第69話 動く死体を求めて 4

 馬での移動を開始して魔物との遭遇はなく、雪が降るくらいの変化の中を早歩きくらいの速度で進む。そうして一時間ほど移動すると前方に村が見えてきた。


「あそこで情報収集をしようか。すでに兵が来ているかもしれんが」

「来てない可能性もあるから、寄ることには賛成だ」


 フェンドが言い、バルームが返す。ミローたちも異論はないため、村の入口に馬を止める。

 ミローとイレアスに馬を見てもらい、バルームたちは村に入る。大きな村ではなく店などはなさそうだ。

 近くの家の扉をフェンドがノックする。


「どちらさんで?」


 顔を出した二十歳前半の女が少し怪しむように聞く。


「領主様の命令で調査を行っている者だ。少し聞きたいことがあってな」


 領主からの命令と聞いて、女は警戒を緩める。


「少し前に兵が来ましたけど、彼らと同じですか?」

「ああ、そうだ。すでに来ていたんだな。まあ、いいや。同じことを聞くかもしれないが答えてもらえないか」

「かまいませんよ。なにを聞きたいんでしょうか」

「少し前にここからそう離れていない村が盗賊に襲われた。その盗賊は討伐されたんだが、死体がまた動き出したんだ。その行方を追っている」


 そんなことがあったんだなと女は驚いた様子を見せる。兵が来たことは知っているが、どのような用事で来たのかは知らなかったのだ。


「死体が動くなんてことが本当に?」

「あった。そういうことをする魔物もいるらしい。だが魔物の仕業ではないようだが」

「そうなのですね。私はそういったことは……いえ誰かが少し前夜中にゆっくりと動く音を聞いたとか。魔物だと思って外を見なかったようですけど、もしかするとそれが?」

「誰から聞いたか思い出せないか?」

「ええと」


 井戸端会議で聞いたのだと女は思い出す。

 その女と一緒にフェンドたちはそのときのメンバーのところに行く。そのうちの一人の家族が聞いたようで、詳しい話を聞かせてもらう。

 フェンドは音を聞いたという村人に、移動の音が足を引きずるようなものかギュッギュッと雪を踏むようなものか質問する。

 村人はたしかと前置きして、足をひきずるようなものだろうと答えた。

 フェンドは次に音がしていたおおよその場所はわかるか尋ねる。

 聞かれた村人はこっちだと移動して家の裏手へと回る。


「俺はここで足跡を探してみる。バルームは村長のところに行って、兵とどんなことを話したか確認してくれ」

「わかった」


 バルームたちは村人に村長の家を聞いて、そこに向かう。

 村長に領主の依頼で動いていると説明し、兵に話した内容を聞く。


「似顔絵の確認と盗賊の有無ですね。村人が夜に怪しい音を聞いたという話はしましたか?」

「いえ、そんな音を聞いていたのですか」

「そうらしいです。動物や魔物のものかもしれないので大きく話題にならなかったのでしょう」

「こうして領主様が調べているということは危険があったりするのでしょうか」


 不安そうに村長は聞く。


「放置はできないことですね。墓場から死体が起きだしていろいろと問題になりかねませんし」


 ダストや異種のことを伝えるとさらに不安にさせるかもしれず、詳細は伏せる。


「今のところは死体が動く以上の異変は起きていません。危険という意味では小さい。だからといって自分たちで処理して報告しないということは避けてください。死体が病気や呪いを撒き散らしている可能性もあります」

「わかりました。なにか異変が起きたら報告するようにします」

「お願いします」


 村長との会話を終えて、フェンドのところに戻る。

 調査にはもう少しかかるということで、バルームとピララはミローたちのところに戻る。

 ミローたちは、馬に雪を溶かした水を与えたあと、そりに積んでいた餌を与えていた。

 バルームは周り見て、誰もいないことを確認する。そしてピララに馬への治癒術を頼む。少しは疲労もとれるだろうと思ったのだ。

 そういったことをして十五分ほど経過するとフェンドが戻ってきた。


「足跡があったぞ。盗賊の一人がここを通っている」


 向こうにいったようだとフェンドは盗賊が進んだ方向を指差す。

 一行はそちらへと進む。周辺を見渡しながら盗賊やその痕跡を探していく。時間が流れて、昼を大きく過ぎてこれといった収穫はなく、野営地に戻ることになる。

 見落としがないか探しながら戻った頃には、日が落ちる寸前だった。

 馬を世話係に渡して、一行はドッセルに報告するため彼がいるテントに入る。


「戻りました」

「おかえり。なにか収穫はあったかね」

「とある村で盗賊が通った痕跡は見つけました。しかし盗賊本人は見つからずといった感じです」

「ここからそこまでの移動速度は割り出せるか? それがわかれば仮にまっすぐ進んだとして現在どこにいるか予想つきそうだが」


 フェンドは少し考えて、これくらいかという速度を口に出す。

 それは人が普通に歩くよりはるかに遅い。時速一キロあるかどうかだ。

 それを参考にしてドッセルは最大でどこまで行ったか考える。


「カルフェド様の領地を抜けている可能性もあるな」

「魔物に襲われたり、川やくぼみに落ちたりで足止めされている可能性の方が高いとは思いますが」


 フェンドの言葉にドッセルは頷く。


「よその土地に行った可能性はそう高くはないだろう。だが念のために兵を派遣して噂だけでも集めてもらおうと思う」

「噂集めをしない兵や俺たちは明日からどうしますか」

「今日進んだコース周辺の川や森を探してもらえると助かる。十日ほど周辺の探索を続けてトンクロンに帰る予定だ」

「了解です。あ、旅人が言っていた盗賊が周辺の村も襲っているという話はどうなりました」

「偽りだった。襲われたのはここだけだ」

「完全に黒ですね」

「そうだな。似顔絵があるから探しやすいのはありがたいことだ」


 報告は終わりとなり、一行はテントから出て、それぞれの寝床に戻っていく。

 翌日から盗賊探しが本格化する。

 収穫は一つだけだがあった。魔物にやられたのか足をもぎとられ動けずにいる盗賊を見つけたのだ。

 見つけたのはバルームたちではなく兵だ。場所は見晴らしのよい緩やかな丘陵地帯。最初は雪にまみれた死体かと思ったのだが、近づいてみると腕や足がわずかに動いていた。剣で軽く突いてもわずかに動く程度の反応で、声を上げることもなかった。これは怪しすぎるということで、野営地に持って帰ってきた。


「これが発見された盗賊ですか」


 確認してほしいと呼び出されたバルームたちが転がされた盗賊を見下ろす。


「お前たちが戦った盗賊で間違いないか?」

「見覚えがあるような……少なくとも俺が戦った奴ではないですね。ミローはどうだ?」

「私が戦った盗賊です。覚えていますよ」


 顔色は悪く、汚れていて、力も抜けて肉が弛んでいるが、なんとか判別はついた。

 

「よし、神殿に送ってクルーガム様に調べてもらおう」

「こうして成果はでましたが、調査はまだ続けますか?」

「予定した期日までは続けるつもりだ。あと三日間調査を頼む」


 そう言ってくるドッセルにバルームたちは頷きを返した。

 回収された盗賊は布で包まれて、二人の騎兵によってトンクロンへと一足先に運ばれていく。

 そうして時間は過ぎて行き、新たな収穫はないと思われた最終日、バルームたちは小さな森にいた。

 近くの村で情報を集めたとき、つい先日ここに向かう馬に乗った人たちを見たという情報を得たのだ。フェンドたちの馬はその村で預かってもらっている。

 探している盗賊ではないだろう。しかしこの時期にそこに向かうような村人などおらず、今回の件とは無関係な盗賊かと調査にきたのだ。可能性は低いが仲間の消息を探しにきた盗賊という疑いもあったため放置はできなかった。

 

「探すのは得意だが戦闘はそうでもない。だからそっちは頼めるか?」

「任された。でも数が多ければ退却を視野に入れて動くぞ? それでいいよな」

「ああ、それでいい」


 フェンドも不利な状況で戦おうという気はない。

 フェンドが先頭になり、森へと足を踏み入れる。ピララはバルームと一緒に最後尾で警戒している。

 動物のものか小さな足跡がそこらに残っていた。今のところ人間のものはない。

 そこまで見通しが悪いというわけではない森を慎重に進んでいると、フェンドが足を止めて、後ろにいるバルームたちに静かにしろと手のひらを向けた。

 フェンドは目を閉じて耳に集中する。風の音、枝に積もった雪が落ちる音、小動物の動く音、それらに混ざって馬の鳴き声がかすかに聞こえてきた。

 

「西だ。そっちから馬の鳴き声が聞こえた」

「私も少しだけ聞こえた」


 ピララが同意する。意外そうにフェンドはピララを見る。


「へー、聞こえたのか」

「斥候としての適性が高い子だからな」

「将来有望だ」


 静かに歩き出したフェンドに、バルームたちはついていく。

 五分ほど進むとバルームたちの耳にも馬の鳴き声が聞こえてきた。


(えらく興奮しているというか落ち着きがない)


 なにかを嫌がっているような鳴き声にバルームは内心首を傾げた。

 さらに近づくとテントが見える。そこには木に繋がれた馬がいて、三人の男たちが焚火で暖をとっていた。テントのすぐそばには、たまにもぞりと動く袋がある。

 男たちの一人は似顔絵に似た顔だ。


「当たりか」


 思わずフェンドは呟く。その呟きは馬の鳴き声に紛れて男たちの耳には届かなかった。

 フェンドはさらに声を小さくしてバルームに戦えるかどうか聞く。

 やろうと返し、どう攻めるか話す。

 

「ファイアボール!」

「こっちだ!」


 イレアスとバルームの声が重なる。ピララとフェンドもそれぞれの遠距離攻撃を行う。

 炎で地面の雪を溶かすと同時に、男たちに炎の余波でダメージも与える。そしてバルームの挑発で攻撃を自身に集めて、ミローたちに隙を突いてもらう。

 こういう作戦であり、ほぼ成功した。

 二人の男がバルームへと迫る。しかし似顔絵の男だけは挑発の影響を受けなかった。

 右手を左手で押さえて、気分が悪そうにミローを見ていたのだ。

 

「手がうずく。お前から目が離せない。なんだお前は! いやその剣はなんだ!?」

「剣に反応?」


 フェンドは不思議そうだが、剣がなんなのかわかっているミローたちはどういうことだと疑問を抱いている。ダストに関連しているかもしれない男が、セブレンを気にしているというのは、無視できないことだった。


「それは不快だ。壊さなければならぬっ。主よ、力を使わせていただきます!」


 似顔絵の男は右手で身に付けている革鎧に触れたあと、右手で腰の剣を抜く。

 鎧に波紋が生じて、剣の刃にも同じように波紋が生じた。

 ミローはどんなスキルかと考えようとしたが、男の攻撃で考えが中断させられる。


「ピララ、ミローのフォローを頼んだ!」


 自分のところはフェンドで十分だと判断し、ピララに頼む。イレアスは引き続き魔術で雪を溶かしていた。

 ピララは以前誤ってバルームに攻撃したことから、混戦時にバルーム付近へと攻撃ができず現状手持無沙汰だった。

 すぐにピララはスリングショットを構えて、隙だらけの男の背中へと石を飛ばす。ミローたちの近くに飛ばす分にはさほど緊張しないため、まっすぐ飛んだ石は男の背に当たった。そして鎧の表面に波紋が生じて石は勢いを吸い込まれたように地面に落ちる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る