第49話 年末年始 2
同僚に指示を出し終えた兵はバルームに顔を向ける。
「依頼をいいだろうか。盗賊団の隠れ家に突入したい、手を貸してほしい」
「普通は兵だけで行くものだろう」
「普段ならそうするが、祭りの警備もあって、人手が足りない」
「まあ、かまわない。ちなみにその依頼は俺だけに言っているのか、それともこの子らにも言っているのか、どちらなんだ」
「突入は君だけに。外での見張りや捕獲者の見張りはその子らにもやってもらいたいと思っている」
突入までさせる可能性を案じて聞いたが、そうではないとわかりそれなら大丈夫だろうと思う。
「確認だが、見張りには兵も一緒につくよな?」
「当然だ。さすがに子供だけに任せることはしない」
「それなら安心だ。こういった仕事もするのもいい経験になる。皆、いいな?」
イレアスたちとゼットたちが頷く。
特にゼットたちは財布が返ってくるし、経験が積めて、収入にもなるので助かる話だった。
「動くのは日が暮れてからになる。それまでに隠密行動の得意な兵に偵察に行ってもらう。君らは夕方にここに来てくれ」
予定を聞いてバルームたちは詰所から出る。
「ゼットたちは宿に戻って体を休めておけ。俺たちもそうする」
「わかりました。じゃあまたあとで」
ゼットたちは宿に帰っていき、バルームたちも食べ物を買って宿に帰る。
そしていくらかの時間が流れ、武具をまとい早めの夕食をとったバルームたちは詰所に向かう。
入口にいた兵に用件を話すと、出発まで休憩室で待機してくれとそこに通される。
少ししてゼットたちも来て、今回の件での注意点を話すことにする。
「全員に伝えることがある」
バルームに注目が集まったのを確認して続ける。
「今回お前たちの仕事は見張りだが、盗賊団が逃げてくる可能性もある。戦闘が起こりうるということだ。そうなると向こうは殺すことも厭わずくるだろう。イレアスとピララは人との殺し合いの経験はない。ゼットたちはどうだ」
「俺たちもないです」
「だったら戦闘になったとき殺すのはやめておけ。悪人だとしても人殺しはきついものがある。その動揺を突かれて、ほかの盗賊団から殺される可能性がある」
「どうやって戦えばいいの」
イレアスが聞く。
「ミローがいたら剣の腹で攻撃するとかだな。周囲が燃える心配のある魔術がメインのイレアスだと戦いに参加せず、周囲の見張りに徹して盗賊団の動きを周囲に知らせる。ほんの少しだけ炎を出すのもありか、魔術師だと警戒してくれる」
頷くイレアスたちにバルームは追加する。
「殺すのはやめておけと言ったが、手加減もするな」
どういうことだろうかとイレアスたちは首を傾げた。本気で戦えということだろうし、それだと殺し合いになる。
「殺さなくてすむところ、腕や足を本気で攻撃すればいい。骨の一本が折れたくらいじゃ死なないからな。対人に慣れていない状態で手加減するとこっちがやられかねん」
相手がとってくるかもしれない手段について話しているうちに外が暗くなり、兵がバルームたちを詰所の外に呼び出す。
そこには二十人の兵が集まっている。バルームたち以外にも依頼を出したのかシーカーの姿もある。
「これより盗賊団捕縛に動こうと思う。実際に動く前に観察結果を話してもらう」
まとめ役らしい兵が下がって、偵察に向かった女性の兵が前に出る。
彼女によれば、場所はバンダナの少年から聞けた情報であっていた。盗賊たちは半壊した屋敷を隠れ家にしている。人質は地下というのも間違いないだろう。
流民に見せかけた人間がそこにいたということだ。服装は汚れていたものの、歩き方が戦いの経験者で、ナイフといった武器も帯びていた。肌の艶や肉付きも健常者のもので、流民ではないと判断できたらしい。
数は確認できた範囲で二十人近く。素性の詳細はわからなかった。
この町にいる荒くれのまとめ役に話を聞いてみたところ、彼らの関係者ではないようで完全に余所者ということはわかった。
「好き勝手している犯罪者の集団です。遠慮なんかせずに手荒くいって問題ないでしょう」
そう締めくくって偵察に行った兵が下がる。
かわりにまとめ役が前に出る。
「というわけで俺らの町で馬鹿をやっている奴らをこれ以上のさばらせないように動くぞ。三人一組でわかれて、隠れ家を囲む。突入合図は魔術の光を隠れ家の上空に打ち上げたらだ。情報を得たいのでできるだけ生かして捕まえたいが、それが難しいなら殺害も許可する。班分けしてから出発だ」
突入班三人組と見張り三人組でわけていく。
バルームは兵とシーカーが一緒になる。イレアスとピララには女性兵が一人加わる形になった。ピララはバルームと一緒に行きたがったが我慢してもらう。
班分けが終わり、出発する。
まとまって移動し、廃墟の五百メートルくらい手前で止まり、そこから別行動で静かに移動を開始する。
バルームたちも足音を忍ばせて半壊した屋敷に接近し、数十メートル手前で止まる。そこで合図を待つ。
「誰かいるな」
バルームと一緒のシーカーが呟く。
物陰から廃墟を眺めると松明の明かりが見えた。ゼットの仲間であるシイナならばスキルを用いて気配を捉えることができたかもしれない。
それぞれが配置についたであろうという時間。魔術の明かりが、半壊した屋敷の上空へと打ち上げられて照らす。
「いくぞ!」
兵がすぐに駆け出し、バルームたちもついていく。
いきなり照らされたことと武具が立てる音から盗賊たちもすぐに異常を察して、臨戦態勢を整える。すぐにそうできることが素人ではないとわかる材料の一つになる。
「なんのようだ!?」
演技か素かわからないが誰何してくる盗賊にバルームたちは答えず武器を振るう。
周囲からも戦闘が始まった音が聞こえてきた。
バルームたちが戦った盗賊たちは駆け出しシーカーよりは強いが、それ以上ではない。あっさりと戦闘が終わり、周囲を見ると苦戦している者は見える範囲にはいない。
「こいつらの点検を手伝ってくれ」
周囲を見ていると兵に声をかけられ、バルームは盗賊の体から武器などを回収し、兵が持っていたロープで縛る。
動けなくした盗賊を一ヶ所に集め、複数人で見張り、まだ戦闘が続いているところに応援を送る。
戦闘がひとまず終わって十六人の盗賊を捕縛することに成功する。死者はでていない。偵察兵の話では二十人くらいという話だったので、まだ隠れている可能性と外に逃げた可能性を考えて、見張り組と屋敷内部探索組と外の見張りに話を聞く組に分かれることになる。
バルームは仲間が外にいるので、外の見張りのところに行くことにする。
二人の担当場所に行って、声をかける前にピララが顔を出す。
にこやかに駆け寄ってきたピララの頭を撫でて、こっちに逃げてきた盗賊がいるか聞く。
「いなかった」
ピララがすぐに答え、イレアスも頷く。
一応一緒にいた兵にも視線を向けて確認すると、頷きを返しつつ質問してくる。
「内部はどうなりましたか?」
「一応戦闘は終わった。だが盗賊の数が偵察した兵の言っていた数よりも少なくて、逃げたか半壊した屋敷に潜んでいるかと考えている。このあとは屋敷に集合ということになっている」
「では行きましょう」
兵が歩き出し、バルームたちはついていく。
同じように見張り組たちが捕縛した盗賊を座らせているところに集まってくる。
ゼットたちも怪我はないようで。バルームは小さく安堵の溜息を吐く。
そこで盗賊を見張りつつ、屋敷の中から逃げ出してこないか見ていると戦闘音が聞こえてくる。
内部に潜んでいた盗賊はやはりいて、兵たちとの戦闘が始まったのだ。
バルームたちもいつでも戦えるように警戒していると、戦闘が終わる。
兵たちが負けた可能性も考えて警戒を解かずにいると、たくさんの足音が聞こえてくる。その先頭が兵であり、明るい表情なので戦闘が無事に終わったのだろうとバルームたちは判断する。
だがシーカーの一人から警戒の声が挙がった。
「洗脳されているぞ! 奇襲に警戒!」
すぐに反応できたのはバルームのような経験を積んでいるシーカーと兵だ。
イレアスたちや若い兵は反応が遅れる。
そこに矢が数本飛んでくる。
バルームは盾を大きく変化させて、イレアスとピララを庇うように掲げる。その盾に矢が当たり衝撃が腕に伝わってくる。
バルームのように防ぐことができた者もいれば、攻撃を受けてしまった者もいる。
そこに五人の盗賊が突っ込んでくる。仲間の解放は諦めているのか、目指すのは仲間のいる方向ではなく敷地内の外だ。
「俺は前に出る。二人は物陰に隠れていろ」
そう言ってバルームは近くを通る盗賊の一人に向かう。
バルームに気付いた盗賊も腰のナイフを抜き放ち、そのまま走る。まともに戦うつもりはないようで、視線があちこちに向けられ脱出できそうなところを探しているようだった。
その盗賊とぶつかる前にバルームは挑発を使う。
逃げたいのに、バルームに引きつけられる。集中を乱された盗賊の歩調が鈍り、その隙をバルームに突かれる。
振り下ろされたメイスを避けるために片足でブレーキをかける。おかげでメイスが当たることはなかったが、完全に動きが止まってしまった。
舌打ちした盗賊は戦う意志を固める。この場から逃げるにはバルームを排除する必要があると判断したのだ。
振るわれるナイフをバルームは小さくした盾で弾く。
盗賊は弾かれてもナイフを振り続ける。それをバルームは盾で弾き続ける。
攻め続ける盗賊が急に動きを止めた。バルームが反撃したわけではない。手が空いた兵が背後から攻撃したのだ。バルームはこれを待っていた。もともとこちらの方が多いのだから待っていれば助けがくるとわかっていたのだ。
兵に礼を言って、倒れた盗賊の武装解除と拘束を行う。これが洗脳スキル持ちかもしれず、警戒しながらの作業だ。
拘束を終えるとほかの場所でも戦闘が終わっていた。
人質たちを一ヶ所に集めて、まとめ役の兵が話しかける。
「捕まっていた君たちには悪いが、再度拘束させてもらう。不満はあるだろうが、仕方のないことだと諦めてほしい。理由は洗脳スキルを持った者がいたからだ。流民に変装して、君たちの中に紛れている可能性もありえるので、調べが終わるまでは拘束させてもらうというわけだ。調査が終わればなにもせずすぐに解放するからおとなしくしてくれ」
そこまで言ってまとめ役は兵一人を同行させて、詰所へと戻っていく。木製の拘束具と人質に与えるパンの手配をするのだ。
人質たちはまだ解放されないということに不満はあるものの、兵に逆らう気はないようで大人しくしている。
バルームたちはまとめ役が戻ってくるまで一時間ほど見張りをする。
戻ってきたまとめ役は宝玉を人質たちに当てていく。スキル所有の有無とスキルの影響下にあるかを調べるもので、その反応がない人質を解放していく。
解放された人質たちはパンをもらい、それを食べる。彼らは寝床に帰ろうとしたが、まだ知らせることがあるので残るようにと兵から言われていたのだ。
調査が終わり、スキル所有者が二人、スキルの影響下にある者も二人という結果になって、それらは詳細な調査をするために引き続き拘束される。
「これで調査は終わりで、君らは自由だ。そんな君らに伝えることがある。君らを人質にとられて、スリなど犯罪行為をした者はこちらで拘束している。彼らは脅されていたという事情はあるが、犯罪を行ったのは事実。償いのため軽い罰が与えられる。罰の内容によってはしばらく君らのもとへと帰れないこともあるだろう。これで連絡は終わりだ。帰るといい」
解放された流民たちはそれぞれの寝床に帰っていく。ここが寝床だった流民もいるが、留まることなく新たな寝床を探して去っていった。
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