第48話 年末年始 1
超魔への対策が進む中、年末年始の祭りが開催される。
周辺の村などから例年通り見物に来る人間は多かった。町は賑わいを見せるが、この町でずっと暮らしていたミローからすればどこか無理をしている雰囲気もあるということだった。恐怖を吹き飛ばそうと無理矢理テンションを上げているということなのだろう。
超魔の件があるので開催されないのではとミローは思っていたが、開催間近で中止を知らせる時間が足りなかったということと、クルーガムの話では新年が開けて少ししたら来るだろうということだったので時期的に重ならず、開くことになったのだった。
祭りの準備はほとんど終わっていたので、超魔対策に時間を取られても問題なく開催することができた。
これだけ騒がしいと鍛錬どころではないため、バルームたちも年末年始の四日間は完全に休暇にする。
ミローは、休暇初日はシーカー生活で疎遠になっていた友達と遊ぶことにして、二日目は家族と過ごし、年明けの午後と次の日はバルームたちと過ごすことにして、その予定をバルームに告げていた。
祭りの初日、バルームはピララとイレアスを連れて見物と掘り出し物探しに出ていた。
祭りだからと着飾った者もよく見られた。それを見てバルームは二人にもそういった服を一着は買ってやるべきかと思う。
普段着の二人はというと、ピララはぎゅっとバルームの手を握り、イレアスはバルームの背後に回って服を握っている。
バルームにとって祭りはわくわくしたもので、二人もそうじゃないかと思っていた。ミローも楽しみといった雰囲気だったのだ。
しかし今連れている二人は楽しいといった雰囲気は出していない。どちらかというと戸惑っている感じだ。
「二人とも楽しくないか」
「楽しい?」
よくわからないと首を傾げるピララとふるふると首を振るイレアス。
「なにが楽しいかわかんない」
そう言うのはピララだ。
祭りというものになれていないせいだ。出身地は小さな村で、そこで祭りといったら少し豪勢な食事と歌を歌ったり踊ったりだった。しかもそれを遠目で見るくらいだったため祭りというものをよくわかっていない。
「普段は見られないものがあちこちにあるし、周囲の人たちも騒いでいる。こう雰囲気につられてわくわくとしてこないか?」
「んー……パパと一緒の方が楽しいよ」
「そうか。イレアスはどうなんだ」
「浮ついた感じで怖い。ふとしたことで暴れる人がいそう」
イレアスは祭りを経験したことがある。孤児院にいた頃、皆と楽しんだ。しかし流民となって警戒する生活を送っていたことで、今のような騒がしい雰囲気は離れていたいものになっていた。
一人なら宿に閉じこもっていたが、今はバルームが一緒なので出歩くくらいは平気だった。
(あまり長くあちこち行くのは止めておいた方がいいか?)
短い演劇や見世物小屋でも連れて行けば楽しめるかと思ったが、リフレッシュよりも気疲れの方が大きそうだと予定を変える。
「いくつか買い物をしたら宿に戻るぞ。我慢できなくなったら言えよ。すぐに宿に戻る」
いいなと聞くと二人とも頷く。
ついでに欲しいものがあれば遠慮なく買えとも言っておいた。彼女たち自身で稼いだ金があるのだ、こんな日くらい少しは財布の紐を緩めてもいい。周囲の同世代を見て、綺麗な服に興味を向ければいいなと思う。
露店を覗ける速度で道を歩いていき、できたての饅頭なんかを買って食べながら歩く。
二人の体格に合う保温性の高いインナーシャツを見つけて、それも買っておく。これから本格的に寒くなっていくので、見かけたときにちょうどよいと思ったのだ。
バルーム自身は耐水性にすぐれた靴下を見つけたので買う。
店を回るときに、二人にリボンや髪飾りといった装飾品を見させてみたが反応は鈍かった。
一つくらいはバルームが買って与えてもいいが、そこまで自身にセンスがあると思ってはいないのでミローと相談だなと思いつつ見て回る。
目についたもので買いたいものは買って、バルームは二人を連れて宿に戻る。ピララは特に変化はなかったが、イレアスはほっとした息を吐いていた。
(イレアスは今後喧騒に慣れていけば気疲れすることもなくなるだろ。普段の町は問題なく出歩けているから、人が周囲にいること自体を苦手にしているわけじゃないからな。ピララは俺以外に興味関心を向けるところからだな。それぞれ友達と呼べる存在ができれば前進するのかね?)
現状閉じた人間関係なため、そこに手を加えたら良い方向に行くかもしれないと思うが、その友達に裏切られたらまずいとも思う。急かすことなくゆっくりやっていくべきだなと、まずは少しでも人に慣れさせるため、関心を向けさせるため、明日も短時間の観光に連れ出そうと決める。
余った時間はのんびり勉強やトランプなどをして過ごし、二人が眠ると外から聞こえてくる喧騒を聞きながら一人で酒を飲む。
バルームは二十歳くらいまでは夜通し騒いでいたりしたが、近年は落ち着きを見せ始めている。二十歳の頃のままならば二人を放り出して、飲み歩きに出ていたかもしれない。バカ騒ぎしている若者を見ると楽しそうだなと思うが、今は楽しい酒よりも美味い酒の方が好きだ。
一緒に騒げる十年以上付き添った仲間たちとも別れたので、バカ騒ぎする機会はもうないかもしれない。
少し寂しく思うが、楽しかった思い出と引退後なにをしようかという考えを肴に飲むのも悪くはない気分だった。
翌日は午前と午後にそれぞれ一度だけ出ることにして、朝食後ゆっくりして外に出る。
屋台で焼きたての肉串を食べたあと、人混みを避けて路地裏を歩く。こちらは三人と同じように人混みを避けた者たちが休んでいたりしていた。
そのまま大通りを避けて歩いていると、大通りのはしゃぎ声とはちがった大声が聞こえてきた。
「誰かを追っているのか」
待てといった声が聞こえたような気がした。
声のした方向を見ていると、離れた角から清潔とはいえない服を着た十四歳ほどに見えるバンダナの少年が出てきた、そのすぐあとにゼットたちも出てくる。
ちょうどバンダナの少年がこちらへと走ってきているので、バルームは捕まえることにする。
ピララから手を放し、そのまま動かず、見るだけと見せかけて近くまで来たらいっきに近づいて腕を取る。
なにをするんだと騒ぐ少年を無視して、ゼットに声をかける。
「ゼット。捕まえたぞ」
「バルームさん! ありがとうございます。財布を持っていかれて追いかけていたんですよ」
「そうだったのか。このまま捕まえておくから取り返すといい」
ゼットたちは少年のポケットなどを探っていくが、硬貨の一枚も出てくることはなかった。
「ない。おい、どこにやったんだ!」
焦るゼットに揺さぶられるが、少年は無言を貫く。
「ゼット、本当にこいつが盗んだのか?」
「はい。それは確実です」
「だったら逃げている間に仲間に渡したんじゃないかと思う。以前そんな話を聞いたことがある」
ゼットは少年に仲間がいるのか詰問するが、やはり無言だ。
「兵に渡して尋問してもらった方がいい。兵の方が慣れているからな」
「そうした方がいいですね。ありがとうございます」
少年を受け取って兵の詰所に行こうとするゼットに、バルームもついていこうと声をかける。
「え? そこまで世話をかけるのも悪いですよ」
「いいからいいから、そいつを逃がさないようにな」
行こうとゼットたちに声をかけて歩かせる。
「パパ」
なにかに気付いたピララが声をかける。そのピララの頭を撫でる。
「わかっているから、今は気にするな」
今の会話に不思議そうなイレアスにも声をかけてバルームは歩き出す。
少年は何度か逃げ出そうとしたが、ゼットたちの力には敵わず捕まったままだ。
「ごめんください。スリを捕まえたんですけど、盗られた財布を持ってなくて困ってまして」
「またか」
「え? 来たの一度だけですよ」
「ああ、いや、君に言ったわけじゃないんだ。スリや盗難が多くてな。何度もそういった話が飛び込んでくるんだ。中には君たちのように犯人を捕まえる者もいるんだが、彼らは口を頑としてわらなくてな」
困ったと兵は言う。
「そうなると俺の財布は取り返せないままということに?」
「そうなるな」
そんなぁと肩を落としたゼットの頭をぽんと叩いて、バルームは前に出る。
「それに関して情報を渡すことが可能だと思う」
「どのような情報だろうか」
「その少年を捕まえてからここに来るまで俺たちをつけてきている者がいる。おそらく少年の仲間じゃないかと思うんだ」
ピララが先ほど反応したのは自分たちを見ている存在に気付いたからだ。
ゼットたちは気付かなかったようで、そんなのがいたのかと驚いている。
「その者は今も?」
「詰所に入る直前まで見ていたがさすがにもうどこかに行っただろう。しかし顔は見た。それを兵たちで探し、あとをつければスリの根城がわかるかもしれない」
「絵の上手い奴をすぐに呼んでくる。さっさと全員捕まえたら、忙しさを少しは減らせるってもんだ」
嬉しそうな兵は似顔絵を描ける同僚を呼びに行こうとする。するとバンダナの少年が焦ったように口を開く。
「話す! 話すからあそこにいる奴ら全員は捕まえないでくれ! 妹が捕まっているんだ! 妹はなにも悪いことをしていない!」
兵はバンダナの少年をまっすぐ見てどういうことだと聞く。
「俺は、いや俺たちは流民だ。魔物が近づいていると聞いても逃げるための金なんかないし、祭りが開催されても参加する金もない。どうにか滞在許可証を手に入れるためコツコツと金を貯めていた。そんなとき俺たちが住処にしている廃墟に、あいつらがやってきた」
兵は無言で先を促す。
「詳しくはどんな奴らかはわからない。ただ俺たちよりも強い奴らが何人もいる。そしてそいつらは俺たちに暴力をふるったり人質を取ったりして従わせた」
兵は舌打ちする。
「例年なら祭りの準備だけでまだ余裕はあって、そういった奴らの警戒はできているが、今回は魔物対策もあって忙しい。その隙をついて入り込まれたか。そいつらはお前たちを使ってなにをしている?」
盗み以外の目的もあるのかと尋ねる。
盗賊団がこの町を荒らしている。それだけで済むならまだいいが、領主のライバル貴族が手勢を送り込み、この機会に力を削ごうとしている可能性も思い至る。
「スリとか置き引きを命じて金稼ぎだ」
「それだけか? いろんな場所の様子を見てこさせるとかそういった話はでていないか?」
「いや、そんなことは聞いてないけど」
バンダナの少年は不思議そうに返す。
「ただの盗賊団と考えてもいいが、油断はできないな。隠れ家と人数は?」
素直に答えたバンダナの少年は、もう一度妹は捕まえないでくれと頼み込む。
「スリを行ったお前に罰は与えるが、捕まっているだけの子にまで罰を与えるようなことはしない。お前も脅されているわけだから、そこまで重い罰にはならん。ただしまたやれば次は軽くはない」
頷いたバンダナの少年を、事が終わるまでおとなしくしていろと拘束し、拘置所に連れて行くようにほかの兵に頼む。
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