第73話 報告 3

 準備が整うまで時間が空いたバルームたちは神殿周辺を散歩する。ミローが考える時間を欲しているというので、話しかけることなく一緒に歩くだけだ。

 一時間ほど歩いてそろそろ神殿に戻ろうかという頃に、ミローが口を開く。


「先生は誰かをふったことがありますか」

「あるぞ」


 思い出すのはシャロートだ。向こうが本気でなかったとはいえ、ふったのは事実だ。そのほかにはいない。シーカー中心の生活で、人付き合いもそれに準じたものになっていた。惚れたといったことはシーカーを引退してからでいいという考えだった。


「私は初めてです。どうすれば穏便にふれるか考えていましたけど、わかりません」

「相手が本気だったら、どうふっても傷つけることになるだろうな。穏便にというのは難しいだろう」

「私も同じように考えました」

「俺も経験したのは軽い付き合いだったからアドバイスになるようなことは言えない。ただ、シーカーになって人助けをしたいというのがお前の夢だったろ。それを否定してくる奴とは上手くいかないとは思うぞ。そこをきちんと伝えたら少しは納得してくれると思うが」


 バルームなりに考えて助言してくれたことに軽く背を押された気持ちになって、ミローは頷いた。

 

「明日にでも会いに行って、好意には応えられないと伝えてきます」

「頑張れってのも少し違うな、ふったあとの気晴らしには付き合うからしっかりと終わらせてこい」

「はい」


 少しだけ元気になったように見えるミローから視線を外し、バルームはイレアスとピララをちらりと見る。

 二人がこういった惚れた腫れたという話をするのはいつになるだろうかと思う。そういった話ができるようになれば、精神的に成長し余裕が生まれたと判断できるはずだ。

 今は不思議そうに見返してくる二人になんでもないと首を振り、神殿へと歩を進める。

 神託の間に入ると、神像の前に意識のない旅人がいた。戦ったときと違い、患者衣を着て、床に敷かれた厚手の布の上に寝かされている。


「準備はできている。ミロー、頼んだ」

「はい」


 剣を手に持って近づこうとしたとき、セブレンが姿を現した。


『ようやく話せる。近づく前に聞いてちょうだい。これの手には私と同類のなにかが入っているわよ』

「同類だと?」


 クルーガムが聞き返し、セブレンは頷いた。


『どうしてそこにあるのかは私にもわかりません。しかし感じられる力は小さいですがよく知ったものです。クルーガム様がわからないのも当然でしょう。未来の情報が漏れないようにと私たちは対策されているのですから』

「たしかクルーガム様よりも上の神たちや不死の王たちが、その器を作るのに協力したんだったか」


 バルームがセブレンの話を思い出して聞く。


『そうです。伝えるべき相手以外に少しの情報でも漏れてしまうと、また同じ結果に繋がりかねないと対策されました』


 それならわからなくて当然だとクルーガムも納得する。同等の神ならばまだなんとかなったが、上位の神が複数で対策しているなら手も足もでない。


「セブレンは剣だけど、ほかの神器は体に埋め込むようなものがあったんだね」


 ミローの言葉をセブレンは首を振って否定する。


『ないわよ。武器や道具という様々な形をしていたけど、持つ物であって埋め込むようなものはなかった』

「じゃあ無理矢理体内に埋め込んだってこと? なんのために」


 セブレンは再度わからないと返す。


『なにかしらのトラブルがあってそうしなければならなかったのかもしれない。感じられる力は小さいしね。トラブルで予想以上に力を使ってしまって、それを補うために体内に埋め込んだとも考えられる。でも旅人が私に向けた反応も気になるのよね』

「たしか敵対的だったか」


 クルーガムは報告の中にあった旅人の反応を思い出す。

 旅人と対峙したミローが肯定する。


「たしかに剣に対して否定的な感情を向けていました」

『未来を変えたいのなら協力した方がいい。それなのにあの態度は疑問しかない。埋め込まれたものに宿る人からそこらへんの話を聞ければいいんですけど』


 私から今言えることはこれくらいだとセブレンは口を閉じる。


「とりあえず予定通りにミローには接触してもらおう。ただしすぐに離れられるようにしてくれ」

「わかりました」


 そう答えてミローは旅人に近づく。

 それだけでは旅人に反応はなく、次に左手で旅人の右手に触れてすぐに離れる。

 皆で一分ほど旅人を見つめていたが、やはり反応はなかった。

 さらに次は剣を右手に触れさせてみようということになり、剣先を旅人の右手に触れさせて、またすぐに下がった。


「これでも反応なしか。こうなると摘出するしかないか」

「ここでやりますか?」 


 バルームが聞く。武器を持っているのは現状ミローだけなので、剣を借りてすっぱりとやるつもりだ。


「神殿の医者を連れてきてくれ。素人がやると埋め込まれているものを傷つけるかもしれないからな」


 医者が来るのならとセブレンは剣の中に戻る。

 バルームが呼んでくることにして、神託の間を出る。

 神官に医務室の場所を聞き、そこにいる医者にクルーガムの光を渡し用件を伝える。医者はすぐに手術の道具を持ってバルームと一緒に神託の間に向かう。

 

「もどりました」

「クルーガム様、異物を取り除いてほしいということですがここを血で汚すことになります。よろしいのですか」

「かまわない。早速やってくれ」


 頷いた医者はナイフをあぶって消毒し、旅人の手を清潔な布でふいてそれを手の下に敷く。次に旅人の腕を紐で縛って血を止めて、ポーションをすぐそばに置く。


「誰かこの男を押さえてもらえるか? 痛みで反応するかもしれない」

「俺がやろう。イレアスも足を押さえてくれるか」


 バルームが上半身を押さえて、イレアスが旅人の両足を押さえた。

 医者はしっかりと抑えられていることを確認すると、手のひらに触れて異物の位置を確認して、ナイフを旅人の右手に当ててすっと動かす。

 傷ついた肉から赤い血が流れ、医者は素早くピンセットで異物をいくつか取り出すと、ポーションを旅人の手のひらに注ぐ。

 時間にして二分も経過せずに摘出が終わった。

 医者は異物を木の板に置くと、旅人の手についた血をぬぐっていく。ある程度の綺麗になってから木の板に載せた異物を神像へと向ける。


「こちらが旅人に埋め込まれた異物になります」

「ご苦労だった。医者の目で見て、それがなにかわかるか」

「さっぱりですね。砕けた金属片ということくらいしかわかりません」


 もとは直径二センチたらずの一つの破片だったであろうそれは、フェンドのナイフによってさらに砕かれていた。

 クルーガムは医者を労わり、神託の間から出す。

 

「セブレン、出てきてくれるか。金属片を見てもらいたい」

『見なくても感じられる力でわかります。それは私の器と同じように作られたものの破片です』

「破片を埋め込むことで生じる利点はあるのか?」

『ないと思います。私たちは過去の自分に会えるまでその力を解放することはありません。封印されたままだとダストを呼ぶ古ぼけた代物でしかない。そのダストを呼ぶという特性を利用しようと人が埋め込んだのでしょう』

「ダストの特性に注目した存在など、不死の王くらいしかいないな」

『それは確実ですか? 戦っているとき破片を使いこなしていたようですけど』

「ダストを使いこなすといった目立つことをしていれば気付く」


 いやとクルーガムはすぐに自身の発言を否定した。


「……気づけないか、旅人を調べられなかったのだから。ほかにも破片を埋め込んだ者がいて、その状態でダストに関した研究をしていれば俺たちにはわからない」

『砕けた破片を埋め込めば神の感知を阻害できるというのは予想外ですね。未来のクルーガム様たちも同じだと思います。そういった説明は受けませんでしたから』


 情報漏洩を防ぐ措置が悪さしているのだろうかとセブレンは思う。


「セブレンの同類を使ってなにか独自の動きを見せている奴らがいるということだよな」


 バルームの言葉にセブレンは頷く。


『なにを考えているかはわかりませんが、同類の破片を利用する方法を見つけて動いているのでしょう』


 クルーガムは厄介なと呟く。そして破片を取り除いたことで旅人からなにかわからないかと再度調べてみることにした。

 旅人に干渉するとバルームたちに告げて、記録を見ようとする。

 しかし以前と同じようにノイズがはしる。駄目かと思ったそのとき、わずかに「神器を」という声が聞き取れた。

 

「まだ調査は難しいが、もしかすると時間経過で破片の影響は抜けるのかもしれん。以前はまったく見聞きできなかったが、今は神器という単語が聞き取れた」

「今は待ちですか」

「そうなる。しかし一歩前進ともいえるだろう」


 情報を手に入れられる見通しがたったのだ。なんの反応もなかったこれまでと比べたらたしかに前進している。


「神器をどうしたいのかわかれば、クルーガム様が動くのですか」

「ああ、放置はできん。ダストに関わるということで不死の王と被る。余計な手出しをされればお前たちが動く前に、未来が決定されるかもしれない。少しでも情報がわかれば神殿を通して各地のシーカーに依頼を出して調査に動いてもらう」

「俺たちはどうしましょう」

「予定通りにしっかりと鍛錬をしてくれ」


 未来から送られたものが関わっているため、もしかするとセブレンが出なければならない事態があるかもしれない。そのときには声をかけるつもりだが、基本的にはクルーガム側で対処するつもりだ。

 そう伝えつつクルーガムは思う。今回遭遇したように、セブレンと破片はひきつけ合うかもしれないと。確証はないが、そんな予感がした。

 

「破片については未来の情報を知るセブレンも知らないことだ。そうだな?」


 破片に関した事件は自分たちのせいだと責めていると受け取ったセブレンは頭を下げて詫びる。


『はい。現時点で私が経験したことと変わっているので、旅人や盗賊と遭遇したのはその流れのせいかと思いましたが、同類が関わっているとなると未来からきた者が関わっています。私たちのせいでこうした事態が起きていると言っていいでしょう』

「責めるつもりはない。あんな未来を否定するために、命を懸けて過去に来たそなたたちには感謝しかない。ただし注意してくれ、またどこで破片と関わることになるかわからない。破片を埋め込まれた者の動きは、俺たちにはわからない。お前たちのことを察知して奇襲してくることもありうる」


 セブレンだけではなくバルームたちにも向けた言葉に、四人は頷く。

 これで話は終わりとなり、バルームたちは寝ている旅人を連れて神託の間を出る。

 取り出した破片はクルーガムが管理するということで、神像のそばにおくとどこぞへと消えた。

 旅人を医務室に運んだバルームたちは神殿での用事を終えて屋外へと出る。

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