いつまでも俺たちにくっついていると成長できないぞ」

「急になにを?」

「急というわけじゃないよ。知識も戦闘技術も駆け出しには十分すぎるものを持っている。そろそろ独立させていい頃合いだろうと思っていた。それに頼み込んできたときに言っていただろう。すごいシーカーになりたいと。本当にそうなりたいのであれば、俺たちにくっついたままでは無理だ」

「で、でもジャネリさんは本当にすごくて、そんなジャネリさんと一緒にいれば俺もいつか同じになれると思って」

「俺たちが得た経験や評価は俺たちのものであって、クットルトのものじゃない。一緒にいても俺たちのようにはなれない。そこは勘違いしちゃいけない」


 諭すように言う。連れ回して、仕事をこなし、そのときに多くの賛辞を得た。それを自身にも向けられているといつのまにか考えるようになってしまったのだろう。

 たしかにクットルトに手伝ってもらったこともあるので、その賛辞の一部を受け取る権利はある。だが賛辞の多くはジャネリたちに向けられたもので、クットルトも同じ舞台に立っていたわけではない。

 すごいシーカーになるのなら、今いる舞台袖から飛び出して舞台に立つ必要があるのだ。今のクットルトでは名脇役になることすらできない。


「俺たちと一緒にいるといつまでも俺たちのおまけでしかないぞ。そんなのはすごいシーカーとは言えないだろう?」


 納得は難しいが理解はできたのか、クットルトは無言で頷く。


「独り立ちの時期がきた。自分だけの仲間たちと、自分たちだけの冒険をやって、自分たちだけの評価や経験を得るんだ。お前の目指すものはその先にある」


 無言のクットルトの表情に不安の感情を見つける。独立してやっていけるのかと不安なのだろうとジャネリは思う。それに自分も覚えがあった。父親から離れるため国から出て、こちらに来て活動を始めた頃に同じように不安を抱いたのだ。


「どんなことでも真面目にやっていればちゃんとした評価を得られるもんだ。ときに騙されることもあるだろうし、勘違いされることもあるだろう。それに腐らず地道にやっていけばどうにかなる。俺と仲間たちがそうだったんだ。そして今の俺たちがある。困ったことがあれば頼りに来てもいい。先達は後輩を助けるものだからな」


 お前もきっとやれるさとジャネリはクットルトの肩を叩く。


「やってみます」


 頷いたクットルトはまだパーティーを組んでいない駆け出したちに声をかけてみるため、そちらへと歩いていく。


「上手くいくといいな」


 バルームがそう声をかける。


「最初から躓くこともあるかもしれないけど、それも良い経験でしょう。地道に行くなら失敗しないだけの知識はもっていますから、仕事に関してはそこまで不安もありません。仲間との交流が少し不安ですかね」

「性格的に合う合わないはあるからな」

「そちらの子たちは独立とかは考えていますか」


 そばいるミローたちを見てジャネリは聞く。


「いつかはな。だが年単位で指導してくれって話だからまだ先の話だ」


 話していると駆け出したちが、質問のため近寄ってくる。

 それにバルームとジャネリはわかる範囲で答え、わからないものはわかるシーカーへと誘導する。

 そうしているうちに夕方が近くなってくる。

 駆け出したちは安全に経験を積めて、疑問も聞くことができ満足した様子だ。

 ゼットたちも得るものがあったようで、指導会に参加してよかったと言っている。

 仲間を探していたクットルトは一時的に組んでみることにした者たちと明日からの行動を話し合っている様子が見られた。

 鐘が鳴り、パゼムに注目が集まる。


「これにて指導会を終わる。皆に得るものがあったと思いたい。今日得たものが全てではない。わからないことがあればいつでも先輩たちに聞いてみるといいだろう。そのときに礼はきちんとするようにな。そして顔見知りになった同期とも付き合いを続けていくと、いつか互いに困ったときに力を借りることができるだろう。そういった繋がりも指導会で得られるものだ。大事にするといいだろう」


 そこで一度区切ってさらに続ける。


「最後に報告することがある。知っているかもしれないが、近々超魔が町にやってくる可能性をクルーガム様から知らせていただけた。そのために町は昨日から柵を作ったりして準備している。君たちもいつ超魔がやってくるかわからないのでしばらくは狩場に出ない方がいいだろう。狩場に出ない間自己を高めるものもいいが、対策を手伝ってほしい。手伝いも立派な仕事であり、町を守ることに繋がる。報酬もでるぞ」

 

 報告することも終えて、パゼムは解散を告げた。

 駆け出したちは町へと戻っていき、指導役たちとシーカー代屋の職員たちは使ったものの片付けを行う。

 

「俺たちも帰るか」

「そうですね。私たちは明日からどうするんですか?」

「自己鍛錬と手伝いでいいだろう。俺とピララは乗馬の練習があるから、その間に超魔対策の手伝いをやってくれ」

「わかりました」


 話しながら歩き、家に帰るミローと別れて、バルームたちも宿に戻る。

 町は活気とは違う不安のある騒がしさを見せており、対策を取るといっても住民たちは超魔に対して恐怖を感じているとよくわかる。

 そんな不安につけこんでよからぬことを考える者の見張りのため、いつもより厳しい表情の兵の姿があちこちで見られる。その兵の手伝いなのか、見回り中とわかる腕章をつけたシーカーもあちこちにいる。

 町は確実に緊急事態へと移行している、この分では今年の年越しは例年の賑やかさはないのかもしれないと住民たちは噂していた。

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