第2話 異世界召喚と死者一名


「『中級回復魔法プリティキュアッ!!』……『中級回復魔法プリティキュアッ!!』……」


 ガンガン頭に激痛が走っているのに、至近距離で魔法少女みたいな単語を大きな声で叫ばれている。

 頭を抱えながら上体を起こすと、


「もう一人の勇者様、起きられました!!」


 杖を持った女性が一際大きい声で叫ぶと、広い空間に反響する。


 周りを見渡すとゾッとした。

 武装した三十人以上の人間達が、身動ぎもせずに見下ろしたてた。

 全員、瞳の色や髪の色が黒じゃない。


「……外国人?」


 口に何か付着していると思って手で拭うと、指の腹についたのは血だ。

 自分の着込んでいる服を見ると、所々破れている。


 俺は車に轢かれたはずだ。

 なのに、別の場所にいる。

 そして、ここは病院でも、天国でもなさそうだ。


「夢――」

「じゃないスよ、崎守せ・ん・ぱ・い」

「ああ!? 逢坂、だよな!?」


 横から声をかけて来たのは、確かに逢坂だった。

 炎上していた車に乗っていたけど、無事だったらしい。


「チィースッ!! 車で轢いちゃってすいませーん。でも、どうやらこの人達が助けてくれたみたいッスよ。よかったスね。魔法のお陰で傷ないッスよ、もう」

「……警察に電話は?」


 自分が何をしでかしたのか分からないらしい。

 殺人未遂だし、殺す寸前までいった相手によく普通に話しかけられるな。


「スマホ見てみて下さいよ。通じないっしょ? ここは異世界なんスよ。俺達この人達に召喚されたらしいッス。だから、俺が日本で犯した罪を裁く奴なんていないんスよ。ハハッ!! ラッキーッ!!」

「異世界? 何言って――」


 ポケットの中に入っているスマホは調べると、確かに非通知だった。


 だけど、異世界?

 異世界召喚ってやつか?

 そんなありえないことが自分の身に起きるなんて。


「フム。ようやく二名の勇者が目を覚ましたな」


 新たに投げられたその一言で、周りの空気が一変する。

 明らかに玉座ですよという場所で、豪奢な椅子に座っている人間がいた。

 王冠を被っているし、サンタのように蓄えた白い髭をしている威厳のある男だ。

 他の人間と装飾品や佇まいからして、明らかに身分が違う。


「異例中の異例だが、一度に二人も勇者を迎えることができるのは僥倖だ」

「誠にそうですね、父上。これで魔王討伐の確率も高くなります」


 二十代ぐらいの眼鏡をかけた若い男が、恭しく傅く。

 父上と言った彼は目の下に隈があり、細長い身体を針金のように立たせている。

 神経質そうな顔をしていて、父上とやらとはあまり顔が似ていない。


「この国の王様と、第三王子らしいッスよ。その隣の人は紹介されていないッスね」


 逢坂の言う通り、二人の脇に隠れるように立っている奴がいる。

 魔法使いが着るようなローブを被っていて、男か女かも判別できない。

 ただ、俺達を取り囲んでいる兵士のような奴とは、王様達の傍に居る時点で身分が違うみたいだ。


「お前、色々知りすぎだろ」

「だって、崎守先輩よりも俺の方が先に起きましたもん。それで、色々と質問したッスよ。ずっと気絶していて情けなかったッスね、先輩!!」

「……殴ってやろうか?」


 王様がコホン、と咳払いをする。


「説明不足ですまない、異世界の住人のお二方よ。混乱されているようだが、まずは単刀直入にお願いしたい。勇者の二人はこの世界の人間の脅威である魔王を倒して、世界に平和を取り戻して欲しい!!」


 おおっーと、兵士達から声が上がる。

 盛り上がる所がいまいち理解できないんだけど。


 周りを再び観察する。

 広い空間で、ここは玉座の間ってところか。


 ここが城の中ってことは、兵士達は衛兵ってことか?

 窓がついているが、逃走経路にはならなそうだ。

 逃げられないように取り囲まれているし、そもそもここが二階という可能性がある。


「……拒否権は?」

「ウム。嫌ならどこへでも行くといい。ワシは止めないぞ」


 余裕たっぷりの王様は、俺達が拒否できないと高をくくっているようだ。

 瀕死の重傷を治療してくれたのは感謝したいが、相手は誘拐犯だ。


「元の世界には戻してくれますか?」

「お主達を異世界に帰すことはできる。だが、帰した途端、お前達は再び死ぬことになるぞ」

「?」


 王様の説明が飲み込めなかった俺に、逢坂が補足説明をしてくれる。


「ここで治療した傷は魔法で治ったものだから、元の世界に戻ったらその魔法は解けるらしいッスよ」

「……なんだ、それ?」


 どういう理屈だ。

 怪我を治してくれたのはさっきの魔法少女というか、魔法女性で、人知を超えた力を使ったのは理解できる。


 だけど、元の世界に戻ったら魔法が解けるなんて、誰が証明できる?

 誘拐犯の言う事だ。

 とても信じられない。


「仮にワシの言う事が偽りだったとしても、お主達を帰還させられるのはワシ達だけじゃ。どうかのう。そろそろワシ達に協力してもらう気になったかのう……」


 王様は長い髭を触りながら挑発してくる。


 どうやら一筋縄ではいかないようだ。

 返答に淀みなく答え、ここにいる誰も焦っていない。

 俺達が逃げられないように、周到に練られている計画だったみたいだ。


 異世界人達の唯一の誤算は、勇者とやらが二人いることぐらいか?

 倫理観の欠片もないような相方に背中を預けられるほど、俺は胆力ないんだが。


 あれ?

 待てよ?

 もう一人、俺達の仲間になってくれる人がいるんじゃないのか?


「事故に遭ったのは俺達だけじゃない。もう一人いたはずだ」

「ああ、店長なら死んだッスよ」


 あっけらかんと喋る逢坂に、俺の頭が一瞬ショートする。


「は?」

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