第3話 勇者とのステータス格差は絶望的です


「死んだ? 店長が?」


 人一人が死んだのだ。

 しかも親しかった人間が死んで、逢坂がどうしてそんな平気そうな面ができるのか理解できない。


 女店長は俺に仕事を押し付けた憎むべき相手であるけど、十年来の付き合いだ。

 ショックじゃないと言えば嘘になる。

 そして、付き合いの年数が少ないとはいえ、逢坂だって同じはずじゃないのか?


「ああ、死んだってさ。俺が状況をこの人達に伝えたら、店長も召喚されるはずなのにここにいないってことは、ここに呼ぶ前に即死したんだって。ハハッ、ああ、良かった、良かった」

「良かった? 何が? 不倫相手とはいえ、愛し合ってた関係じゃないのかよ」

「はあ? あんなババアと? んなわけないじゃん。ただの遊びッスよ、あ・そ・び。まっ、俺の言う通りに、先輩のアンタを虐めてくれた所だけは愛してかも知れないッスけどねぇ!!」


 こいつ、正真正銘のクズか。

 しかもあれだけ仕事を回されて過労死寸前だったのは、こいつのせいだったのか?


「俺がお前に何かしたか?」

「別に、何も? ただ俺は自分の眼が届く範囲の奴等は、全員支配しなきゃ気が済まない性格なんスよ。そこらの会社なんかよりも、底辺バイトの方が俺の希望に添えるから、コンビニで働いていただけッスよ」

「お山の大将を気取りたいだけか? そんなことをしていても、いつかは誰かに抜かれるもんだ。だから、最近になってコンビニに来たんだろ? 頂点になれる場所を転々と移動しても、虚しくなるだけだ」

「そんなの、あんたにだけは言われたくないッスね。無職になった先輩にご高説を垂れられても、それこそ虚しくなるだけッスよ」


 俺と逢坂との間で一触即発の空気が流れるが、


「話は終わったか? 勇者達よ」


 王様の一言で、臨戦態勢は解かれた。


「返事を聴きたい。魔王討伐の為、協力してくれるか?」

「――条件があるッス」


 逢坂は腕組みをしながら、堂々とした立ち姿になる。


「あんたらが、俺の命令を訊けるかどうかッス。金、女、酒。俺が望むままの報酬をくれるんだったら、魔王とやらを倒すのに協力してもいいッスよ。どうせ命懸けの旅でも強要されるだったら、そのぐらい至極当然ッスよね」

「貴様ッ、王に向かって――」

「よい」


 兵士の一人が激高するのを、手と言葉だけで王が止める。


「勇者殿の希望が出来る限り叶うように尽力はしよう。その他にも要望があれば、その都度申せば叶えよう。魔王討伐は勇者にしかできぬのだから」


 俺達が勇者で魔王討伐の鍵を握り、そしてその使命に拒否権があってないようなものということは理解できた。


 だが、魔王討伐ができるのが、勇者だけ、というのは些か理解に苦しむ。

 この世界にだって、俺達より強い人間なんてゴロゴロいるんじゃないんだろうか。

 俺達は、戦いに関しては素人同然だぞ。


「それなんですけど、何故俺等が召喚されたんですか?」

「何故、とは?」

「兵士の人達もいるだろうし、この世界の人達が全員で協力すれば、魔王を倒せるんじゃないんですか?」

「……ウム。それは不可能なのだ」


 即答されたってことは、何か理由があるのか?


「この世界にはレベルという概念がある。レベル差が10もあればその差は覆しがたい。そして――ダンジョン、というものを知っているか?」

「レベリングの為に潜る場所のところですか?」

「ウム。概ねその解釈で正しい。そのダンジョンでモンスターや魔族はレベルを維持できるが、我々人間はレベルを維持できない。ダンジョンから出た瞬間、全ての人間はレベルが1に回帰する。つまり、レベルをカンストした魔族に、人間は絶対に敵わないのだ」

「なっ――」

「そんなのムリゲーじゃないッスか!!」


 逢坂の言葉通り、言っていることが無茶苦茶だ。

 レベル100の魔王相手に、レベル1の人間が戦うような事態が起こり得るってことだ。


 この世界のレベル格差がどれだけのものかは知らないが、俺等の世界じゃ、まず瞬殺されるイメージしか湧かない。

 人間側に勝ち目はないように思える。


「勇者ならレベルを維持できるんですか?」

「いいや、できぬ。だが、人間のレベルは上げられなくとも、武器や防具のレベルは上げられる。勇者にしか扱えない武具は耐久度が高く、レベルを最大限にまで上げられるのだ」

「……つまり、勇者専用の武器じゃないと、魔王を倒せない。だから俺達が召喚されたってことですか?」

「ウム。その通りだ、勇者よ」

「魔王にトドメを刺すのが勇者だとして、軍は派遣してくれるんですか? まさか勇者一人で戦えって訳じゃないですよね?」

「勿論、勇者一人で戦わせる訳はない。優秀な人間を勇者パーティに入れることは確約しよう。だが、軍を派遣させることはできない。それには理由がある」

「理由……?」


 その理由を聴く前に、逢坂が学生のように挙手をした。


「あのぉ!! 特典とかないんスか?」

「……特典?」

「俺達勇者にしかできないことッスよ。その勇者専用の武器を扱えること以外、特別なことってないんスかぁ!!」

「フム。異世界から勇者を召喚すると、この世界の人間よりも数倍の能力値が数値として出ることが確定されているのだ。それに、異世界の人間にしか発現しないようなスキルや、ジョブが授けられることが確認されている」

「うおっ――すげぇえええ!! いいじゃん、どんなやつがあるんスか? 俺達には!?」


 ズケズケと要求していく逢坂に、尊敬の念をすら抱く。

 こうやって考えなしに自分の欲求を押し付ける奴が一番幸せになれるんだよな、世の中って。


「フム」


 王様が手を動かすと、兵士の人達が数人で台を持ってきた。

 台の中央には水晶玉が置かれていて、中身は霧がかっている。

 霧は不規則に動いているだけで、俺達の世界の知っている水晶玉ではないことが分かる。


「言葉で説明するより、見た方が早いだろうと思って準備しておいた。『ステータス水晶』がここにある。手を翳してみなさい」


 ネーミング安直過ぎるだろ。


「へぇ、こんな感じッスか?」


 何の疑いもなしに逢坂が、ステータス水晶に手を乗せる。

 すると、長方形型のステータス画面が、ホログラフィティーみたいに投影された。

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【名前】逢坂 陣 (オオサカ ジン)


【レベル】1


【攻撃力】72

【防御力】66

【魔力】53

【耐魔力】66

【素早さ】69


【ジョブ】勇者


【スキル】魔法剣(レベル1)・攻撃力上昇(レベル1)・防御力上昇(レベル1)・魔力上昇(レベル1)・索敵(レベル1)・ステータス表示(レベル1)・分析(レベル1)・鑑定(レベル1)・合成(レベル1)・合成成功率上昇(レベル1)・共鳴率上昇(レベル1)・隠密(レベル1)・クイックムーブ(レベル1)・フライ(レベル1)・トーチ(レベル1)・フレイムボール(レベル1)


【固有スキル】絶対急所オールクリティカル(レベル1)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 そのステータス画面が表示されると、フロア内がどよめく。


 すげぇ、流石勇者様だ。レベル1で固有スキルが……、とか何やら囁かれているが、どうやら勇者だけあって強力な力を持っているようだ。


 比較対象がいないし、この世界の一般的なステータスがどのくらいか分からないので、リアクションが薄くなってしまう。


「勇者よ。その【固有スキル】を押してみるのだ」

「これをタップすればいいんスか?」


 虚空に浮かぶ【固有スキル】に指が触れると、


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【固有スキル】絶対急所オールクリティカル(レベル1)……対象のスキルやレベルを無視した攻撃を放つことができる。使用者の攻撃力・魔力の2倍の威力を持つ攻撃を、常時発動することができるスキル。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 説明文みたいなものが増えた。

 すると、再びどよめきが起こる。


 今回は俺でも凄いのは、ざっくりとだが理解できる。


「それではもう一人の勇者よ、お主もステータスを開示してくれ」


 好奇心が首をもたげ、俺も掌を水晶玉に置く。

 さっきのようにステータス画面が表示されるが、さっきと別の意味で周りが騒がしくなった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【名前】崎守 天守 (サキモリ テンシュ)


【レベル】1


【攻撃力】6

【防御力】10

【魔力】5

【耐魔力】10

【素早さ】8


【ジョブ】無職


【スキル】なし


【固有スキル】なし


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 パラメーターの桁数が違うし、スキルを何も持っていない。

 逢坂と比較すると、とんでもなく弱いことが判明する。

 何より、ジョブの欄が酷過ぎる。


「無職?」


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