第23話 別行動 2

 バルームを置いて出発したミローたちは、後ろを気にしつつも村へと順調に進む。

 そのまま山を完全に下り、そこで一度止まる。目的の村は遠くに見えて、ゆっくり進んでも一時間もかからないだろう。それなのに馬車を止めたことを疑問に思いミローが聞く。


「どうしました?」

「ここで一度休憩です。馬も疲れていますからね」

「わかりました」


 ありがたそうにミローとイレアスは頷く。

 休憩したところから二時間ほど移動していて、また休憩が必要というのは本当だが、ミローとイレアスがバルームのことを気にしているのはわかっていたので一度止まることにしたのだ。

 ここで少し待っていれば追いついてくるのではとパンドルも思っていた。

 そうして一時間ほど経過し、そろそろ日が落ちるといった時間になる。山からバルームが姿を見せることはなかった。


「申し訳ありませんが、そろそろ出発します。これ以上待つと暗い中を移動しなければなりませんからね。そう長い距離ではないとはいえ、夜道を移動するのは怖い」


 言葉通り、心底申し訳なさそうにパンドルが言う。

 バルームを心配する思いはあるが、二人も依頼主の意向が大事とわかっているので馬車の護衛のため左右につく。

 戦闘が長引いて休憩も入れているから遅れているだけだろうと、自分自身を無理矢理納得させて二人は足を動かす。

 三十分ほどで一行は村に到着する。村の入口らしきところに松明が置かれていて、そのそばに人影が見える。

 

「珍しいな」

「なにがです?」

「いえ、見張りが立っているのが見えるでしょう。いつもはその数は一人なんですが、今日は四人もいます」

「レッサータイガーを彼らも見て警戒中といったところでしょうか」

「かもしれないですな」


 話しながら近づいていくと村人も馬車に気付いて近づいてくる。


「誰だ!? あ、パンドルさんか。その二人は?」

「今回の護衛ですよ。いつものように空き家を借りたいが問題ないですな?」


 この村に宿はなく、いつも空き家を使っているのだ。


「ええ、もちろん」

「あともう一つ。魔物の討伐で遅れてくる三十歳手前の男がいます。名前をバルームと言いますから、確認を取れたら入れてあげてください」

「わかりました。中へどうぞ」


 村人たちは馬車の近くにいるミローとイレアスをじろじろと見る。

 イレアスは他人に無遠慮に見られることを嫌がって馬車を盾に視界を遮るように動く

 ミローはなぜ見るのだろうかと思い聞く。


「私たちになにか用事ですか?」

「い、いや、なんでもない」


 なんでもないことはないだろうと思いつつも馬車が移動を始めたので追及はせずいた。

 馬車ごと村に入り、落ち着かない雰囲気の村の中を進んで、少し騒がしい家から「祟りじゃ、忌み子の祟りじゃ」という声が聞こえてきた。

 忌み子という単語に首を傾げつつ空き家に着く。


「疲れているところすみませんが、馬の世話を手伝ってくださいな」


 パンドルに頼まれて、二人は指示を受けつつ動いていく。

 馬に水を飲ませて、餌も与え終わり、食事になる。

 疲れているだろうとパンドルは二人に休憩するように言って、休んでいる間にささっと作っていった。材料は今日の朝、出発前に買っておいたのだ。

 具沢山スープを食べていると、玄関から声をかけられる。


「まだ食事中だったか、すまない」

「村長さん、こんばんは。もう少し待っていただけますか。すぐ食べ終わるので」

「ああ、かまわんよ」


 了承を得て、パンドルは二人に詫びて急いで食べてもらう。

 食事を終えて、食器を桶にはった水につける。

 パンドルはミローとイレアスにも同席してもらい、待っていた村長に用件を尋ねる。


「まずは礼かの。いつもこのような村まで助かる」

「まあ、商売の一環ですからな。儲けがなければ来ませんよ」

「儲けがあっても来る者はそうおらんと思うがの」


 持ってきた品の内容を聞かれてパンドルは答えていく。いつもと変わらない品ばかりで、よどみない口調だ。


「こんなところですね。取引はいつものように物々交換でよろしいですかな」

「それで頼む」


 村人が作った木工細工や石細工や長持ちするように作った松明が交換対象だ。

 木工細工と石細工は昔いた職人たちの技術の一部をどうにか継承して作られている。元がプロの技術なので、ド素人が作るものよりは良い品が作られている。金持ちには売れないが、一般人ならば売れるので交換対象になる。


「品の交換は明日。そして一日休憩させてもらって帰還という流れです」

「予定に関してなのだが、少し変更してもらえんか」

「どういったことでしょうか」

「この村を襲う異常の解決に、その子らを貸してもらいたい」

「賛成しかねますが、とりあえずはどのようなことが起きているのか聞かせていただきたい」


 最初に断りを入れたことでミローは驚いている。親しげな様子だったのだから引き受けるかもしれないと思っていたのだ。

 村長の方も断られると思っていなかったのか、ショックを受けた様子だった。


「なぜ引き受けていただけないので?」

「どんな話か聞いてもいないのに引き受けるとは言えないでしょう。無茶振りされて困るのはこの子らだ」

「しかしっ」

「とりあえずは内容を先にお願いします」


 なんとか説得しようとした村長を遮り、パンドルが言う。


「わ、わかった。始まりは一ヶ月も前ではないじゃろう。山の魔物が騒がしくなった。このようなことはわしが生まれてから初めてだった。最初は遠吠えなどが聞こえてくるなというもので被害はでていなかった。しかしすぐにアントルたちが畑を荒らすようになり、山の中で見慣れないも魔物を見たという話を聞くようになった」


 魔物が畑を荒らすということにミローたちは疑問を感じる。魔物の餌は魔力だとバルームがから聞いていて、動物などを殺して魔力を得ると知っている。アントルは本当に魔物なのだろうかと思う。

 ここにバルームがいればその疑問に答えただろう。

 動物などを狩れなくなると、植物に含まれるわずかな魔力を食べてやりすごそうとするということを。 


「アントルというのはどういった魔物なのですか?」


 植物を食べる特殊な魔物なのだろうかと思いミローが聞き、村長は蟻の魔物だと答える。

 

「強さとしてはそこまでではないと聞いているし、臆病なのか大きな音を立てれば逃げていく。そんな魔物だ」

「これまで畑を荒らすことはありましたか?」

「なかったな。見慣れない魔物の方は獣のようなものだったらしい」


 見慣れない魔物の特徴を話していく。それはレッサータイガーだとミローたちにはわかった。

 ここに来る途中で遭遇したとパンドルが言うと、村長はどうなったのか聞き返す。


「彼女たちの指導役が引きつけてくれて、その間に山を下りて来たんでわかりません。時間的にはそろそろ村についてもよいとは思いますが」

「それは殺されたのでは?」

「それはないです」


 ミローが断言し、イレアスも強く頷く。


「レッサータイガーには以前複数を相手にして勝っています。だから今回も負けることはないです」

「しかし実際には追い付いていないということじゃろ。だったら殺された可能性は十分にありえる」

「ない、とは言えませんけど」


 ミローの勢いが弱まる。

 合流が遅れているのでミローたちも万が一は考えないでもないのだ。


「村長、不安に思っている若者を追い詰めるようなことはやめていただきたい。あなたにとっては余所者がどうなろうともどうでもいいかもしれませんが、彼女たちにとっては大切な存在なのです」


 パンドルの言葉に気まずそうな顔になって村長は話を戻すことにする。


「とにかくレッサータイガーと呼ばれる魔物が出現して山をうろつき始めた。その影響なのかアントルたちが山から押し出されるように村周辺にも出現するようになった。以前のように脅しても逃げることなく、こちらを威嚇してくる。山には入りづらいし、収穫できる作物も減る。このままでは干上がってしまう。そこでシーカーを借りたいという話になるのだ。納得できただろう。だから」


 この話を受けてもらいたいと言おうとした村長に、パンドルはやはり首を横に振る。


「なぜだ!? この村に滅びろと言うつもりか!?」


 事情を話してもなお断るパンドルに村長は怒りを向ける。

 その感情を受けてもパンドルは少しも取り乱すことはない。


「そう言う気はありませんよ。ですがあまりにもそちらに都合がよすぎる。まずシーカーに相応の働きをしてもらいたいなら、報酬を準備するのが当然。ですがあなたは借りたいと言いましたな? 報酬に関しては一言も言っておらん」

「そ、それは仕方ないではないか! この村に蓄えなどない!」

「開き直ったところで首を縦に振ることはありませんぞ。さらに続けますが、あなたはこの二人で問題が解決すると本当にお思いか。まだ年若い二人だ。駆け出しというのは簡単に想像がつく。そんな二人に魔物の群れを全て倒せと?」

「アントルは弱い魔物だ。わしらが脅せばすぐに逃げるくらいには。シーカーならば簡単に倒せるだろう!」

「本当に弱いのですかな。実際に戦ったことは? 弱いというのなら村人が戦ったことがあるのでしょう。どういった動きをしていて、どれくらいの数がいるのか、巣がどこにあるのか。そういったことを教えていただけませんか」


 村長は言葉に詰まる。

 戦ったことなどないのだ。脅せば逃げるので、戦う必要もない。昔からそうであり、自分たち一般人相手に逃げ出すのだから弱いと考えていた。数や巣に関しても調べたことはない。わざわざ追う必要が感じられなかったのだ。

 実際に弱い魔物ではあるのだ。シーカー代屋もそう判断していた。それは魔物として弱いということであり、一般人が戦うと苦戦する。


「戦わせたいというのなら情報をきちんと出す必要があるのですよ。あとどういった条件なのかも必要ですな。解決してもらいたいと言いましたが、どういったことをやらせるのかはっきりと聞いていません。畑に来るアントルを追い払えばいいのか、巣を探して潰せばいいのか。もしくは大元の原因となったレッサータイガーを倒すのか」

「……アントルが以前の状態に戻ればよいと思っている」


 少し考えた村長は条件を口に出す。


「ということはレッサータイガーをどうにかする必要があるということですね。二人に聞きますが、どうにかできますか?」


 その返答は深く考えるまでもなかった。


「無理ですね。レッサータイガーを倒すにはまだ実力が不足しています」

「うん。一匹だけならなんとかなります。でも今回も以前も複数で行動している。だから戦うとしたらおそらく複数相手になります。それだけの数を相手にするのは私とミローでは無理です」


 加えて言うならば、山での戦闘はまだ未経験だ。そんな不利な状況で、格上の魔物複数を相手に勝てるとは言えなかった。


「ではどういったことならば可能だと思いますか」


 ミローとイレアスは顔を見合わせて、小声で話し合う。

 結論を出して、パンドルたちに顔を向ける。

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