第27話 山の少女 2

「ここらには蟻の魔物アントルが多いと聞いている。倒しているのもそのアントルなのか?」


 戦い方を聞いて、次はどのような魔物と戦ってきたか尋ねる。


「うん。硬いところじゃなくて、軟らかいところ、えいって刺す。あとは逃げ回る。追いかけてこなくなる」


 関節とか狙った攻撃だなと狙いの良さに感心する。感心し通しで、あと何回同じ思いをするのだろうと思いつつ、質問を続ける。


「逃げたってことは襲われたときに反撃して、ピララからは攻撃しないってことか」

「魔物、危ない。ママ、言っていた」


 教えられたことを精一杯活かして山生活を送ってきたのだ。

 運と治癒術と知識。どれが欠けても今ここにピララはいなかっただろう。


「その肉は捨てよう。体に悪いもんだ。とりあえずその木の実と俺の持っているドライフルーツと干し肉で夕飯をすますか」


 一食分の食料はなにかあったときのために常に持ち歩いているのだ。

 もったいないと思いつつもピララは父親の言うことだからと肉を捨て、ナイフで小さく斬られた干し肉を受け取る。


「硬いからよく噛めよ」


 頷いて干し肉を口の中に放り込む。塩気や香辛料の味がピララの舌を襲う。

 辛いと顔が顰められた。だが父親からもらったものなので吐くことはなかった。薄味の食生活が当然だったので、調味料は刺激が強すぎたのだ。

 それに気付いてバルームはすまんと謝る。水筒を渡そうとして持っていないことに気付く。


「どこかに水を飲めるところはあるか? 綺麗な水がいいんだが」

「こっちだよ」


 干し肉を噛みつつピララが歩き出す。

 少し歩くと小さな沢があった。周辺には動物などの足跡もあり、飲めないということはなさそうだ。


「これを飲んでお腹が痛くなったりはしたか?」

「してないよ」


 そう答えて、ピララは手で水をすくって飲む。

 バルームも手を洗ってから、水を飲む。

 その場で水を飲みつつ、干し肉を食べてしまってから、木の実とドライフルーツを食べる。

 ピララはドライフルーツの甘さを気に入ったようで手が止まることはなかった。

 食べ終わって亀裂に戻るとピララは小さく欠伸をする。町や村の人間からすれば寝るにはまだ早いが、やることがないピララにとっては暗くなれば食べて寝るのが普通だった。

 今日は父親と少しでも長くいたいので、眠気を我慢する。しかし体内時間が睡眠に移行しているようで、うつらうつらとしている。


「寝るなら亀裂の中に戻っておけ」

「やあ。まだいっしょ、いるぅ」

「亀裂の近くで俺も休むから」

「やだぁ」


 言葉で無理なら亀裂まで連れて行くかと、ピララを抱えた。

 抱えられたことを寝ぼけつつも理解したのか、緩んだ笑みを浮かべて、そのまま目を閉じる。すぐに寝息を立て始めた。


「……本格的に寝ちまった」


 失敗したなと思いつつ、幸せそうに寝る子供を起こすのは躊躇われた。

 溜息を吐いてゆっくりと地面に座り、そのまま抱きかかえる。もっと深く寝入ったら足を枕にさせて眠らせようと静かな山の中で、今後について考えながらすごす。

 そうして朝が来て、ピララが起きる。その気配でバルームも起きた。

 

「おはよーっパパ!」


 いつもならば魔物が集まるため出さない元気な声も父親がいるから大丈夫だと思って出る。

 元気いっぱいに挨拶されて、おはようとバルームも返す。

 結局昨夜はなにもいい考えはでなかった。

 もうこのまま町に連れ帰って、孤児院に預けようと思った。たまに会いに行けばピララも満足だろうと結論を出す。そのときに治癒術を使ったら、会いに行かないと言っておけば、これだけ懐いているのだから使わないだろうと思う。

 一応の方針ができて気が楽になる。預けられない可能性からは目を背けているが、いい案がでないのでどうしようもない。


「昨日食べた木の実はまだあるか?」

「ない。とれる場所、知ってる」

「じゃあ、そこに行くか。それを食べて村に向かおう」

「山、出る! うれしい!」


 この素直さで孤児院に入るのも納得してくれないかなと思いつつ木の実を求めて歩き出す。

 木の実を食べて朝食を取り、山を出るため歩き出す。

 道から外れているため正確な現在地はわかっていないが、村のある方向はパンドルに聞いていたので知っている。とりあえず村のある方向に向かって歩いて山を出て、それから正確な位置を把握すればいいと考えた。

 整備されていない場所を、警戒しながらの速度で進むため歩みは遅い。

 険しい山ではなく、魔物も強いものはいないため気は楽だ。

 ハイキングのような感じで歩いて、昼にはまだまだといった時間。木々の向こうに見える景色からそろそろ山から出られるだろうという場所で、それまで楽しそうにしていたピララが表情を引き締めた。


「パパ、魔物、くる! 蟻じゃない、少し前、見るようになった、魔物」

「レッサータイガーか」


 バルームはまだ気づけていなかった。長年暮らしてきた場所だからこそ変化に敏感なのだろう。

 どちらからどれくらい来るかを聞くと、数が多いということなので、バルームは歩きにくいここだと逃げられないと判断した。

 周囲を見回し、子供ならば座れそうな枝をみつけた。

 ピララを抱えると幹を蹴って、その枝に置いて、バルームは地面に着地する。


「そこから動くな。でもってどこから魔物が来るか教えてくれ」

「わかった」


 バルームの強さを感じ取っているようで、戦うことに心配する様子を見せない。

 ピララが示した方向を見てバルームは戦闘態勢を整え待機する。少ししてガサガサと移動する音が聞こえてきた。

 出てきたレッサータイガーはまずは二体だ。


「ふん!」


 バルームは駆けてきたレッサータイガーたちをメイスを素早く二回振って叩きのめす。


「すごい! すごい!」


 ピララは心底楽しそうに手を叩いではしゃぐ。自分では到底かなわないとわかる魔物を、あっさりと倒す父親のすごさを見ることができて嬉しかった。

 次に出てきたのは三体でそれも倒したところで、出現が止まる。


「ピララ、魔物はまだいるな?」


 確認するように聞くと肯定の返事がある。


「まだこっち、見てる」

「ってことはあっさりと倒されたことで警戒されたか」


 ここで足止めはされたくないなと思い、スキルを使って呼び出すことにする。


「姿が見えていないと効果が出にくいんだけどなぁ」


 お前ら出てこいと大声で木々や藪の向こうに呼びかける。

 それに反応したのは三体のレッサータイガーだ。それらを蹴散らして周囲を見渡す。バルームの感じられる距離には魔物はいない。


「まだいるか?」

「うん。でもいくつか、どこか、行った」

「逃げた、か?」


 これからどうするかと潜んでいる方向を見張りつつバルームは考える。

 向こうが動くのを待つか、こっちから動くか。飢えと渇きの問題で、ずっと待つのというのは無理だ。

 バルーム一人ならば倒しに行くのだが、ピララから離れると狙われる可能性がある。迎え撃つのが一番やりやすいのだ。


「少し待って、向こうが動かなければピララを抱っこして移動だな」


 そう決めてバルームはピララのいる木の根元に座る。

 父親が近くにいるだけでピララは満足なようで、なにか話したがる様子もなく枝から周囲を見ている。


(警戒と感知能力の高さが便利だ。組んでいると助かる人種なんだが、連れ回すのもなぁ。ピララ本人としてはその方が喜びそうなんだが、俺としてはシーカーをやらずにまともな生活をして、一般常識を学んでいってほしい)


 クルーガム様はスキルの封印なんかできただろうかと思いつつ、次の戦闘に備えて休憩と武具の点検を行っていく。

 三十分ほど待機したが、盛大に仲間が殺されたことで最大の警戒をしているのか、レッサータイガーたちが動くことはない。

 これは待っても無理そうだとクルーガムは判断し、ピララを抱っこすることにした。


「ピララ、移動するぞ。そこから俺へと降りられるか?」

「降りる」


 父親ならば受け止めてくれるだろうと信じ切って、ピララは躊躇わずに枝からバルームへと落ちる。


「よっと」


 できるだけ衝撃が少ないようにキャッチして、左腕で抱える。


「これから移動する。おそらくレッサータイガーたちは移動途中で襲いかかってくることになるだろう。もちろん迎撃するわけだが、戦闘が間近で行われることになる。怖いだろうが我慢してくれ」

「うん」


 頼もしい父親が守ってくれるのだから怖くなどないと頷いた。

 バルームとしてはその大きな信頼に、複雑な思いがある。しかし今は助かるので心の中だけで溜息を吐いて歩き出す。

 ピララはバルームに抱き着きながら、レッサータイガーの潜んでいる方向を警戒していた。

 そのまま山を出ようかといった頃、しびれを切らしたのか離れてついてきていたレッサータイガーが急接近してきた。

 

「来た」

「ここは少し戦いにくいな」


 今は藪を通っている最中で、少し先に木々が少し邪魔だがある程度の広さの場所があるので、そこまで小走りで移動する。

 バルームの耳にもレッサータイガーの足音は、はっきりと聞こえていて、振り返るとさっき通っていた藪からレッサータイガーが出てきたところだった。

 

「しっかり掴まっていろ」

「うん」


 ぎゅっと抱き着く力が増したことを確認し、バルームは戦闘に入る。

 ピララに攻撃が届かないように回避を重視して、カウンターを主にして戦う。

 四体との戦闘を十五分という時間をかけて終える。


「怪我はないか?」

「大丈夫」


 守られたことがとても嬉しく上機嫌で頷いた。

 ピララを下ろし、周辺の魔物の気配を確認してもらう。

 ピララの感じ取れる範囲には魔物の気配はないということだった。

 

「安心して村を目指せるな。どこにあるかさっぱりだが。高い木に登ってみたらわかるかねぇ」


 周りを見渡して、高く頑丈そうな木を選ぶ。

 ピララをまた枝に座らせて、バルームはさらに上へと登っていく。


「んー、見えないか。だとすると目指すのはあそこの丘でいいか。周辺が見渡せるだろうしな」


 パンドルたちが移動したルートとは別のところから山を下りようとしていて、道も見つからなかった。

 ひとまずの目的地を決めたバルームは、ピララと一緒に山から出る。


「山、出た!」

「そうだな」


 出たいと願っていた場所から父親と一緒に出られたことではしゃぐピララ。

 このまま走り回ってしまいそうだと思ったバルームは、ピララの手を握った。

 ピララは好奇心のままあちこちへと行きそうになったが、手を振りほどくようなことはなく、動ける範囲見える範囲で満足していた。

 魔物に襲われるようなことはなく、二人は丘へと歩いていく。

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