第49話 魔王討伐成功のお祝い(カッコウ視点)
魔王討伐の祝宴によって、誰もが浮かれていた。
いつもは玉座にふんぞり返っている王様や、密林の奥地にいた歴戦の戦士ですらも今日という日は酒に溺れていた。
「カッコウ、勇者様は?」
「さあ。私も探しているところだよ」
私と同じく勇者パーティの一人に声を掛けられて肩をすくめる。
そうか、と悲しむ仲間を背にして、私はまた探し始める。
勇者は魔王を倒した立役者であり、今日の祝い事には強制参加させなければならない。
勇者は社交的だが、今日の祝宴がどんなものか理解できていないようだ。
それを分からせるためにも、勇者を探しているのだがどこにもいない。
「……まさか……」
広場に姿が見えないってことは、城内にいるかもしれない。
そして城内には勇者の為の仕事場が用意されている。
こんなお祝いの日にまで仕事をしている訳がないと思ったが、扉の前まで来て私は唖然とする。
明かりがついていたのだ。
私はノックをして入ると、机の上の書類に埋もれるようにして仕事をしている勇者を見つけた。
「何をやっているかと思ったら……」
「ああ、カッコウ。どうしたんだ?」
「……こっちの台詞なんだけど。勇者様は何をしているのかな?」
最初の挨拶以降どこにもいないと思ったが、こんな時にまで仕事をするなんて。
せっかく魔王を討伐して暇が出来たと思ったら、今度はデスクワークか。
未だに冒険者ギルドにも通って勇者が手を出さなくても倒せるモンスター駆除をしていると聴いていたが、いくらなんでも一人で背負い過ぎだ。
「書類の整理と書簡の準備かな。貴族や王族、それに商会の承認を得る為に手紙を送らないといけないんだ。その送り先の確認作業も必要なんだけど、こう、紙がいっぱいあるとどの貴族や王族の承認が必要なのか分かりづらいんだよね。リスト化してパソコンにデータを残しておければ一発なんだけど」
「……ぱそこん?」
「あー。まあ色々できる魔法の箱ってところかな。この世界は魔法が発達して便利なんだけど、情報伝達や管理の技術や意識に関してはお粗末な所があるから、その辺は不便なんだよね」
「あのねー。だったらそのぱそこんとやらを作ればいいんじゃないの?」
「それが出来たら苦労はしないんだよ。似たような魔法を作る方がまだ早いだろうね」
勇者が召喚され、異世界の知識を取り込んだ技術革新は、魔王討伐よりもある意味では重要案件だ。
魔王討伐目的よりも、技術の発展を望んで勇者を召喚する時もあったらしい。
歴代の勇者の中でも彼は知識を多く持っていて、新しい発明を次々に発表していった。
だからこそ王族にも気に入れられて、偏屈な第三王子とも一緒にいるのをよく目にしている。
「そもそも許可が必要なものってまた何か変な発明品を作るつもりなの?」
「変な発明品じゃなくて、みんなの生活が豊かになるものって言って欲しいな。……今回は少し真面目なものなんだし」
「真面目なもの?」
「囚人用の鎖だよ。スキルを封じられるスキルを鎖に付与できないかの試作品開発の承認が必要なんだ」
「……そんなことできるものなの?」
強力なスキルを持つ者が他者や世界そのものに影響を与える事例は数多く発表されているが、彼の固有スキルは自分一人にしか適用されないスキルだ。
普通のやり方じゃ物に彼の固有スキルの効果を付与できるとは思えない。
「分からない。ただやるべきだ。俺の血を採取することでそれが可能になるかも知れないらしい。フラスコ王子がそう言っていた」
「血って……」
仕事が多忙だから最近顔色が悪いとは思っていたが、もしかして血の提供をしていたのだろうか。
彼が勤勉なのは仲間としてよく知っている。
だが、いくらなんでも自分のことを蔑ろにし過ぎだ。
「あんまりあの人のことを信用しない方がいいんじゃない?」
「……確かに彼は誤解されやすい性格をしているけどさ、僕はこの世界には悪い人間はいないと思っている。いるのは、自分にとって都合の悪い人間だけだよ。あまり自分の尺度だけで他人を否定しちゃいけない。彼だって、研究に関して嘘はつかないいい人だよ」
「そうかな……」
勇者は他人のことを信用し過ぎる時がある。
そのせいで魔族の罠にかかったり、仲間だと思っていた人間に裏切られたことだってある。
それなのにこの勇者は懲りないもので、また他人を信用するのだ。
だからこそいつだって隣で支えてあげたいと思うのだが。
「今、罪を犯した人の中で強力なスキルを持つ者は殺してもいいってことになっている。鎖で繋いでも意味なくて脱獄し放題だからね。そんな人達を殺さない為に、鎖が必要だと思うんだ」
「犯罪者を守るために、犯罪者を縛る鎖を作るって? 性善説論者がそんな台詞吐いていいの?」
「誰にだって魔が差す時はあるよ。俺の住んでいた場所は犯罪率が低かったけど、よく警察官がパトカーで巡回してた。ゴミは落ちてないし、違法駐車もない。とにかく小さい犯罪すらも撲滅するような地域に住んでいたけど、だからこそ犯罪は少なかったんだと思う。人間はみんな善人の心を持っているけど、ある程度の縛りがないと人は悪に染まってしまうと思う」
ゾクリと寒気がした。
勇者はただ優しい男という訳じゃない。
清濁併せ吞む考えができる男だ。
最悪な考えにまで思考が及ぶからこそ、最善の選択ができる。
彼が人を信用するのもお人よしだというのも、裏切られてもその困難を乗り越えらえられる自信があるからだ。
実際彼はどんなハードルだって超えて来た。
それは今までも、そしてこれからもだろう。
完璧である彼に心酔する者も多いけど、私は尊敬というよりかは畏怖の念を覚える。
「誰であろうと縛れる鎖があれば魔王だってもしかしたら殺さなくて済んだかもしれない」
「死刑廃止論者でもあったの?」
「そうじゃないけど、魔王を倒しても新しい魔王が誕生するなら、弱体化した魔王をそのまま君臨させた方がいいと思っただけだよ。力でねじ伏せるんじゃなくて、政治でねじ伏せた方がいい。魔王を抑えれば魔族との対話だって可能だし、お互いに犠牲者を出さなくて済むかも知れない」
「……怖いよ、発想が」
「僕は普通だと思うけどね。むしろ蘇る魔王を何度も倒すなんて野蛮な発想をする方が怖いと思うよ」
魔王は何度でも復活して、それを倒して幾許かの戦争のない世界を造り上げる。
それがこの世界の理だ。
だが異世界から召喚された彼は、その理を壊そうとしている。
この世界の常識がないからこそ出てくる発想だ。
支持者は多いが、その分敵も多い。
彼の言う事が実現できれば、確かにもう魔王に命懸けで戦う必要がなくなる。
お互いに干渉しない境界線と協定を結び、戦争のない世界を造り上げることができるかもしれない。
だけど、戦争をすることで利益を上げている者だっているのだ。
今の権力者達を根こそぎ敵に回しそうで私は怖い。
「結婚だって縛りを入れる儀式だと思ってる。結婚するのにはそれなりの手続きが必要だし、不倫をしたらかなりの罰則が与えられる。もしも軽い罰則だったら、みんな浮気をし放題じゃないのかな。指輪は魔除けなんてこの世界では言っているけど、あれは異性除けだよね。常に結婚指輪をつけなくちゃいけないのだって、他人への牽制と自分への戒めも含まれているんだと思うよ。縛りがあるから人間は人間らしくなれるんだ」
「……たまに夢のないこと言うね」
それにしても結婚か。
勇者の口から夢がないことはいえ、その単語が出てくるとは思わなかった。
彼はそういう色恋沙汰には無頓着だと思っていた。
なにせ旅の途中で出会った他国の御姫様の猛アピールも、彼は気が付いていなかったのだから。
「そういえば、お姫様との結婚は?」
「断ったよ」
「ええ!? 王族になれるチャンスだったのに!!」
「あまり政治には関心ないし、そういう政治的な結婚は嫌だな……」
「また綺麗事を……。やりたい事をしたいんだったら、もっと利口な生き方を選ばないと」
地位を上げればそれだけ自分の意見を通すのも楽になるのに。
玉の輿に乗るチャンスだったのにみすみす棒に振るなんて。
まあ、あの御姫様がたった一度や二度の拒絶で諦められるとは思わないけど。
「今は誰かと結婚するより、仲間達と一緒にいる方が楽しいし」
「あのねー、その鈍感さを治さないと、パーティの誰かさんが今の台詞聴いたら殺されるよ?」
「どういうこと?」
「……いい。一度痛い目に合わなくちゃ分からないでしょ」
ただでさえ顔が整っていて、力が強くて、頭もいいのだ。
モテないはずがない。
特に魔王を倒す旅で知り合った女性は、ずっと勇者の傍にいたので惚れない方がおかしいぐらいだろう。
一夫多妻制は認められているし、勇者程の地位にいる人間だったら側室だっていても何もおかしくない。
だからこそ少し振られたぐらいじゃ女性はへこたれないってことを、きっとこの勇者は考え切れていないんだろうな。
戦略を立てる時などは頼りになるのだが、恋愛事になると途端に頭の回転が鈍くなるから始末が悪い。
「政治で難しいことはカッコウに任せるよ。得意でしょ? 裏に手を回すのは」
「だったら、今日ぐらいは仕事だけじゃなくて飲み会に参加しないと!! 王族や貴族がいるんだから、今ここでコネを作っておかないと」
「分かった! 分かったから、引っ張らないで、カッコウ!!」
有能なはずなのに少し抜けている所がある彼のことを、きっと私も好いていた。
だけど、彼とずっと一緒にいられる訳もない。
ずっと一緒にいたパーティの仲間も散り散りになって別れてしまうし、勇者だって過程を持つことになるだろう。
彼自身は拒否しているが、立場がそれを許さずに政略結婚はさせられるはずだ。
そしていつかきっと王族になる。
それだけの力を持つことは、私には分かる。
だからいつかきっと私とも離れ離れになるだろう。
でも、それまではずっと彼の傍にいて支え続けることを心の中で誓った。
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