第5話 強制転移させられた無職は新たな力に覚醒する

 城の一室にいて、四肢が切断されていた俺は別の場所に引きずり込まれた。

 気が付いたら別の場所に転移していた。

 思わず握った槍もすぐ傍に落ちている。


「腕も、足もくっついているけど……ここは……?」


 槍を握る。

 何の違和感もなく手足が動かせるのも気味が悪いが、それよりも自分の状況を確認しなければならない。

 第三王子のフラスコ王子の指示によって、俺は別の場所まで飛ばされた。

 そしてここは異世界であって、俺の常識がどこまで通じるか分からない。

 城に帰って王様に報告して保護してもらうのも手だが、そもそもまずここがどこなのか分からない。


「ここが、ダンジョンか?」


 フラスコ王子の口ぶりからして、どうやら俺は広い洞窟の中にいるようだった。

 生かす必要はないようだから、レベル1の俺が生き残れるような場所に転移されたはずがない。

 だが、


「グギャアアアアアアアアアアアアッ!!」


 だからといって、岩影から出て来た巨大なモンスターはオーバキル過ぎないか。

 レベル1の一般人が対峙するような相手じゃない。


「ド、ドラゴン!?」


 ギザギザの白い歯に、ギラギラと光る鱗と歩く度に地面に罅を入れる爪と、天井に届きそうなほどの赤い羽を広げ、丸太のような太い尻尾が逆立っている空想上の怪物。

 その咆哮だけで吹き飛びそうになる。


 ギョロリと琥珀色の瞳が俺に固定されると、ドラゴンの爪が肉薄する。

 恐怖のあまり竦んでいた足を叱咤して横っ飛びになるが、ただの一撃で俺がいた場所の岩肌が抉れる。


「ヤ、ヤバいッて!!」


 振り返るのも怖い。

 ドラゴンに背を向けて全速力で逃げるが、天井につらら状にぶら下がっていた鍾乳石が落下してくる。


「…………かっ」


 背中を強打する。

 ドラゴンの爪で出鱈目に攻撃し、その罅が天井を伝って鍾乳石が落ちたようだ。

 まだまともな攻撃を一撃設けていないのに、動きが止まってしまった。

 ヘロヘロになりながら、蟹みたいにひっくり返ると泡を吹きそうになる。


 もう目の前までドラゴンが迫って来ていた。


 見上げるほどの巨躯な肉体で、手足のリーチが圧倒的に違う。

 逃げても手を伸ばせば届くし、一歩で稼げる距離が人間の一歩とまるで違う。

 走る速度は俺の方が上でも、身体が大きいというだけでドラゴンからは逃げられないことを悟る。


「うっ」


 岩盤を削る破壊力を持つ爪を、ドラゴンが振り下ろしてくる。


「うああああああああああああ!!」


 足を滑らせたことによって、爪が全身を捉えることはなかったが、肩から腹にかけて三本の爪が掠った。


「かっ、痛いっ、痛いいいいいいいいいいいいいっ!!」


 ただ掠っただけで激痛が走る。

 交通事故で死にかけた時以上に痛い気がする。


 だが、それ以上に絶望的な光景を見る。


 ドラゴンが首を後ろに傾けて、次の攻撃の予備動作を始めた。

 歯の間からチラチラと炎が噴き出しそうになっているのが見えた。

 今から、炎の塊を吐き出すつもりだ。


「こんなところで……」


 圧倒的スペックの差があり、逃げることはできない。

 あちらは無傷で、俺はただ一撃をもらっただけで最早満身創痍だ。


 手に持っているのは、城から持ってきた槍一本だけだった。

 これで何ができる?

 分厚い鎧のような鱗に阻まれて、槍であろうとも跳ね返されるのがオチだ。


「ああああああああああああああああああああっ!!」


 吐き出される炎の奔流が、真っすぐに押し寄せて来た。

 俺は槍を後ろに思いきり引いて投擲する。


 ――れ、


 いきなり有無を言わせずに、第三王子フラスコによってこんな地の底に招待された。

 異世界から召喚された俺は、勇者じゃないと分かるとゴミ同然の扱いをされたのだ。


 ――ただ俺は自分の眼が届く範囲の奴等は、全員支配しなきゃ気が済まない性格なんスよ


 新人バイトであった逢坂は、俺を職場で過労死にしそうだった店長を操っていた。

 更には俺を車で轢いたのにも関わらず、この世界に来たからには罪を償う機会などない。

 店長との不倫がバレることもなく、何のしがらみもなくこの異世界でのうのうと生きている。

 勇者となった彼は好待遇を受け、俺みたいな無職と違って世界から賞賛されるだろう。


 ――起業した方がいいですって!! 先輩は誰かに使われるより、誰かを使う方がいいですよ!!


 そう言ってくれた唯一の良心であった彼女の言葉が、一番最期に思い出される。

 最期の最期まで、俺は使われるだけの存在だった。

 そんなの、


「そんなの許せるかよおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 バチン、とブレーカーが落ちたような大きな音がした。

 眼を開けると、投げた槍が空中で止まっていた。

 静止している槍によって、ドラゴンの炎が弾かれていたのだ。


 その瞬間、閃光が網膜を焼く。


「なっ、んだ!?」


 ピコン、ピコン、と頭の中に直接、ふざけた音が鳴り響く。

 ブゥン、とステータス水晶で観た時のような画面が、光を伴って中空に浮かび上がる。

 その光が薄まっていくと、何が書かれているのか視認できるようになった。

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【新しいスキルを入手しました】


【新しいジョブにチェンジしました】

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