第58話 戦い終わって 2

 体が鈍らない程度の鍛錬と勉強を開始して日々を過ごす。

 その間にバルームは一度行ったことのある娼館にまた行き、以前相手してもらったシャロートを頼んだ。しかしシャロートに相手してもらうことはできなかった。身請けされることが決まって、前金ももらっているので仕事が制限されたということだった。今はお酌といった軽い仕事をやっているそうだ。

 バルームは別の娼婦を頼み、その人が来るまで娼館の店員にシャロートへの祝い金を預ける。


「少ないが結婚の資金だと渡してくれ」

「必ず渡します」


 珍しいことではないので店員も慣れたように受け取り、カウンターのメモに書きつけて小箱に入れる。


「相手はどんな人なのか聞いても大丈夫か?」

「はい。おかしな人ではありませんよ。兵ですね。以前から何度かシャロートさんに相手してもらっていた方です。今回の戦いで後遺症の残る怪我をして故郷に帰るということで、思い切ってシャロートさんに結婚を申し込んだそうです」


 娼館としてもシャロートの相手は気になるところだった。シャロートはこれまで十分働いてくれて、新人のフォローなどもしてくれた。そんな人物には幸せになってもらいたかったのだ。相手が変な者かどうか調べるくらいはするし、それができる伝手もあった。そしておかしなところはないと判断した。


「お相手の退職手続きがすんで、怪我の具合が落ち着いたら一緒に故郷へと帰ると聞いています」

「そうか、幸せになってもらいたいものだ」

「ええ」


 互いに頷く。

 バルームの相手となる娼婦がやってきて、一緒に部屋に向かう。

 そんな日々を過ごしていると慰労会の日がやってきた。

 兵が戦いに参加した者は町の外に集まるようにと声をかけていき、昼の開始を目安にシーカーたちが移動していく。

 バルームたちも町の外に移動して、会場に入る前に受付で登録しているかの確認と報酬を受け取る。


「バルームさんはここではなく領主様から受け取ることになります。ジャネリさんたちが受け取るときに、一緒にいてください。ミローさんとイレアスさんは金貨七枚、ピララさんは金貨三枚です。大金が入ったからといっていっきに使いすぎないようにご注意ください。今回の戦いで周辺の魔物の数が減ってますから、しばらく討伐での収入が減ると予想されています」


 わかったと言ってその場を離れる。

 ミローとイレアスは財布に金貨をしまい、ピララはバルームに渡す。お金の管理はバルームに任せているのだ。


「金貨七枚ですか」

「すごいね」


 大金を持ち歩いていることに二人は緊張した様子だ。半年分の生活費が懐にある。落としたり、すられたりしたら大変で、動きが若干ぎこちない。

 

「さすがにここではスリなんぞいないから落とすことだけに注意すればいい。それでも心配なら俺が預かっておくが」

「お願いします」「お願い」


 二人はすぐに財布を渡す。自分で持っているよりもその方が安心できた。お金を持ったままだと慰労会を楽しめそうになかったのだ。

 それに苦笑し、バルームは二人の財布を懐にしまう。

 会場では屋台が並ぶ。どれもお金を取られず、好きに飲み食いできる。屋台には肉料理が多い、それは戦いで得られた素材を使っているからだ。

 屋台のほかには楽隊や大道芸を行う者もいる。シーカーたちは飲み食いしつつそれらを見たり、雑談をして過ごしていた。

 重傷者はまだ包帯などをしているが、多くのシーカーは疲れもすっかり抜けた様子で慰労会を楽しんでいる。

 

「俺たちもなにか腹に入れるか」

「はい」


 バルームとピララが飲み物を取りに行き、ミローとイレアスが食べ物を取りに行く。

 しばらくのんびりとしていると受付の方が少し騒がしくなる。

 聞こえてきた声によるとカルフェドと一緒にジャネリたちが来たようだった。歓声が上がり、その後授与式の開始が知らされる。

 

「じゃあ俺も行ってくる」


 こういった場は初めてだと少し照れたように言い、その場を離れる。

 いつもは見る側だった。だが見られる側に立つのはなんともくすぐったい。

 そんなことを思いつつ本部近くにいた兵に名前を告げて、待機場所まで案内してもらう。


「おお、よく来たな。体調はよくなったかな」


 気付いたカルフェドが声をかけてくる。


「肩があと三日ほどで治るといったところでしょうか。ほとんど痛みもなくなっているので、順調によくなっています」

「それはなによりだ。そろそろ授与式が始まる。君もジャネリたちの近くに並んでくれ」


 わかりましたと答えて、ジャネリたちの近くに行く。

 こんにちはと挨拶されて、バルームも挨拶を返す。


「見たところ大怪我はしなかったようだな」

「ええ、あれの攻撃を受けるとまずいと思ったので、避けて戦っていましたから。そちらは攻撃を受けていたようですけど、本当に異常があるのは肩だけなのですか?」

「ポーションのおかげでな」


 バルームが答えると、ジャネリはなにか言いたそうな顔になった。しかし触れていい話題なのかわからずなにも言わずにいる。


「たぶん治癒術について仲間に聞いたんだな?」


 声を抑え聞くと、ジャネリは神妙な顔で頷き、同じように声を抑える。


「……はい。あの子が本当に使えるのですか」

「見たのなら隠しても仕方ない。使える。しかし事情があって隠しているから触れずにいてくれるとありがたい」

「謝らないといけません。あの戦場であったことをカルフェド様に伝えています。そのときに治癒術を使ったかもしれないと話した」


 バルームの表情に困ったものが現れて、まずかったかとジャネリは焦る。


「説明する必要あるだろうな。説明すれば隠している事情に一応納得するだろうから、知りたいのなら一緒に聞くといい」


 カルフェドが治癒術に関して知ったのなら、十中八九勧誘されるだろう。そのときに説明しようと思う。

 ジャネリは頷き、そのあとは授与式開始まで静かに待つ。

 ジャーンと銅鑼が鳴り、台座にカルフェドが立つ。その表情は超魔戦の前に台座へ上がったときと違い明るい。


「皆、満喫しているだろうか。今日の慰労会は戦った君たちのために開かれたものだ。遠慮などせず楽しんでもらいたい」


 そこで歓声が上がって、静かになるとカルフェドは続ける。


「楽しんでもらいたいと言ったが、少しばかり時間をもらいたい。此度の戦い、皆が努力したのは重々承知。その中で死んでしまった者もいる。彼らが安らかに眠れるよう祈りの時間を設けたい」


 黙祷と兵たちが発し、皆その場で目を閉じた。

 一分間の静かな時間が過ぎて、終わりを知らせる鐘が鳴る。


「ありがとう。彼らが安心して眠れるように、私も遺族のフォローをしたいと思う。次に今回の戦いで重要な役割を担ってくれた者を賞したい。彼らは超魔・大虎人を相手取ってくれた者たちだ。その成果はかなり大きく、皆にも賞してもらいたい」


 カルフェドはジャネリをはじめとして、仲間の名前を呼んでいく。ジャネリたちは台座に上がっていき、シーカーたちから声援を受ける。最後にバルームも名前を呼ばれて台座に上がった。

 ジャネリたちは知られているが、バルームを初めて知る者もいて声援の中には誰だという声もあった。


「ジャネリたちは第一陣と一緒に戦ったあと、大虎人に向かいこれを倒した。その成果はとても大きく第一等褒賞を与えるものとする」


 報奨金の入った袋を兵が持ってきて、それをカルフェドがジャネリに渡す。

 礼を言ってジャネリが受け取り、また歓声が上がった。


「次にバルームだ。彼は大虎人をスキルによってひきつけて群れから離し、三時間にも渡る長時間たった一人で対峙し続けた。これにより第一陣が大虎人によって被害を受けることがなかった。その成果もとても大きく第二等褒賞を与えるものとする」


 超魔を相手に一人で戦い続けたという発表にシーカーたちは驚きをあらわにして、歓声を上げた。


「受け取るがいい」

「ありがとうございます」


 渡された袋をしっかりと持ち、一礼する。

 慰労会のあとに確認すると中には透き通る銀貨八枚とメモが入っていた。

 メモの内容は『このお金はひとまずの報酬であり、後ほど追加を支払う』というものだった。

 超魔討伐の褒美はかなりの高額になる。シーカーたちへの褒美などで、いろいろとお金が必要となるので、一括支払いは避けたのだ。

 ジャネリたちの報酬も同じようになっている。


「下がってジャネリたちの横に並んでくれ」


 カルフェドから小声で伝えられたことにバルームは従う。


「この者以外にも魔物の群れを観察し続け、群れの動向を知らせてくれた者。必要な物資を儲けを度外視して提供してくれた者。怪我をしたシーカーたちの治療に奔走してくれた者。そして君たちのように群れに立ち向かい戦った者。このように賞される者が多い。彼らも褒めたたえてあげてほしい」


 再び歓声が上がって、カルフェドが慰労会を楽しんでほしいと言って締めくくり、バルームたちは台座から降りる。

 ミローたちのところに戻ろうと思っているバルームにカルフェドが話しかけてくる。


「明日の夜は空いているかね」

「空いています」

「ジャネリたちも招いて晩餐を開こうと思っている。よければ来てくれ」

「聞きたいことがあるということですね?」

「そうだな」

「わかりました。説明した方がこちらにとっても都合がいいので晩餐の場でお話しします」

「ありがとう。これを門番に渡して、名前を告げれば案内してくれる」


 そう言ってメダルを渡してくる。なにかの花が刻まれた銀のメダルで、特に魔力的なものは感じ取れなかった。なくさないようにポケットにしまう。


「正装して向かった方がいいでしょうか?」

「うむ、そうしてくれると助かる。ジャネリたちにも同じように伝えてある」

「持っていないので借りて向かわせていただきます。では仲間が待っているので、今日のところはこれで失礼します」


 カルフェドから離れて、ミローたちのところに戻る。

 その途中でシーカーたちに声をかけられる。伝手を得ておこうというものだったり、仲間に入れるかといった質問に答えつつ、ミローたちのところに戻る。

 バルームが戻ってくるまでに食事は終えたようで、四人席のテーブルで待っていた。

 テーブルに料理を置くバルームにミローが話しかける。


「人気でしたね先生」

「ミローたちもこの先ああなるぞ」


 ピララは治癒術師と公表すれば今すぐにでもバルーム以上に人が集まるだろう。


「なりますか?」

「きっとな。善人の気質だから人助けを厭わない。そして度を越えた荒事でも解決できるだけの力をつける。ジャネリと同じ方向性だから名前が売れるのはほぼ確定だよ」

「名前が売れるのは興味ないですけど、ちゃんと人助けできるだけの能力や経験は身に付けたいです」

「真面目にやっていけば確実に身に付くさ。俺も協力する」

「はい、お願いします」


 ミローは嬉しそうに頷いて、自分が食べて美味しかったものを取ってこようかと提案する。

 バルームが頷くと、イレアスも取ってくると言ってミローと一緒に離れていった。


「ピララもきちんと食べたか?」

「うん」

「ああ、そうだ。少しお前の周囲が騒がしくなるかもしれん。注意しておけ」

「そうなの?」

「お前が俺に治癒術を使うところを見られたからな。どこまで話が広がっているかわからん。もしかすると接触してこようとする奴もいるかもしれない。ないとは思うが、誘拐もあるかもしれん。俺がいないときはミローやイレアスと一緒にいるんだ」


 わかったなとバルームが言うと、ピララは頷く。


「あと明日の夕方から夜にかけて俺は出かけるから宿でおとなしくしておけ」

「どこに行くの」


 ついて行けるなら行きたいと思い聞く。


「領主の屋敷だ。お前について話してくる。お前がついてこない方が話しやすいから留守番だ」


 自分が父親ではないということも話すため、その場にピララがいると父親だと否定して話がこじれそうなのだ。

 カルフェドとしてはピララも交えて話したいだろうが、話し合いをスムーズに終えるためバルームはピララを留守番させることにした。


「わかった」


 残念と思いつつピララは頷く。

 料理を持って戻ってきた二人にも明日の夜に出ることとどこに行くのか伝えておく。

 慰労会は日が落ちても続き、賑やかな声がいつまでも続いていた。

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