第58話 転移された地獄(フラスコ視点)
空間を飛び越えて何処かに飛ばされてしまった。
武器は持っていないし、片腕はないままだ。
それでもまだ生きている。
「……どこだ、ここは?」
どこか屋外という訳でもなさそうだ。
というここは恐らく、ダンジョンだ。
湿気を多く含んだ洞窟の中にいて、『砂丘の墓地』とは全く異なるダンジョンにいることだけは分かる。
他人の姿に変身し、そしてその人物のスキルを模倣することができる『無限の仮面』は優秀だが、他人のスキルを使いこなすのには時間がかかる。
自分が『葬送転移』というスキルを使っても『砂丘の墓地』ぐらいの距離にしか転移できないので、ここがどこだか検討もつかない。
「――リを、クッ――ウッ!!」
よりにもよって逢坂という勇者の屑までついてきていた。
こいつのせいでこっちは死にかけているというのに、まだヘブンアッパーを求めて私に縋り寄って来る。
邪魔で仕方ない。
「くそっ、どけ!!」
振りほどくと、落ちた注射を求めて逢坂が地べたを這い出す。
とんだ疫病神とここまで転移されてしまったようだが、私も選択しなければならない。
カッコウは私をダンジョンという死地に転移させて終わりだと思っているはず。
だが、ここから私は這いあがってみせる。
まともに動けないが、動けるようになる方法はまだある。
ヘブンアッパーの入った注射があと一本残っていた。
これで動けるようになるが、この短時間で二本も使えば寿命は確実に縮む。
それにまともな思考ができるか分からない。
下手すれば注射を打っただけで廃人になるかも知れない。
だがこのままでは逢坂のせいで受けた傷が広がって死んでしまう。
「くそっ――」
覚悟を決めるしかない。
死ぬかもしれないが、今ここでやらなければ私は死ぬ。
「……はあ、はあ……」
どうしてこんなことになったのか。
生まれは恵まれていて、他の獣人奴隷とは比べものにならないほどの地位と力を持っていた。
常に頭を使い誰よりも先手を打って、危険因子となるべきものを排除してきた。
それなのに、なんでこんな賭けをしなければならないのだ。
だが、私は生き残る。
最後の最後で爪を誤ったカッコウと、そして、この私をここまで貶めたあの異世界人もまとめて殺してやる。
「――ッ」
一瞬目を瞑りながら脈に注射を刺そうとするが、
パシン、と横から逢坂に注射を払われて地面に落ちる。
注射は割れて中身が零れる。
腕には注射の針がかすって血が流れていた。
全ての動作がスローモーションになって、一瞬何が起こったのか理解ができなかった。
「あっ」
間の抜けたような逢坂の声で我に返る。
こいつのせいで私が生き残る術がまた潰れた。
「こ、この猿があああああああああっ!!」
「ぎぃああああっ!!」
力を振り絞って殴るが、それだけで貧血になった。
倒れ伏すと、地面が揺れているのが感じられる。
地震――いや、この国で地震は珍しい。
これは地震じゃなくて、地響きだ。
何か巨大なモンスターがここまで近づいてきている。
ヌッと洞窟の陰から出て来た巨体に、ヒュッと声にならない悲鳴みたいなものが自分の口から聞こえた。
「レ、レッドドラゴン……!!」
竜種のモンスターは手強く、生半可なダメージが通らない。
しかも恐らく私とレッドドラゴンのレベルの格差は20以上はあるだろう。今力を振り絞っていてスキルを使えないが、仮に使えたとしても、私は何の抵抗もできない。
ギョロリと瞳がこちらを向いて、のそりのそりとこちらに向かってくる。
標的を私達に決めたようだ。
「おい!! おい!! 早く、あいつを!!」
「あ。あー。あああー」
赤子のように言葉を発して、逢坂は私の言葉に反応しなくなっている。
自分が死ぬかもしれないと分かっていないのか。
どれだけ肩を揺すっても焦点が合っていない。
「あっ、あああ……」
レッドドラゴンは大口を開けて逢坂の上半身に被り付く。
トマトが潰れたように返り血が全身に降りかかる。
「うああああああああっ!!」
さっきまで横にいた逢坂はボリボリと骨をかみ砕かれ、下半身も丸呑みにされた。
ヘブンアッパーで自分とは比べものにならいほどレベルが上がっていたはずだが、あっという間に死んでしまった。
「ひ、ひぃ」
涙で視界が見えない。
今なら餌に喰いついて私のことを忘れている。
その間になんとか距離を取って――
そうして離れようとしたのに、背後から腕を丸ごと喰われる。
「ああああああああああああああああああああっ!!」
壊れた噴水みたいに血が溢れ出す。
痛い、痛い。
これで両腕を失ってしまった。
顎を大きく開けたレッドドラゴンが迫って来る。今まで犠牲にしてきた人間達や獣人達の姿がぼやけて見える。顔なんて一切覚えてない。むしろ、骸骨のように瞳が闇に染まった者達の幻覚が見えて来た。全員死後の世界から這い出てきて、私の身体を引っ張って連れて行こうとしている。そいつらが全身にくっついているせいで、逃げることができない。
「た、助け――」
ガチン、とレッドドラゴンの大口は閉じた。
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