第38話 初めてのお客様
初めてのお客様は少女で首輪をつけていた。
ファッションというには、あまりにも厚みがある首輪をつけていて、奴隷や囚人の証のようにも思えた。
狼のような耳が頭についている。
まさにファンタジー世界の住人のような人物だ。
年齢は多分、十五歳前後くらいか?
「ショップ? お店? こんなところで?」
声のイントネーションが受付嬢の人と違う。
やっぱり地域、種族によって方言とかイントネーションは違うらしい。
「はい。どうぞ見て行ってください」
「ふーん。うわっ、何これ!?」
お客さんが商品の一つを手に取ると、ブゥンと画面が表示される。
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【ディアツリーの角】……価格150ギルド。ディアツリーの角。合成素材として使われ、主に薬の材料とされる。
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実は元々は、粗末な代物とか、欠けているとか表示されている角もあったのだが、そういう俺にとって不都合な部分は削除しておいた。
習得したスキルの中に『商品詳細編集』というものがあったからこそできた芸当だろう。
ただスキルにも欠点があって、全くの嘘を編集することはできなかった。
この商品は最高級品だとか、世界に一つだけしかない、と編集したら弾かれた。
丸っきりの嘘を書くことはできないが、レベルが上がっていくとその嘘も書くことができるかもしれない。
他にも変更した点もある。
推奨価格は100ギルドだったので、本来の価格よりも50%も値上げしている。
他の商品も軒並み値上げしている。
必要な物だった場合、ダンジョンならば市場価値は上がるはずだ。
何人かのお客の反応を見ながら値段の上下は検討するつもりではある。
ただ気になったのはお客の目線だ。
商品そのものではなく、その若干上を見ている。
「見えるんですね」
「そりゃ、見えてるヨ!! 水晶じゃなくてもステータス見えるんだネ。どういう仕組み?」
「一応、俺のスキルですね」
「へー。そういうスキルもあるんだネ」
やっぱり、虚空に説明文的なウィンドウが表示されるのは普通じゃないのか。
以前、俺のステータス画面をミサさんに見せたことがあるが、見ることはできなかった。
俺しか見ることができないと思っていたので、商品の説明を編集しても無意味なものだと思っていたが、一応編集しておいてよかった。
「他にも商品あるノ?」
「ああ、一応生ものとかは出していないんですけど、要りますか? モンスターの肉なんですけど」
「ゼヒ、観たいです!!」
「少々お待ちください」
そう言って、俺はモンスターの肉をアイテムボックスから取り出す。
「え? どこから?」
驚きの声を上げているお客さんは、しげしげと出て来た肉を眺める。
品質的には落ちていないはずだ。
狩ったのはさっきだし、血抜きも済ませている。
燻製とかにした方が保存が効きそうだったけど、時間がなかったんだよな。
それに、アイテムボックス自体が、冷蔵庫みたいな役割を果たしているような気がする。
食品の劣化が遅いような気がするので、これも時間をかけて調べる必要があるな。
「どうですか?」
「いいですね、もっと見せて欲しいですヨ」
そう言いながら、全ての商品に目を通している彼女はかなり華奢だ。
手足が細長くて痩せているというよりかは、痩せ細っているという感じ。
ちゃんと食べ物食べていなさそうだ。
ダンジョンで数日彷徨っていたかのように身体は汚れているし、体臭も匂ってくる。
こういう人なら物に困っていそうなので、色々と購入してくれそうな気がする。
「これと、これと」
鎧やら角やら手に取っているけど、必要なものなのか?
抱えられるだけ抱えて購入しそうな雰囲気だけど、むしろ肉とかに飛びつくのかと思ったけど、今必要じゃないものが多い。
見た目的には何か特別な武具を装備している訳でもないので、装備品を整えようとしているのかな?
だとしても、合成素材を手にするのはどうしてだろう?
俺が知らないだけで他の使い道があるんだろうか。
「ちょっと待ってくださいネ。財布を今取り出しますから」
「ああ、はい」
大量に抱えているので、俺も自然と笑顔になった。
最初のお客さんでこれだけ買ってもらえるとは思っていなかった。
それなのに、
「えっ!?」
全速力で走り出した。
まさかトイレを我慢していた訳じゃないだろう。
それならば、商品を抱えたまま逃げるはずがない。
「――まさか、万引き!?」
いきなりそんなことをする奴がいるなんて想像もしていなかった。
コンビニで働いて万引きする奴なんて出会ったことがなかった。
精々酔っ払いに絡まれて警察を呼んだぐらいの事件しか経験していない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【警告】商品が盗まれました。盗品が現在の階層から移動した場合は、商品内容がリセットされます。
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ビー、ビーと警告音が鳴る。
「なんだ、これ?」
ともかく俺は遅れて走り出して、万引き犯を追いかける。
普段はミュート状態にしているのに、音が鳴り出した。しかも五月蠅いから音を消そうとしても消せない。
緊急事態の時は、ステータス画面の音量を切ることができないのか!?
「ま、待て!!」
前方を走る万引き犯との距離が近づいてきたので叫ぶ。
こちらを振り向いてギョッとした彼女は止まらない。
そう簡単に諦めてはくれないか。
商品内容がリセットされるってどういうことだ?
俺が編集した内容だけじゃなくて、俺の商品になったってこと自体もリセットされるってことか?
よく分からないが、もうすぐ追いつく。
彼女の服の裾に指が引っ掛かりそうになった時、
「ああっ!?」
万引き犯の走る速度が倍以上になった。
本気じゃなかったのか!?
それからグングン距離を放され、彼女の姿は霧に包まれていく。
「わっ!!」
思わず急ブレーキしたのは壁にぶつかりそうだったからだ。
霧が濃いせいでダンジョンの壁に全身を打ちつけるところだった。
「クソッ!!」
俺は宛もなく走り回る。
その間モンスターに襲われたりもしたが適当にあしらっていたが、その数十分後、アラームが鳴り止んだ。
「なんだ? もしかして、あの人が第八階層にでも行ったのか?」
そもそもどうして追いつけなかったんだ。
この階層にいるってことは、高くともレベルは10ぐらいだと思うんだよな。
持ち前の身体能力が優れているからか?
他の人間のステータスをまじまじと見たことなんて、逢坂ぐらいなもんだから、他の人間の能力値がどんなものかは分からないが、レベル26の俺がレベル10ぐらいの人間よりも素早さが劣っているとは考えづらい。
逃げるのに便利なスキルを持っていたんだろうか。
それとも獣人にはそういう能力がそもそも備わっているんだろうか。
ともかくこれで万引き犯にはきっと追いつけない。
「大損だ……」
せっかく最初の冒険で上手くいったのに、商品として出していたものを半分以上持っていかれた。
高い物ばかり盗まれてしまった。
顔は覚えているが、指摘できるかと言ったら難しい。
欧米人の顔は区別ができないのと同じように、異世界人も区別ができない。
そもそもこの世界に警察なんて存在しないような気がする。
あっても帝国兵なんだろうけど、俺がノコノコ出て行ったら捕縛されそうだから頼ることもできない。
高い授業料を払ったと思って、ここは泣き寝入りするしかない。
「いや、泣き寝入りなんてしたくない……」
本人の顔を覚えていたら問い詰めたいところだけど、また遭遇する確率は低いだろう。
俺が万引き犯だったら、まずこのダンジョンは近寄らない。
Fランクダンジョンにいて、あれだけ薄汚れて苦戦していたってことは、俺と同じFランクの冒険者の可能性が高い。
つまり、彼女がFランクダンジョンかEランクダンジョン、それから冒険者ギルドに出現する可能性が高い。
「絶対見つけてやる!!」
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