第45話 指導会 3

「改めて自己紹介を。ジャネリ・カルケットです」


 家名の方にバルームは聞き覚えがあった。出身国だとそれなりにその名は知られていた。


「ツグ―ス村のバルームだ。カルケットというと蛙殺しと同じ家名だな」


 バルームの言葉にジャネリの顔が少しだけ硬くなる。その反応に思わず関係者かと聞く。


「……はい。息子です。父のことを知っているんですね」

「もとは向こうで活動していたシーカーだからな。蛙殺しは近年成功したシーカーで知名度は高いし、知人が君の領地に住んでいた」


 蛙殺しというのは、そのまま蛙を殺した者を指すのではなく、腐り蛙という魔物を倒した者を指し示す。

 二十年以上前、シーカーだったジャネリの父親は仲間と一緒にとある湖に行った。

 その湖はいくつかの山から流れ込む水でできていて、何本かの川に繋がっている周辺の水の供給源だ。そこに腐り蛙が陣取った。

 自身にとって住みやすくするために水を腐らせる蛙の魔物であり、そんなことをすれば人間も動物もかなりの被害を受ける。

 それに国よりも早く気づき動いたのがジャネリの父親だ。仲間とほかのシーカーに協力を呼びかけて、腐り蛙を討伐した。

 この功績を国は評価し、ジャネリの父親に騎士爵を与えた。

 ジャネリの父親の活躍はこれでは終わらない。しばらく騎士として仲間と協力して過ごしているうちに、上司である男爵の不正に気付いた。その不正によって民や同僚の一部が苦しんでいることを悲しみ、証拠を集めて評判の良い高位貴族にそれを渡した。

 その行為がばれれば上司から罰則を受け、騎士の地位も剥奪されかもしれないが、一代目の騎士なので地位を惜しいと思わなかったのだ。

 その証拠をもとにこっそりと調査が行われて、他国へと自国の情報が流れていることが判明し、男爵とほかの貴族が罰せられた。

 男爵は爵位を取り上げられ、領主がいなくなる。そこにジャネリの父親があてがわれることになった。

 腐り蛙討伐で多くの人々を救ったと知られていたジャネリの領主就任は民に歓迎される。

 その人気に期待していた部分もあるが、真面目な性格で安定した領地運営をしてくれると国は考え、ジャネリの父親はそれに応えるように国から派遣された補佐官と相談し堅実な領地運営を行っていく。

 その安定した運営は今も続いていて、良き領主だと領民たちから考えられている。

 バルームの故郷はその領地から少し離れているが、ブレットたちの故郷は領内だったようで蛙殺しの話題となると良い領主だと話していた。


「しかしなんでこんなところに? 故郷にいた方がいろいろとフォローがきくだろう」

「それはええと」


 深刻そうではないが、あまり話したくもなさそうでバルームは言わなくいいと告げた。

 ほっとしたようにジャネリは礼を言う。

 ジャネリが言いたくなかったのは、個人的な心情に基づいて国を出たからだ。

 誰もが父はすごいと言う。過去成し遂げたことはジャネリもすごいと思うし、安定した運営を行っているのも同じくだ。

 周囲の人間は、そんな父と子供たちを比べてくることが多かった。

 ジャネリは兄と妹がいて、彼らは比べられても気にしなかったし、奮起する燃料にできていた。だがジャネリはうんざりしたのだ。

 被害妄想も入っているかもしれないが、父はあれだけできるのにという視線にこれ以上耐えられなかった。だから新しい場所で比べられることなく、自分だけの力でなにかを成し遂げようと思ったのだった。


「それで話ってなんだ」


 バルームが本題を促す。


「あ、ええと。昨日の夜にカルフェド様から超魔に関した話を聞きました。バルームというシーカーがスキルを使って超魔をひきつけるということもです。聞いていた特徴と一致するのであなたがそのバルームさんで間違いないんですよね」

「あっている。できることはひきつけて耐えることなんで、できるだけ早く君らには合流してほしい」

「できればそうしたいですね。クルーガム様からやれると推薦されたとも聞いていますが、俺自身でもあなたの実力を確かめたいので模擬戦をお願いしたいのですが」

「いいぞ。今からか?」


 ジャネリは首を横に振る。


「さすがに夜中にやると寝ている子たちに迷惑がかかるので。明日駆け出したちに経験を積んだシーカーはこれくらいできるのだと見せるついでにやろうと思いますが、それでいかがでしょう」

「問題ない。スキル有でやるのか? 武具は?」

「武具は木製のものを使いましょう。スキルもなしと言いたいんですが、俺の初期スキルは常時発動なのでなしにはできないんですよ」

「どういったものか聞いてもいいか」

「力が三割ほど上昇というものです」


 バルームは少しだけ考えて条件付きで了承する。


「防具はいつも使っているものを使用でき、ポーションが準備されているなら、こっちはスキルなしでいいぞ」

「よろしいので?」

「いつもの防具が使えるのなら、木製武器はかなりダメージを減らせる。多少ダメージが発生しても、痛みには慣れているしな」

「その模擬戦で防具が損壊した場合、こちらで修理費を出しましょう」

「超魔戦が控えているのだから、できるだけ壊さないでほしいけどな」


 笑いながら言うと、善処しますとジャネリも笑みを浮かべて頷いた。


「話はこれだけか?」

「はい」

「だったらこっちから聞きたいことがある」

「なんでしょう」

「明日の予定だな。戦闘に関することになるのは聞いているが、具体的にはどういったことをやろうとしているんだ」

「午前中はそれぞれの役割にわけての指導ですね。ダメージを稼ぐ者、防御役、補佐役、魔術師といった大雑把なわけかたにするつもりです。午後は指導役との模擬戦で解散の予定です。模擬戦のあとちょっとした助言をして、次の相手といったふうにやっていきます」

「なるほど。うちは午後からの模擬戦を不参加でいこうと思う」

「どうしてでしょうか」

「戦闘だけで見るなら、うちの子らは一人前とみなしていいんだ。駆け出しに混ざると実力差に折れる子もでてきそうでな。特にピララだ。昼に怒鳴られていた子がいただろう、あの子だな」

「小さい子でしたがすでに一人前だと?」


 再度強さだけはと前置きして続ける。


「事情があってな。見た目は十歳くらいだが、実年齢は十二歳だ。強さも3になって時間がそこそこ流れている」


 普通だと一人前とみなされるのは強さが3になった頃だ。いくつか依頼を受けて経験を積んだ時期に一人前とみなされる。そこまでいくのに一年ほどかけるのだ。


「その年齢で強さ3はすごいですね。見た目十歳の子との差に心が折れる子はたしかにでてきそうです。ほかの二人も強さが3なのですか」

「あの子らはまだ2だが、3になるのも近い。まずは強さを身に付けようと指導はそっちを重視したからな。経験や知識は駆け出しと変わらないから一日目は目立つことはなかった。だが二日目は周囲にあまりいい影響を与えないと思う」

「心折れずとも同年代がそれだけやれているのだからと無茶をする子もでてきますね」


 ゼットたちは常に指導役がついているから、ミローたちが強くなれているとわかっている。だから差を感じても納得はできる。

 しかしほかの駆け出したちは常に指導役がついていることの効果を実感できないため、才能の差だと勘違いしかねないのだ。

 実際才能の差もあるが、稼ぎをあまりせず強くなることを優先しているという要因の方が大きい。


「幸い同年代との顔合わせという目的は果たしたから、これ以上参加しなくても問題ない」


 不参加には納得したように頷くジャネリ。


「しかしなぜそのような歪ともとれる育成をしたんですか?」

「あの子らの指導は依頼を受けて行っている。その依頼主が強くすることを望んだから、まずは力をつけさせたんだ。強さが3になったら、経験と知識を身に付けさせて土台を固めるつもりだ」

「そのまま強さだけを求めていくわけではないのですね。安心しました」


 バルームもそんな指導はするつもりはないし、クルーガムも求めていないだろうとわかる。

 戦えるだけのシーカーなど、知識不足やうっかりで野垂れ死にしてもおかしくない。

 強くなることが目的ではなく、強くなってやることがある。その目標に到達する前に死ぬような鍛え方は、クルーガムの不興を買うだけだろう。


「弟子たちにどのような指導をしているんでしょうか。クットルトの指導の参考にしたいのですが」

「特別なことはしていないぞ?」


 二人は弟子の指導に関して話しながら、見回りを行っていく。

 翌朝、町から運ばれて来た朝食をとったあと、皆が集められる。

 集合を確認したパゼムが口を開く。


「今日のスケジュールを話していく。テントの掃除と片付け。その後、戦闘中の役割にわけて指導、午後から模擬戦だ」


 いよいよ戦闘の指導を受けられるとわかり、駆け出したちがざわつく。明らかに嬉しそうな者が多い。

 パゼムは手を叩いて、ざわつきを鎮める。


「浮かれてテントの手入れを怠けるでないぞ。それは非常時にも使われるテントだ。手入れを怠り、肝心なときに使えなくなっていたら恨みや怒りを向けられるのは、いい加減なことをしたお前たちだ」


 非常時にお前たちの家族が使うかもしれないと言われて、駆け出したちは背筋を伸ばす。

 パゼムはジャネリたち指導役と交代し、テントの手入れの説明が始まる。

 手入れに一時間ほどかけて、乾かす時間を取る。


「全員、テントの手入れを終えたな。これより戦闘技術の指導に移る。ダメージを稼ぐ者、防御役、補佐役、魔術師。この四つにわけるぞ。あとまだスキルを獲得していないものがいたら、基本的な動きを教えるから最後まで動かず待っているように」


 ジャネリはそう言って、駆け出したちをわけていく。

 ミローは剣の扱いに関する知識を求めてダメージを稼ぐところに行き、イレアスは魔術師に行く。ピララはバルームの付き添いで補佐に行く。

 一番多いのはダメージを稼ぐところで、一番少ないのはイレアスともう一人しかいない魔術師だ。補佐にはバルームたち以外に三人いる。防御も六人だ。スキルを獲得していない駆け出しは二人いた。

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