第57話 勇者の武器
今の所戦闘は優勢に運んでいるが、フラスコ王子は笑みを崩さなかった。
周囲を見渡しても罠や伏兵がいるとは思えない。
いるのは、身動きもまともに取れないカッコウと、それから呻き声をあげている逢坂だった。
久しぶりに会ったのだが、ちゃんとした言葉を喋ることもできていないようにも見える。
フラスコ王子側の人間だと思うが、這いながら地面に落ちている液体をペロペロと舐めているだけだ。
どうやら俺が知らない間に何か投与されたらしい。
まともな人間としての尊厳を失っている。
戦力となるのはフラスコ王子だけのようだが、何か対抗策でもあるのか。
「……あと、一撃でも喰らったら私の優秀な脳細胞が壊れてしまうよ」
フラスコ王子はおもむろに剣から手を離す。
手を顔に翳すと、
「『
指の隙間から見える瞳の色が変わる。
いや、それだけじゃない。
顔つきから身長、骨格までいきなり変貌する。
異変はそれだけに留まらなかった。
大きな鏡がどこからが出現すると、回転しながら上空に躍り出る。
「あれは『
「――っ!!」
カッコウによる必死な声のお陰で後ろに飛び退くのが間に合った。
レーザーのような光線が俺のいた場所に降り注ぎ、地面を焼いた。
直撃すれば筋肉が爛れて骨が見えそうなぐらいの熱量がありそうだ。
鏡の大きさが変わり、真ん中に光を集めることによってレーザー光線を発射しているようだが、鏡の角度によって飛んでくる場所の大体の目星はついた。
攻撃範囲が狭いので、しっかりと鏡の動作に気を付けていれば、連打されても反応さえできれば避けられる。
「自然の力ならどうだぐあっ!!」
「――遅すぎる」
すぐに接敵してぶん殴ったが鏡によってガードされてしまった。
どうやらどこにでも瞬時に任意の場所に鏡を出せるようだ。
幾度となく発射されたレーザー光線を掻い潜った攻撃だったが、これで鏡は割れた。また鏡を消して再び出した時に鏡の罅割れが直っているかどうかが問題だ。
すぐに再展開できないスキルだったなら、今が攻め時だが情報が足りない。
俺の『経営圏』は物理攻撃はシャットダウンできるようだが、それによって生じる熱エネルギーなどは相殺できない。
だから結構ピンチなんだが、どうだ?
「う、腕がああああああああ、私の腕がああああああっ!!」
内心で覚悟をしていたが、フラスコ王子の痛烈な叫びは想像の斜め上を行く反応だ。
やり返してくると思ったが、あまり一方的な展開になったことがないようだ。
腕がだらりとなっているが、折れたか?
チャンスだ、と踏み込んでいくが、
「この手段だけは使いたくなかったが――『葬送転移』ッ!!」
折れている腕で剣を抑えながら、抜刀術によって刀を振るった。
芸のない一撃に俺は余裕をもって手で払おうとするが、
「――お、大きい!!」
スキルの効果範囲が大きすぎる。
俺の身体の一部を切り離すのではなく、俺から半径五メートル以上を丸ごとくり抜くかのような範囲攻撃に俺は為す術もなく喰らってしまった。
俺も成長して『経営圏』の効果範囲を広めることができるが、それはあくまで平常時だけだ。
戦闘時は、自分の身体や武器に展開するのがやっとだ。
「こ、ここは……?」
どこか別の場所にまでフラスコ王子と共に俺だけ飛ばされたが、ここは十中八九ダンジョンだ。
しかも、ここはさっきまで俺がいた場所であるEランクダンジョン『砂丘の墓地』のはずだ。
巨大なサボテンが倒壊しているが、俺が壊したサボテンじゃないのか?
見覚えのある光景が広がっている。
「なんで、こんな所に?」
焦点をフラスコ王子に合わせると、注射を取り出して腕に刺しているところだった。
「ヘブンアッパーは飲むだけでも強力だがねぇ、直接血管から摂取するだけで数十倍の効果を発揮するのだよ」
「折れていた腕が……治ってる!?」
さっきよりも格段に速い『葬送転移』が飛んでくる。
避けるのが間に合わない速度なので手で払おうとするが、ざっくりと腕と胸を斬られてしまった。
ここに一緒になって転移してきたのは、ヘブンアッパーを使用することによりレベルを上げるためか。
ダンジョン以外でヘブンアッパーを使用してレベルを上げても、すぐに初期レベルである1に戻ってしまうのだろう。
だから使えなかったのだが、ダンジョンならばレベルは上昇したまま維持できる。
レベルの格差がなくなったことにより、『葬送転移』が通じてしまっている。
しかもこの攻撃を受けてしまったら、もう何の抵抗もできない。
「くっ――」
「アハハハハハッ!! これで終わりだなあっ!! 油断したようだねぇ、この猿があああっ!!」
フラスコ王子が剣を振り被って絶体絶命の状況下だったが、その背後に影が映り込む。
その刹那――フラスコ王子の片腕が先端からバッサリと斬られる。
振り向き様、フラスコ王子が剣で応戦して、不意打ちをしたカッコウは剣を取りこぼす。
あと少しでトドメを刺せるはずだったが、やはり両腕がない状態では狙いが定まらなかったようだ。
「――なんだ!? まさか、どうやって!?」
カッコウは口に刀を咥えて転移して来た。
どうやら顎の力だけで刀を振ってここまで転移して追ってきたようだ。
「……魔力痕でここまで追跡してきたのか。中々の気合の入りのようだが、その姿でこの私と切り結ぶことなんてできるわけがないだろう!!」
「あああああああああああっ!!」
上半身だけで追ってきたカッコウを、何度も執拗に剣でめった刺しにする。
服の上からでも血が広がっていく。
「たった一人ゴミが増えた所で――」
このままじゃ死ぬ、そう思っていたら、
ザクッ!! と、背後からフラスコ王子が刺されていた。
俺じゃない。
俺は上半身と下半身が離れていて、身動きが取れないままでいた。
だが、俺は一部始終を見ていた。
フラスコ王子を狙った飛ぶ斬撃の一太刀から、出てくる新たな人影を。
そこから飛び出してきた奴を助っ人として、カッコウは召喚したのだ。
「私一人じゃない。もう一人連れて来ましたよ。――あなたを殺せる勇者を」
「――スリ、ク――もっと――」
「こいつ、王子であるこの私に逆らうなんて、しかも、こいつヘブンアッパーを――」
フラスコ王子は、戦闘のどさくさの間に注射を何本も落としていた。
その注射を逢坂は自分の身体に打っていた。
だからレベル差があろうとも逢坂は自分のスキルである『絶対急所』を発動することができた。
その効果はよろめくフラスコ王子の様子から考えると、一撃で致命傷を与えることができる強力なスキルなようだ。
もうまともに武器を構えることすらできていない。
そして、逢坂が勇者の武器を扱えているのは、彼が勇者だからだろう。
カッコウがここに転移してくるまで若干のタイムラグがあったが、それは身体の自由が効かなかっただけじゃない。
きっと勇者の刀を逢坂に持たせていたからだ。
「こんな屑共に、この私が……」
フラスコ王子の上に乗って、逢坂は服の中を弄っている。
まだヘブンアッパーを隠していると思っているのか、探しているようだ。
犬のようにペロペロと服の上にかかったヘブンアッパーを舐めている姿は観ていて気分がいいものじゃなかった。
「――フラスコさん、先に地獄で待っていてください」
腕を斬られたカッコウだったが、俺と違って肘は残っている。
肘を地面につきながら、再びカッコウは刀を口に咥える。
「――まさか、止めろ!! 止めてくれ給え!! 私が死んだら今の魔王を誰が倒せるんだ!! 奴も私がいるからこの国を攻めあぐねているんだぞ!! そうなったらこの国は――この世界は終わりだっ!! やめっ――」
飛ぶ斬撃が大きく広がると、覆い被さっていた逢坂共々、フラスコ王子を闇の空間を呑み込む。
「『葬送転移』」
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