【店主】のジョブで俺と仲間だけがレベル維持できるから、追放されても勇者より強い

魔桜

第1話 無職になるように追い込まれた俺は車に轢かれた


「仕事、辞めさせてもらってもいいですか?」


 コンビニの制服を小脇に抱えながら、俺は女店長にそう告げた。

 どういう反応が帰って来るかと思ったら、ニンマリと気色の悪い笑みを浮かべた。

 まるで俺のその言葉を待っていたかのようだ。


「ああ、いいよ、いいよ。さっさと辞めたら? 明日から来なくていいよ。あっ、制服は洗って返してね」

「分かりました。またここに持ってきます。クリーニングした方がいいですか?」

「ああ、いいよ、洗濯機で。ああ、配送でもいいけど?」

「いいえ。金が勿体ないので持ってきます」

「あっ、そう」


 大学を中退してから10年。

 それからコンビニで働いているが、両親が残した借金のせいで貯金なんて雀の涙だ。


 俺は踵を返してスタッフルームから出ようとすると、新人バイトと入れ違いになる。


「あれぇ? 辞めるんスかぁ、崎守さきもり先輩ぃ。至極残念なんですけどぉ」

 

 白々しい言葉を並び立てた態度の太い新人バイトの名前は、逢坂 陣おおさか じん

 年齢は俺よりも五つほど下であり、勤務してからまだ半年しか経っていないが、馴れ馴れしく肩に手を置いて来る。


 何より、また吐息が酒臭い。

 また勤務中に酒を飲んでいるようだ。


「ああ、辞める。じゃあ、逢坂君、後は頑張って」

「ウェーイッ!! 『頑張って』サンキューでぇすぅ!! サヨウナラァ!!」


 退職届を書いたり、制服を洗って返したりするために、またここに来なければならないのが苦痛でしかたない。

 シフトを確認して、こいつと女店長が不在の時に来よう。


「店長、俺達も帰りましょう」

「…………うん」


 扉を閉める前に、酔っている逢坂陣と女店長がベロチューをし始めた。

 逢坂陣は股の間に足を入れ、制服越しに胸を揉んでいる。


 お盛んなこった。

 女店長は四十歳を越えていて、旦那も子どももいる。

 なのに、職場で男と浮気を平然としている。

 気分悪くなってきたので、すぐに店から出て行く。


 外に出ると、ちょうどいいのか悪いのか、別のスタッフと顔を合わせる。


「あっ、先輩お疲れ様です」


 逢坂陣と同期である女性の新人バイトが、明るく挨拶をしてくる。

 大学を卒業したばかりでフレッシュだ。

 最近、勤務時間がよく被るので仲良くなっている。

 というか、毎日コンビニにいるので、大体の人とは話せるようになる。


「お疲れ。俺、仕事辞めるわ。本当の意味でお疲れ様でした」

「ええっ!? 嘘ですよね!? 崎守先輩が辞めたら、このコンビニどうするんですか!?」

「まあ、何とかなるんじゃないかな。後のことは知らない。もう、俺は疲れたよ……パトカーラッシュ……」

「パトカーのラッシュアワーみたいな台詞、意味が分からないんですけど!! 意味が渋滞してます!! パトカーよりも今の崎守先輩には、救急車が必要ですよ!!」


 でも、本当に疲れたんだ。

 この十年間、俺は身を粉にして働いた。


 俺が生まれる前に心臓発作で死んだ父親と、癌で死んだ母親は俺を育てる為に借金をしていた。

 親が死んでからその借金を知ったのだが、大学に通う時の奨学金も合わせて四百万円以上ある。

 エスポワールに乗船してギャンブルを挑むぐらいの多額な借金を抱えながらも、俺は正社員にはなれなかった。


 不況の煽りで就職難の時期で、しかも大学中退。

 どこの会社も圧迫面接ばかりで疲弊しきって、結局、俺はコンビニのバイトをすることになった。


 やる事が多い癖に、安月給ではあったが、俺は働き続けた結果、副店長の地位に落ち着いた。

 あと少しで正社員の道も見えて来た。

 だけど、給料があまり上がらない割には、仕事の量は増えまくった。


「朝番なのに、昼番、夜番の仕事とか、フライヤーとか、店長の仕事までやらされて、もう無理だって。今日で二十連勤目だよ。十二時間以上労働なんて、もう当たり前になってきたし」


 コンビニの仕事は多岐に渡る。


 接客、レジ打ち、レジ締め、食品の鮮度管理、商品を並べるフェイスアップ、揚げ物を揚げるフライヤー、コーヒー豆の設置、商品や備品の確認と発注、シフト作り、床の掃除、トイレ掃除、コピー機の紙やインクの補充と簡単な修理、新人の面接、新人教育などなど、他にも沢山の仕事が盛りだくさんだ。


 それらの仕事を分けないといけないが、ほとんどの店員がまともにやってくれない。

 全部、俺に仕事を回してくる。

 だから、今日俺は朝番なのに、昼番の仕事までやった。

 勤務中、女店長と逢坂陣はずっと喋っていた。

 レジが混んだのでボタンで助けを呼んだ時は、舌打ちされた。


 逢坂陣は喋りながら、スマホをいじってゲームをしていたそうで大変ご立腹だった。

 そんな逢坂陣を叱らないのは、二人が不倫関係にあるからだ。

 

 だから、俺は一人で数人分の仕事を一手に引き受けていた。

 エリアマネージャーが仕事で使う会議資料の制作や、近辺のコンビニやスーパーの競合店で売られている食品の市場調査までやらされていた。


 こんなことやっていたら、本当に過労死する。

 というか、それよりも前にストレスで死ぬ。


 この状況下で、毎日のように仕事をしていない、もっとしろ。カメラでお前のことを監視しているぞ、ほら、ここ、数秒手が止まっていると、叱責される毎日。

 そしてその激怒している店長は仕事中ずっと喋っているし、廃棄しないといけない弁当を平気で食べている。

 こんなことされたら、誰だって気が狂うわっ!!


「本社に連絡したら辞めなくて済むんじゃないんですか?」

「もう連絡何度もしたよ。でも、握り潰された」

「えぇ!?」

「外面だけはいいからな、店長。だからここのバイトはすぐ辞めるんだよ」


 女店長と逢坂陣が仕事を一切しないから、普通の神経をしている連中は一ヵ月以内に黙っていなくなる。

 退職届を送付するのに慣れ過ぎて、最早作業と化している。


 だけど、ブッチした連中の方が俺よりよっぽど賢い。

 潰しが効かないコンビニバイトを十年続けたら、人生詰んでいる。


「俺みたいになるな」

「し、しくじ――りぃ先生!?」

「その反面教師みたいな呼び方は辞めろ」

「先輩っ!! これからどうするんですか?」

「分からないけど、24時間働けるような環境のバイトは辞めておくよ。もう、職場の行きと帰りで朝日と月を一日で拝みたくない」


 24時間開いていると、残業無限にできるからな。

 家に帰る時間が勿体ないから、事務所で仮眠を取ってそのまま2日間ぶっ続けで働いたこともある。


「先輩」

「どうした?」

「差し出がましいですが、先輩って頭がいいから自営業をした方がいいと思いますけど」

「頭は別に良くないけど。大学でも『不可』結構取ってたし」

「学校の成績とかじゃ測れない頭の良さが先輩にはあるんですよ!! 起業した方がいいですって!! 先輩は誰かに使われるより、誰かを使う方がいいですよ!!」

「起業? 今からVtuberにでもなれって? もう無理なんだよ、俺の年齢になったら……」


 夢を語れるのは精々二十代までだ。

 挑戦できる体力も気力も残っていない。

 同年齢の連中は地に足着いた仕事をして、みんな結婚して子どもがいる。

 現実を観るしかないんだ。

 

 俺に出会いもなければチャンスはない。

 金の切れ目が縁の切れ目。

 俺は一生誰かに利用され、使い勝手が悪くなったらボロ雑巾のように捨てられる運命なんだ。


「ありがとう。そして、ごめんな。最後まで仕事教えてやれなくて」

「先輩……」


 誰にでも愛されるキャラの後輩だから、意地悪はされないだろう。

 もしも仕事が回らなくとも、他の店舗から応援が来てどうにかなる。

 俺の影響力なんてちっぽけなもんだ。


 俺の代わりはいないかも知れないけど、俺の上位互換はいる。

 世の中そんなもんだ。


 すっかり暗くなった夜道を歩いていると、ピカッッ!! と車のハイビームで照射される。

 眩しいなと眼を眇めると、


「嘘だろ……」


 猛スピードで自家用車が突っ込んでくる。

 命の危険に瀕することによって、体感速度が緩やかになる。

 火事場の馬鹿力で引き上げられたのは、避ける為の脚力ではなく視力だった。


 運転席にいるのはさっき酔っていた逢坂陣と、その助手席に座っているのは女店長だった。

 よりにもよってこいつらに――と脳がフル回転したのも一瞬のことで、車に俺は轢かれてしまった。

 壁に激突した俺は、アスファルトの血だまりに浸かっていた。


「いっ、てぇ……」


 先輩、先輩っと、必死めいた声が遠くから聞こえてくる。

 頭が割れるように痛いし、脇腹が折れて燃えるように痛い。肉を貫通したせいで骨が露出している。

 気絶したいのに、激痛のせいですぐには気絶できない。

 傍で炎上する車の景観も相まって、まさにここは地獄だった。


 ――そして俺は完全に意識を失った。

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