第39話 奴隷の宿命(フリーダ視点)

 後ろを振り返っても誰もいない。

 盗みは幾度となくやって来たが、冒険者のように強い相手から物を盗んだ経験は少ない。

 だから何度も後方を確認してしまったが、ダンジョンから脱出してここまで逃げ出せることができたらもう一安心だ。


「やっと帰って来られた……」


 郊外に位置する家――というよりかは掘っ立て小屋に帰って来た。


 小さな小屋の隣に隣接している離れ。

 それが私達姉妹二人で住んでいる場所だ。

 元々は馬小屋だったらしいが、改築して私達が住んでいる。

 立て付けが悪い扉を開くと、そこにはたった一人の肉親がいた。


「リーベルタ姉さん、ただいま……」

「フリーダ!! 大丈夫? 心配してたんよ!! どこ行ってたん!?」


 リーベルタ姉さんは、私の二つ上の姉だ。

 二つしか年齢が違うとは思えないほどしっかりしている。

 家族がいないから、私の親代わりとして気を張っているせいかもしれない。

 私なんかには勿体ないほど出来た姉だ。


 私なんかよりも性格が良くて、そして綺麗だ。

 儚い雰囲気をしながらも芯がしっかりしている。

 彼女が私の帰る場所にずっといるから、私も思う存分外に出ることができる。


「はい、これ」

「どうしたん? これ?」


 お金と、それから食料だ。

 ここに来る前に裏市場で、ダンジョンで手に入れた戦利品はお金に換金してきた。

 本来ならば冒険者ギルドで売った方が金になるが、いざという時の為に盗品を売ったという証拠をなるべく公式の場で残しておきたくなかった。


「私、冒険者になったからネ。……このぐらいは普通ダヨ」


 盗みをやっていることは姉には秘密だ。

 曲がったことが大嫌いな姉に知られたらどうなるか分かったものではない。

 盗んだものを持ち主に帰せと言いかねない。

 盗みでもしないと、私達獣人奴隷は生きていけないことを、私の姉は分かってくれないのだ。


「そうなん? でも、冒険者は危険じゃないの? ほら、怪我もこんなにして……」

「大丈夫ダヨ、痛くないから」


 擦り傷はいっぱいあるけど、そこまで重症じゃない。

 私の傷なんかより、姉の傷の方が心配だ。


「――っう!!」

「ほら、急に動くから。寝てていいからネ」

「ごめんな、フリーダ。私がちゃんと働ければフリーダに無理させなくて済んだのに」


 姉の足は悪い。

 かつての獣人虐殺があった時に、建物の瓦礫に挟まって動けなくなってしまった。

 様々な所で診てもらったが治らなかった。

 外国へ行けば治る可能性はあるかもしれないが、そもそも金が無いし、足が悪い姉を遠い場所まで連れて行くことなどできない。


 だから私は万能薬を手に入れたい。


「私が冒険者になったのは、エリクシールが欲しいからだヨ!!」

「フリーダ……」

「だから心配しないでネ」


 飲めば怪我や病気を立ちどころに治すといわれるエリクシール。

 死ぬ寸前の重傷を治すことなどはできないだろうが、足の怪我、病気ぐらいな治せるはずだ。


 冒険者を続けていれば、エリクシールを手に入れることができるかもしれない。

 ダンジョンになくとも、色んな人間から盗んだり、拾い者を売ったりしてお金を稼いでエリクシールを買ってみせる。


 品質にもよるが、エリクシールは百万ギルドする。

 今までは雲の上の存在だったが、冒険者に合格してからは現実味を帯びてきた。


「おい!!」


 ガンガン、と扉を叩く音がしてビクつく。

 こんな乱暴なノックの仕方をするのは一人しかない。


「なんだ。すぐに出てこないから居ないかと思ったぞ」


 油がたっぷり乗っていそうな肉体と、不揃いな髭に、散らかっている髪の毛。清潔の欠片もない中年の男は、私達を買った人間だ。

 はした金で私達を買った癖に、まともに食事を与えることもしない。


「申し訳ありません、オド様」

「すいま、せん……」


 ご主人様に逆らったらどうなるかぐらい、身体に刻まれている。

 こいつに逆らって逃げ出せたとしても、今度はこの国そのものが敵になる。


 私達に付けられている首輪は簡単には外せないし、番号が振られている。

 検問が敷かれ番号をチェックされ、逃亡者は最悪死刑にされても文句は言えない。

 それが奴隷の宿命だ。


「フン、来い。追加の仕事だ!!」

「あっ――」


 グイッと、オドが姉の首輪についている鎖を強引に引き寄せる。


「お、おい!!」

「ああ?」


 頬を思い切り叩かれる。

 避けようと思えば避けられたが、避けた場合はもっと攻撃されてしまう。

 私は甘んじて受け止めた。


「や、止めてください!! 妹にだけは手を出さないで下さい!!」


 姉が私の前に両手を広げて立ち塞がる。

 私と違って姉はオドのお気に入りのようで、滅多に手を出さない。

 手を出すにしても腹などの目立たない箇所だ。


「賢い姉のお陰で助かったな」


 オドは私に唾を吐きかけると、外へ出て行った。

 姉はたまに夜だろうが呼び出されて、朝方まで織物や革靴の生産作業をさせられる。


 金銭的にも身体的にも姉のことを守ろうとしていたのに、また守られてしまった。


「――くそっ!!」


 己の不甲斐なさに床に拳を叩きつけて歯噛みした。


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