第78話 男爵領での日々 2
狩りを終えて、町へと帰る。町が近づくほど、どんどん日も傾いていく。
町に到着と同時に日は沈んで、暗い空には星がぽつぽつと見ていた。
シーカー代屋で得たものを売ろうと町中を歩く。
「どんどん人が減っていってる」
「ああ、辻斬りのせいだろうな」
人通りの少なさを見てイレアスが言い、バルームも同意する。
トンクロンならばこの時間帯は食堂や酒場から聞こえてくる声で賑やかだが、ロークートの現状は屋内から漏れてくる明かりで暗さはないが、人の声は少なく賑やかとはお世辞にも言えない。
「俺たちもさっさと用事をすませて宿に戻ろう。ミローは先に帰っていいぞ。早く風呂に入りたいだろ」
「そうしていいなら、そうさせてもらいます」
服に付着したぬめりは完全に乾いているが、匂いはまだ残ったままだ。さっさと体を洗いたいし、服も着替えたいミローは甘えさせもらう。
「念のためイレアスも一緒に行ってくれ」
「わかった」
ミローとイレアスは宿へと足早に帰っていき、バルームとピララも足早にシーカー代屋に向かう。
素材を売った二人に職員が早く帰ることを勧め、それに頷いて屋外に出る。
大通りから宿に繋がる道に入る。人の姿は完全に消えて、周辺の家から夕食の会話が漏れ聞こえてくる。
そろそろ宿に到着といった頃、曲がり角の向こうから人の足音が聞こえてきた。
二十歳手前くらいの元気のない男が出てきて、周囲を見渡しバルームたちを見つけると近づいてくる。
男は私服で武器も持っていない。けれども一般人よりも鍛えられていて、バルームは念のため辻斬りを警戒する。
「あの、すみません。お聞きしたいことがあるんですが」
「なんだ?」
「四十歳を過ぎた坊主頭の男を見ませんでしたか。体は一般人よりも鍛えられています」
警戒しつつここまでの道を思い返し、首を横に振る。
「それだけだと情報の範囲が広すぎるが、おそらく見ていない」
ピララにも確認すると、頷きが返ってくる。
男は二人の反応に肩を落とす。
「その男がどうしたんだ?」
「父なんですが、行方不明でして。あちこち探し回っているんですが見つからず」
「兵に届け出た方がいいだろう。辻斬りもいると言うし」
「探してほしいと言ったんですが、その辻斬り探しで忙しいらしく期待はするなと」
「気を悪くしたらすまないが、辻斬りに殺されたということはないか?」
「それは俺も考えました。それで犠牲者について兵に聞いてみたら、該当する人はいないということでして」
「どこかに出かけると言っていたとか」
男は首を横に振る。
「これといった情報もないのか……いなくなる前になにか変わったことをやっていたということはないのか。それがヒントになるかもしれん」
「いつもと違うことと言えば剣を打ったことくらいでしょうか。うちは鍛冶屋なんですが、主に包丁といった家庭で使うものを作っていまして、剣を打つのは珍しかった」
少し考えたバルームは本番前に試しに打ったものを持って魔物と戦いに行ったのではと聞いてみた。
ちらっと人で切れ味を試してみたいのかもしれないと考えたが、家族に向かって辻斬りの犯人だと言うわけにもいかず、その考えは心の中にしまう。
「剣を作るのが珍しいなら、出来上がったものの調査をしたがる可能性があるかもしれん」
「ありえなくはない、かな。でも一言くらい言ってから向かうと思うんですけど」
「ただの推測だからな。とりあえず町の出入りを見張っている兵に話を聞いてみたらどうだ」
「そうしてみます。ありがとうございました」
「いや礼はいいよ。確証もない話だ。今日のところは家に帰って明日の朝にでも行くといいさ」
辻斬りに遭遇するかもしれないと言うと、男は頷いて頭を下げて去っていった。
「こんな時期に行方不明にならなかったら兵たちももっと協力的だったろうに」
俺たちも帰ろうとピララに声をかけて宿に戻る。
兵に帰還を知らせて、部屋に戻るとミローたちはまだ風呂のようでいなかった。
ピララと一緒に風呂に入る準備をして、男風呂についてきそうになったピララを女風呂へと押し込んで、バルームは男風呂に入る。
翌朝、食堂で朝食を取り終わった四人に、兵が話しかけてくる。
「ダルゼン隊長からの連絡だ。明日は予定を空けておいてくれと言っていた。お嬢様たちが町を見て回るときに護衛してほしいんだそうだ」
「やはり辻斬りを心配したんだろうか」
「おそらくな。おでかけは明るいうちにやる。辻斬りは夜に出るって話だから一応護衛をつけておくって感じだと思う」
「わかったと伝えてほしい」
頷いた兵はすぐに伝えるため宿から出ていった。
バルームたちは今日も狩りに出る。武具を整えて、昼食を買い、町を出ようとしたところでバルームは昨日の男を見かける。今日は武装をしていた。
男もバルームに気付いて、近づいてくる。
「おはようございます」
「おはよう。外に出るのか」
頷いた男にバルームは、父親が町の外に出た情報を得たのか尋ねる。
それに対し男は首を横に振った。
「聞いて回ったんですが、兵たちは覚えていないそうです。だから一度町の周辺を自分で見て回ろうと思いまして。父もある程度は鍛えていて、町周辺の魔物に負けたりはしないはずですが、なんらかのアクシデントで動けないということもあるかもしれません」
「そうか。俺もちょっと周辺に気をつけながら歩いてみることにするよ」
「ありがとうございます」
頭を下げて男は去っていった。
「昨日会ったっていう父親を捜している男の人ですか?」
「そうだ。町の外で倒れているなら魔物の餌になっちまっているかもしれん」
男もそれは予想済みだった。せめて遺体だけでも回収したいという気持ちで探しに出るのだ。
「見つかるといいですけど」
「本当にな」
バルームは男に言ったとおり、歩きながら周辺をよく見て誰か倒れているか探していく。しかし誰も見つけることはできずに湿原に到着し、狩りを行っていく。
狩りは順調で、今日はずぶぬれになるようなこともなく町に帰る。
シーカー代屋に寄って宿に帰って、明日の護衛に備えて武具の点検を行う。
宿の外では見回りと辻斬りを探す兵が歩き回っていた。明日のセレネとクアタルのおでかけのため、怪しいところは念入りに調べていたがなんの成果もなかった。
翌朝、朝食を食べたバルームたちは兵に連れられて屋敷に向かう。
敷地内には入ったが、屋内には入らず、玄関先で待っていたダルゼンに手招きされる。
「おはよう。護衛を受けてくれて感謝する」
「おはようございます。おそらく辻斬りを警戒してなんですよね」
「ああ、それもある」
「それも?」
なにかほかに警戒する要因でもあったのかとバルームたちは内心首を傾げた。
「セレネ様がお前たちのことをクアタル様に話したんだ。興味を持たれて、一度会ってみたいという話になったんだ」
「そうだったんですか」
セレネとクアタルの会話で超魔に関した話題が出て、そのときに活躍した人が護衛としてついていると話したのだ。
クアタル自身はあまり鍛えてはいないが、家の影響で強者には関心が高い。超魔と戦い生きている人物がいるというので興味を抱いたのだ。
「クアタル様と話すこともありえるんですかね」
「あるだろう」
「立場上話せないこともあって、それは承知してもらいたいんですが」
「話せないことは話せないと言ってしまっていいだろう。クアタル様は穏やかな方だ。事情があるなら無理に聞いてくることもないだろう」
そうしますとバルームは頷いて、今日の予定について聞いていく。セレネたちは馬車での移動で、護衛たちは徒歩だ。バルームたちは馬車のそばで護衛することになる。
粗方話が終わり、そのままダルゼンと待機していると屋敷の扉が開く。
ジャンパースカートのセレネと一緒に出てきた黒髪の青年がクアタルだ。二十歳手前で、ベストに白シャツという服装だ。一般人の範疇で鍛えているようにも見える。
セレネがバルームたちを手で示し、クアタルはセレネと一緒にバルームたちに近づく。
「やあ、君がバルーム殿かい」
背筋を伸ばしたバルームは軽く頭を下げて答える。
「はい。護衛として呼ばれたバルーム、そしてその仲間でございます」
ミローたちの若さに少しだけ驚いたクアタルはすぐに驚きを消した。
「今日はよろしく頼む」
「微力を尽くします」
「頼んだ。のちほど超魔との戦いについて話を聞きたい。いいかな?」
「承知いたしました。ですが話せないこともございます。そのことは了承していただきたい」
「わかった」
なんらかの守秘義務に引っかかるのだろうとクアタルは素直に頷く。
約束を取り付けて満足といったクアタルは、セレネと馬車に向かう。
クアタルとセレネと護衛が馬車に乗り込む。バルームたちも馬車の近くに移動し、ゆっくりと動き出した馬車について歩き出す。
馬車の窓は開いていて、セレネとクアタルの会話が聞こえてくる。窓から見えるものについてセレネが質問し、それにクアタルが答えていた。
その会話を聞きながらバルームたちは周辺の警戒を続ける。
おでかけコースは町を一周したあとに一度休憩して、町そばの畑に向かうというものだ。
馬車には男爵家の家紋がついていて護衛も同行していることで目立ち、町の住民たちの注目を集める。その中に不穏なものが混ざっていないかとダルゼンたちは見て回ったが、そういったものはなかった。
住民たちも辻斬りを警戒しているのだろうと推測しながら移動する馬車を見送った。
町の一周は無事に終わる。予約を入れて貸し切りにしていた喫茶店の前で馬車が止まり、セレネたちが屋内へ入っていく。バルームたちは外で警戒だ。そのバルームたちにクアタルの指示で、水と一口で食べられるタルトが配られた。
護衛たちもちょっとした休憩をとって、一時間の休憩でセレネたちは再び馬車に乗る。
目指す畑は町の南にあり、その一画である実験農場が目的地だ。
小さな林の横を通って、研究所として使われている建物の近くで馬車は止まる。その建物の近くに鶏小屋もある。
畑では作業中の人たちがいて、馬車に気付くと作業の手を止める。
「少し匂いがあるけど、我慢してほしい」
「ええ、承知しております」
そう言いながら馬車からセレネたちは降りる。
クアタルの言うように肥料の匂いなのか、少しばかり異臭が漂っているが、セレネも我慢できないほどでもない。
バルームたちは下水道掃除でもっとひどい匂いに触れているので、この程度はなんともなかった。
「ここであのカボチャが作られましたのね」
「うん。ようやく成功した一つだ。あのカボチャに続けと、今もいろいろな野菜を育てて、品質の良いものを目指しているよ」
クアタルは畑や作業中の人たちを誇らしげに見る。
ここで働く人たちの頑張りが領地の今後に繋がると考えているのだ。
クアタルはセレネを誘って、仕事をしている者たちに近づいていく。畑の様子やなにか困ったことがあるか、そういったことを聞く。
トンクロンでは聞けない話であり、セレネは彼らの話を興味深そうに聞いていた。
ここに嫁ぐことになったら、自身もこことは無関係ではないため、どういったところでどんなことをしているのか把握だけでもしなければといったことも考えていた。
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