第51話 Eランク昇格試験

 Eランクダンジョンの『砂丘の墓地』には行ったことがないし、遠かったので移動手段は馬車にした。


 目的地に向かう馬車がいくつかあったので適当に乗り込もうとしたら、知り合いに声をかけられて一つの馬車に決めた。

 乗り心地はいいし、他の乗客がいなかったので貸し切り状態だ。

 今日は運がいい。


「奇遇ですね、サキモリさん」

「本当ですよ、ベネディクトさん。まさか、こんな所で会えるなんて!!」


 製薬会社の代表であるベネディクトさんとは、フリーダとの一件からちょくちょく話をする仲になったが、こういった会い方は初めてだ。


「馬車なんて運転するようになったんですね? 本業の方は大丈夫なんですか?」

「ええ。私はお飾りみたいなものですから。私が居なくても職員のみんなは働いてくれますよ」

「へぇー」


 口では謙遜しているけど、代表者が会社にいなくても仕事が回るって凄いことだよな。

 儲かる仕組みを作って、それを部下にやらせる。

 そして自分は責任をもって部下を管理する。

 それが俺の人生の最終目標でもあるような気がする。

 その理想を叶えているんだよな、この人。


 かなりやり手の人だし、スキルどうなっているんだろ?

 ベネディクトさんとかは、戦闘能力系のスキルじゃなくて、もっと俺が見たことのないようなスキル持っていそうだ。

 興味が出て来たので、調べてみようかな。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【名前】?


【レベル】?


【スキル】?


【固有スキル】?

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「…………え?」


 レベルが上がったので、調べられることが増えているはず。

 それなのに全てが解析不能の結果になっている。

 今日は俺のスキルの調子が悪いのか、それともベネディクトさんが何かをしているのか?


「あっ、今何かのスキルで覗き見しようとしましたね? 首がチクチクするから分かるんですよ」

「え? ええっ、と……」

「駄目ですよ、そんなことしたら。勝手に相手のことを知ろうとするなんて失礼に当たりますから。むやみやたらと覗き見するものじゃないです」

「す、すいません……」


 まあ、そう言われるとそうなのか。

 自分の能力値を見られるのって、学生で言うとテストの成績を盗み見られるようなものか。そう考えるともっと怒っていい案件だな。


 初めて指摘されたから、そんな単純なことも思いつかなかった。

 そっか。

 今度から見る時は戦闘時だけにしておこう。


「でも、どうして見られないんですか?」

「……まさか見るつもりですか?」

「い、いいえ。ただの興味本位です」

「それは認識阻害の服を着ているからです。スキルで防ぐ方法もありますけどね」

「はあ……」


 そういうスキルもあるのか。

 というか、そういうスキルも必須かも知れない。


 相手のステータスを見られる同士の戦いの場合、情報を知られている方が圧倒的に不利になる。

 ステータスを確認できれば一方的に相手の弱点を付けるのだから。

 だから、認識阻害ができるスキルとか、装備品があればかなり優位に立てる。


 ただ今のところは必要なさそうだな。

 今までステータスを確認できる相手に出当たったことはない。

 いや、逢坂のステータスを確認した時に、それっぽいスキルがあったようななかったような。

 ズラリと表示されていたので細かくは覚えていないけど、スターテスが見られるスキルがあった気がするんだよな。


 まあ、あいつとは敵対どころか、会いたくないけど……いや、もしかしたらまた会う事になるかも知れない。

 Eランク昇格試験に逢坂がいる可能性もあるよな。

 あれだけステータスに差があったのだ。

 今でも逢坂の方が俺よりもリードしている可能性が大いにある。

 つまり、今回のEランク昇格試験にも逢坂いるな、これ。


「はあ……」


 バレないように隠れるしかないな。

 でも、多分、この前の試験よりかは受験者きっと少ないよな。

 隠れられるかな、俺……。


 落ち込んでいると、沈黙に耐えられなくなったのかベネディクトさんが喋りだした。


「……実はこうして馬車を動かすのも仕事の一環なんですよね。薬品を積んでいるので」

「あっ、だからなんか荷物多かったんですね」

「はい。乗る人が少ない場所や時間帯って分かっている時は、商品を積んだ方がお金になるんですよ」


 なるほど。

 乗客が少ないって事前に分かっていれば、馬車の空いているスペースは荷物運びに仕えるってことか。

 相変わらず考えることは考えていて、手広く商売をしているな。


「運搬作業は他の職員に任せるつもりだったんですけど、ほら、最近薬品の盗難事件が多いって言いましたよね? あれの損害が大きいので、私がこうして運搬作業しているんですよ。代表が働けばその分人を雇うお金は減りますから」

「た、大変ですね……」

「そうでもないですよ。ただ運搬するだけなので。利益を上げる為の方法は、人件費を削減するのが一番手っ取り早いですからね」


 24時間営業のコンビニも人件費を削って、お客さんの少ない深夜帯はワンオペで営業する所もあるって聴くけど負担が大きいんだよな。


 そういった人件費削減による負担をバイトに押し付けるんじゃなくて、トップ自ら背負うなんて凄い人だ。

 そういう人だから周りもついていくんだろうな。


「おっ、と」

「? どうしたんですか?」

「どうやらイタズラみたいです。岩が通せんぼしてこのままだと通れないので、私取ってきます」


 橋の真ん中まで来てやっと見えたのだが、確かに岩のようなものが橋の上に乗っかっているせいで馬車が通れそうもない。

 歩くだけなら岩を飛びこえいけるようだが、荷馬車はあのまま通るのは無理そうだ。

 万が一通れても馬が怪我をしそうなので、どかした方が無難そうだ。


「俺が行きましょうか?」

「いいです、いいです。あっ、それよりこれ読んでおいて下さい」

「何ですか、これ?」


 封筒を渡される。

 読んでおいて下さいってことは、封筒の中に何か入っているのかな?


「フリーダさんから、サキモリさんへの手紙です」

「え? 手紙ですか? どうしてこれをベネディクトさんが?」

「獣人奴隷からの手紙は本来渡すことができないことになっていたので、この手紙は私が受け取ったんです。急ぎの用でもなかったようなので、冒険者ギルドに立ち寄った時に、メモでも残そうと思ったのですが、たまたま会えて良かったです。もう少しで、この手紙の存在も忘れてしまうところでしたけど」

「すいません。わざわざありがとうございます」

「いえいえ。手紙を渡すぐらいなんてことないですから」


 かなり良くしてもらっているな。

 正直、ここまでしてもらえるほどの何かをした覚えはない。


 どうやら世間的に獣人奴隷はかなり地位が低いみたいだ。

 それなのにここまで世話をして立場が悪くなったり、周りから何か言われたりしないんだろうか。


「手紙か……」

「きっとフリーダさんも面会に来てくれてなくて寂しがってるんじゃないですか?」

「うーん」


 そう言われるともっと面会した方がいい気がしてきたな。

 今はもっとダンジョンへ行って、色々と自分のスキルを試したり、知識を身に付けたりしないといけない時期だからな。

 宿屋の宿泊費も馬鹿にならないし、せめて借家でも見つけ、衣食住がちゃんとしてから会いたいんだよな。


「それより、サキモリさん、今は家はないんですか?」

「ああ、そうなんですよ。ダンジョンの近くや冒険者ギルドの宿を転々としていて、特定の場所にいないんですよ」

「家を買う予定は?」

「今のところないですね。というか、お金がないのでそんな予定はないです」

「サキモリさんぐらい強かったらすぐに稼げますよ。お金が貯まったら教えてください。いい家を見つけたらご紹介します」

「仲介料は?」

「お安くしておくので安心してください」


 そう言うと、爽やかな顔をして岩を動かしに行った。


 流れで仲介料ぐらいタダでしてくれると思ったけど、流されなかったな。というか、不動産とかにもコネあるのかな、あの人。

 流石に人脈広いな。


 気を取り直して封筒を開ける。

 中に入っている手紙は二つあった。

 一枚は四つに折りたたまれているものと、もう一つは大して折り目の入っていない手紙だった。


「手紙が二枚か。何書いているんだろ」


 急ぎの用事ではないみたいだけど、いつでもいいのなら俺が面会に来るその日まで待っていればいい。

 それなのに手紙を寄越したということは、それなりに重要な内容が書かれている気がする。

 パラリと、あまり折り目の入ってない方の手紙を開くと、そこにはたった一言しか書かれていなかった。


『お前はここにいたら死ぬ』


 滲んだ字でそれだけ書かれていて、俺は思わず目を疑った。


「…………なっ」


 その手紙をひっくり返すが、他には何も書かれていない。

 手紙というより、これじゃ警告文だ。

 しかも書き方が何かおかしい。

 紙には『そこ』じゃなくて『ここ』と書いてある。

 その書き方に違和感がある。

 いや、違和感はそれだけじゃない。


「日本語……?」


 手紙の文字が日本語で書かれている。

 他の異世界人はそれぞれ自分の国の言語みたいなもので書いていて、俺には全く読めなかった。

 なのに、手紙には日本語で書かれている。

 これではっきりした。


 この手紙を書いた人間は、フリーダじゃない。

 そして恐らくこの手紙の主はこの近くにいる。


 なぜなら手紙の主は『ここ』と書いていたからだ。もしもフリーダが手紙の主なら距離的に『そこ』と書く方が正しい。『ここ』と書いているということは、俺のことを手紙の主は近くから監視している可能性が高い。

 そして、その手紙の主は、日本人、もしくは日本語を知っている人間ということになる。


「――っ!!」


 俺はもう一枚の手紙を開く。

 だが、その全文を読む前に馬車はし、橋から川底へと落下していった。


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