第79話 迫る異変 1
クアタルとセレナが話している一方で、バルームたち護衛は畑周辺を見回っている。
畑周辺には隠れるようなところはほぼない。警戒が必要とすれば行きに通った小さな林くらいだろうと思い、兵が三人そこへ向かった。
とはいえ、そんなわかりやすいところに隠れているわけはないだろうとやや気を抜いて林に入っていった。
しかしそこから警戒を促す笛の音がなった。
長閑な雰囲気から緊張したものへ変わり、周辺を見ていた兵のうち五人がセレネたちのそばに行き、残りは林に向かった者の応援と林周辺の探索だ。バルームたちはダルゼンの指示で林へと向かう。バルームの挑発で兵が戦っている者たちの逃亡を阻止できると思ったのだ。
林に入り、物音がする方向へバルームたちが走ると、戦闘が終わった直後のようで、三人の迷彩柄の服を着た者たちが剣を持った男と逃げているところだった。剣を持った男は迷彩柄の人間に引きすられる形だった。
戦っていた兵は体の動きを阻害する毒でも受けたのか、その場にしゃがみこんで動けないでいる。
「逃げるな!」
バルームは挑発のスキルを使うが、距離があったからか気にする素振りは見せたものの足を止めるまでには至らず逃げていく。
追うかとバルームは兵に聞く。
「それは我らに任せてくれ。お前たちは負傷した兵をダルゼン隊長のところに頼む」
「わかった」
兵の調べでは命を失うような毒ではないらしく、ダルゼンに報告したあと医者に見せればいいということだった。
兵の一人をミローとイレアスが手足を持って運び、残る二人の兵はバルームが両脇に抱えて運ぶ。ピララには念のため周辺の警戒をしてもらう。
研究所に戻り、セレネたちの近くにいるダルゼンの前に三人の兵を下ろす。
その三人にダルゼンは体調を問い、返事ができると確認してから報告を命じる。
「それでは林でなにがあったのか聞かせてくれ」
「はっ。俺たちは林を調べるため足を踏み入れました。正直こんなわかりやすいところに隠れてはいないだろうと気が抜けていました」
その態度は叱責するべきだろう。しかし兵たちも気持ちがわからないでもなかったダルゼンは先を促す。
「林は見通しがよく、簡単に調べて戻るつもりでした。少し進んでそこから四方を見ていると、頭上から襲われました。気が抜けていたせいもあって奇襲を受ける形になりました」
「襲撃者の人数などは?」
「仮面で顔を隠した四人です。三人が共通した服装で、一人はありふれた服でした。最初に襲いかかってきたのはそのありふれた服を着た四十歳くらいの男です」
「顔を隠していたのに年齢と性別がわかったのか」
「戦ううちに仮面が外れました」
なるほどと頷いてダルゼンは先を促した。
「強さはそこまでではありませんでした。落ち着いていれば一対一でもどうにかなったかもしれません。スキルのせいなのか、痛みに強いようで、こちらの攻撃に少しもひるまなかったことが特徴でしょう。すぐに迷彩服を着た三人も参戦してきたんですが、どうにも慌てていた感じがします」
「慌てていた?」
「はい。なんとなくですけど、あの戦闘は予想外だったのではないかと思います。三人はこちらを殺すよりも動きを止めることを優先して、逃げることを考えていたようです。事実、俺たちの動きが鈍って追撃することなく、剣を持った男を連れてさっさと逃げました」
「……様子見が目的だったのだろうか」
「かもしれません。追った兵が捕まえてくれれば、なにが目的かわかるでしょう。報告は以上です。のちほど似顔絵を作ります」
「頼んだ」
休むように言い、ダルゼンはセレネとクアタルに近づく。
「提案をよろしいでしょうか」
「なんだい」
「家への帰還を提案いたします。目的のわからない賊がどこかにまだ潜んでいるかもしれず、安全を考えるとここは適した場所ではありません」
「そうだね。異論はないよ」
クアタルは自身の護衛に声をかけて、帰還を告げる。
林の周辺を探索していた兵を呼び戻し、護衛たちが馬車の周囲に集まる。セレネとクアタルが乗るとすぐに馬車が動き出す。
行きよりも警戒した様子で、一行は町に戻る。
ほかに賊が潜んでいるということがなかったらしく、襲撃などなく屋敷に戻る。セレネとクアタルは屋敷へ、ダルゼンたち護衛は賊に関して対応をする。バルームたちはクアタルに呼ばれて一緒に屋敷に入る。
クアタルたちと一緒に応接室に入ったバルームたちはソファを勧められて座る。
「賊のことも気になるが、情報はまだまとまらないだろう。ぽっかりと空いた時間で、君たちの話を聞かせてほしい」
「出発前に話した超魔についてですね」
確認するように聞くと、クアタルが頷きを返す。
「ではクルーガム様が予兆を感じ取ったところから話させていただきます」
セレネから聞いているかもしれないが、最初からの方がいいだろうとバルームは判断する。クアタルが止めないため、問題ないだろうと話し出す。
セブレンが大虎人について知らせたことは話さず、偶然クルーガム様が予兆を感じ取ったということにして話し始めて、そこからバルーム目線でカルフェドが行っていたことを話す。
魔物の群れが到着する直前まで話して一度止める。
「町に賊が潜んでいたのですね」
それについてセレネはカルフェドから聞いていなかった。ただトラブルがあって、外への避難は中止したと聞いていたのだ。
「超魔対策で忙しい隙を突かれたんだろうね。でもなにが起こる前に捕縛できてよかった」
クアタルがそう言うと、セレネもこくりと頷いた。
「賊の正体はわかったのだろうか」
「俺たちにはさっぱりです。カルフェド様ならなにか掴んだかもしれません。セレネ様はなにか聞いていませんか」
「お父様はなにも。私に聞かせるようなことではないと伏せたのでしょう。兄ならばなにか聞いているかもしれません」
セレネはミンカースに視線を向けたが、なにも知らないと首を横に振られた。
なんの情報も出てこないのでどうしようもなく、話を超魔に戻す。
まずは魔物の群れが到着してから、それらとの戦いの様子をミローに話してもらう。
ミローとイレアスが手伝いではなく、戦場に出たと知ってクアタルは素直に驚く。話を盛っている可能性も疑ったが、戦闘の臨場感と生々しさが話から感じ取れて、本当のことだと察することができた。
ミロー視点で戦いの終わりまで話して、次はバルーム視線の話になる。
「最後の最後に油断をしてジャネリと交代となります」
「長時間耐え続けて、救援の姿を見たら誰でもほっとするだろう。むしろ大怪我なく役割をまっとうしたことは賞賛に値する。守りの英雄と呼ばれるのも納得だ」
おそれいりますとバルームは頭を下げる。
「ジャネリ殿たちの戦いは見たのかい」
「いえ疲労ゆえにその場に留まらず、超魔に関する情報を伝えて本陣に戻りました」
「三時間も戦えば疲れるのも当然だな」
うんうんとクアタルは頷く。ジャネリたちの戦いも知りたかったが、バルームの話しだけでも十分満足いくものだった。
「話を聞かせてもらった礼に昼食をご馳走したいと思う。受けてもらえるだろうか」
「作法に疎いもので、不快にさせるかもしれませんが」
「よほどおかしなことをしなければ大丈夫さ」
それならば大丈夫だろうとバルームは心の中で一度頷いた。ミローたちにとってもこういった場で食事をするのは良い経験になるだろうとも思ったのだ。
「ありがたくお受けいたします」
「すぐに用意させよう」
使用人にこのことを知らせたクアタルは、食事の準備が整うまで超魔戦以外の話をバルームに頼む。
バルームは自身が経験したことのほかに、ゼットたち駆け出しの様子などについてや以前の仲間であるブレットたちについても話していく。
話と食事が終わると、バルームたちはベビクロッタ家から辞去を申し出る。
「今日は話をありがとう。弟もいたらよかったのだけどね」
「弟様がですか」
名前と武官寄りということくらいはミローから聞いている。
「うん。イオスというんだけどね。少し前から兵と一緒に狩りに行っている。強者や英雄に関しては俺よりも関心が強い。この家はもともと戦いで功績を上げた初代が興したものだ。その流れで戦いを重視するところがある。そういう意味で言うと、弟の方が正統な流れをくんでいる」
「そうなのですか。でしたらイオス様を跡取りにと推す人もいそうですね」
いるねとクアタルはあっさり認める。
「この家の財政状態が良ければ、それを認めても良かったんだけどね。まあこんなことはお客人に話すことではないね」
バルームとしても貴族の家に関して詳しく話されても理解は難しい。さわりだけで十分だった。
ベビクロッタ家から出て、宿に戻り、与えられた部屋に入るとセブレンが姿を見せる。
「なにか伝えたいことがあるの?」
姿を見せるときはだいたい訓練か用件があるときなのだ。
『ええ、林にいた賊なんだけど、あれが持っていた剣から破片の気配が感じられた』
「破片って、旅人の手の中にあったやつ? ということは破片の本体」
本体ではないとセブレンは首を振った。
『本体だったらもっと大きな気配が感じ取れると思う。あの剣を作るときに破片を混ぜ込んだんじゃないかしら』
「んー? なにか引っかかる」
「先生?」
首を捻ったバルームを皆が見る。
『どこが引っかかったんですか?』
「破片に関してだな」
少し考え込んで、もしかしてという考えが浮かんだ。
「剣の持ち主はたしか四十歳くらいだったな。持っていた剣は作られた。それに該当しそうな人が一人いたよな。行方不明の鍛冶屋」
あー、と四人の声がそろう。少し強引ではあるが、言われてみれば繋がりそうな線だった。
「あの男に父親の人相を聞いてみるのもありか? あとクルーガム様に破片に関した報告も必要だろう」
「父親だったとして、どうして鍛冶屋が兵を襲ったの」
イレアスの疑問には誰も答えることはできなかった。
『破片が関わっているし、操られているとしてもおかしくはないかしらね』
「かもな。セブレン、情報ありがとう」
『礼なんていいですよ。同類がやらかしたのかもしれないんですし』
そう言ってセブレンは剣に戻っていった。上機嫌そうに見えたのは、バルームの役に立てたことが嬉しかったのだろう。
神殿に行こうということになり、兵に神殿に行くことを伝えて宿を出る。
初日に場所を確認したおかげで迷うことなく神殿に到着する。
挨拶して、来た理由を話す。
「破片がここにもあったのか。相変わらず気配を感じさせんな」
「それを持っている男の気配も追えないってことですよね」
「ああ、わからん」
「だったらその男に関係しそうな息子の家がどこにあるかはわかりませんか。彼から破片に関した話が聞けるかもしれません」
「特徴を教えてくれ」
バルームはわかっていることを伝える。伝えられることは少なく、これで大丈夫かと思ったがクルーガムは見つけ出す。
家の位置と息子の名前を伝える。ヒムスという名前で、母は既に死んでいて父親と二人暮らしだったらしい。
「破片の情報はこっちにも流してくれ」
「わかりました」
「調査で人手が必要なら俺の名前を出して、領主や神殿の人間を使ってもいいぞ。あれがなんなのかまだわかっていないが、放置はしない方がいいと考えている」
「明らかにおかしなものですからね。放置すると怖いというのはわかります」
神殿を出た四人はヒムスの家に向かう。父親捜しに出ているかもしれないが、留守ならまた行けばいい。
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