第4話 お前は知りすぎた

 俺のステータスを目撃した逢坂は、腹を抱えて笑う。


「ハ、ハハハハハッ!! 勇者じゃなくて無職だってぇええ!! だっせええええっ!! これは至極笑えるッスねぇえ!!」


 反応すると、余計に嬉しいだろうから無視しておこう。


「無職ってどういうことですか?」

「……正直、ワシにも分からん。何故勇者と出ないのか。フラスコ、お前は何か分かるか?」

「恐らくですが、父上。そいつは、召喚の儀式に巻き込まれたただの一般人ということじゃないでしょうか? そもそも勇者が二人同時に召喚された事例はありません」

「フム、どうしたものか……」


 冷や汗が出てきた。


 フラスコと呼ばれた第三王子の言う通り、俺はただの一般人だったらしい。

 勇者だから手厚い待遇を用意されていたのだ。

 俺がただの異世界人だったら、ここにいる人達が俺に対してどんなことをやってくるのか想像できない。


「父上、彼の処遇については追々考えるとして、今は別室にお連れするのはどうでしょう? お二人とも随分とお疲れのように思えます」

「……そうだな。他の者とも相談して、無職の異世界人の待遇については考えるとしよう。彼についてはお前に任せてもいいか?」

「了解致しました。無職の方、私についてきてもらえますか?」

「その『無職の方』って言い方辞めてもらえません? ハローワークでも、無職呼ばわりされませんよ?」


 名前で呼んで欲しいんだけど。

 やっぱり、名前が憶えづらいのかな?


 俺も翻訳された外国の小説を読んでいると、登場人物の名前が憶えられなくて読むのに苦労することがある。

 それと同じような感覚なのかな。


「無職の崎守せんぱぁい、また会いましょうねぇ」

「…………」


 ヒラヒラと手を振りながらまだ笑っている。

 不愉快なので無視をして、廊下に出て行く第三王子の後ろについていく。

 横にはローブを眼深に被る名前も顔も不明な人が付き、周りは兵士達に囲まれながら廊下を歩いていく。


 どこまで連れて行かれるのか知らないが、廊下がかなり長い。

 高校の廊下よりも長いな。

 部屋数も多い。

 この世界の基準がどんなものかは知らないけど、敷地範囲の広い城であり、それだけここにいる人達は権力と資産力のある王族なんだろう。

 

「ここって、城の中なんですよね。広いですね」

「…………」


 第三王子のフラスコさんに無視をされた。

 もしかして声が小さかったのかな、と訝しげにしていると急に立ち止まる。

 どうやら目的の部屋に辿り着いたみたいだ。


「……異世界人と込み入った話がある。他の者達は少しここで待っていてくれ給え」

「はっ!!」


 兵士の人達にそう言うと、扉を開ける。

 入ってもいいってことなのかな。

 先に入室すると、そこにはベッドや机があり、花や絵画や甲冑が飾られていた。

 客室のようにも見える。

 もしかして、ここが俺の部屋か?


 扉を閉めると、フラスコ王子と、俺と、顔が分からない人の三人だけになる。

 この国の権力者みたいなので緊張する。


「さて、と。異世界からの訪問者たる君をどうするか、だが、どうするかは決めているんだ。どうか、この城から出ないで欲しいのだよ」


 フラスコ王子が砕けた口調になる。

 これが素なのかな。


「……出ないで欲しい? 魔王を倒さなくていいんですか?」

「それは勇者の仕事だよ。衣食住は私が保証しよう。勿論、睡眠時間もしっかりと毎日用意しよう。あの勇者程ではないが、君の待遇については私が可能な限り保障するよ。好きなものを望むままに言うといい。ただし、この城から出ようとするのは辞め給え。君たちの世界と違って治安が悪い。モンスターに襲わなくとも、強盗や殺人は日常茶飯事の世界に君を放逐などしないよ」


 どうやら俺のことを守ってくれるらしい。


 これって、むしろ最高の結果なのかも知れない。

 勇者になっていたら、過酷な修行と旅の末に、この世界の人間が倒せていない最強の魔王を倒さなければならない。


 だが、無職である俺は働かなくとも、生活の保障をしてくれるらしい。

 外に出てはいけないと言われたが、インドア派の俺が部屋に引きこもるのは別に苦ではない。


 勇者のように地方を飛び回る派遣社員みたいになるよりかは、随分と好待遇だ。


「随分と過保護ですね」

「私は異世界人や獣人など、変種が好きなのだよ。いつだって変種は、新たな発見をもたらしてくれる。私の研究の為に手厚く保護するのは当然だよ」


 それだけ言い終えると、フラスコは踵を返す。


「さて、我々は退散するよ。人の目があっては休めないだろう」


 魔法の力で回復してもらったみたいだけど、実はまだフラついている。

 貧血の症状が出ていて、今すぐにでも休みたい。

 だけど、


「あの、一ついいですか?」

「ん? 何でも聴き給え」


 たった一つだけ気になる点を聴かなければ、このまま眠れない。



「あなた達は勇者を何人犠牲にしたんですか?」



 何しろ、ここにいる連中は人殺しの可能性があるからだ。


「……何の話だね? 勇者なら君と一緒に召喚されただろう? 随分と仲が良いように私には見えたが?」

「逢坂のことじゃなくて、それよりも前に召喚された勇者のことですよ」

「……勇者が以前に召喚されたなんて、なんでそんな勘違いをするんだね?」

「あなた達は用意が良すぎるんですよ」


 王様の言葉が想起される。


 ――異例中の異例だが、一度に二人も勇者を迎えることができるのは僥倖だ


 異例中の異例ということは、実際に何度か勇者を召喚したことがあるということだ。


 ――お主達を異世界に帰すことはできる。だが、帰した途端、お前達は再び死ぬことになるぞ


 元の世界に帰還したら、俺達が死ぬことを断定していた。

 どうなるか分からないはずなのに、断言するということは、同じように勇者を元の世界に帰して殺したことがあるからだ。


 ――勇者ならレベルを維持できるんですか?

 ――いいや、できぬ


 俺の質問へのこの返し方。

 勇者のレベルが上がらないことを、どうして知っているのか。


 ボロが出るように誘導したが、まさかあれほど簡単に王様が口を滑らせるとは思わなかった。


「俺達の次の反応が予想できていたかのような、臨機応変な受け答え。何度も説明したかのような、丁寧で分かりやすいチュートリアル。少なくともここ数十年の間に、あんた達は数人の勇者を召喚したんだ」

「ま、待ってくれないか。何か誤解されているようだ」

「そして、召喚した勇者は失敗した。もしも以前に召喚された勇者が戦える状態なら、魔王を打破しているはず。つまり、以前召喚した勇者達は全員死んだんだな? そうだろ?」

「ま、待って――」

「その事実を隠してあんた達は俺達を誘拐した。都合のいい理屈だけを並べて、俺達も使い捨てしようとしているんだろう。仮に勇者が死んでもまた補充すればいいって――――」


 喋り切る前に、顔面にフラスコ王子の拳が突き刺さる。

 全体重を乗せた一撃に、俺は壁まで吹き飛ばされた。


「待てって言ってんだろうがあああああッ!! 異世界の猿がああああああああッ!!」


 格闘技でいう、所謂サッカーボールキックを何度も腹部や顔に向けてされる。

 鼻血が飛び、口が裂けた。


「や、やめっ――」


 腕を身体の前に出すが、それをすり抜けて蹴りが入る。


「かゆかゆかゆかゆかゆかゆかゆかゆかゆかゆ、痒いいいいいいいいいいいいッ!!」


 俺を殴った方の手を爪で掻き過ぎて、肌が裂けて血が流れ出した。

 よっぽど、俺に触れたのが不快だったらしい。


「貴様ら畜生は、大人しく私の実験体になってればいいんだああああああああ!!」


 一際大きな蹴りによって、身体が浮いた。

 飾りつけてあった甲冑に背中を強打し、持っていた槍が床に落ちる。


「……フン。中途半端に頭が回る奴は、長生きできないんだよ」


 フラスコ王子はハンカチを取り出すと、引っ掻き傷だらけの手に巻いて包帯代わりにした。


「変種は実験体として最適なので生かしておいてやろうと思ったが、やはり貴様は他の勇者達と共に危険な存在らしい。力をつける前に死んでもらうとしよう」


 フラスコ王子が一歩引くと同時に、今まで立ち尽くしているだけだった人物がゆらりと動く。


「――――れ、


 とにかく立ち上がって窓から逃げようとするが、その両足が飛ぶ斬撃によって切断される。


「足がっ、俺の足がっ!!」


 斬られた両足が転がっているが、切断面からは出血がない。

 痛みも感じないのが、逆に恐怖心を煽る。

 手品のようなこの現象は、この世界のスキルとやらの力か?


「この場で解体してやりたいところだが、それでは父上にすぐにバレてしまう。そうすれば私が次の王になれない。だから君の処理はモンスターに任せることにするよ。畜生同士共食いだ。面白い見世物になるだろうね。ダンジョン深部の指定席で、君の死ぬところを鑑賞できないのは残念だ」


 腕と腰だけで後退りすると、手に何かが触れる。

 それは、さっき床に落ちた槍だった。

 槍を持って防御姿勢を取るが、


「『葬送転移アスタラビスタ』」


 カッコウと呼ばれた人間が生み出した斬撃によって、槍は腕ごと斬られる。


「あっ――がっ――――」


 斬撃によって斬られた空間が、瞳が開くように広がる。

 半径二メートル以上の楕円形に広がった空間の裂け目にブラックホールのように吸い込まれ、俺は闇の中へと消失した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る