第75話 男爵領へ 1
冬の終わりが来る。
雪の日も減り、降る量もどんどん減っていき、人々も春が近づいてきたことを感じ取る。
春前には子供たちのための日であるチルフェの日があり、町や村では子供たちにお菓子が配られた。子供向けの演劇やサーカスなども開かれて、子供たちは一日を満喫する。
神々からも全ての生物の子供に小さな祝福が与えられる。
チルフェの日とはクルーガムの先代が子供好きで、一年に一度祝福していたことが由来となっている。
神様が祝福しているのだから、我らもそれに続くぞと人間たちも子供たちのために動いたのだ。この日ばかりは平民の子も流民の子も関係なく接する。そのため流民の子にとっては純粋に子供として振舞える貴重な日だった。
動物の子供を狩ることも禁じられた日であり、漁や狩りでもそれらをとってくると罰せられる。といっても祝福のおかげで幼生の生き物は上手く逃げることができるので、狩りの難易度が高く、わざわざ狙う者もいない。
人間だと十五歳までは子供という認識なので、ミローたちもチルフェの日を楽しむことができた。
バルームはビスケットを買おうとしたが、ヘランがお菓子を作るというので材料費を出すことにした。
玄関先にテーブルを置いて、そこに配布用のプチケーキを置いて、それがなくなるまでヘランと一緒に配っていた。
配り終えると、それを待っていたイレアスとピララを連れて、バルームはあちこちを見て回る。ミローは友達と回るということでここにはいない。
賑やかではあるが、年末年始ほどではないのでイレアスもすぐに帰りたいとは言わずにいた。
のんびりと自分たちのペースで見て回っているとゼットたちと会う。ゼットは十五歳で祭りを楽しめる最後の年だ。
「こんにちは!」
元気に挨拶してくるゼットたちの表情は明るく、祭りを満喫しているとわかる。
「おう、楽しんでいるようだな」
「はい。サーカスとかを無料で楽しめる最後の年ですから遠慮なくあちこちに行ってます」
「そうか。菓子を準備していたんだが、もうなくなっていてな。すまん」
「いえ、日頃お世話になっていますから、それで十分ですよ」
ゼットがそう言うと、彼の仲間も同意するように頷く。
たまにだが夕食をごちそうになり、一食分浮いてありがたいのだ。
「そろそろ春だが、今後どうするのか決まっているのか? こっちは依頼が入っているが」
「ビッグポートリーのところに行って、勘を取り戻したら、剣のダンジョンに行ってキメラバグと戦うという感じですね」
「うん、それでいいと思う。剣のダンジョンがどんなところかは調べてあるのか」
「はい、冬の間に資料を読んだり、先輩に話を聞いたりしました」
「大丈夫そうだな。油断しなければ順調にやっていけるだろう。仕事の話はこれまでにして、楽しんでくるといい」
そうしますと答えてゼットは仲間たちと次はどこに行くか話しながら去っていった。
「イレアスはまだ大丈夫か? 疲れたならどこかで休憩するぞ」
「じゃあ、少し休みたい」
ベンチで少し休むと、再び三人は町を歩く。そのときに友達と楽しそうに歩くツーグとすれ違ったのだが、バルームたちはツーグの顔を知らないので、そのまますれ違う。この祭りを楽しめるくらいには元気になったようで、それをミローが知ればほっとするだろう。
そうした祭りを終えると、本格的に春が来て、人々は活発的に動き出す。田起こしや行商といった姿に交じって、シーカーたちも狩りを再開する。
バルームたちは護衛の話を聞くために、カルフェドの屋敷に招かれる。
使用人に応接室に案内されて、バルームたちはソファに座る。
十分ほどで部屋の外から足音が聞こえて、扉が開いた。
入ってきたのはカルフェドと騎士と使用人と十代半ばほどの少女だ。少女は金髪をツインテールにして、青のドレスを着ている。
バルームたちは立ち上がり、一礼すると着席を勧められて座る。
封筒を持ったカルフェドと少女がバルームたちに向かい合うように座り、騎士と使用人は立ったままだ。
「待たせた。紹介しよう、この子が護衛してもらうことになる娘のセレネだ。ご挨拶なさい」
「お初にお目にかかります。セレネ・クロムスです。護衛を受けてくださり感謝いたします。どうぞよろしくお願いいたします」
セレネが軽く頭を下げ、バルームたちも礼を返す。
「後ろに立つ二人の紹介もしよう。騎士はダルゼン。護衛隊のまとめ役だ」
「ダルゼンだ。守りの英雄殿に会えて光栄だ。よろしく頼む」
「そして使用人はセレネの世話役、ミンカースだ」
「よろしくお願いたします」
ダルゼンはそろそろ四十歳になろうかという年齢で、しっかりと鍛えてあるのか体もいい。
ミンカースは三十歳手前くらいであり、深い青の髪を後頭部でまとめている。ヘランと似た顔立ちであり、おそらくは親戚なのだろう。
「では早速護衛についての話に移ろう。出発は五日後。向かう場所は以前も話したように南東にある男爵領。船と馬車を使い、片道十五日だ」
「覚えています。船で東へ、そこから馬車で南へと聞きました」
「そうだな。安全を第一に考えているから移動速度はゆっくりめだ。そしてだいたい十日ほど滞在して帰ってくることになっている。向こうで宿を手配するからそこに泊まってほしい。滞在中の指示は特にない。だが護衛が困っていたらできれば助けてもらいたい。その依頼の報酬は別で払うのでな」
「わかりました」
「ありがとう。依頼の書類はこれだ。内容を確認してほしい」
封筒から書類を取り出して、バルームの前に置く。書類は互いに保管するため二枚ある。
バルームは一人で内容を確認し、もう一つをミローに渡す。バルームたちが読み終わって、顔を上げるとカルフェドはそれでいいか尋ねる。
「問題ないと思います。ミローたちはどうだ」
二人から見てもおかしな部分はなく、こくりとミローとイレアスが頷く。
バルームはペンをもらい代表として二枚の書類に名前を書き込んだ。
そのうち一枚をカルフェドが手に取り、封筒に入れる。
「私は仕事があるのでこれで失礼する。あとはダルゼンと護衛について話し合ってほしい」
カルフェドが立ち、一緒にセレネも立つ。
カルフェドとセレネとミンカースが部屋から出ていき、残ったダルゼンはソファに座る。
「それでは一日目からのスケジュールを話していこうと思う。疑問があればその都度聞いてくれ」
「早速だが男爵領でなにかトラブルとかは起きているのだろうか。いつもとは違ったことが起きているなら聞きたい」
「特にそういった情報は入っていないな。ただし男爵家のある町が少々荒れているな」
他家のことなので詳細はわかっていないが、訪問しても問題ないとカルフェドは判断したのだ。
「……そういった情報を話してもいいのか?」
「知ってもらっておいた方がいいと判断した。なにかしらのちょっかいをかけてくる可能性もあるからな。それの解決をしろと言うつもりはない。ただそういうことがあると意識して護衛にあたってもらいたい」
「承知した」
ダルゼンは改めて到着するまでの行程を話していく。
船は貸し切りしていること。毎晩宿に泊まれるように進むこと。川に出てくる魔物、道中に出てくる魔物、過去盗賊がいたかどうか。
そういったことのほかに同行する護衛の人数、護衛の種別。バルームたちには盗賊と魔物を警戒してほしいといったことも話して昼前に話し合いが終わる。
「最後に確認なんだが、セレネ様のそばで守る必要はないということでいいんだよな」
「基本的には兵がそばにいる。だが緊急時に護衛を頼むかもしれない。そのときは守ってほしい」
わかったと頷く。ミローたちは当然としてバルームも貴族の護衛経験はない。そんな自分がでしゃばるよりも、護衛に慣れた兵に任せた方がいいと納得できるのだ。
話し合いを終えて、バルームたちは屋敷を出る。
これから五日間はいつも通りに過ごせばいい。旅の間の食事などは準備してもらえるため、バルームたちが持っていくものは武具と着替えとお金くらいなものだ。一応保存食も持っていくが、出番はないだろうなと考えた。
五日経過し、バルームたちはヘランに行ってくると告げて集合場所である南の港に向かう。
いくつも船が浮かぶ港に到着し、これから乗る船を探す。船にはクロムス家の旗が掲げられているということで探すのは簡単だ。
荷物を積み込んでいる人々の間を歩いて、目的の船を見つける。
「おはよう。護衛として雇われたバルームだ。クロムス家が貸切った船で間違いないだろうか」
「おはようございます。間違いありませんよ。どうぞ船内へ」
ありがとうと言ってからタラップを通って甲板に移動する。イレアスが少しだけ躊躇っていたが、ミローが手を繋いで一緒に甲板に移動する。
そこで川を見張っている兵に声をかけて、部屋はもう準備されているのか尋ねる。
兵は知らないようで、船内に入ってそこでまた聞いてみるといいと助言をもらい、船内に入る。
近くを通りかかった兵に声をかけて、部屋について聞くと案内してくれるということでついていく。
「ここです。四人で一部屋になっています。鍵は中のテーブルに置いてあるはずです。なければ兵に声をかけてください」
「ありがとう」
「いえ、私は皆様の到着をダルゼン隊長に知らせてきます」
そう言って兵は去っていった。
船室に入ると、兵が言ったように鍵はテーブルに置かれていた。鍵と一緒にスケジュール表も置かれていた。
部屋の中には小さめの二段ベッドが二つあり、テーブルと四つの椅子というシンプルな内装だ。四人が使うには少し手狭だ。大型旅客船というわけではないので、この狭さに文句を言う気は四人にはなく、荷物を置く。
ピララは一緒のベッドで眠れないことが少し不満そうではあった。ピララが一緒にベッドに入ると、バルームにとっては寝苦しくなるので船旅の間は一人で眠るように頼まれたのだった。
スケジュール表を手に取る。そこには船に乗っている間の役割が書かれていた。日中甲板に出て周辺の警戒をすることが与えられた仕事だった。
「出発してからと書かれているから、このままここで待機でいいだろう」
「そうですね」
いつでも移動できるように武器をそばに置いて、のんびりとしていると扉がノックされた。
「はーい」
ミローが扉を開けるとそこにはダルゼンがいた。
「来たと報告があったのでな、一言挨拶をしにきた。改めて今回はよろしく頼む」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
バルームが頭を下げ、ミローたちもそれに続く。
ダルゼンは四人の顔を見て、イレアスの顔色の悪さに気付く。
「船酔いか?」
「ああ、この子は船自体に良い思い出がないんですよ。以前乗ったものが転覆して」
「そうだったのか。この船は頑丈に作られている。よほどのことがなければ転覆などしないから安心してくれていい。船員もしっかりとした腕を持っているしな」
イレアスはこくこくと頷く。
そんなイレアスを見て、緊張は解けていないが仲間と一緒ならば大丈夫だろうとダルゼンは判断する。
「そろそろ出発だ。甲板に移動してくれ」
「わかりました」
ダルゼンが去り、四人も甲板へと移動する。
すぐにタラップが外されて、船員たちが出発準備を整えていく。
出発だと鐘がカンカンと鳴って、帆が風をはらんで船がゆっくりと動き出す。
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