第25話 別行動 4
まずはイレアスがどうするか決めた。
「私は最初にファイアーボールを使おうと思う。練習中で未完成だけど、それが一番大きなダメージになる」
魔力を一塊として集めて放つ基本の一つで、練習中のものだった。
「私も木刀に魔力を使う。木刀の頑丈さを少しは上げられるようになったからね」
強く振り回しても折れず、当たればいつもより痛い。
「狙えるのなら突きで口の中を狙いたいけど、できるかどうかわからない」
「チャンスがあれば狙っていいと思う。というかミローがまともにダメージを与える方法はそれしかないと思う」
「私もそう思うよ。それじゃ行こう」
一歩踏み出そうとして、わずかにミローの体が震える。バルームがレッサータイガーと戦ったときのことを思い出したのだ。恐怖などから動けなかったあのときの思いが震えを生じさせる。
また動けなくなるかもと弱い自分が言ってくる。だがそれにミローは違うと強く思う。
バルームに鍛えてもらい、イレアスと一緒に鍛えて少しは強くなった。
その時間は無駄ではないと弱い自分に言い放つ。
「ミロー?」
止まって動かないミローにイレアスが声をかける。その声はわずかに震えていた。イレアスも怖いのだ。
それに気付いたミローは、怖くて当然なのだと少しだけ安心した。
ミローはパンッと頬を自身の両手で叩く。じんじんとした痛みを感じつつ、イレアスに笑いかける。
「ごめん、今度こそ行こうっ」
「うん」
空元気も元気のうちだと、ミローは無理にでもやる気を出して、イレアスに不安を与えないようにする。
村長たちが去っていった方へと二人は駆けていく。
その背を見てパンドルも万が一にと持ってきているポーションを手に小走りで後を追う。
村長たちはすぐに見つかった。集団があったのだ。
そこにいる人たちをかきわけて、二人は村長に声をかける。
「条件などは伝えましたか。私たちは全力でやりますから本当に畑を気にかける余裕はありませんよ」
「伝えた。だから早く魔物を倒してくれ」
「いる場所とレッサータイガーの数を確認します」
そう聞くと、周囲の村人から南の畑にいると返ってくる。数はまだ一体だけとも聞こえてきた。
「ついでにアントルの数はどれくらいでしたか」
「十体以上いたが、そろそろ全滅していてもおかしくないと思う」
「それで疲弊してくれると助かるんですけどね。では行きます。イレアス、近づく前に一発お願いね」
「わかった」
声をかけあって、二人は南の畑へと駆けていく。
南の入口には尖らせた石をつけた槍を持った村人が物陰から畑の様子を窺っていた。
「レッサータイガーはどんな様子ですか?」
「うわっ。あんたらは魔物退治を受けてくれたのか」
息を殺して集中して監視していたので、背後から声をかけられ驚いたのだ。
「そうなります、倒せるかわかりませんが。それでレッサータイガーの様子は?」
「あの見慣れない魔物のことだよな? 畑を荒らしていたアントルを殺しつくして、こっちの様子を窺っている」
「村に入ってくるつもりですかね」
「おそらくな。いつまでも話してないで早く倒してくれっ」
「言っておきますが、あれと戦うにあたって畑を荒らしてもいいと了解はとってあります。だから戦いの最中に余計な茶々はいれないでくださいね。集中を切らされると負ける可能性が高くなります」
「わ、わかった」
真剣に言ってくるミローに村人はこくこくと頷く。
「イレアス、準備をお願い。私は先に出て離れたところから注意をひくから」
「急いでやるけど、それでもすぐにはできないからね」
ファイアーボールを練習している姿は見ているので、ミローも発動にどれくらいかかりそうかはわかっている。
ミローは頷きを返して、物陰から畑へと移動する。
畑にはアントルが残した甲殻や顎が散乱している。その素材の中で以前も見たレッサータイガーが姿を見せたミローに顔を向ける。アントルよりも多くて質の良い魔力を得られそうで食欲を刺激する。
レッサータイガーの視線を受けてミローの胸中に恐怖が湧く。だが以前よりも感じられる圧が減っているとわかると、それだけ自分が強くなったと思えて、恐怖は減少した。
ぎゅっと木刀を握ると、そのやる気に反応したのかレッサータイガーは小さく唸る。
ミローはいつ攻撃されてもいいように、目の前のレッサータイガーに集中する。動きやすいように体勢を変えて、レッサータイガーの動きを待つ。
自身を見てくるミローが動かないことで、待ちの態勢だとレッサータイガーは察する。ならばこちらから攻めて食らいつこうと考えた。ぐっと爪を土に食い込ませて、いっきに駆ける。
速いが、集中していたミローは反応し、横に跳ねて避ける。ついでに木刀をレッサータイガーの顔へとぶつけた。
ダメージになるようなぶつけ方ではない。だがちょっかいをかけたことでより自分に集中するだろうという考えだ。自分にだけ集中すれば、それだけイレアスに気付きにくくなる。
「落ち着いて、避けることだけ考えて」
呼吸を整えつつ、ミローは呟く。
隙あらば口の中を狙うと戦う前は言ったが、こうして対峙するとそこまで考える余裕は今のところない。恐怖もあるが、土が軟らかく動きが鈍る。
レッサータイガーは再度突進し、ミローはまた避ける。
このまま単調にいってほしいとミローは思いつつ、それはないと否定する。バルームとの戦闘でレッサータイガーが仲間と連携していたのを覚えている。それができるくらいは頭が良いのだ。ただ突進を繰り返すだけでは終わらないと、油断せずレッサータイガーの挙動に集中する。
「準備完了したよ!」
イレアスの声が聞こえてくる。そちらを見そうになったが、隙をさらすことになると考えて見ない。
かわりというのかレッサータイガーが視線をそらした。
ミローの背後では、頭上にスイカよりも大きな火の玉を掲げたイレアスがいた。その火の玉に視線がひきつけられたのだ。
「今っ」
ミローは木刀に魔力を込めて前に出る。そしてレッサータイガーの前足二本へと振りぬいた。
それをレッサータイガーはジャンプして避けた。
当てられなかったことは残念だったが、ミローはそのままレッサータイガーから離れる。この回避は大きな隙になると思ったのだ。
着地して身動きを取りづらいレッサータイガーにファイアーボールが投げつけられた。
レッサータイガーは避けようと動き、直撃は避けたが地面に当たって破裂し広がった炎までは避けきれなかった。
体全体に火を浴びて、熱気も吸い込み呼吸器にも少しダメージを負った。おかげで動きに陰りが見えている。体力的にはまだ余裕がある。だが動きを少しでも制限できたことは運が良かった。
「少しは余裕ができたかな?」
魔法を受ける前までと比べたら少しだけの差だが、ミローにはそれで十分だった。
もともと攻撃を避けることはできていたのだ。動きが鈍ったのなら、一呼吸の休憩を入れることもできるようになる。
一拍置けるということは、イレアスとの会話もできるということで、魔法をいつ使うかの相談もできる。
相談の結果、足を集中して攻撃し、さらに動きを鈍らせてもう一発ファイアーボールを当てるということになった。
欲を出さず、慎重に動いていく。周囲からみればじれったい展開だったが、ミローは時間など感じられないほど集中していた。
そして時間はかかったが、前足一つを潰すことは成功した。
すぐにミローは距離をとり、イレアスがファイアーボールを飛ばす。
動きが鈍ったところにファイアーボールが命中し、レッサータイガーは全身の体毛を焦がし、焼けただれた肌を露出させる。
「ここが攻め時!」
深手と見たミローはチャンスと考えて前に出た。しかしレッサータイガーからすれば焦りから来る接近だった。
魔術を受けて痛む体を動かして、潰れた前足を使い捨てにするつもりで振った。
ミローとしては運悪く、レッサータイガーとしては運良くタイミングばっちりだった。
ミローは腹部に攻撃を受けてかなりの衝撃を受けて、よろける。朝食べたものが逆流してくる。我慢などできず吐き出す。それが追撃しようと前に出たレッサータイガーの顔にかかったことで追撃が止まったのは幸運だったのだろう。
その幸運を活かすことはできなかった。いまなお残る鈍痛のせいで呼吸をするのも辛く、動くこともできない。
「ミロー! ポーション!」
イレアスはそう言ったあと、レッサータイガーを近づけさせないように炎を放出する。
ミローは持ってきていたポーションを取り出すと、口の中に残る少量の吐瀉物と一緒にポーションも飲む。飲むという行為も辛かったがなんとか飲むと、いっきに痛みが引いていった。
「イレアス、ありがとう」
ミローは木刀に魔力を込めて、慎重に近づきレッサータイガーの頭部を何度も殴打する。五回殴ったところで、レッサータイガーから力が抜けて姿が薄れていった。
完全に消えたことを確認し、ミローは木刀を杖にして地面に座り込む。腹部を触ると、鎧には爪が作った傷跡がざっくりと残っていた。
「倒したぁ」
「やった!」
少女二人は大きな被害なく倒せたことで喜ぶ。
時間にして一時間以上という長時間の戦闘だった。鼠の魔物と初めて戦ったときよりも疲れていた。
戦闘を見守っていた何人かの村人も歓声を上げる。
その歓声に紛れて悲鳴が聞こえてきた。気のせいかと思ったミローとイレアスだが、村人たちが山の方角を指差していた。
そちらを見ると、五体のレッサータイガーがこちらへと駆けてきていた。
あれは無理だと即座に判断したミローとイレアスは村へと引き返す。
「なんで引き返すんだ!? 戦ってくれよ!」
「一体であれだけ時間をかけたのに五体を一度なんて無理ですっ」
倒したことで気が緩み、疲れをいっきに感じているし、集中力も途切れている。イレアスもファイアーボールを二発撃って、半分以上の魔力を使っている。
こんな状態では一体だけでも無理だ。
格上相手に万全の状態と数の有利で勝ったというのに、それを向こうにやられては負ける未来しか見えない。
レッサータイガーたちは戦闘をしていた畑で止まると、周囲の匂いを嗅ぐような仕草を見せる。
それで仲間の負けを察したのか、警戒した雰囲気で村を見る。そのまま村から一定の距離を保ってうろつき始めた。
この村にはあれらに勝てる者がいないため、閉じ込められた形になる。
一体ずつならミローたちが休憩をとってどうにかなるが、やってきた五体は山へと戻る様子を見せなかった。
この村にもちゃんと護りの火があるとはいえ、無理に突破することもありえるので安心はできなかった。
どうするかと皆が悩んだまま、時間が流れていく。
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