第52話 超魔 2

 バルームたちが起きると、町は慌ただしい雰囲気だった。

 食堂で朝食をとりつつ、聞こえてくる会話に耳を傾けると魔物の群れが出現したらしいと聞こえてきた。

 ほかにはシーカーは町の外に集まるように、非戦闘員は町でおとなしくしているように、といったことを朝から兵たちが声をかけて回っているそうだ。

 身支度を整えて、武具をまといミローの到着を待つ。

 扉がノックされて、ミローが挨拶とともに入ってくる。


「おはようございます。いよいよですね」


 緊張した様子だった。大きな戦いに参加することも緊張の原因だが、なによりバルームの役割を心配していた。


「無事に戦いを終えたいですね。町が無事であれば嬉しいですけど、なにより先生の無事が一番です」


 危なくなったら逃げてくださいと言いたかったが、超魔がフリーになった結果の蹂躙を思うとそう口に出すのも難しかった。

 バルームが一番と言いながら、逃げてくれとは言えないことにミローは情けない思いを抱き、それは表情にも現れる。

 

「これから戦いなんだ。そんな表情をするもんじゃない。心の在り方は戦いにも影響を与えるぞ」


 がしがしとミローの頭を撫でてバルームは続ける。


「しっかりと準備されているから町は無事だろうな。俺の方は無傷とはいかんだろう。質の良いポーションをもらえるから、それとピララの回復でどうにかなるといいが」


 今日までに鍛え上げた技術で無事乗り切ると言いたいが、超魔相手だとそう言い切るのは難しかった。


「まあ、そうひどいことにはならんだろう。セブレンが言うには錆落としが十分じゃない俺でも生き延びたんだ。鍛えた俺なら油断さえしなければ十分生き残ることができるはずさ」

「……はい」


 そうなることを期待し、ミローは自身の頬を叩いて気合を入れる。


「イレアス。ミローが無理しないように気にかけておいてくれ」

「うん」

「そしてイレアス自身も無理はしないように。ミローもイレアスもまだまだ若く、人生を楽しんでないからな。こんなところで無茶して楽しめなくなるのは損だ」

「楽しむなら先生とピララも一緒」


 イレアスの言葉にバルームは少し驚いた表情になり、笑みを浮かべてイレアスの頭も撫でる。


「ああ、約束だ」


 四人は外に出て、慌ただしい町の中を歩く。

 同じ方向に向かうシーカーの流れにのって町の北に到着すると、そこには四つの列ができていた。

 なんの列だろうかとバルームたちが思っていると、何人もの兵がシーカーたちに声をかけている。


「今回の戦いに参加するシーカーは列に並ぶように。名前を登録する。ここで登録していないと褒美がもらえなくなるぞ」


 その指示に従って、四人も列の一つに並ぶ。少し待つと順番が回ってきた。


「名前をよろしくお願いします」

「バルーム、ミロー、イレアス、ピララの四人だ」


 名前を書こうとした受付は一度動きを止めて、バルームのフルネームと宿泊している宿の確認をする。


「バルームさんとピララさんは本部へと向かってください。カルフェド様から呼ばれています」

「わかった」


 領主から呼ばれているということで周囲が少しざわついたが、バルームはそれを流す。


「そちらの二人の狩場はどこでしょうか?」

「東のビッグポートリーを余裕をもって狩ることができる」

「でしたら第二陣の集まっているところに行ってください。第二陣は一人前の実力を持つ集まりですね。右の集まりです。兵に確認を取れば答えてくれますよ」


 登録を終えて受付から離れる。

 ポーションの受け取りがあるため、ミローたちも連れてバルームは本部へと向かう。

 本部と思われる大きなテント前にはカルフェドの護衛が立っていた。


「すまない。カルフェド様に呼ばれて来た。取り次いでもらえないだろうか。名前はバルームだ」

「ああ、聞いている。一応身体検査させてもらうがよいかな?」

「かまわない」


 バルームはそのまま護衛が検査を行い、ミローたちは近くにいた女の兵が頼まれて検査していく。

 問題なしとわかり、武器を護衛に預けて中に入る。

 中では騎士と兵が地図を広げたテーブルのそばで話し合っていて、その中にはジャネリの姿もある。

 カルフェドは一番奥の椅子に座っていた。バルームたちに気付くと手招きする。


「よく来てくれた。もうしばらくしたら皆へと声をかけて、戦いの方針を伝える予定だ。それまでにバルームが必要とするものを受け取ってきてくれ。この書類を治療用テントに持っていけば受け取れる。渡す相手はザシュという神官だ」


 差し出された封筒を受け取ったバルームは治療用テントの場所を聞いて、そちらに向かう。

 治療用テントにはまだ怪我人はいないが、確実に仕事があるとわかっているためそれに備えて忙しそうに人が動いていた。その手伝いで駆け出したちが荷物の整理を手伝っている。

 バルームは仕事中の神官に声をかける。 


「すまないが、ザシュという神官に会いたい。どこにいるのか教えてもらえないだろうか」

「ザシュ様ですか? えっと……ああ、そこでカルフェド様から派遣された文官と話し合っている神官がいるでしょう? あの人ですよ」

「忙しいところありがとう」


 礼を言い、話し合いを続けているザシュのところに向かう。

 ザシュと文官の話はあまり良いものではないらしく、ザシュは軽蔑の感情がわずかに浮かんでいる。文官はそれに気付いていないようで話を続ける。気付いていれば話を打ち切っていただろう。

 近づいても話が終わる様子が見えないため、声をかけることにする。


「すまないがいいだろうか」

「なんだ、お前は」


 話を遮られて文官が不機嫌そうにするが、バルームはそちらを見ずにザシュへと顔を向ける。


「ザシュという神官に用事があって来た。あなたで間違いないだろうか」

「ええ、間違いありませんよ」

「カルフェド様がこれをあなたに渡せば必要な物資を受け取れると」

「拝見いたします」


 ザシュは差し出された封筒を受け取り、中身を確認する。内容は封筒を渡してきた者がバルームだということ。ポーションを渡してほしいことが書かれていて、最後に領主の印が押されていた。


「はい。確認しました。少しお待ちください」


 ザシュはそう言うとすぐ近くの頑丈そうな箱の鍵を開ける。中にあるのは高級ポーションなどだ。

 中身を見て文官が声無く驚く。


「それは高級ポーションではないか。どうしてそれを取り出す?」


 文官が聞く。


「これを必要とする方に渡すためですよ。これを神殿から持ってきたのはこちらの方に渡すためですからね」

「シーカーごときにそれを渡すのか!? 私が頼んでも首を縦に振らなかったというのに」


 ごときと言われてミローとイレアスはムッとした表情になる。

 ザシュも似たような感想を持ったようだった。


「ごときというのは問題ある言い方ですよ。兵と一緒にこの町を守ってくれる人たちです。見下すような言い方は感心しませんね」

「だがもっと相応しい使い道があるだろう! シーカーには通常のポーションを渡せばいいではないか!」


 ポーションを取ろうとしたのか手を伸ばした文官は、ザシュにその手を叩かれた。


「これを必要とするだけのことをこちらの方はなすのです。渡すことなどできません」

「なにをなすというのだ! どうせ超魔に突撃して死を前提とした時間稼ぎだろう! 使い潰すシーカーにそれはもったいない! 俺ならもっと有用に使える。さあ、それを渡せ」


 そこまで聞いてバルームはセブレンの話を思い出す。セブレンの経験した超魔討伐で、バルームに高級ポーションを使わせなかった男の話を。

 その男に似ているなとバルームは思っているが、その当人だ。

 ザシュの表情が一瞬だけ無表情になって、笑みを浮かべた。その笑みをミローたちは物騒なものと感じ取った。


「ならば一つ条件をつけましょう。それをクリアできるのなら渡すのも一考しましょうか」

「ほう、どんな条件だ。必ずクリアしようじゃないか」

「必ずと言いましたか。それはそれは」


 獲物が罠に自ら飛び込んだ。そんな心境でザシュは続ける。


「では神託の間に行って、クルーガム様に自らの考えを述べて許可を得てください」

「なに?」

「おや、聞こえませんでしたか。クルーガム様に許可を得てくださいと言ったんですよ。必ずクリアするのでしょう。さっさと行ってきてください」

「な、なぜクルーガム様の許可を得る必要があるのだ!?」

「この高級ポーションを準備するようにおっしゃられたのはクルーガム様だからですよ。クルーガム様のお考えに異論をはさむのですから、自ら足を運び説明する必要があるのは当然でしょう」


 神殿の長であるミラートがカルフェドと一緒にクルーガムから話を聞いたときに同行していた神官がザシュだ。

 だからクルーガムがポーションを準備するように言ったことを知っているのだ。


「シーカーごときに神がそのようなことをおっしゃられるはずがない!」

「嘘ではありませんよ。その話を私はミラート様やカルフェド様と一緒に聞いています。だからカルフェド様も物資受け渡しの書類を正式な書式にのっとって出したのです。というわけでラック、シュテー」


 名を呼ばれた神殿からやってきていた兵がザシュに近づいてくる。


「この方を神託の間まで送り届けなさい」

「「はっ」」


 ラックとシュテーはすぐに文官の左右から拘束する。


「なにをする! 放せ!」

「やましいことがないのならクルーガム様もあなたの考えをわかってくださいます。ラックたちは神託の間に行ったあとは、これまでのことをカルフェド様に伝えておいてください」

「了解」

「お前たち俺を放せ! 金なら払う、欲しいものがあれば準備してやる!」


 買収にラックたちは応えない。当然だろう。神が関連していることに逆らって文官に協力する理由などないのだ。

 ザシュは再度連れて行けと二人に命じる。

 文官は引きずられるようにテントから出ていった。


「ようやくしっかりと仕事ができます」


 ザシュは文官がいなくなったことですっきりとした表情になり、高級ポーションと魔力回復ポーションをバルームへと差し出す。


「どうぞ。神殿が準備したポーションです。お役立てください」

「たしかに受け取った。これがあればすごく助かる」

「はい。助けになれば準備したかいがあるというものです。大変なお役目ですが、どうか無事の帰還を」

「ああ、まだまだ生きていたいからな。役割を果たして帰ってくるさ」


 仕事に戻るザシュに別れを告げて、テントから出る。

 ポーションをあらかじめ決めてあったとおりに分ける。投擲用のものはバルームたちへ、飲むポーションはミローたちへ。


「じゃあ俺たちは行ってくる。二人はできればゼットたちと行動するように。彼らも手伝いじゃなくて、戦闘に回されるだろう。少しは戦い方を知っている者と組んだ方がやりやすい」

「彼らが見つからなかったら?」

「二人一緒に行動して、あまり戦闘をせずに今回の仕事を終えるように。よく知らない相手と組むとあれこれと勝手がちがって疲れやすいだろうしな。長丁場になるかもしれないから、疲れやすい状況は避けた方がいい」

「わかりました」


 バルームはミローたちと別れて、ピララを連れて本部に戻る。

 カルフェドに物資を受け取ったことを伝えると、馬の使用許可証を渡されて、時間までここで待機してくれと言われて、バルームはピララと一緒に隅にある椅子に座る。

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