第48話 明日への希望
留置所に投獄されてから約一週間。
檻の外に出る時は手錠を付けることが義務付けられているが、獣人奴隷にとって枷は日常茶飯事なのでそこまで苦じゃない。
捕まる前よりも上等な飯とまともな賃金を貰っているので、冒険者になる以前よりかはマシな生活を送れているのは滑稽だ。
「さっさと入れ」
面会室まで案内してきた看守は不愛想で何を考えているか分からない、岩のようなガタイをしている。
必要以上に喋らないのは職業柄という訳ではなく、生まれつきの性格のように思える。
苦手なタイプなので私も余計なことを喋らずに、彼の指示に従う。
「やあ」
「……人間の包帯男」
捕まってから一週間、この男は毎日面会に来る。
大して仲良くもないが、娯楽の少ない檻の中ではこういう外の人間と話すだけでもいい暇つぶしになる。
こいつも私を必要としているらしいので面会謝絶をしていない。
「あのねえ、俺にもサキモリって苗字があるの」
「ハイハイ。そもそも私、何で包帯巻いているのか知らないケド」
「それは色々と事情があるんだよ。ここに面会に来るのも本当は難しいから、今日の面会が終わったら、しばらくは来られないと思う」
「……清々したヨ。アンタ等人間は嫌いだからネ」
毎日ここに来る方が異常だったのだ。
ただ、今日が最後だと聴くと妙にソワソワする。
囚人の中にも人間がいて、獣人がいるというだけで差別する者もいる。
休み時間の間は軽いスポーツや図書館の利用等も許可されているが、獣人がいるだけで喧嘩を吹っかけてくる者もいるので娯楽に触れられない。
話し相手すらいないこの牢獄で、また一人になるのか。
「……で、どうしたの? 今日は何を教えればイイノ?」
包帯男はやたらとこの世界のことを聴きたがっていた。
私もこの世界のことを知っている訳ではない。
むしろ、人間の風習や文化に関しては無知と言っていい。むしろ、知りたくないぐらいだったが、私よりも包帯男の方が知らないようだった。
その辺の子どもでも知らないことを知らない癖に、あれだけの強さを持っていた。
記憶喪失を疑ったがそうでもないみたいだった。
よく分からないが、自分が姉のリーベルタに邂逅できたのは彼のお陰でもある。
自分の知っていることはいくらでも教えてやるつもりだ。
「今日は質問じゃなくて二つ差し入れ? を持ってきただけだ。許可が降りるのに苦労して一週間は必要だったから大変だったんだけど」
虚空から取り出したのは風呂敷に包まれたものだった。
風呂敷を広げるとそこには木彫りの箱が入っていた。
随分と小さい。
壺でも入っていそうだが、いくら待っても中身を開けようとしない。
痺れを切らして私は質問した。
「ナニソレ?」
「骨壺」
「……本当にナニソレ?」
「お姉さんの骨だよ」
「…………っ」
箱の蓋が開かれて中身を見て絶句した。
これが、リーベルタ姉さんの骨?
想像していたよりずっと少なかった。
「本当はお墓に埋めたかったけど、それだけは無理だったから」
「……獣人奴隷は土葬できない決まりになってるからネ」
仮に土葬ができたとしても、それにはお金が相当かかる。
墓参りすることすらできない。
獣人奴隷虐殺事件の後は、流石に慰霊碑が立てられたが基本的にはそれだけだ。
獣人奴隷は骨も残らず捨てられてしまう。
「だから火葬にしてその骨を持ってきた。……ごめん。本当だったら相談の一つもした方が良かったと思うけど……。骨すら持ち出せないかも知れなくて、色々終わってからじゃないと言い出せなかった」
「……もう一つは?」
差し入れの残りは何なのかと思ったが、また予想外の物がゴトリと置かれた。
「それは……首輪?」
「お姉さんが着けていた首輪。ここ見えるだろ?」
首輪の内側には主人の名前が彫られる。
もしも獣人奴隷が脱走した時に、誰の所有物であるかを判明させるためだ。
その名前の箇所に『×』が大きく刻まれていた。
「バツがついている……」
「本当は、姉さんだってフリーダのことを想ってたんじゃないのかな。お姉さんも本当は支配に抗いたかった。だから、あの時だって身を挺して妹のことを守ったんだって俺は思いたい。文字通り命を賭けて」
「…………」
この一週間、朝も夜もずっと涙を流し続けて枯れたと思った。
でも、コイツのせいでまた涙を流してしまった。
「ありがとう、サキモリ」
姉が死んでしまった今、もう真意を聴くことはできない。
私のことを口汚く罵ったのは事実だけど、最期に自由になれと言ってくれたのも事実だ。
私も、前を見られるだろうか。
「お礼なら憲兵の人と交渉したベネディクトさんに言ってくれ。あの人がいなかったら、獣人奴隷の骨壺なんてなかっただろうし、こうして差し入れすることも不可能だったらしい。あの人さ、フリーダの為に色々と奔走してくれたみたいだよ」
「……お礼を言いたくても、あの人は獣人の面会なんてこないヨ」
「だったらさ、自分から会いに行けばいいよ。ほら、フリーダは工場を爆発させたわけでも、盗んだ訳でもないだろ? だから他の人よりは罪が軽くてすぐに出してもらえるそうだから。ベネディクトさんもそう証言してくれたみたいだって」
「…………」
ああ、もう。
この人達はどこまでお人よしなんだろう。
憎まれ口を叩こうと思っても、もう何も出てこない。
一生この人達には頭が上がらない。
「もしも私が罪を償うその日が来たら、必ずあなた達に報いるヨ……」
どのくらいかかるのだろう。
数年はかかるのかな。
模範囚になれば仮釈放されるかも知れない。
ただ、冒険者の資格は剥奪されてしまったから、役に立つにはまた試験を受験しなければならない。
受かるだろうか。
受かることができれば、ダンジョンに挑んでやりたいことがある。
「そして、必ずエリクシールを見つけるヨ」
「エリクシールって、万能薬みたいなものだっけ?」
「ウン。まあ、それに近いカナ。リーベルタ姉さんも最期はエリクシールが欲しかったと思うカラ。だから……」
「良かったな」
「え?」
「生きる目的ができて。あの時は死にそうな勢いだったから、通ってよかったよ」
「……私が少しでも前向きになれたのはあなた達のお陰かもネ……」
毎日通っていれば、どのぐらいで面会時間が終わるのかも分かる。
本当はもっと話していたかったけど、そろそろ終わる時間だ。
それを察してサキモリは立ち上がる。
「それじゃあ。それそろ行くよ。じゃあね」
「アア……」
彼が出て行ってから、私は俯いたまま動かなかった。
本当はもっと気の利いたことを話したかったけど、もしも口に出してしまったら我慢していたものが出てしまうところだったので、最低限の返答しかできなかった。
でも、もうサキモリがいないから、涙を我慢する必要はなくなった。
「もう時間――」
「ハ、ハイ……」
看守がいつものように独房に戻るように促してくる。
だが、中々立ち上がることができないでいた。
すると、
「……俺の兄も、獣人虐殺事件の時に憲兵をしていて、死んだんだ……。肉親がいなくなる気持ちは分かるつもりだ……」
「?」
脈絡もなく発言してくる看守は、自分の身に着けている腕時計に目を落とす。
「悪い。俺のこの時計壊れているみたいでな。面会時間はあと5分あったようだ。後、5分間はそのままでいい。だから、それまでに涙は引っ込めておけ」
「看守さん……ありがとうございます……」
人間を憎んでいた気持ちがどこかへ消え、私はまた涙を堪えきれなかった。
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