第21話 初めての護衛 3

 目的地までのルートに出てくる魔物はシーカー代屋で聞いているが、話題の一つとしてバルームはパンドルに確認する。


「ここらには犬の魔物とひまわりの魔物が出ると聞いていますが、ほかになにか見たことはありますか?」


 ひまわりの魔物は根を足にして移動する魔物で、いくつもの種を飛ばして攻撃してくる。

 一般人が種を受けると肌に食い込み軽くはない怪我を負う。


「そうですね……主にその二種類ですね。ゴブリンを見たという話を聞いたことありますが、あれはどこにでもいる魔物ですから見かけても不思議ではないかと。ほかには魔物を襲う熊を見たことがあります。刺激しないように戦闘が終わるまで立ち止まってやりすごしました」

「熊といった強い獣は魔物と戦うものなんですか?」


 餌にしようにも必ず肉を残すわけではないので、相手にはしないのではとミローは思う。


「縄張りに入って刺激したんじゃないだろうか。積極的に襲うという話は聞かないな」

「私も聞きませんね」


 パンドルが同意する。


「まあいないわけでもないんだけどな。魔獣と呼ばれる獣は、魔物と戦って力をつけた獣のことだ。そんじょそこらの魔物よりも強いぞ」

「魔物に勝ったということはスキルも使えたりするの?」

「使えるぞ。身体能力を強化するスキルか炎とか冷気を放てるようになるスキルのどちらかだ」

「魔獣の話は聞いたことありますけど、遭遇したことはありませんな」


 あちこちに足を延ばしたパンドルも噂で聞いたことがあるくらいだ。

 ミローがバルームに遭遇したことはあるのかと聞く。


「一度遭遇したことはある。戦ってはいないが。五年くらい前か。今回のように護衛依頼を受けて、森と森の間を通っていた。片方の森が少し騒がしいことに仲間が気づいてな。足を止めて警戒していたら、魔物が出てきた。それが騒がしさの原因かと思っていたら、その後ろから体のあちこちに氷の刺を生やしたサイが姿を見せたんだ。そしてそのサイは魔物に高速突進して、頭部に氷の角を生やして魔物を貫いた。消えた魔物から目を放したそのサイは、百メートルほど離れたところにいる俺たちに気付くとしばらくこっちを見ていたが、敵意がないとわかると森の中に帰っていった」

「そのサイも魔物じゃなかったんですか?」

「魔物と獣の違いはなんとなくわかる。気配が違うからな。あれは獣だった」

「私もシーカーではありませんが、なんとなく違いはわかりますな。魔物はどこか空虚と言いますか、芯がない」


 バルームは頷き、ミローとイレアスはそうだっけと首を傾げた。

 それは置いとくとしてミローは新たに抱いた疑問を口に出す。


「犬とかと一緒に魔物を狩れば、その犬にスキルを持たせることは可能なんでしょうか?」

「可能だそうだ。どこぞの国にそういった部隊がいるんだとか。ただし便利だからと同じことをやろうとすると、飼い犬とかが飼い主を襲うんだそうだ」

「そうなんですか」


 驚いたようにミローは聞き返す。以前ペットを飼っていたので、襲われるということが意外だった。


「強くなったことで、培った絆よりも野生が刺激されるようで繋がりを絶って自由になりたくなるんだとか。犬とかを仕事に連れ回したいなら、しっかりとした絆を結ぶ必要があるんだろう。そこらへんのノウハウをその部隊は持っているのだと思う」


 話しているとバルームがふいに顔を西へと向けた。

 どうしたのかと聞こうとしたミローは、バルームに手のひらを向けられて黙る。


「パンドルさん。犬の魔物が観察しています。少しそちらに行って追い払ってきますので二人とこのままのペースで進んでください」

「わかりました」


 緊張した様子のパンドルに報告したあと、二人へと顔を向ける。


「西以外にいまのところ気配は感じられないが、二人も警戒は怠らないように。すぐに戻ってくるからな」


 真剣な表情で頷いた二人を見て、大丈夫だと判断しバルームは西へと駆けていく。

 馬車から五十メートルほど離れると、草むらの隙間に黒や茶の体毛が見えた。メイスで盾を叩いて音を立てる。気づいているぞと魔物たちに知らせるためだ。

 これで襲いかかってくるようならいくらか倒し、逃げていくようなら追わずにすませる。

 どうなるかと反応を待つと、さほど空腹ではなかったようで遠のいていく足音が小さく聞こえてきた。

 その音の方向を三十秒ほどじっと見たあと周辺に魔物の気配がなくなって、バルームは馬車へと戻る。


「戻りました。警戒されていると判断して去っていきました」

「それはよかった」


 緊張していたパンドルは力を抜いて微笑む。

 同じくミローも緊張を解きつつ聞く。


「魔物にまったく気づけませんでした。なにか気配を感じ取るコツとかありますか?」

「俺の場合は慣れとしか言えんな。斥候が得意な奴なら技術な説明をしてくれると思うんだが。そんな俺から言えることは、周辺の色と違ったものを探してみるとか、匂いと音を意識してみるとかだ。木や草花と違った色のものが見えたら、魔物や獣が潜んでいる可能性がある」


 なるほどとミローとイレアスは頷いて、早速教わったことを実践しながら周囲の警戒をしていく。

 今は無理だろうが、そのうち自分のように慣れで感じ取れるようになるだろうとバルームも警戒に戻る。

 戦闘はなく、ただ歩き続けて、もう少しで夕方といった時間になる。


「もう少し移動したところに村があるので、今日はそこで一泊です」


 パンドルが声をかけてくる。

 慣れない警戒で気疲れしていたミローとイレアスはゆっくり休めるとほっとしていた。


「まだ村には着いてないんだ、気を抜くなよ。こういった油断を突かれることがあるんだ」


 バルームから注意されて二人は表情を引き締めて、周囲を見渡しながら歩く。

 そうして三十分ほど経過し、村に到着する。いくつか宿があり、あちこちからうちにおいでよと声がかけられる。

 街道沿いにあるため、人の賑わいもそれなりにある。パンドルのような行商、仕事で移動中のシーカー、旅人。そういった者の姿が見られた。


「いつも使っている宿があるのでそこに行きます」


 パンドルが馬車に乗ったまま先導する。

 すぐに泊まる宿に到着し、パンドルは馬車をバルームに頼むと屋内に入っていった。


「一日移動してみてどうだった」

「戦闘がなかったのに疲れました」

「うん、早く休みたい」

「ずっと警戒しっぱなしだったからな。この護衛で移動中に気を抜くコツとか覚えられるといいが。まあこれもそのうち身に着くことだな」

「身に着くの?」

「何度もやっていればそのうち自然とな。あえてコツを言うなら、見晴らしのいいところだと、常に警戒する必要はないな。近くに魔物がいないなら、地中か空くらいしかこない。空からだと気を抜いても大抵は気付く」

「地中は気付けないと思うけど」

「まあな。馬もしくは周囲の小動物を気にかけるといい。人間よりも鋭いから、地中からなにか接近していたら周囲を警戒する素振りを見せる。警戒関連のスキル持ちがいたらそれが一番なんだけどな。イレアスは魔力を感じ取るという方法もある。魔物も獣も魔力を持っているからな。害のあるなしはおいといて、接近には気づけるだろう」

「私は魔力を感じ取ることはできないんですか?」

「まだ感覚は1だろ。それだと難しい」


 話しているとパンドルが戻ってくる。

 宿の人間と一緒であり、その人間に馬車を任せて、四人は荷物を持って屋内に入る。

 

「部屋は二部屋です。バルームさんは私と一緒ですが、よろしいですか」

「ええ、問題ありませんよ」


 パンドルの人柄ならば一緒でも問題なく過ごせると頷く。


「ここには食堂はありませんので、食事は各自の部屋でとることになります。私は友人ととりますから、三人は一緒に食べるとよいかと。体をふきたい場合は裏の井戸で水を桶に入れて部屋でふいてください」


 宿泊にあたってのこまごまとしたことをパンドルが話して解散する。

 

「先生。荷物を解いて汚れを落としたら少し外を見て回ってもいいですか」


 疲れもあるが、好奇心が勝ったようでミローが聞く。

 それにバルームは「俺も行こう」と返す。


「こういった場所で危なそうなところを教えるついでに、この先で魔物が暴れたといった情報を集めたい」

「じゃあ汚れを落としたら呼びに行きますね」

「おう」


 二人は与えられた部屋に向かい、バルームもパンドルと部屋に向かう。

 そこでバルームは荷物を解いて、だいたいどれくらいに食事の時間になるのかといったことを話しつつ二人を待つ。

 三十分ほどで二人はやってきて、一緒に宿を出る。

 空はすっかり夕焼けで、あと少しで日が暮れるだろう。

 村の大通りを三人でのんびりと歩く。ミローもイレアスも町出身であり、こういった村を歩くのは初めてだ。興味深そうにあちこち見ている。武具は外しているので、ただの好奇心の強い子供のようだ。

 そんな警戒心の薄い二人を見て、騙しやすそうだと思った者もいたが、すぐにバルームにも気付いて近づいてくることはなかった。二人だけで散歩に出ると、ちょっとしたトラブルに巻き込まれていたかもしれない。

 大通りを一往復して、賑やかな声が漏れてくる酒場に入る。

 宿で飲めるように酒を買い、そのついでに魔物などのトラブルについて酒場の主に聞く。


「トラブルなー……これといった騒ぎはなかったはずだ」

「店長、あれはどうです? 少し騒がしいとか言っていたやつ」


 給仕でカウンターに来てたまたま会話を聞いていた店員が言う。


「ああ、あったな。気のせいかもしれんと言っていたから抜け落ちていた」

「なにがあったんだ?」

「あったわけじゃない。魔物の動きがいつもより活発な奴がいてな。被害は出ていないから、そうなのかと俺たちは疑問を抱いたってところだ」

「そいつは活発になった原因かなにか言ってたのか」

「いんや、スキルで察知したといっていたよ。本人もその原因まではわかっていないようだった」

「偶然そんな状況だったという可能性もあるんだな」

「おそらくな。これ以外に目立ったことはなかったよ」


 ありがとうと言いかけてバルームはふと思ったことがあり聞く。


「一ヶ月も前じゃないんだが、レッサータイガーが縄張りから地元に流れてきたんだ。それがこっちにも来て、ここを縄張りにしている魔物を刺激したなんてことはないか?」

「そんなことがあったのか。しかしレッサータイガーなんて魔物が出たと聞いたことないが」


 店主は店員にお前はどうだと聞き、その店員は首を横に振った。


「ここらにはおそらく来てないんだろう」

「そうか。ありがとう、邪魔したな」


 めぼしい情報はないと判断し、バルームは二人を連れて外に出る。


「この先、魔物との戦闘が何度かあるってことですか?」


 ミローが聞く。それにバルームは頷く。


「その可能性はある。俺たちの仕事は護衛であって討伐じゃない。積極的に戦闘をするわけじゃないということは覚えておくように」


 ミローとイレアスが頷く。

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