第74話 ミローがふる話

 神殿を出て、バルームたちの家で少しだけ鍛錬をしてからミローはマフィンをお土産に買って家に帰る。

 呪いのせいか動きにいつもよりきれがなく、さっさと解呪したいなと思いつつ家に入る。


「ただいまー」

「おかえり」


 ソファに座って趣味の刺繍をしている母の隣に座る。


「これマフィン。一緒に食べよう」

「おやつにちょうどいいわね。お茶を入れてくるわ」


 作りかけの刺繍をテーブルに置いて、お茶の準備を始める。

 その母の作業風景をのんびりと眺めながら戻ってくるのを待つ。

 

「お待たせ。熱いから気をつけなさいね」

「はーい」


 二人はまずマフィンを齧って、次にお茶を飲む。

 しばしおやつの時間を楽しみ、マフィンがなくなるとミローは話し出す。


「明日ね、ツーグに会いに行ってくる」

「ツーグっていうと鋳掛屋の子だったわよね」

「うん。ツーグはね、私のことを好きなんだって」

「あら、そうなの」


 ワクワクとした雰囲気で聞き返す。少し声が弾んでいた。最近はシーカーといった荒事中心の生活だった娘からまさかそういった話題が出るとは思わず、驚きと安堵が心を占める。

 年頃の女の子らしい話題を期待されていると思わずミローは話を続ける。


「私は気付かなかったんだけど、クルーガム様がそうだって言ってたよ」

「神様が断言するなんてね。それくらいわかりやすく好意を示していたのかしら。でもどうして神様がそんなことを教えてくれたの?」

「私ね、ツーグに呪われていたんだって」

「え?」


 期待したような話題から出てこないような単語が出てきて母親は呆けた。


「の、呪われていたってどうしてそんなことに?」

「クルーガム様が言うには、ツーグはシーカーをやめさせたいとか。シーカーを続けるからデートに誘っても断られるって考えたみたい。でもツーグ自身呪っている自覚はないようだよ。呪いの才能があって、強い思いが才能にひっぱられたとか」

「体は大丈夫?」


 朝起きてから辛そうな様子はなかったし、今もだ。思わずミローの体のあちこちに触れる。


「少し体が重いくらいで痛いとか怠いとかそういったことはないよ。だから朝起きてなにも言わなかったんだし」


 念のためミローの額に手を当てて、熱もないことを確認して母親はほっとした。


「ツーグ君に会いに行くのは呪いを解くため?」

「うん、しっかりとふって諦めてもらう。あとはクルーガム様のところに連れていって呪いを封印してもらうの」

「封印はしてもらった方がいいわ。本人も制御できない才能なんてない方がいいしね」


 クルーガムと同じようにツーグの人生を思って封印に賛成する。


「それにしてもふること確定なのね」

「うん、好意を向けられているって聞いても友達としか思えないし。それに受け入れたらシーカーをやめないといけないし」


 母親としてはシーカーを止めるきっかけになるなら、好意を受け入れるのもありかなと少しだけ思う。

 夫から聞いた話で危ない仕事だとわかっているので、ミローが仕事に行くたび心配なのだ。

 バルームという保護者がいるとしても、万が一はありえる。そのときがくるのが怖い。


(でも神様から期待されているのよね、この子。本人も続ける気満々だし、当分はやめないわよね)


 心の中で溜息を吐く。

 もしほかの誰かが神に見こまれたらすごいという感想を持つだけに留まるだろう。しかし我が子が当事者になって、ほんの少しだけ神を恨むようになった。なぜこの子がと思ってしまうのだ。シーカーにならずに誰かと恋をして、結婚して、子供を産む。そういった普通の人生を送ってほしかった。しかし娘の夢を知っているので普通を強要するのも気が引けた。


(バルームさんに憧れているようだし、いつかくっついて主婦になることを期待するしかないのかしら)


 表情を変えながらじっと自身を見てくる母親をミローは不思議そうに見返す。


「本当に無茶だけはしないでね。いつでもあなたが元気でいてくれることが私たちの幸せなんだから」

「なにか話の流れが変わってない? 先生とイレアスとピララがいるから大丈夫だよ」


 信頼と好意を寄せる姿に母親は微笑みを向ける。

 その日は一緒に夕食を作り、たまにはいいだろうと一緒のベッドで眠る。

 翌日、朝食をとったあとにミローはツーグのいる鋳掛屋に向かう。

 途中で家の手伝いをしている友達たちにおはようと声をかけながら歩いて到着する。

 家にくっついている小さな工房の入口から中を見ると、ツーグと彼の父親がいた。作業の準備をしているようだった。


「おはよ」


 ミローが声をかけると、すぐにツーグは気付いて嬉しそうに駆け寄ってくる。

 このいつものと変わらない様子のツーグが呪いをかけているのかと思うとミローは困惑の表情が顔に出そうになる。


「おはよ! 朝からどうしたんだ」

「話があってね。おじさんツーグを借りていい? わりと時間かかると思うんだけど」


 ツーグの父親はどうして時間がかかるのか疑問に思ったが、真剣なミローを見てきちんとした事情があるようだと察して頷いた。


「あまり人のいるところで話せないから少し歩こう」

「いいぞ」


 ミローとツーグは人の少ない場所を目指して歩く。

 子供の頃から皆と駆けまわった路地裏が懐かしい。思い出そうと思えば、すぐに遊び回った記憶が蘇る。

 ツーグも同じなのか、昔あったことを話題に出す。それにミローは返事をしながら、人気の少ない倉庫が多い区画で足を止める。


「ここらでいいかな」

「なにを話したいんだ?」


 もしかしたらこの前の誘いに応えてくれるのかとわくわくした思いが湧く。


「ツーグにとっては辛い話になるよ。ツーグの好意には応えられない。ごめんなさい。私にとってはツーグは友達なんだよ。それ以上には見れない」


 突然の言葉にツーグは目を丸くして動きを止めた。

 自身の好意に気付いたことも驚きだが、ふられたことのショックが大きい。


「いきなりこんなことを言って驚くのは当然だから最初から説明していくね」


 昨日体が重かったことから、クルーガムに呪いを受けていると聞かされたこと、好意を向けられていると教えてもらったこと。

 その説明はツーグにとっては現実味がなかった。

 弁解にも見える様子で慌てて口を開く。


「の、呪うなんてするわけないじゃないかっ」

「クルーガム様も自覚はないだろうって言ってたよ。でも私にシーカーをやめてほしいと思わなかった? そこも否定できる?」


 否定はできなかった。今もシーカーをやめてくれと思っているのだ。


「それは……思ったけど。でもそれだけでっ」

「うん、信じたくないのはわかる。だから神殿に行こう。クルーガム様が呼んでいる。呪いが本当なら今後生きていくうえで邪魔にしかならないからね。封印してくれるんだって」

「いや、でも」


 混乱した様子でツーグは俯く。

 ミローはツーグが顔を上げるまで声をかけずに待つ。なにを言っても納得はできないと思ったのだ。

 五分十分と時間が流れてツーグは俯いたまま口を開く。


「……諦められない。だって好きなんだ。一緒にいたいんだ。一緒にいてくれよ」


 ミローは体の重さが少しだけ増したように思えた。

 ツーグの思いが増したから、呪いも重くなったのだろうかと思う。


「なあどうしたらシーカーをやめてくれるんだ? あんな危ない仕事より俺と一緒に店を盛り立てた方がいいよ」

「シーカーは私の夢なの。その夢を叶えるために歩き始めたばかりなのにやめたくなんてないよ。危ないのも承知している。でも助けてくれる仲間がいる。頼りになる先生もいる。鋳掛屋が駄目なんて言わない。でも私の夢も幸せもそこにはない」

「俺が幸せにするっ」


 さらに体の重さが増す。同時にツーグの表情から生気が抜けているようにも見えた。


「私に夢を諦めさせて幸せになんてできると思わないよ。ツーグだけが幸せになると思う」

「夢は叶わないことだってあるじゃないか」

「それは否定しない。でも夢を叶えるために動き出したばかりなのに、今やめるのは早すぎる」


 シーカーになって半年も経過していない。夢が叶わないと考えるには早すぎる。


「それよりもツーグ、呪うのはやめて。明らかに無茶している」

「呪ってなんかない! ミローと一緒にいたいと思っているだけだ!」

「じゃあそう考えるのをやめて。その気持ちが呪いに反応して、無理した状態になっている」

「やめることなんてできるもんか! だって好きなんだ!」


 重さがまた増して、ツーグの顔色の悪さも増す。

 これ以上は危険だとミローは判断する。


「仕方ない。ごめん」


 言葉でどうしようもないなら、気絶させて神殿に連れていこうと考えて、殴りかかる。

 呪いのせいで普段の七割ほどの動きしかできないが、一般人からすればそれでも十分に脅威だろう。

 これにはツーグも驚きを隠せない。なぜという疑問で頭がいっぱいで、避けようと考えられず腹を殴られた。

 

「うげぇっ」


 ツーグは痛みで意識をとばして、その場に倒れ込んだ。

 うまくいってよかったとミローはほっとする。

 気絶しなければもう一度と考えていたミローはツーグを背負って神殿へと向かう。

 人を背負って神託の間に向かうのは珍しく、シーカーや神官から注目されつつミローは神託の間に入った。


「クルーガム様おはようございます」

「おはよう。連れてきたな。まずはツーグを起こそうか」


 クルーガムが光の欠片を床に横たわるツーグへと飛ばす。それがツーグの胸に落ちると、がばりとツーグは体を起こした。

 まだ腹が痛むのか、手で押さえながら周りを見る。


「ミローっなんで殴ったんだよ! そんなに俺が嫌いだったのか!?」

「話を聞いてくれないからよ。どんどん呪いが強くなってたし、それに比例してツーグの顔色も悪くなっていくし。止めないとどうなっていたか」

「そうだな。あのままだと死んでいた」


 その声のした方向をツーグは見る。


「クルーガム様?」

「気絶している間に連れてきたの」

「俺からも説明しよう。それで納得するように」


 クルーガムはミローが話したことと同じことを説明していく。

 それを聞いてもツーグは呪いをかけていたと信じられないように首を振る。


「呪っている。神として断言しよう。呪いはお前の中にある才の中で一番優れたものである」


 強く言い放たれてツーグは泣きそうになる。好きな子を本当に呪っていたのだと神から断言されてショックを受けた。そして自分が一番優れていることは他人を呪うことだと示された気もした。

 その考えをクルーガムは察して訂正する。


「勘違いしているから言っておくが、才能と気質は関係しない。人を呪うことが得意だからといって、人を呪いたがっているわけじゃない。たまたま才能がそちらに向いていただけだ。お前自身も人を呪うことが好きではないだろう?」


 ツーグはこくんと頷く。人を羨んだり妬んだりしたことはあるが、呪ったことはないのだ。


「では封印するぞ。それは鋳掛屋として生きていくお前には必要ないものだ」

「……お願いします」


 神像からツーグへと光が注がれる。

 それを受けたツーグはなにかが押し込められていくような感覚を得る。ついでに腹の痛みも治まる。


「終わった。ミローどうだ?」

「体が軽くなりました」


 気絶させていくらかましになっていた体が、完全に普段通りへと戻った。

 嬉しそうに体を動かすミローからツーグは顔を背ける。


「用事も終えたので帰ります」

「ああ、今後も励むように」

「はい。ツーグ、帰るよ」

「一人で帰る」


 沈んだ様子で立ち上がる。顔を合わせるのも辛かった。


「おじさんに説明しないと駄目だから一緒に行くよ。止めるためとはいえ殴っちゃったし」

「……」


 ミローはなにも答えないツーグの隣を歩く。

 そろそろ鋳掛屋が見えてくるというところでツーグがミローを見ないまま口を開く。


「ミローはシーカーをやっていて楽しいのか」

「楽しいよ」


 即答だ。


「そりゃ痛いこともショックなこともあった。でも楽しいことも嬉しいこともあったんだよ。出会えて良かった人たちがいる。力を得て喜ぶ自分がいる。いつか自分が目的としたことが叶うって思えている。だからシーカーはやめないよ」

「そっか」


 ツーグはこの恋は諦めようと思う。神殿に行く前の自分がミローの言葉を聞かなかったように、ミローに自分の言葉は届かないと受け入れた。

 受け入れたからといって好意がすぐになくなるわけではないが、今朝までの熱い想いは少しだけ落ち着いた。しばらくは引きずるだろう。だが再び思いを遂げようとは思わないはずだ。しっかりとふられたことを認めた。


「ただいま」

「お邪魔します」

「おお、帰ってきたか……ひどい面だな」

「ふられたからな。今日は仕事にならないと思うし休む」

「わかった」


 息子の言う通り仕事をさせても集中できないだろうと父親は認めて、奥に歩いていく息子を見送る。


「ふったんだな、ミローちゃん」

「はい。友達以上には思えなかったから」

「そうか、まあ仕方ない。何日かして元気になってくれたらいいが」

「おじさんにも話しておいた方がいいことがあるので、少し時間をもらえますか」

「あいつに関係した話か?」


 こくんと頷いたミローに、父親は椅子を勧めて、自身も座る。

 先日デートに誘われたことから、クルーガムに呪われていると教えてもらい、ツーグの呪いを封じたことまで話す。


「あいつにそんな才能があったのか」


 信じたくないという思いだったが、クルーガムも関わっているとなると本当なのだろうと思うしかない。


「体の重さはなくなったから、しっかりと封印されています。クルーガム様が行ったことなので解けることもないと思います」

「今度礼を言いに行ってこよう。ミローちゃんにも迷惑をかけたな」

「いえ、鍛えているおかげで軽い症状ですみましたから。しばらくは落ち込んだままかもしれないのでフォローしてあげてください。ふった私が言うことじゃないかもしれませんけど」

「気にしなくていいさ。恋愛は必ずしも成就するわけじゃないからな。俺や妻の経験を交えて励ましてやるとするよ」


 立ち上がったミローは、では失礼しますと一礼して工房から出る。

 誰かをふったのは初めてで、心にもやもやが残る。バルームの顔を見て、一緒に鍛錬すればもやもやも晴れるだろうかと、バルームの家に向かっていった。

 ミローの顔を見たバルームは本調子ではないと察して、ミローが求めるままに相手する。そのおかげか、ただバルームとコミュニケーションできたからか、鍛錬が終わる頃には少しは気持ちがすっきりとしていた。

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