第47話 最期の慟哭
獣を狩る為の筒からは、か細い硝煙が立ち昇る。
放たれた弾丸は俺の眼には映らずに、ただ反射的に首を動かして事の終わりを見届けることしかできなかった。
「お、お姉ちゃん!?」
俺は一部始終を目撃することなんてできなかった。
ただリーベルタに突き飛ばされたフリーダが呆けている姿だけが、しっかりと認識できた俺の最初の光景だった。
静寂が空間を支配し、再びその場にいる全員の五感が正常に動いたのは、
「――かっ――」
小さい喀血の音と、リーベルタの肢体に空いた穴だった。
虚空からはドロドロとした赤い血が流れて、身体の輪郭のラインをなぞりながら床に落ちる。
「――嘘――」
リーベルタは糸の切れたマリオネットのように倒れそうになるが、フリーダが寸での所で受け止める。
「お、お姉ちゃん!? ねえ、嘘だよネェ……」
傷口を手で塞ぐが、リーベルタから流れる血は止まらない。
ただでさえヘブンアッパーを大量に摂取して身体がボロボロなのに、銃撃を受けたらもう長くはない。
ここにミサさんがいたらまだ話は変わったかもしれないが、俺やフリーダには何もできない。
オドが意識を喪失するぐらい、もっと強く痛めつけていればこんなことにはならなかっただろう。
「ふ、ふざけんな。お前みたいな商品価値がない奴隷のせいでぇええ!! 俺の商品が、俺の道具が壊れただろうがあああああ!!」
再び構えた銃口を素手で掴むと、力だけで捻じ曲げる。
「じゅ、銃口が、ま、曲がって!?」
「お前も曲がってろ!!」
「うぎゃああああああああああっ!!」
ボキンッ!! と鼻の骨がへし折れるぐらいの力で殴ると、今度こそもう立ち上がってこなくなった。
これで脅威は去ったが、もうリーベルタは助からない。
「リーベルタ姉さん、なんで、こんなこと……」
「……分からんよ。本当に……アンタのことなんて嫌いだったのに……」
ぐしゃりと、リーベルタの顔が一気に崩れる。
「身体が勝手に動いたんだ……」
その言葉を聞いて、フリーダは声なき悲鳴を上げる。
涙を指で拭いながら、最期の瞬間をその眼に焼き付けようとしている。
「……お父さんやお母さんが死んでいるのを見て、あっけなさ過ぎて……死ぬってなんなのか分からなかった」
ポツポツと、自分の言いたいことを言っていく。
リーベルタの瞳にはもう力なんて残っていなくて、どこを見ているかも分からない。
「でも、私の中から全部抜け落ちていくのが分かる。……これが死ぬってことなんだね」
声はかすれ、血の流れも止まらない。
瞼を開けているのですら辛そうだ。
「……死にたくない、死にたくないよ」
俺はフラつくと誰かにぶつかる。
後ろを振りえると、いつの間にかベネディクトが傍まで来ていた。
いつからそこにいたのかは知らないけど、あれだけ暴れたのだ。
何かあったと思ってここまで乗り込んできてもおかしくない。
二人の最期の時を邪魔しないように息を潜めていたのだろう。
「エリクシールがあったら、死なずにすんだのかな……」
涙を流しながら、最期は後悔ばかりで死んでいく。
そんな姿をフリーダは受け止められるんだろうか。
「――ごめんね、フリーダ。……あなたは自由になって」
リーベルタの腕に力が無くなって、血だまりの中に落ちる。
フリーダの慟哭が虚しく胸に響いた。
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